私の隊長さん
「レイクウッド・フリード!王女である我が娘、エルフィーナを暗殺しようとした罪で,
きさまを処刑とする!」
「そ、そんな……」
長年、騎士としてこの国に仕えてきた俺が、そんなことをするはずがないではありませんか。
俺はエルフィーナ様と約束をしたんだ!俺の命がある限り、俺はエルフィーナ様を守ると。
「証拠ならある!副隊長ニーナ・サランドの証言。それと、これがエルフィーナの親衛隊が押収した犯人の私物だ」
そう言って投げ渡された短剣には、俺の名が刻まれていた。
この短剣は、騎士団に入る際に個人に与えられるもの、今朝から行方不明だった俺の短剣に他ならない。
「それを見ても、まだ自分は無実だと言い張るか?よかろう、弁明することがあるならば冥途で語れ!直ちにこの者の処刑を執り行え!」
「お待ちください、父上。いえ、ゼノス・ランス・ノースフォート王。この者の処刑、いま一度、御考え直しください」
「エルフィーナか。では、この者の処分はどうするというのだ?」
「レイクウッド・フリードは私が幼いころから、長年に渡り尽くしてきました。
ですので、せめてもの情けとして、レイクウッド・フリードを国外追放とし、今後、この国への入国を許さないものとすることでいかがでしょう?」
「しかし、一度は暗殺を試みたのだぞ?生かしておけば、またお前の命を狙うやもしれん」
「その場合は、私自らの手で、あの者を処刑します。どうかご一考を」
「うむ、エルフィーナがそう言うのならば……よかろう。では、レイクウッド・フリードを本国から永久追放とし、今後一切、我が国へ足を踏み入れることを許さん!わかったら、直ちに立ち去れ!」
国王に一礼したのち、エルフィーナ様は俺の方へ向き直った。
今までに見たこともないような冷たい視線で俺を見下ろしている。
エルフィーナ様まで、信じてはくれないというのか。
俺はやっていない、信じてください。約束したではありませんか、エルフィーナ様……。
「レイクウッド・フリード、今まで大儀でした。こんなかたちとなり残念ですが、自室に戻り、荷物をまとめたのち、直ちに立ち去りなさい。必ず、自室に戻り荷物を整理するのですよ。あなたの私物の処分をするほど、我が国の兵たちは暇ではありませんからね」
***
なんでこんなことになった……昨日、俺はエルフィーナ様の護衛任務を終え、副隊長であるニーナや他の部下たちと一緒に酒を飲んで、気づいたら自室にいた……。
昨夜のうちに無意識にエルフィーナ様を手にかけようとしたというのか……いや、あり得ない。
「……。……さん?………………隊長さん!」
「あ、ああ、リンシアか。すまない、何か用かな?」
「どうしたんですか?浮かない顔して……」
「ああ、いろいろあってね。そうか、気づかないうちに、こんなところまで歩いてきていたのか……。もう、荷物の整理なんて、どうでもいいな……」
「あの……隊長さん?」
「あ……ああ、そういえば、家の扉の調子が悪いという話だったか?すまない、扉の修理は手伝えそうにないんだ。お詫びと言ってはなんだが、これをきみに。俺が騎士団に入ったときにもらったもので、長年愛用していた俺の短剣だ」
「えっ!?そんな大事なもの受け取れません!」
「いいんだ……いいんだよ。リンシアには今まで良くしてもらったからな。じゃあ、俺はこれで。今まで、ありがとう……」
「え……えっ!?それってどういう……あの、隊長さん!?ちょっと待って……」
***
また、あの時の夢か……。あれから、もう3年も経つのに、いまだにあの日のことを夢に見る。
俺がノースフォート王国を追放されたあの日の夢を。
もう引きずってないつもりなんだけど……くそ、イヤな気分だよ、まったく。
気怠さを覚えながら身支度を整え、家を出て、向かった先はこの町のギルド。
「あっ、お疲れ様です、レインさん」
「ああ、お疲れ様。これが今回の依頼の品だ」
「はい、たしかに。周辺の獣の監視と討伐、いつもありがとうございます。
こういう依頼は地味で人気がないから、なかなか受けてくれる人がいないので、レインさんみたいに率先して受けてくれる人がいると、私たちギルド職員も助かるんですよ」
「それは良かった。俺に討伐できるのは、周囲に住む野生の獣くらいだからね」
「ご謙遜を。そうそう、最近、周囲の森で女性の旅人が目撃されています。もし見かけたら保護してあげてください」
「旅人?冒険者ではなくか?」
「はい、目撃者の話では小さな荷車を引いた女性だったと」
「捜索依頼はギルドに出ていないのか?これからの時期は獣たちが殺気立っていて危険だというのに」
「はい。ですので、ギルドとしても冒険者の方々に、こうして呼びかけることくらいしか……」
「わかった、森に行くことがあれば注意してみよう」
「よろしくお願いします。あっ、こちら依頼達成の報酬です。また明日、お待ちしておりますね」
俺は受付嬢から報酬を受け取るとギルドをあとにした。
ノースフォート王国を追放されてから、俺は大陸北部にあるブルムーン王国で、自身の名を変え、冒険者として暮らしている。
畑を荒らす獣を狩ったり、周辺に住み着いた野生動物を駆除する依頼を受けることが多いためか、レイン・ウッドフォードという名は、町の便利屋として、冒険者で知らぬ者はいないくらい有名になってしまった。
森に女性の旅人か……ちょっと様子を見に行ってみるか。
***
森に入って数時間といったところか、さすがにそう簡単には見つからないな。
