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季節の和歌  作者: 夢のもつれ
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立夏四首

 5月5日頃が立夏で、端午の節句も同じ日です。野の花が咲き乱れ、若葉がまぶしく感じられるさわやかな季節に連休があるのは、偶然ではなく、戦後すぐの為政者の粋な配慮だったように思います。レジャーの時間を与えようというよりは兼業農家に田植えの時間をということだったかもしれませんが。


 女性天皇の中でも華麗な逸話が多い持統天皇の歌から始めましょう。


  春過ぎて夏来たるらし白妙の

  衣干したり(あめ)の香具山

    持統天皇・万葉集


 干してあるのが洗濯物なのかどうかはわかりませんが、それに季節の変化を感じるのはとてもよくわかりますし、印象も鮮やかですね。新古今集では、

  春過ぎて夏来にけらし白妙の

  衣ほすてふ天の香具山

 として収録されています。決定的に違うのは「衣ほすてふ=衣を干すと言う」のところで、衣は実際には見えておらず、イメージだけの新古今調に変わっています。原文の万葉仮名は「春過而 夏来良之 白妙能 衣乾有 天之香来山」ですから、改作なんですね。語調は新古今集が、意味としての率直さは万葉集が優れているようです。


 さて、「鯉のぼり」という唱歌はどなたもご存知だと思いますが、その中に「橘かおる朝風に」という一節があります。橘の花は実際には6月頃に咲くそうですが、端午の節句自体が元々旧暦5月の最初の午の日なんで出てくるんでしょう。ジューン・ブライドはオレンジの花を髪に飾るそうで、オレンジがたくさんの実をつける多産のシンボルだからなんですね。あんまり今の時代には合わないのかな? それはさておき、橘の香り、シトラス系のにおいっていい感じですが、伊勢物語の第60段に出てくるのが有名です。


 むかし、おとこ有けり。宮仕へいそがしく、心もまめならざりけるほどに家刀自、まめに思はむといふ人につきて、人の国へいにけり。このおとこ、宇佐の使にていきけるに、ある国の祗承(しぞう)の官人の妻にてなむあると聞きて、「女あるじにかはらけとらせよ。さらずは飲まじ」といひければ、かはらけとりて出したりけるに、さかななりける橘をとりて、


  皐月待つ花橘の香をかげば 

  むかしの人の袖の香ぞする


 といひけるにぞ、思ひ出でて、尼になりて、山に入りてぞありける。


 この話自体は簡単に言ちゃうと、仕事が忙しくて顧みられなかった妻が他の男に走ってしまったのを出世してから、身分が下の男のところにいるのを聞きつけ、わざわざ訪れて元の妻を出して酌をしろ、でないと酒は飲まんとゴネたあげく、酒の肴のミカンを手に昔のおまえの袖の香りがするなって言われ、それで女は世をはかなんで尼になったっていう、元祖ざまあ系のあんまり後味のよくない話です。でも、歌自体はとてもいいので、橘の香りというと昔の恋人を思い出すっていうパターンができました。中でも次の2首が優れていると思います。


  かへり来ぬ昔を今と思ひ寝の

  夢の枕ににほふ橘

    式子内親王・新古今和歌集


 過ぎ去った時間を取り戻し、この今にできたらって思いながら眠ってしまうと、橘の香りがなつかしい昔の夢を見させてくれる。……「かへり来ぬ」が痛切な感情を、「夢の枕」がロマンティックな、でもはかないイメージを表現していますね。 


  夕暮れはいづれの雲のなごりとて

  花橘に風の吹くらむ

    藤原定家・新古今和歌集


 この定家の歌の理解には、橘ともう一つ予備知識が必要です。それは火葬の煙が雲になるという古代以来の考えです。つまり「いづれの雲のなごりとて」は誰とも知らない人が葬られたものと見ているわけで、下の句では亡くなった恋人が自分を忘れないでと風を起こし、橘を香らせているというイメージです。夕暮れが死出の旅とオレンジの両方にぴったり重なっています。


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