傷
「私、普通になりたいんです。」
「普通?」
朝陽は不思議そうな顔をした。
「普通ってどんな人?」
私は思いつく限りの普通を並べた。健康で普通の人は毎日学校に行くだろう。友達もいるだろう。家族と仲がいいのかもしれない。死にたいだなんて思うことはないだろう。普通の人は…。
「ねえ、それって『普通』じゃなくて『理想』じゃない?」
朝陽が私の話を遮った。私は弾かれたように顔をあげる。
「え…。」
「そもそも、普通なんて存在しないんだよ。」
強い口調でそう断言する彼の瞳に映っている私を見つめた。不思議そうな顔をしている。
「で、でも、私は恵まれた環境で育って、与えられたものも多いから、せめて普通にならなくちゃ…。」
「誰がそんなこと言ったの?」
私だ。誰かに言われたわけじゃない。でも、でも普通にならなくては、今まで私を育ててくれた人たちが可哀想だ。
「どうして可哀想なの?」
「それは…今まで苦労して、お金をかけて育ててきたのに、出来上がったのがこんなのじゃ、報われないから…。」
「それ、もし自分に子供が生まれても同じこと言える?」
「…。」
きっと言えないだろう。
「きっと玲華の両親も、損とか得とか、そういうことで玲華を育てたんじゃないと思うよ。」
そうだろう。両親は自分を愛してくれている。それはわかっているのだ。でもそれを受け入れられない自分がいる。こんな自分は愛されないと、頑なな自分が。
朝陽は俯いた私の頭を撫でた。
「じゃあ、玲華の生きる意味は何?」
この質問には素早く答えることができた。何度も何度も自分に質問して、もう答えは出ていたのだ。
「両親の老後の面倒を見ることです。」
「他には?」
「無いです。」
「じゃあ、両親の介護が終わったら死んじゃうの?」
「それもいいですね。私が生まれた意味なんてそんなものでしょう。」
会話が途切れた。顔をあげて朝陽の方を見ると、彼は今にも泣きそうな顔をしていた。目には涙がたまっている。
「どうしてそんな顔をするんですか?」
「駄目だよ。」
彼の左目から滴が落ちる。私は何が駄目なのかわからなくて困惑した。
「自分のことをそんな風に言っちゃいけない。自分の心を傷つけるのはやめるんだ。」
「傷ついてなんかいませんよ?」
朝陽は頭を左右に振った。
「いや、自分が気づいていないだけで玲華は自分を傷つけてる。それに早く気付くべきだ。」
「そうですか。」
そう返事をする私の声は、酷く乾いていた。