そもそも、森の中で迷子になったかどうかもわからないし、自力で森を出ることだってできるかもしれない。
いつから目撃されているのかくらい確認しておくべきだったな。
俺が諦めて帰ろうとしていたその時。
焚き火の跡とスリンキーベアの足跡を見つけた。
しばらく足跡をたどっていくと、すぐにその足跡の主に遭遇することができた。
同時に俺は、その足跡の持ち主と荷車の陰に身を隠している女性の間に割って入った。
「大丈夫ですか?」
「えっ、あ、はい、大丈夫……です」
「少しだけ待っていてください、この熊は危険ですから」
***
「あ、あの……ありがとうございます。その、助けていただいて……」
「いえいえ。スリンキーベアの退治は慣れていますから。それよりもなんでこんなところに?」
そう言いながら振り返ると、その女性は、被っていたフードを取り去るところだった。
「「あっ!」」
思わず、俺たちは同時に声を上げていた。
「隊長さん!?」
「リンシア!?」
「リンシア、どうしてここに……うわっ!」
「やっと会えた!良かった、生きてた……何も言わないでいなくなるから、ずっと探してたんですよ!あんなに良くしてもらっていたのに、ちゃんとお礼も言えなぐで……うっ、うえぇぇぇ」
リンシアは俺の胸に顔を埋めながら泣いた。
俺はどうすることもできず、とりあえず泣いている彼女の頭を優しく撫でた。
それに気づいた彼女は、バッと俺から離れ、勢い良く頭を下げた。
「あ、あの、すいません。私、つい……」
「あ、ああ、構わないよ。それよりもこれ。そんな顔じゃ、森から出たら笑われちゃうよ?」
そう言って顔を拭くように差し出した布を、彼女は恥ずかしそうに受け取ると、そそくさと涙と鼻水を拭った。
「えっと、その、隊長さんは、どうしてここに?」
「ギルドで、森に旅人風の女性がいると聞いたんだ、まさかリンシアだったとは思わなかったけど」
「ギルド?隊長さん、ギルドって……」
「その話は歩きながらにしよう。まずは森を出ないと」
リンシアは、行商人として各地を転々としていたらしい。
この森には、ブルムーン王国に向かう途中で野草や果物を採りに入っていたが、そのまま迷ってしまったとのこと。
まさか、本当に迷子になるやつがいたとはな。
「それで、隊長さんはどうしてここに?それにさっきギルドって?」
「ああ、それは……」
俺は、リンシアに別れを告げたあの日から今に至るまでを簡単に説明した。
「それじゃあ、隊長さんは身に覚えのない罪で、ノースフォート王国を追放されたんですか!?あんまりじゃないですか!ゼノス王もエルフィーナ王女も……」
「そうかもしれないな。でも、エルフィーナ様は、俺が処刑を言い渡されたときに、追放処分にするよう進言してくれたんだ。今、俺が生きていられるのはエルフィーナ様のおかげだよ」
「そんな……隊長さんはお人好し過ぎます。もっと怒ってもいいんですよ?」
「そうかもな……リンシア、見ろ、森を抜けるぞ。これからどうするんだ?どこかほかの国に行くのか?」
「いえ、せっかく隊長さんに会えたんです。しばらくは、ここブルムーン王国に御厄介になろうと思います」
「そうか、じゃあまずは住む場所をなんとかしないとな。俺の家は、空いている部屋がない。さすがに同じベッドで寝るわけにもいかないし、まずはギルドに行って相談してみよう。もしかしたら、格安で住む場所を提供してくれるかもしれないぞ」
「わ、私は……同じ部屋でも、その……」
「ん?何か言ったか?」
「い、いえ!さ、さあ早くギルドに向かいましょう」
***
「格安で家を用意してほしいですか……そういった依頼はギルドではお受けしていないのですが……わかりました。私の知人を紹介しますので、話をしてみてください。きっと協力してくれると思いますよ」
「感謝する」
「ありがとうございます」
俺とリンシアは受付嬢の紹介を受け、なんとか格安で住む場所を借りることができた。
「家賃は今まで通り、野草や果物を売ってなんとかしたいと思うんですけど、売る商品をどうするか……」
「それなら、俺がなんとかしよう。これからの時期は森に入るのは危険だ。俺がギルドの依頼を受けるついでに採集してくるよ」
「えっ、いいんですか!?私は助かりますけど、大変じゃないですか?隊長さんだって、自分の依頼があるのに……」
「気にするな、ノースフォートにいる頃は、よくリンシアには助けてもらったし、依頼のついでだと思ってくれればいい。ただし、これからは雪期といって雪が多く降る。野草や果物よりも獣の肉や毛皮を売る方がいいだろう」
「本当に何から何までありがとうございます」
こうして、リンシアはブルムーン王国で住む場所と仕事を得た。
そして俺の生活も、それに伴い変化していった。
まず変わったことといえば、ギルドの依頼とは別に、森での採集作業が増えたこと。
これについては、自分の生活以外にリンシアの生活もかかっているとなると、不平不満を言っている場合ではない。
そして、もう一つ変わったこと、それは……
ドンドン
「隊長さーん、朝ごはん持ってきましたよー!」
元気いっぱいに扉を叩くのは朝食を持ってきたリンシアだ。
彼女は、俺が採ってくる野草や果物、獣の肉などのお礼と言っては、こうして食事を届けてくれる。
俺としては、朝からこんなに美味しい料理が食べれるのだから、ありがたいことこの上ない。
しかも、今までは黙々と食べていた食事を、こんなに可愛い女性とともにできるなんて、夢のような気分だ。
夢か……夢といえば、今日もあの夢を見たな……。
