お母さんは漫画家
深夜一時半。
泉のようにアイディアが沸いてきて、ネームが佳境に入ったときだった。
「ちょっとあんた。いつまで起きてるつもり?」
部屋のドアを勝手に開けたのは母だった。
「関係ないでしょ」
「そんな態度で、次の定期試験が楽しみね」
「うるさい。私の夢を邪魔しないで」
「夢ってまさか、これのこと?」
母はGペンを手に取った。
「そうよ。文句ある? 私は絶対漫画家になるんだから」
私は母の手からペンを奪い返した。
「中三にもなって、そんな非現実的なことを。あのね、漫画家になれるのは一握りよ。それに、もしなれたとしても、自分の好きなものを描かせてもらえるとは限らないんだからね」
「うるさいな。お母さんにはわかんないでしょ」
「わかるわよ」
「なんでわかるのよ?」
「私も若い頃漫画家だったからよ」
「うそ……」
それは初耳だった。
「嘘だ。信じられない」
「本当よ」
「じゃあ聞くけど、ジャンルは? 掲載誌は? タイトルは?」
「教えない」
「やっぱり嘘じゃない」
「本当だってば。私の描いた漫画を、当時の小中学生のほとんどが読んでたのよ。日本全国のね」
「あっそ」
「とにかくもう寝なさい」
そう言って母は退室した。
日本全国の小中学生が読者?
そんなことあるわけがない。母は『ワンピース』や『鬼滅の刃』クラスの漫画を描いていたとでもいうのだろうか。それなら今、こんな質素な生活はしていないはずだ。
集中力が途切れた私は、電気を消して布団に入った。
後日、何度か母に尋ねたが、なかなか教えてくれなかった。
「ねえ、いいかげん教えてよ!」
イライラが募った私は、つい怒鳴ってしまった。
母は観念し、古い段ボール箱の中から、薄い小さな冊子を取り出した。そのカラフルな表紙には、見覚えがあった。
「これが私の描いた漫画よ」
進研ゼミの漫画だった。