「女の子同士でキスするのって普通なの?」「普通じゃない?(きょとん)」
私――四条舞香には、幼い頃からずっと一緒にいる幼馴染がいる。
彼女の名前は樫田アリス。イギリス人の母を持ったハーフだけれど、アリスは生まれた頃から日本で暮らしている。
家はすぐ近くで、幼稚園は同じ。どうやって仲良くなったか覚えていないけれど、彼女はよく『挨拶』と言ってキスをする子だった。
誰にでも、というわけではないけれど、とにかく私に対しては毎日してくる。
それは小学生になっても、中学生になっても、そして――高校になっても続いていた。
どこに行っても同じ学校で、帰り道も同じだし、学校が終われば、どちらかの家に入り浸る……そんな変わらない毎日を過ごしていたはずなんだけれど。
「あのさ、アリス……さすがにキスするの、もう止めない?」
「え、どうして?」
今、私は彼女の部屋で、ベッドの上に押し倒されるような形になっていた。
いつからか、だんだんと挨拶程度の軽いキスだったはずなのに、やけに時間も長くなっているような気がするのは、気のせいではない。
「だって、私達もう、高校生だよ?」
「そうだね! 舞香と一緒の高校は嬉しいし、大学だって同じところに行きたい。舞香は違うの?」
「それは、私も同じ気持ちだけど……」
「なら、それでいいんじゃない?」
「いや、おかしいって。挨拶程度のキスなら、まあ普通なのかなって、あまり違和感はなかったんだけどさ……やっぱり、こう、ね?」
「え、だって、親友同士なら――キスするのって普通じゃない?」
きょとん、と思わず聞こえてきそうな表情で、アリスは言う。
この子は大体、こんな感じの子だった。
挨拶、と言ってキスするのはいい。
けど、最近は「したくなった」と言って、教室のカーテンで隠れるようにしたり、ロッカーの中に潜んでしたり……まあ、誘われてついついやってしまう私も問題なのかもしれないけれど、やっぱりどこか変な気がする。
「ふ、普通じゃないでしょ! 親友だからって……」
「わたし、舞香になら何をされたっていいよ」
「何をされたっていい、って……」
「だって、本当のことだよ。舞香のことは好きだし、嫌いになんて絶対ならない」
「キ、キスをするのは、もっと深い関係というか」
「わたしと舞香の関係って、そんなに浅いの?」
「そ、そんなことない!」
「だったら、いいよね?」
ああ、結局こうなってしまうのか。
私とアリスは親友同士で、彼女からしてみれば――キスをするのは特別なことじゃない。
つまり、私が意識しすぎ、というわけだ。
本当に嫌なら、本気で拒絶すればやめてくれるだろう。
でも、私はアリスのことを本気で拒絶することなんてできない。
だって、私もアリスのことが好きだから。
だからこそ、私は彼女と挨拶程度のキスを続けるような関係を、どうにか終わらせたいとは思っていた。
もしも、私が親友以上の関係を望んで、今の関係が壊れてしまったら、嫌だから。
いつものように、キスを交わして――私は天井を見上げて一息つく。
「うーん、やっぱり舞香とすると落ち着くなぁ」
アリスは満足したような表情を浮かべ、いつものように明るい振る舞いを見せる。
キスをする以外は、明るく元気で可愛い女の子――特別な感情を抱いてしまっている、私の方が本当はおかしいのかもしれない。
挨拶代わりのキスをされつづけて、本気でアリスのことが好きになってしまうだなんて。
「それじゃあ、何のゲームする?」
「なんでもいいよ。アリスの好きなので」
「えー、じゃあ……これとか?」
「それはアリス弱いじゃん」
「はあ!? 弱くないし! 今日こそケチョンケチョンにしてやるんだから!」
「ケチョンケチョンって……その時点で弱そう」
「あ、じゃあ勝ったら何でも言うこと聞くってことで!」
「その提案、大丈夫なの?」
これで勝ったら、キスをやめさせるっていう提案ができるかもしれない。
そう思いながらも、私は勝ってもそんな提案はしない。
そして私と彼女は、帰り際にもキスを交わすだろう。
この関係は、いつまで続くのだろうか。
***
わたし――樫田アリスは幼馴染の四条舞香のことが好き。
それは、いつから芽生えた感情か分からない。
挨拶代わりにキスをする、というのは子供の頃の話で、小学生を過ぎた頃には、とっくに私は舞香に恋愛感情を持っていた。
その感情を隠して、わたしは自分に嘘を吐いたまま、舞香にキスをする。
最近になって、舞香は「親友同士でキスするのはおかしい」と言い出した。
だから、わたしは「親友同士でするのは普通」、と言い返す。
親友にするキスは、特別な感情がないものだから。
本当は、舞香が拒否する理由も、分かっている。
けれど、『親友以上』の関係に、わたしはなりたい――その一歩が踏み出せないから、今日もわたしは、『親友』を盾にして、大好きな彼女とキスをする。
お互いに本当に好きだけど、一歩が踏み出せないので親友同士のキスをしている百合です。