一体いつまで、俺はあの時の記憶に縛られながら生きていくのだろう……。
「隊長さん、どうしたんですか、ボーっとして。朝ごはん、お口に合わなかったですか?それともなにか不満でも?」
「ん、あ、ああ、いや、なんでもないんだ。不満、そんなものないさ。朝からリンシアのような美人さんと食事ができて不満なんてあるものか」
俺はやや視線を外し、鼻の頭をかきながらに答えた。
「えへへ、それならよかった。もし、嫌いな食べ物があったら言ってくださいね」
「ああ、ありがとう。リンシアは何か不満はあるか?仕事の方はうまくいっているか?」
「お仕事は、皆さん良くしてくれているので問題ありません」
リンシアは、明るく人当たりが良い。おまけに美人だ。
おかげでここに来て、まだ間もないというのに、商人として、もうすっかり受け入れられていた。
「ただ……不満はあります。できれば、もう少し……その、なんて言うか……関係性を深めていけたらなって……」
「そうか、俺の目から見ると、みんなには、もうすっかり受け入れられているように見えるんだけどな。
それなら、少し変わった野草や果物なんかを売ってみるのはどうだ?俺も、普段行かないところを探してみるとしよう」
「えっ……あ、はい。ありがとう……ございます」
珍しい野草や果物を売っていれば周囲の店とは差が生まれる。
そうすれば、客としてもリンシアの店でなければと思うようになるし、自然とみんなとの関係性を深めることもできるはずだ。
「…………ばか」
「ん、なにか言ったか?」
「ううん、なんでもないです。さあ、今日も頑張ってお仕事しましょ!」
***
そんなこんなで今日も、周辺の森に住み着いた獣の討伐を済ませ、ついでに野草や果物の採集をっと。
今日もあまり珍しい野草や果物は見つからなかったな。
まあ、受ける依頼が毎回似たような内容だから、そうそう珍しい野草や果物は見つからないよな。
リンシアにはノースフォート王国にいるときから、果物を分けてもらったり食事をご馳走してもらったりと、本当にいろいろ良くしてもらった。
ブルムーン王国で再会した後も、毎日食事を用意して届けてくれているし、俺も少しでもリンシアのために何かしてやりたいんだが。
「お疲れ様です。こちら、報酬になります。そうだ、レインさん。レイクウッド・フリードという人をご存じですか?」
「えっ、レイクウッド・フリード……ですか?」
「はい。先ほど、こちらにレイクウッド・フリードという人はいるかと訪ねてきた方がいらっしゃいまして。外見的特徴がレインさんに似ていたので、お知り合いにいらっしゃるかと」
「い、いえ、俺の知り合いにはいませんね。ちなみに訪ねてきたのは、どんな人だった?」
「冒険者風の女性でした。この辺では見かけない装備を身につけていたので、そちらに目が行ってしまって、顔の方はあまり覚えていないのですが……」
「そうか、わかった。俺の方でもレイクウッド・フリードという人に会うことができたら伝えておこう」
「はい、よろしくお願いしますね」
レイクウッド・フリードの名を知っている者は、おそらく、ここブルムーン王国にはいないはずだ。
だとすると、ノースフォート王国からの刺客か?
いや、刺客だとしても3年もたった今さらにか?
何にせよ、関わり合いにならないほうがいいだろう。
リンシアにもこのことを伝えておいたほうがいいかもな……。
「見つけましたわ……いえ、見つけました。あなたはレイクウッド・フリードですね?」
家路を急ぐ俺の背後から突然女性の声が響き渡った。
どこか聞き覚えがある声に、俺は足を止め振り返ったが、時刻は夕暮れ時。
さらにフードを被っている彼女の顔は自分の知り合いかどうかも判断ができなかった。
「どなたかは存じませんが、人違いではありませんか?」
「えっ、どなたかは存じない?私を忘れてしまったのですか?私はあなたを忘れたことなどありませんでしたよ、レイクウッド・フリード」
忘れたも何も、顔があまりよく見えないんだよな。
近づいてまじまじと見れば思い出すかもしれないけど、もしも刺客だった場合、隙を突かれでもしたら目も当てられないし。
「申し訳ありません。私の方でもレイクウッド・フリードをいう人に会うことができたら、あなたのことを伝えておきますので、もしよければ、お名前を教えてはもらえないでしょうか?」
「そう……ですか。そうですよね、あなたからすれば、私は憎むべき対象でしょうし……」
「あ、あの、お名前を……」
「いいえ、結構です。いずれまた……」
彼女はそれだけ言い残し立ち去った。
いずれまた……か。いつになっても、どこに行っても、俺はノースフォート王国に縛られて生きていかなければならないということなのか……。
「あっ、隊長さん、おかえりなさい。今日はいつもよりも遅かったですね」
家に帰ると、すでに中ではリンシアが夕飯を用意してくれていた。
「ただいま。リンシア、少し話しておきたいことがあるんだ」
俺の言葉に何かを察したかのように、リンシアは真剣な表情で椅子に腰かけた。
「ギルドからの帰り道、俺のことを知っている人に遭遇したんだ」
「隊長さんを知っている人……ですか?」
「そうだ。俺がレイン・ウッドフォードではなく、レイクウッド・フリードであると知る人物……」
「それって……」
「ああ、おそらくはノースフォート王国の刺客だろう。俺の命を狙っているかまでは、わからないが、ギルドにも俺を訪ねてきた者がいるという話だし、用心したほうがいいかもしれない」
