キンモクセイ:初恋
夕方、ガリーナはパーヴェルとニコライと共に夕食。
ニコライはご飯を食べる時だけは大人しく、食材の名前を一つ一つ大きな声で言いながら食べていた。
ガリーナはニコライを見て笑う。
「食べ物の名前は沢山覚えるんだから。」
「ガリーナの料理は最高だな~」
パーヴェルはそう言って副菜を平らげて言った。
「おかわり!」
パーヴェルの無邪気な笑顔に、ガリーナはクスッと笑ってしまう。
「も~、昔と違って大食いさんになったわねワレリーさんは。」
それに冷汗を浮かべるパーヴェル。
パーヴェルは視線を逸らしながら思う。
(ワレリー兄様は全く食べないからな…
例えワレリー兄様の代わりだとしても、俺は流石に我慢ならないぜ…)
その時だ、目の前を昆虫が素通り。
窓を開けて食事をしていた為か、虫が入ってきた様だ。
パーヴェルは虫を見ると顔を真っ青にして驚く。
「むっ虫っ!」
それを見たガリーナは更に笑う。
すると、ニコライはパーヴェルの真似をした。
「むしぃーー!」
「そんな叫んでません!」
パーヴェルはニコライに言うが、ニコライは再び言う。
「むしぃーー!」
賑やかな夕食。
ガリーナはふと、今夜自分が命を絶つ事を思い出して表情を暗くする。
パーヴェルはガリーナの暗い表情を見ると、首を傾げた。
「大丈夫ですか?ガリーナ。」
「え、ええ。」
ガリーナは慌てた様子で答えると、パーヴェルは微笑む。
「疲れているのですか?今夜はゆっくり休みなさい。」
「ええ…。」
ガリーナはそう呟くと、再びパーヴェルを見つめる。
パーヴェルはガリーナに見つめられると頬をピンクにした。
すると、ガリーナは再び視線を落とす。
(ワレリーさん…やっぱり変わったな…。
昔はもっと…私の心を見透かしてきたのに…)
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その日の夜、ガリーナは眠ったままのニコライを抱っこして外に出た。
白い月と星が輝く夜。
冷たい風が吹く為、ガリーナはニコライを起こさないように布団に包む。
夜風が悲しさを煽り、ガリーナは気分が落ち込んだまま道を進んだ。
暫く森を歩くと、謎の人影を発見。
ガリーナは思わず警戒すると、人影は近づいてきた。
迷わず一直線に近づく影、その人影はワレリーだった。
「ぱ、パーヴェルくん…!」
ガリーナは目を丸くすると、ワレリーは微笑む。
「ニコライと共に死ぬつもりですか?」
ワレリーの言葉に、ガリーナはドキッとくる。
当たり前である、教会の神だけに明かした事をワレリーが知っているからだ。
「え、なんで知ってるの…!?
私と神様しか知らないはずなのに…!」
「ふふ、そうですね。
それ以外に知れるとしたら、神の声を聞ける牧師様だけでしょうか。」
「まさか…あなたワレリーさんなの?
さっき家で寝てたはずなんだけど…」
ガリーナはそう言って考え込むと、ワレリーは笑った。
「流石に弟と兄の区別はつかないですよね。
そのお陰で、今まで騙せてきたのですが。」
「え…?」
ワレリーはガリーナと目が合うと言う。
「私がワレリーですよ?
あなたと結婚したのは、ニコライのお父さんは、弟のパーヴェルですが。」
「う、嘘よ!変な嘘つかないでワレリーさん!」
ガリーナは信じられないのかそう言うと、ワレリーは先程ニコライに噛まれた腕の痕を見せた。
こんな惨たらしい噛み痕をつけるのは、狂犬かニコライくらいだ。
ガリーナはビクッと驚いてしまい、後すざりする。
ワレリーはガリーナの表情を見ると続けた。
「私とパーヴェルは入れ替わっていたのです。」
「なんで…?」
ガリーナの問いに、ワレリーは一度黙る。
それから一つ呼吸をすると答えた。
「あなたにはお教えしましょう。
…この村は、神に見放された村なのです。」
その言葉にガリーナは呆然とする。
ワレリーは続けた。
「私は、神を探しだす為にこの村を出る必要があった。
しかし、牧師の仕事を疎かにはできません…。だからと言って、このままにするのもいけません。
私は神を探しに、物流関係の仕事をしているパーヴェルと入れ替わる決意をいたしました。」
「神様を見つけだす…?」
「はい。
…しかし神を呼び戻す為には、可哀想な事に人間の犠牲が必要である事に気づいたのです…。」
ワレリーは困った顔をして言うと、ガリーナは反応した。
ガリーナの反応を見たワレリーは微笑む。
「ガリーナは命を捨てるつもりなのでしょう?
