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⑦宝にするか、がらくたにするか


 図書館を出ると、昼を過ぎたばかりの少しだけ眠気を誘うような空気が辺りに漂っていた。行き交う人はみんなどこかマッタリとした目で、歩幅も小さい。


 俺はドラゴンの鳴き声を頼りに、ゆるゆる歩く人々を縫うようにして走った。スポーツは得意じゃなかったけど、毎朝電車に乗り遅れないためには走るしかなくて、今はそれと同じような感覚だ。


 走ると脳内から余計な思考が消えていく。必要な情報ばかりが明確にビジョンとして現れるんだ。


 ある日の歓談で、聖女は言った。


「ね、あの子、結婚するかもよ」


 あの子とは、ツコリさんのことだ。俺なんかの世話係に任命された苦労人で、でも俺が前の世界の話をすると目を輝かせて聞いてくれるし、本を読ませれば没頭してスポンジのように知識を吸収していく。素敵で素直で前向きな人だ。俺と正反対というか。


 結婚相手は子爵家の長男。代々優秀な近衛を輩出する家で、だからこそ彼女の素直さが買われたらしい。


 その婚約に対抗したいなら功績を上げろと、聖女は言う。今はただ、義理で国に生かされているだけなのだからと。


「今まで資料作ってもらってたヤツ、祐司(ゆうじ)さんの仕事だって言ってもなぁなぁにされてたじゃない。まぁ祐司さんも別にって感じだったけど。だから今度こそ、さ」


 聖女はずっと、俺の功績に見合った褒章をと訴え続けてくれていたのだ。とはいえ聖女がプレゼンするから人々は俺の進言に聞く耳を持つのであって、俺だけの功績ではない。

 そんな風に遠慮していたのが、ここにきて悔やまれるなんてさ。


 だから気合を入れて、ギョーナム山の土砂崩れ対策をしようということになったんだ。それが緊急遠征になってしまって……。


 ギャオウ、とシダードラゴンが鳴く。空腹で気が立ってきているのかもしれない。


「何かわかった?」


 俺が到着するや否や聖女が問う。イケメンの騎士団長のほか、国王陛下までもがその場にいた。聖女と騎士団長がいれば苛立つドラゴンからも守ってもらえると思ってんのか、このジジイは。


「ドラフを与えましょう。個人飼養が許可されているクレイドラゴネットをご存じでしょうか。シダードラゴンとは近縁という説があると」


 俺の言葉に陛下が聖女を見、彼女が頷くのを待ってゴーサインが出された。このジジイもしかして聖女の言いなりか?


 その後、運ばれてきたドラフを平らげてシダードラゴンは満足気に眠りについた。聖女特製の魔法障壁を張ってドラゴンを隔離し、俺たちは場所を移動した。


 遠征の報告会があるのだと言う。聖女の鶴の一声で、俺も急遽それに参加することとなった。


「ギョーナム山の土石流対策、本当に助かった。これはみんな祐司さんのこと認めざるを得ないと思うんだよね。今の餌の件も陛下の目の前で見せたわけだし、ちょっと強引にいっていいと思う」


 会議室へ入る直前、聖女がそう俺に耳打ちした。


 実際、報告としてあげられる内容はどれも壮絶だった。俺の指示した対策がなければ、死者数は何十倍何百倍にもなったことだろう。

 テレビで数十年前に起こった噴火と火砕流の映像を見ていなかったら。その後の対策についての情報番組を見ていなかったら、ここまで具体的な指示はできなかったろうけど。


「……して、ユージン・タニーケ。今回の最功労者だ。何がほしい」


 会議室に座る、偉そうな貴族連中の視線が一斉に俺を見た。大手の面接受けたときより緊張するなこれ。営業とかプレゼンとか本当に苦手だったのに、まさか自分を売り込むのかよ。


 ――悔しいとは思いませんか?


 いつかのツコリさんの言葉が耳に浮かぶ。

 ああ、悔しいよ。悔しいとさえ思わなかった過去の自分をぶっ飛ばしてやりたいくらい。


「私には結婚したい人がいます。彼女を迎えるには地位が必要で――」


「随分と個人的な理由だ」


 誰が発した言葉かはわからない。俺はここにいる貴族の誰も知らないからだ。だが俺を揶揄する声は次第に大きくなっていく。


 例え社内でも、思うように人を動かしたければしっかりと顔を覚えて根回しをしておけと、上司に言われた言葉を今更思いだした。


「個人的な理由であろうがなかろうが、私の為したことは変わりません」


 立ち上がって、俺がこの国に来てからやり遂げたことをひとつひとつ挙げていく。ほとんどは聖女の名の下に動いた案件だが、実際に資料を作った俺が説明できないことなんて何もないんだ。


 トマトを食用として栽培するようになって、テーブルの彩りが変わった。が、トマトは何より貧困層への恵みになったはずだ。

 ボタンを安価に流通させたのは衣料品に大きな衝撃を与えた。それは日々の衣類の着脱を容易にするばかりか、新たな雇用も生み出した。

 ずっと国交のなかった国からの急使をなんのミスもなく歓待できたのは、相手の文化への理解があったからだ。それは無駄な戦闘を回避したと聞いている。


「ギョーナム山対策の指示を私が出したことについては、近衛の方が証言してくれるはずです。そしてシダードラゴンの飼育対応については陛下が」


 話し終わる頃には、会議室の中はシンとしていた。

 聖女は、顎で陛下を指す。もう一押しだと言いたいらしいが、顎はやめろ。


「彼女との結婚を許していただけるなら、この智は倍になるでしょう。だがこの純粋で根源的な願いさえ聞き入れられないなら、この国は宝の山をただのがらくたの山に変えることになる」


「ツコリ・コティンニといったか」


 陛下はそう呟いて、室内をぐるりと見渡した。陛下に意見を述べようとする者はおろか、目を合わせようとする者もいない。


 そして俺は結婚の許しをもらった。さらに子爵という地位を。

 ツコリさんにプロポーズするために必要な資格は得た。あとは最後の試練をパスするための武器を手に入れるだけだ。


 会議の途中で部屋を飛び出すと、外はもう日が沈みかけていた。


 


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― 新着の感想 ―
[一言] 聖女さんが味方でホント良かったよねぇ( ´∀` )
[良い点] やったぜユージン! 聖女さんもナイスアシスト!
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