「そうですか。あの、隊長さん。もし……もしもですよ、その人が隊長さんの命を狙っているとしたら、ここにいるのは危険ですよね?それならいっそのこと、私と二人でどこか別の国に行きませんか?」
「そうだな、もし本当にノースフォート王国の刺客に命を狙われているとするなら、それもいいかもしれないな」
「もう、本当に鈍感なんですね。……隊長さん、私、これからもずっと隊長さんと一緒にいたいです」
「えっ…………それって……」
「あっ、いえ、今のは忘れてください。命が狙われるかもって聞いて、ちょっと焦っちゃいました。
あっ、でも、嘘ではないですよ。いつか、隊長さんのお返事、聞かせてくださいね。
さあ、夕食にしましょう。せっかくの料理が冷めちゃいます」
その日の夕食は味がしなかった。
いや、見た目にはいつも通り美味しいであろうことが伝わってくるし、実際美味しかったんだと思う。
ただ、リンシアの言葉を受け、気持ちが浮ついていたのか、あまり味を覚えていないんだ。
覚えているのは、フワフワとした感覚で、食事を口に運ぶのがやっとだったということ。
嬉しくないわけではない。
実際、リンシアは美人だし、優しくて気が利くし、なにより今まで本当に世話になった。
だから、リンシアの気持ちには応えてやりたいとも思う。
だが、俺はエルフィーナ様を守ると……いや、国を追放された俺が、もう王女様を守ることなどできるわけもない……か。
***
その翌日、俺は初めてギルドの依頼を完遂することができなかった。
失敗したわけではない、ただ追い払うことはできても、仕留め切れなかったのだ。
いまだに気持ちが浮ついていて、依頼に集中できなかった……こんなことは初めてだ。
「お疲れ様です、こちら報酬になります……。討伐失敗ということで、今日のところは特別報酬はついていません……」
「ああ、すまない。取り逃がしてしまうとは……」
「なにか、あったんですか?」
「いや、たいしたことではないんだが。実は……」
俺は昨日のリンシアとの出来事を受付嬢に話した。
「それでそれで?」
「あっ、いや、だから……」
「リンシアさんとはどこで?いつからお知り合いなんですか?」
女性というのは、この手の話になると急に饒舌になるよな。
相談する相手を間違えたかな。
「あー、でも、ちゃんとレインさんの気持ちは伝えてあげないとダメですよ?そういうのって勇気がいることなんですから!返事はあとでいいって言ってたからって、返事をしないでいい理由にはなりませんから!綺麗な言葉じゃなくていいんです、率直な気持ちを伝えてあげてください」
「ああ、そうだな、そうするよ」
「はい。それでこそレインさんです。ギルドとしても、いつものように依頼を達成してくれないと困りますから。それにしても……あーあ、リンシアさんかぁ。別の人なら、まだ私にもチャンスがあったのになーなんて」
受付の女性はそう言うといたずらっぽく笑った。
俺はギルドをあとにし、ぼんやりと考えながら通りを歩いた。
リンシアへの返事……俺はリンシアのことをどう思っているんだ。
嫌い……そんなはずない。実際、ずっと一緒にいたいと言われて嬉しかったのも事実だし、リンシアの気持ちに応えたいと思っているのも事実だ。
しかし、踏み切れないでいる。でもその理由も分かっている。
そして、その理由を取り去る方法も……。
ふと、視線を上げると、周囲には露店が立ち並んでいた。
俺はそのうちのひとつに立ち寄ってから、家路についた。
ドンッ
帰り道、すれ違いざまに一人の女性とぶつかった。転倒した女性に俺は手を差し伸べた。
「すみません、ぼーっとしていたもので」
「いえ、私の方こそ……」
倒れていた女性は、俺の差し出した手を握り、ゆっくりと立ち上がった。
「えっ、エルフィーナ様!?」
「レイクウッド・フリード……ようやく思い出してくれたのですね」
思い出す?何を言って……そうか、この声……先日、街で呼び止められた時の。
「先日、俺を呼び止めたのは、エルフィーナ様だったのですね。しかし、エルフィーナ様がお供も連れずに、なぜこのような場所に?」
「それは……あなたに会いに来たのですよ、レイクウッド・フリード」
「俺に……ですか?」
「はい。あなたはなぜ今さらと思うかもしれませんが、私たちは3年前のあの日より、ずっとあなたを探していました。まさか、私の言葉を無視し、身支度を整えずに出ていくとは予想もしていませんでしたよ」
そうか、あのとき、自室に戻るように釘を刺されたのは、何か意図があってのことだったのか。それを俺が無視してしまったと。
「しかし、いったいなぜ?」
「私はあなたが裏切るとは思っていません。あなたは約束してくれました、命ある限り私を守り抜くと。ですから、あなたの口から本当のことを聞きたかった」
「俺はやっていません。しかし、前日に部下たちと酒を飲んで……そこから朝までの記憶がないのです。今まで、記憶をなくすなどなかったのですが……。だから、あの場では強く否定ができなかった、自分ではないという証拠がなかったからです。」
「やはり、そうでしたか。どうでしょう、レイクウッド・フリード。もう一度、我が国に戻り、尽力しませんか?私はあなたを信頼しています、あなたになら、この命を預けることができると、そう信じられるほどに」
「……俺は、その…………」
「……いえ、やはり今のは忘れてください。先ほどもお叱りを受けたばかりですしね」
「えっ!?」
「レイクウッド・フリード、今まで本当にありがとうございました。あなたとの日々、とても楽しかった。
