①お世話係に任命されました
わたくしはツコリ・コティンニと申します。王城で礼儀見習いをさせていただいており、このたび、ユージン・タニーケ様のお世話を申し付かりました。
ユージン様は聖女様の元側仕えでいらっしゃいます。
ああ、どこからお話をしたらよろしいでしょうか。この国は瘴気の広がりやすい土地であり、定期的に異世界より聖女様を召喚することとなっております。
前回の召喚から100年が経ち、深い森から湧き出す瘴気が、ついに人の住む土地まで広がってまいりました。そこで半年ほど前に、新たな聖女様を召喚することに。
それでユージン様というのは――。
「えっ、ユージン様! ユージン様!」
休憩をとっていただこうと、彼の職場である王国図書館へお茶をお持ちしたのですが、ユージン様は高い梯子の上で器用にも眠っていらっしゃいます!
こういった場合に備えて用意したクッションを梯子の周りに敷き詰め、ユージン様のお名前を何度も何度もお呼びしました。
「ん……ああ、ツコリさん。おはようございます。また寝てしまっていましたか」
「またって、もうこれで三度目でございます! しっかり休息をとっていただきませんと」
ハラハラするような足取りで梯子を降りていらっしゃったユージン様が、あともう一歩のところで足を踏み外してしまいました。
「ユージン様!」
思わず彼のもとへ走ったわたくしの上へ、ユージン様が転がり落ちてきます。
あらかじめ敷き詰めてあったクッションと、ユージン様ご自身も梯子に留まろうと努力してくださったおかげで、大事にはならなか……大事には……。
「ユ、ユ、ユ、ユージンさま……」
「わっ! すっすみませんっ、決してわざとでは!」
ユージン様はわたくしの胸のふくらみから手をどけて、落ちた眼鏡を拾い上げました。再び「申し訳ない」と謝罪を繰り返し、ユージン様は数冊の本を抱えてご自身の執務机へ向かいます。
これは事故、これは事故、と胸の中で言い聞かせながら、わたくしはお茶をご用意してからクッションを片付けました。
ええと、どこまでお話したかしら。
ユージン様は今代の聖女様とご一緒に、わたくしどもの世界へといらっしゃったのです。聖女様が彼のことを「恩人」とお呼びになったため、衣食住を一生涯の間、保証することとなりました。この召喚は一方通行、元の世界へ戻っていただく術はございませんから。
ただ……ほかに必要なものはないか、との問いにユージン様は「仕事」とお答えになったそうです。
「ユージン様は本当に働くのがお好きなのですね」
「いやぁ……私なんかはこれといって趣味もないし、仕事して帰ってテレビを見て寝るだけ。仕事を失ったら、私が何者なのか私にもわからないから、だから必要なんです」
「はぁ」
わたくしには、ユージン様のおっしゃることがたまに理解できません。テレビなるものがなんなのかサッパリ。
ユージン様は両腕をあげて「うーん」と大きく伸びをして、わたくしのご用意したお茶に手を伸ばしました。
カップを見て頷き、お茶の香りに頷き、一口飲んでまた頷く。わたくしはユージン様のこの仕草を拝見するのが大好きで、ついつい見入ってしまいます。
「これは私が子どもの頃に憧れていた仕事だけど、違う世界に渡ってから夢がかなうとは思わなかったな」
「これは……」
「誰もやりたがらない仕事、ですよね。他の方にも言われました。でもね、ここは宝の山ですよ。世界の全てがここにある」
ユージン様に任されたお仕事は、図書館内の蔵書目録の作成と図書の整理でした。
建国以来の長い歴史の中で、天災、魔物の襲撃、図書館の建て替え等々、図書は幾度も焼け落ち、破損または紛失し、バラバラになりました。
一方でそれを管理するには、整理し終える前に担当者が変わってしまうことから遅々として進まず。タイトルの文字列順に並べるので精一杯でしたが、それだって正しく並べられているとは言えません。
「宝の山……?」
「例えばそうだなぁ。このティーカップ。ドーチャ領産の磁器で絵付けはカルール・ジノによるものですね。異世界人の私がなぜそれを知っているか?」
ユージン様がわたくしに笑いかけました。彼の執務机に積み上げられている本の中に、その答えがあるのでしょう。
「それでもやはり、宝とは思えませんわ。女が知識を求めるのは『はしたない』と言われますから」
「それはとてももったいないことです。ではこうしましょう、私の仕事を手伝ってはもらえませんか?」
そう言ってユージン様は手近な本をわたくしに見えるよう掲げます。それには「聖女口伝抄」とありました。
歴代の聖女様は同じ女性でありながら、聡明でその叡智に誰も追い付けなかったと聞いたことがあります。そう、女性が知識を持つことが悪いなんて、そんなはずないのかもしれません。
「手伝ううちに覚えてしまったことは、自発的に求めたことにはならない、ということでございますか?」
「どうかな、ただ手伝ってもらえたら楽になるなと思っただけですよ」
ユージン様はとても嘘が下手な方ですわ。
しなくてもいい仕事を求めておいて、楽がしたいだなんて可笑しいですもの。