砂浜
目が覚めると、電車はちょうど駅に停まるところだった。駅名も聞いていなかったが、特に降りる駅を決めていなかった私はここで降りることにした。駅のホームに降り立つ。空気が美味しい。胸いっぱいに空気を吸い込むことができる。随分と遠くまで来たようだった。スマートフォンの地図アプリで現在位置を確認すると、ここは港町らしい。
(海か…。)
ここまで来たら海まで行ってみるのも悪くない。せっかく外に出たのだから思い出の一つや二つ、作るのもいいだろう。
改札を抜けると、バス停のベンチで一時間に一本のバスを待った。少し肌寒いがそれが心地よい。バスが来るまであと三十分。どこかで時間をつぶそうとも思ったが、この駅にはコンビニもカフェもなかった。私は暇になったときの癖でスマートフォンのゲームを開く。勉強に手が付けられなくなってから、時間が空くとゲームに逃げるようになっていた。余計なことを考えなくてもいいから楽なのだ。おかげでレベルはかつてない速さで上昇している。
そろそろ一つのゲームに飽きてきたころ、バスがやって来た。古くて小さなバスだ。乗ったことがないタイプのバスに、少し心が躍る。整理券を手に取って、一番後ろの席に腰掛けた。バスの中でゲームをすると酔ってしまうので、イヤホンを耳に入れて音楽をかける。家の近くを走るバスとアナウンスが違う、広告が違う、椅子の色が違う。その違いを楽しみながら、お気に入りの音楽を聞き流した。たまには遠くまで来るのもいいかもしれない。私は運転手の荒い運転にハラハラしながら、海を目指した。
スマートフォンで調べたバス停を降りる。ここまでバスの乗客は数人しかいなかった。そして私が降りる前に全員降りてしまっている。そんなに遠くまで来ただろうか。目の前には立ち並んだ売店、広い駐車場、そして石のオブジェ。駐車場には車が数台停まっており、釣り人と思われる人々が準備や片づけをしていた。私は駐車場を歩いて砂浜に続く階段に向かう。風が強い。なびく伸びっぱなしの髪が邪魔だ。ヘアゴムを持ってくればよかった。髪をまとめて掴み、階段を下りる。初めての砂浜は、とても歩きにくかった。
靴の中にたくさんの砂が入るので裸足になった。この方が歩きやすい。私は砂浜を堪能した。歩くたびに足に刺さる砂の感触。落ちている石、貝、ペットボトル。海の音、香り、波の形、遠くに見える島や船。釣りをしている人々。生えている草花。振り返って自分の足跡を見るのも楽しい。何もかも新鮮だ。もっと早く来ていればよかった。
「ねえ、大丈夫?」
砂浜を楽しんでいると、突然後ろから声をかけられた。心臓の鼓動が速まる。さっきまで後ろには誰も居なかったはずだ。いつの間に現れたのだろう。いや、幻聴かもしれない。恐る恐る振り返ると、そこには自分と同じくらいの少年が立っていた。