そして、このようなかたちになってしまったこと、申し訳ないとも思っています。
できれば、私が死ぬその時まで、隣で私を守ってほしかった……」
「そ、そんな!一介の騎士に王女様が頭を下げるなど。俺の方こそ、約束を果たすことができずに……その…………」
「ふふふ、ここまで歯切れの悪いあなたは初めて見ました。さあ、もうお行きなさい。そのお花を届ける相手が待っているのでしょう?あまり女性を待たせてはいけません。
では、私はこれで、さようなら、レイクウッド・フリード」
エルフィーナ様は、俺の手にある小さな花束を指さし、優しくそう告げた。
俺は彼女の背中が見えなくなるまでその場に立ち尽くした。
エルフィーナ様は俺を信じてくれていた。
しかし、俺はエルフィーナ様のことを信じ続けることができなかった。
やはり騎士失格だな、俺のような者が約束を果たすなど、もとより不可能だったんだ。
しばらく、夕焼けに染まる空を見上げて立ちすくんだ後、俺はゆっくりと歩き出した。
***
「……ただいま」
「あ……おかえりなさい。夕飯、準備できてますよ」
「どうした、いつもより元気がないように見えるけど、何かあったのか?」
「い、いえ……昼間、顔見知りの人に会って、少し長話をしてしまって、疲れちゃった……のかな。隊長さんも、いつもより帰りが遅かったですね」
「そうか、俺も懐かしい人に会ったんだ……エルフィーナ様がこの国にいたんだよ。俺に会いに来たと言っていた」
「そ、それで……なんて……その…………」
「ああ、国に戻らないかと言われた。どうやら、エルフィーナ様は、俺が暗殺未遂の犯人ではないと信じてくれていたようだ」
「そう…………ですか……」
「俺は騎士として失格だな、エルフィーナ様が信じてくれていたというのに俺は信じ続けることができなかったのだから……」
「それじゃあ、やっぱり……その……ノースフォート王国に帰るんですか?」
「そのことなんだが……決めたよ、リンシア。俺はリンシアと一緒にここで暮らしていこうと思う」
「えっ……え、でも、王女様が直々に隊長さんに会いに来たんですよね!?」
「ああ、でも断ったんだ。エルフィーナ様も分かったくれたよ、この花を渡す相手を待たせるなってね」
そう言って、俺は持っていた小さな花束をリンシアに差し出した。
「え、ええ。い……いいんですか、本当に!?本当にいいんですか?」
「ああ、受け取ってほしい」
「隊長さん!」
リンシアは花束を受け取ることなく、そのまま俺に抱きついて来た。
身体全体を温かく柔らかい感触が包む。
気づけば、リンシアは俺の胸に顔を埋め、静かに泣いていた。
そういえば、森で再会した時もこんな風に泣いていたっけな。
「リンシアは意外と泣き虫だな」
「隊長さんの前だけです!」
そう言って強気に笑う彼女の笑顔はとても美しかった。
エルフィーナ様との約束を果たせなかったという事実を忘れることはない。
それを良しとも思わないだろう。
だけど、この判断に後悔はない。後悔はないんだ。
***
「懐かしいなあ、この国で暮らし始めて、もう一年かあ。私が森で熊に襲われてたのをレインが助けてくれたっけ……ねえ、レイン、覚えてる?」
そう笑いかけるのは、リンシア。
もともとの明るい性格と人当たりの良さに加え、見た目の美しさもあり、今ではこの町の人気者。
そして俺の自慢の恋人だ。
「ああ、覚えている。涙と鼻水で酷い顔をしていたな」
「もう、レインの意地悪!」
いつもと何も変わらない日常。
町はいつも通り賑わっているし、俺は今でも町の便利屋さんとして冒険者ギルドで依頼を受けている。
そして、今でもノースフォートを追放されたときの夢も見る。
本当に俺は何も変わっていないのかもしれないな……。
「ねえ、レイン、せっかくだしこのまま食事でもしていかない?私、今日お店休みだし、レインも依頼終わったんでしょ?」
「ああ、それもいいな。それなら、俺はギルドに依頼を終えた報告に行ってくる。少し待っていてくれるか?」
「分かった、この辺のお店を見てるから」
「ああ、行ってくる」
俺はリンシアに別れを告げ、ギルドに向かった。
「あっ、お疲れ様です、レインさん」
「ああ、受けていた依頼の報告に来たんだが……今日は何やら騒がしいな」
「ええ、国からの特別な依頼がありまして。報酬はいいのですが、内容が難しいと言いますか、相手が大きいと言いますか……」
「そんなに危険で大型な魔物が現れたのか?」
「いえいえ、魔物ではなく、国が相手と言いますか……ノースフォート王国からの救援要請があったらしいのですが、この国はノースフォート王国との交易は盛んではないため、国の騎士たちではなく、冒険者を派遣しようという話のようで……」
「ノースフォート王国からの救援要請!?詳しく聞かせてくれるか」
「なんでもノースフォート王国は、南の帝国アルデスタからの侵攻を受けているようです。国王は不在、騎士団長も行方不明とのことで、我が国に救援の要請がきています」
「国王の不在に騎士団長も行方不明だと!?」
「ええ。国王は外交で他国へおりますので、戻るまでには、かなり時間がかかるということのようです。騎士団長については詳細不明となっております」
「それで、何名の冒険者が、この依頼を受けているんだ?」
「今のところ……ゼロです」
「なんだと!?普段あんなに偉そうにしているくせに、なぜ誰も名乗りを上げない!?」
「おいおい、町の便利屋風情が偉そうなこと言ってんじゃねえよ!
