扉を開けると
人間の魔術師である「彼」と、異界の存在「私」のラブストーリーです。
Twitterの #書き出しラスト統一企画 (沙月乃さま @neige_luciole27 発案)に、投稿したものに少しだけ足しました。
https://twitter.com/neige_luciole27/status/1286178785436372993
扉を開けると、恋人が死んでいた。
苦しんだ様子はない静かな表情だ。
冷たい頬に、そっと手を触れる。
いつも柔らかく私に微笑んでくれた瞳は、もう2度と開くことはない。
もともと私は、彼らヒトと同じ世界に住まう存在ではない。
ヒトである彼と私は、生きる長さも、時の流れの速ささえも違っていて。
だが、私は彼をいとしく思い、彼もまた、私を求めてくれた。
界を渡り、彼のもとを訪れることは、自分にとっては当然の行いだった。
しかし界渡りには膨大な魔力を必要とする。
私のすべての魔力を費やしても、二人の世界をつなぐ扉を開くのは、彼の時間で月に一度が精一杯だった。
彼に残された時間はもうあまりないとわかっていた、最後に会ったあの夜。
「とうとう俺からは、この扉を開けなかったなあ」
すこし悔しそうに笑う彼。
彼もヒトの世界では、名の通った魔術師だ。
開けてみたいという欲はあったんだろうが、ヒトの魔力で開けるような扉じゃない。
私だって、この扉を開けた後は、魔力がすっからかんになるんだぞ。
「じゃあせめて。最期に貴方に会う時に。せいいっぱい綺麗ななりで会えるように、俺の全力を尽くすよ」
馬鹿。もう命の火が消えそうなくせに。
つまらないこと考えてないで、一日でも長く生きろ。
思わず眉をしかめた私に、彼は駄々っ子を見るような、困ったなあという笑みをうかべた。
「貴方はヒトじゃないから。
これからも長く長く生きて、たくさんのヒトに会って、こうやって相手の心を揺らすんだろう。
俺はもういなくなってしまうけど、せめて貴方に覚えていてほしいんだ。
そのための努力を、つまらないなんて言わないでくれよ」
そんな風に微笑まれたら、もう何も言えないじゃないか。
あれからひと月が過ぎ、扉を開いた。
私の目に飛び込んできたのは、部屋一面を埋め尽くす氷の花。
もちろん普通の氷じゃない。彼の魔力を封じ込めたものだ。
私がもう一度ここを訪れるまで、自分の姿を保つために、ありったけの魔力を結晶化したんだろう。
馬鹿。たとえどんな姿になっていても、私の気持ちは変わりやしないのに。
それでも、残りの命のありったけで、この美しい光景で私を迎えてくれた彼への気持ちが溢れる。
部屋に満ちる冷たい空気から、冴え冴えとした彼の魔力を感じて、
あの腕に抱きしめられているような気がした。
こんな光景、忘れようったって忘れられないよ。
これが恋じゃないなら、この世にきっと恋はない。
「一面の氷の花」は、詳細な描写を全くしていないので、
読んでくださった方がそれぞれ、ご自分の心の内にある「美しい情景」を思い浮かべて、「綺麗でした」と言って下さったのが、とても嬉しかったです。
貴方が読んでくださったことで、その「美しい光景」が生まれました。ありがとうございました。
「私」はヒトではないので、そもそも性別があるかもわからないため、男性とも女性ともとれるように書きました。もしかしたらにゃんこの姿かもしれません。お好きな姿で読んでいただけましたら、幸いです。