私に、神の為に命を捧げてはくれませんか?」
「え…!私が…!?」
ワレリーは何も言わずに頷くと、ガリーナは考え込んだ。
(聖書では、神のいない村は悪に侵されるって聞いたわ…
このままじゃ村は…村の未来が恐ろしい事に…!)
「あの!私で良ければ…!」
ワレリーは微笑んでいたが、次に悲しそうな顔を見せる。
「ありがとうございます、ガリーナ。」
するとガリーナは抱いていたニコライを見つめた。
ガリーナは眠っているニコライを優しく撫でると、ワレリーに聞く。
「あの…ニコライは…」
ワレリーは真面目な顔を見せた。
「ニコライも殺すのですか?」
「だって…ニコライは沢山の村人を傷つけているわ…
もうすぐ三歳なのに私達の言葉を理解してくれないし…言う事も聞いてくれないし…保育園の行事にも参加できない…!
きっと、私と同じで生涯人に迷惑をかけ続けるわ…!」
ワレリーは表情を保ちながら言う。
「…愚か者。」
ワレリーの冷たい言葉が、ガリーナの心に刺さる。
ワレリーはガリーナに距離を縮めると、ニコライの顔を覗き込んだ。
ニコライは寝る時だけは安らかな表情を浮かべる。
ワレリーはニコライの頬に優しく触れると言った。
「彼の人生は、彼の物のはずです。
ましてや、彼はやっと人生の開始時点に立った子供…
そう易々と、あなたは命を奪えるのですか?」
ガリーナは呆然とワレリーを見つめると、目を潤ます。
ワレリーはガリーナの涙を手で拭ってあげると言った。
「泣いてはなりません。
あなたは今、心に暗雲を抱えているのです。
それが晴れた時、あなたはニコライの命をどう思うでしょうか?
…きっと強く、尊く愛らしいものだと気付くはずです。」
「…わ…ワレリーさん…」
ガリーナはそう言うと、急にワレリーに抱きつく。
ワレリーは驚くと、ガリーナは目を潤ませてワレリーの顔を見た。
ガリーナの表情は悲しみではなく、喜びが混ざっていた。
「ワレリーさんだわ…!私の知ってるワレリーさん!」
ワレリーは眉を潜めると、ガリーナはワレリーから離れる。
それからニコライを愛らしく抱きしめると、暫くしてから言った。
「ありがとう。
…今だから言えるけど私ね、ワレリーさんが初恋の人だったの。
ワレリーさんは、いつもいつも私が泣いていたら慰めてくださった。
心に響く言葉を、必ず私に投げかけてくださるの。
そんな言葉をかけられるワレリーさんが憧れで…!魅力的で。
でも、やっと結ばれたワレリーさんはちょっと想像と違って…
だけど今やっとわかったわ。ワレリーさんは、パーヴェルくんとして生きていたんだって。」
「ではパーヴェルの事は?」
「パーヴェルくんにも沢山魅力があるわよ。
怠惰だけど無邪気で、素直で、私の為に本気になってくれる。」
さっきとは裏腹に、幸せそうに語るガリーナ。
それを見たワレリーは優しく微笑む。
「やはり…あなたが引き受けてくれて良かった。」
ワレリーはガリーナに近づくと、布を用意。
「少し目隠ししてもよろしいですか?」
「え、ええ。」
「秘密の場所にご案内します。」
ワレリーはガリーナに優しく目隠しをすると、ガリーナの背中を押してどこかに案内した。