国が相手だぞ?俺たち冒険者が加勢したところで勝てるわきゃねえだろ!
そんなに行きたきゃ、お前ひとりで行けよ!」
「そうだそうだ!そもそも俺たちにとっちゃノースフォート王国なんて、どうなろうが関係ねえんだよ!」
「国のもめ事は国同士で勝手にやってろってことだよ!」
「まあ、そういうことだからよ。行きたきゃ、てめえ1人で行って来いよ、町の便利屋さん」
このギルドの中堅冒険者らしき男が、俺の肩に手を回しながら、小バカにするように言ってくる。
その腕を払いのけ、男と正対したと同時にギルドの扉が静かに開かれた。
「レイン、どうしたの?近くまで来たら、急にレインの大声が聞こえてきたんだけど」
恐る恐るといった感じでリンシアがギルドの中に入ってきた。
どうやら、俺の帰りが遅かったため、ギルドの近くで待っていたらしい。
「リンシアちゃんからも、言ってやってくれよ。国のもめ事に首を突っ込みたけりゃ、自分ひとりで行けってよ」
「えっ、どういうこと?国のもめ事?レイン、説明して」
「どうやらノースフォート王国が他国からの侵攻を受けているようだ。
それでこの国に救援要請が来たわけだが、それを依頼として冒険者に任せるという考えらしい」
「え、ノースフォートが……」
「ああ、そうだ。もともとノースフォートはこの国とは交易をしていない。
だから、救援要請があろうとも最低限の対応で済ますというのが、この国の考えのようだ」
「そ……そう、なんだ。それで、レインはどうするの?」
「俺は……」
俺はエルフィーナ様をお守りするという約束を果たすためにノースフォートへ行く。
そう言えば、リンシアは理解してくれるかもしれない。
でも、俺はエルフィーナ様には約束を果たすことができないと伝えたし、そのうえでリンシアと共に生きていくと誓った。
だから、ここでノースフォートへ行くことはリンシアを裏切ることになってしまうのではないか……。
「俺は……俺は、ただの町の便利屋さんだ。俺程度の実力で、国同士のもめ事に首を突っ込めるはずもない。みんなもすまない、感情的になってしまって」
俺はそっと視線を外し、鼻をかきながらそう言って、頭を下げた。
同時に周囲から罵声が浴びせかけられる。
「ねえ、レイン。帰ろ?」
「ああ、悪かったな、リンシア。食事に行く約束だったな」
「ううん、ご飯はいいよ。早く帰ろ」
「いや、でも……」
「いいから!」
普段明るく優しいリンシアの突然の大きな声に、俺も、ギルドにいた冒険者たちも圧倒された。
そして、俺とリンシアは、静まり返ったギルドを出て、家に向かって歩き出した。
***
家についてからリンシアは奥の倉庫に引きこもり、なにやらゴソゴソとやっている。
「あったよ、レイン。はいこれ」
そう言って、リンシアが倉庫から引っ張り出したのは、俺が騎士時代に使用していた装備品一式だった。
「ど、どこでこれを?」
「この前、レインがエルフィーナ様と会ったって言っていた日、私もエルフィーナ様に会ったんだよ。そのとき、貰ったの」
「そうだったのか。そんなこと俺には一言も言ってなかったが……」
「うん、そうだろうね。私がエルフィーナ様に酷いことを言って追い返したから、エルフィーナ様も言わなかったんだと思う」
「なぜ、そんな……」
「だって、エルフィーナ様とレインが話をしちゃったら、レインはノースフォートへ行くって言うと思ったんだもん。
レイン、気づいてる?レインがエルフィーナ様の話をするとき、いつもどこか遠い目をしているの」
「……」
「それに国を追い出されたっていうのに、レインは今まで一度もエルフィーナ様のことを悪くは言わなかった。それどころか、命を助けてくれたって、いつも感謝してた」
「……」
「私も最初は、エルフィーナ様のことを忘れさせてやるって思って頑張ってた!でも、もう無理だよ。私じゃ、エルフィーナ様のことを忘れさせることができない……私のことを見てもらえない」
「いや、そんなことは……」
「ううん、いいの。きっとレインは隊長さんとして約束を果たせないことを引きずっているんだよ。レインは真面目だもんね」
「リンシア、俺は昔を引きずっているわけでは……」
視線を外しながら、そう答えた俺の視界に、リンシアの顔が突然現れた。
「レインはさ、嘘をつくのが下手だよね。視線を外して鼻をかく癖直さないと、嘘だってこと、すぐにわかるんだから」
「……」
「さ、早く行ってあげないと手遅れになっちゃうよ!私のことはもういいから……今まで楽しかったよ、ありがとう」
「リンシア……」
「あ、そうだ。もしエルフィーナ様に会えたら、一言謝っておいてほしいの」
「分かった、約束しよう」
「ふふふ、レインは約束破らないもんね。じゃあ、せっかくだから、もう1つ約束して?」
「なんだ?」
「……死なないで」
「国が相手だ、死なない保証はないが……分かった、努力する」
