⑥なるはやってなんですか
なぜユージン様がわたくしの婚約についてご存じなのでしょうか。曇った眼鏡の奥が見えません。
彼にはいちばん、知られたくなかった。
「あの、それは――」
「ところでツコリさんは何かご存じではないですか? シダードラゴンの餌について困ったことになっていまして。主食である杉はこの近辺ではそう多く採取できませんから……これさえ、どうにかなればきっと」
珍しく、ユージン様が私の言葉を遮りました。
そう、ですね。わたくしの婚約の話よりも、聖女様の連れ帰ったドラゴンのほうが大切に決まっています。
「……それでしたら先ほど気付いたのですが、シダードラゴンはクレイドラゴネットの近縁という説があるそうです。仮にそれが正しいなら、お酒の絞り滓が使えるのではと」
ガタンと大きな音をさせて、ユージン様が立ち上がりました。
わたくしの両手をとって握り、ぶんぶんと上下に振ります。
「それだ! ありがとう、ツコリさん。さすがです、本当に頼りになる人だ」
わたくしに背を向けて、ユージン様が走り出そうとなさいました。
頼りになる、だなんて。
「あの!」
わたくしは思わず叫んでしまいました。
嫌なのです。この気持ちは叶わなくとも、わたくしはやっぱり結婚なんてしたくない。ユージン様に、誤解されたままでいたくない。
足を止めて振り返る彼の目を真っ直ぐに見つめます。
「誤解です。婚約なんて、していません。わたくしはここにいたいのです、あなたと」
一瞬だけ目を丸くしたユージン様が、戸惑いの表情を浮かべたままこちらへ歩いていらっしゃいました。
「えっと、私はあまり鋭いほうではないんですが……それはもしかして」
彼の手がわたくしの両の肩を掴みました。強いのに優しい触れ方で。何か言いかけては口を噤むというのを何度か繰り返して、彼はまたその手を離してしまいました。
「ユージン様?」
「すみません! 俺行かなくちゃ。でも必ず戻ってきます、すぐは無理かもしれないけど、絶対、なるはやで! だから待ってて!」
それだけ言って、彼は図書館を飛び出して行きました。お出かけになる前に一体何を言おうとしたのか、そしてどちらへ行かれたのか、気になって本を読もうにも頭に入って来ず。
「なるはやってなんですか……」
呟いた言葉は本でできた壁が吸い込んでしまいました。