②聖女様とご歓談だそうです
聖女様が召喚されてから2年近くが過ぎました。ユージン様のお仕事をお手伝いするようになってからももう1年以上。
なんとユージン様は聖女様と同様、言語に関するご加護をお持ちでした。あらゆる土地のあらゆる時代の文字をお読みになれるのです。
わたくしは基礎教育しか受けておりませんから、国内の図書の仕分けしかお手伝いができません。それでも、「助かる」とおっしゃってくださるユージン様を今ではとても尊敬しています。
「ツコリさんのおかげで蔵書目録の作成もかなり進みましたね、ありがとうございます」
執務机の周りには、作成途中の目録がうず高く積み上げられています。目を通した蔵書は8割を超えたあたりでしょうか。棚の整理は手付かずのまま。
ユージン様は熟読したいのをこらえて、内容の把握だけにとどめているようです。
「とんでもないことでございます。ですが、目録とは何種類も必要だったのですね」
「以前の世界でしたらパソコンひとつで管理できたのですが……。図書の探し方はいくつかあります。タイトルから、内容から、著者名から。本を求める誰かのために、せめてこの三種類で仕分けた目録は用意したいですね」
彼の口からパソコンという言葉が出るのはいつものことです。説明を乞うたところで、形状ひとつとっても板だったり箱だったり折れ曲がっていたりして要領を得ません。私の理解の及ばない言葉はパソコンにとどまらないのですが……。
「サー・タニーケ、お迎えにあがりました」
王国図書館の入り口から、聖女様付きの城中下女が顔を出しました。
ユージン様は生活の保証を受けるにあたり、聖女様の元側仕えとして便宜上「騎士爵」に叙されています。そして、月に一度や二度、聖女様と歓談する時間が設けられているのです。
それは聖女様の希望によるもので、同郷の者と話すことでお心が穏やかになるのだとか。
良い天気なせいか、本日の歓談はお庭で軽食をいただきながらのようです。わたくしは聖女様付きの侍女から数歩離れたところで待機いたします。
輝くほど黒い髪と、日の光を受けるとほんのり茶色くなる瞳はユージン様も聖女様も同じです。きっと種族も同じで、おふたりは以前の世界では近しい場所で暮らしていらっしゃったのだろうと考えられます。
「それでね、セクハラがひどくて――」
「改善させるようこちらからも働き掛けてみましょうか」
「いいえ、そっちはまだいなせるから大丈夫なの。でも前に言ってたストーカーがちょっと、ね」
聖女様はいつもこうして、おふたりにしかわからない言葉を用いてお話をなさいます。それは、聖女様が精神を安定させるのに必要なことなのだ、とユージン様が以前おっしゃっていました。
私にはそれが、ほんのちょっぴり、羨ましい……いえ、妬ましい、のです。
「それより、前にジャストアイデアだけどって言ってた土砂崩れ対策、提案してみたらすんなり通ったの。また資料をお願いできる?」
また、ですか。聖女様の言葉にため息が出そうになるのを、深呼吸で抑えました。
聖女様はこの2年ですでに数え切れないほどのご活躍をなさっています。が、その中の少なくない数が、本当はユージン様のご功績だということをわたくしは存じております。
観賞用の植物であったトマトを食物として定着させたのも、高級品であった服飾用のボタンを安価に流通させたのも聖女様だと言われています。けれど聖女様に提案し、実現可能性まで含めた資料を作成したのはユージン様なのです。
聖女様の名声があがるたび、私は心で「ユージン様のご功績よ!」と叫びたい気持ちにかられます。
私は一度だけ、ユージン様に尋ねたことがありました。悔しいと思いませんかと。けれどユージン様の答えは、否、でした。
「適材適所という言葉があります。以前、私はモノを売る営業という仕事をしましたが、なかなか業績は伸びませんでした。ある日、資料作成の苦手な同僚に乞われて、私が日ごろ使う資料を彼の顧客に合わせたものへ変えて流用したところ、大きな受注へ結びついた」
「はぁ」
「要はね、ツコリさん。聖女様のお立場とカリスマ性と実績があってこそ、通用するということです。私が『トマトは食べられる』と何度言っても、食べてみせても、信じる人は少ないのですよ」
「そういうものでしょうか」
「そういうものです。それに私は、ツコリさんと一緒に図書の仕分けができたら、それで満足ですから」
あの時は確か、そう言ってすぐに机に突っ伏して眠ってしまったんでしたっけ。
そんな風に思い出を振り返っていた私の耳に、ユージン様の驚く声が聞こえてきました。
「結婚、ですか?」