「よし!じゃあ、いってらっしゃい、隊長さん……」
「……ありがとう、リンシア」
***
おかしい……たしかにノースフォートの王都周辺にはアルデスタの騎士と思われる者たちが潜んでいるように見えるが、戦闘が行われている様子がない。
まるで、何かを待っているような……。
俺はリンシアの後押しを受け、ノースフォートからの救援依頼を受けた。
ギルドにいた他の冒険者は、町の便利屋に何ができるとバカにしていたが、俺には関係ない。
俺は、エルフィーナ様をお守りすると約束している。たとえそれが、国相手でもだ。
「よし……行くか」
俺は、小高い丘の上からノースフォートの王都周辺に潜んでいる敵兵の位置を把握し、最短距離でエルフィーナ様のもとへと到達するルートを導き出していた。
あとは、うまく切り抜けることができるかどうかだが……。
馬にまたがり突撃しようとした瞬間、背後から複数の馬の足音が聞こえてきた。
しまった!罠か……そう思って振り返ると、見覚えのある顔が並んでいた。
「おう、この前は悪かったな。俺たちも付き合うぜ、隊長さんよ」
「どういう風の吹き回しだ?」
「ふん、別にお前のためじゃねえ。リンシアちゃんに頼まれたから、仕方なく手伝ってやるだけだ!」
ギルドにいた冒険者数十人がその場にいた。
そうか、リンシアが……。
「よし、行くぞ!一点突破だ!その後は各自陣営を組みつつ、迎撃態勢を取れ!行くぞ!」
***
俺はブルムーン王国にいた冒険者たちの力を借り、王城内への侵入に成功した。
王城内は静まり返っており、異様な雰囲気に包まれている。
妙だな……王都周辺を包囲されているにしては静かすぎる。
その俺の疑問は、王女の部屋の前で解決された。
「やはりあなたでしたか、ニーナ・サランド」
エルフィーナ様の声だ。
俺は扉の外で耳を澄ませて、中の様子をうかがうことにした。
「あら、気づいていたのね、エルフィーナ王女」
「ええ。父上の不在を狙った侵攻といい、場内の兵士たちを欺く手腕といい、他国の者の仕業とは考えにくい。となれば、現在行方不明のあなたを疑うのは自然なことではありませんか?」
「まあ、たしかにそうね。でも、気づくのが遅かったわね。
今、この部屋には刺客である私と王女であるあんただけ。
さらには、騎士団長まで務めた私とあなたでは、力の差も明白よ。おとなしく捕虜になるなら手荒な真似はしないけど?」
「全てはレイクウッド・フリードを引き留められなかった私のミス。ですが、王の留守を預かった者として、そう簡単には諦めませんわ!」
「レイクウッド・フリードか。あいつは、あんたの護衛に関しては隙が無かった。
あいつがいたら、こんなに簡単にあんたの首は取れなかっただろうからね」
そうか、俺に冤罪をかけ処刑されるように仕向けたのは、前副隊長のニーナだったのか。
「ふふふ。こんなところで死ぬくらいなら、さっさと彼にこの身を捧げてしまえば良かった……」
「おや、あんた、あいつに惚れてたんだ。それは残念だったね。そうだ、何か言い残すことはあるかい?もし、あいつに会うことができたら伝えといてやるよ」
「では、ただ一言……ずっとお慕いしていましたと……」
「一介の騎士には、もったいないお言葉ですよ、エルフィーナ様」
俺はそう言いながら、静かに扉を開けた。
一瞬で、2人の視線がこちらに向く。
「お前は……」
「レイクウッド・フリード!どうしてここに?」
「どうしてここに?約束したではありませんか、私の命がある限り、エルフィーナ様をお守りすると」
「そんな、バカな!王都周辺は帝国兵を取り囲むように潜ませている!王城内も私の部下たちが見張っていたはずだ!どうやってここに来た!?」
「王都周辺の敵兵は、仲間とともに突破してきた。それに王城内には、王族を救援するために隠し通路がいくつも用意されている。どうやら、お前には教えてはいなかったようだがな」
「そんな……そんなバカな。私の計画が……長年かけて仕組んだ計画だというのに」
「諦めろ。そしておとなしく降伏しろ。ここはエルフィーナ様の自室だ、お前の血で汚したくはない」
「舐めるな!こうなったら、あんたも王女も皆殺しにして、この国を奪ってやる!」
「そうか。だが、残念ながら俺は死ねないんだよ。死なないと約束したからな。
いくぞ、覚悟するんだな、ニーナ・サランド」
***
「お見事でした、レイクウッド・フリード。まさか、あのニーナを、剣を鞘に納めたままで倒してしまうとは」
「首をはねれば、エルフィーナ様のお部屋が汚れてしまいますから」
「ふふふ、あなたらしいですね」
「それで、ニーナの処分の方は?」
「そうですね、彼女を捕虜として、まずは敵兵を退け、その後に帝国との交渉材料にでもしましょう。
それよりも、あなたのことですよ、レイクウッド・フリード」
「俺……ですか?」
「そうです。先ほどの私と彼女の会話を聞いていたのでしょう?そうであれば、あなたの答えを聞かせてください」
「先ほどの答えですか……」
「もう……あなたは本当に鈍い人ですね」
そう言って、エルフィーナ様は俺に抱きついた。ゆっくりと、それでいて力強く抱きしめられる。
「これで命を救われたのは二度目ですね。私は以前よりずっと、あなたを慕っております。どうか、これからもずっと私のそばで、私を守ってはいただけませんか?」
俺はエルフィーナ様の肩に手を添えて、そっと彼女の身体を離した。
エルフィーナ様の潤んだ瞳がとても美しい。
「俺は……俺の答えは………………」
***
「おはようございます、レイクウッド副隊長」
「ああ、おはよう」
通りを歩き、王城へ向かう俺に声をかけてくる若い騎士。
彼に挨拶を返し、ふと、空を見上げた。
副隊長、懐かしい響きだ。つい先日まで、町の便利屋さんと言われていたはずなのに。
「ねえねえ、見て!レイクウッド副隊長よ!今日も素敵ね、私、アプローチしてみようかしら」
「やめときなさいよ、あんたじゃ無理だって」
「えー、なんでよ!私だって酒場ではちょっとしたアイドルなのよ?」
「はいはい、わかったから。それでも相手が悪いって。レイクウッド副隊長のお相手は、本物のアイドルみたいな人なんだから」
「それって……」
「あっ、ほら、噂をすれば!」
俺は今でもノースフォート王国を追放された日のことを夢に見ることがある。
昔は後味の悪い夢だった。でも、今は違う。
その夢の結末は変わった。その夢の結末は……。
「……。……さん?………………隊長さん!」
「あ、ああ、リンシアか。すまない、どうかしたか?」
「どうかしたかじゃないでしょ、もう……。はい、騎士団の紋章、忘れてたよ?」
「そうだったか、ありがとう。任命式に紋章なしでは格好がつかないところだったよ」
「本当だよ。でも、まさか、ノースフォートがあそこまでブルムーン王国に有利な条件で和平協定を結ぶとは思わなかったね。
それに、その要因になったエルフィーナ様の救出に貢献したってことで、ブルムーン王国の騎士団の副隊長に任命されたんだよね」
「ああ、そうだな。そのとき付いて来てくれた冒険者のやつらも希望者は、俺の部下として騎士団に入って、今も活躍しているよ」
「そっか、みんなよかったね。その副隊長としての功績が認められて、レイクは今日、隊長に任命されるんだよ。なんだか、夢みたいだね」
「夢か……確かにそうだな。エルフィーナ様の計らいで、何かあれば俺がノースフォート王国に派遣される。そうなれば、エルフィーナ様をお守りするという約束も果たせるしな」
「それより、どうしたの?空なんか見上げて、ぼーっとしてたけど。まるであの時みたいに……」
「俺がノースフォート王国を追放された日か?」
「……うん」
「そうか。俺もちょうどそのことを考えていたんだ。今日、その日のことを夢に見てね」
「そっか、ごめんね……」
「リンシアが謝ることではないよ。それにその夢の結末は昔と変わっているんだ」
「えっ、どんなふうに?」
「それは……おっと、いけない!任命式の時間に間に合わないかもしれない。
リンシア、その話は家に帰ってからだ!」
「えっ、ちょっと待って、気になる……」
俺は、不満そうに頬を膨れさせているリンシアのおでこに、そっと口づけをした。
一瞬、何が起きたのかわからない様子で目を丸くしていたリンシアの顔が、徐々に赤らんでくるのが分かる。
「そうだ、リンシア。1つ言っておきたいことがあるんだ」
「えっ、なに突然……それよりも私はさっきの話の続きが……」
「いや、あの時の返事がまだだったなと思ってな」
「あの時の返事?」
「リンシア、今までありがとう。俺はきみを愛している。これからも俺と一緒にいてほしい。俺にきみを守らせてほしいんだ」
「え……それって…………あっ、ちょっと!?」
「それじゃあ、リンシア、行ってくる。いつか、返事を聞かせてくれ」
「……もう!……いってらっしゃい、私の隊長さん」
顔を赤らめ、照れながら小さく手を振るリンシアを背に、俺は王城へ向けて走り出した。
ノースフォート王国を追放された日の夢の結末。
それは、大切な人を守り、最愛の人と何気ない日常を送る、そんな素敵な夢に変わったんだ。
数ある小説の中から、この作品をお読みいただきありがとうございます。
この作品は分岐点で分岐しなかった場合のIFストーリーや連載版など、追加で執筆することも可能です。
需要がありましたら執筆いたしますので、ご希望の読者様がいらっしゃいましたら、お気軽にコメントを頂ければと思います。
他にもハイファンタジーを中心に執筆しております。
興味がありましたら、そちらもお読みいただけるといただけると幸いです。
今後は異世界恋愛ジャンルの短編を執筆し投稿していく予定です。