喧嘩
シルビアさんと殿下の初喧嘩!
短編風に書いてますので、ご容赦を!
皆さまご機嫌よう。シルビア・ナタスでございます。
突然ですが、私、大変な状況に陥っております。具体的に申しますと、今日が何日で、今が何時で、朝なのか夜なのかも分かりません。
確認しようにもできないのです。
部屋の窓には艶やかなカーテンがかかっており、強固な魔法によって固定され開ける事ができません。
更に、金の装飾で彩られた絢爛豪華な扉も魔法で施錠されており、私にはドアノブすらも動かすことができません。
因みに、この部屋には以前、大きな柱時計があったように思うのですが、姿が見当たりませんね。
はい、そうです…勘の良い方ならもうお気づきでしょう。
私、絶賛監禁中でございます。
え?犯人ですか?
賊の類ではないと思うので、ご安心下さい。
婚約破棄騒動から私は一歩も王宮から出てはおりませんし、王宮は強固な結界が張ってあるので、賊など入る余地がありません。
私に接触できるのはアルノイド殿下ただお一人。更にいうと、ここ、殿下の私室なのです。
ですから、必然的に犯人はアルノイド殿下になりますね。
というのも、先程目覚めたばかりなので、何が何やらな状態なのですが、多分、殿下で間違いはないでしょう。
心当たりもあります。
私が悪いといえば、それまでですが、半分…
いえ、3分の1ぐらいは殿下にも問題があると思うのです。
あれは、天気の良い暖かな昼下がりのことでした。
殿下のお時間が空いたので、いつものお茶会のお誘いをし、私は護衛の騎士の方と中庭に向かっておりました。
中庭に続く回廊を進んだ時です。ふと、窓から見えた美しい薔薇に気を取られ、私はつまづいてしまいました。
護衛の方がいてくれたので、転ぶことはなく怪我はありませんでした。
いつもありがとうございます。
だけれど、助けてくださった際、護衛の方の手が私の腰に回り、側からみると後ろから抱きしめられているような姿勢となってしまいました。
瞬間、前方から冷たい空気が漂ってきます。
タイミングが最悪でした。
前を見ると冷たい微笑みを浮かべたアルノイド殿下がいらっしゃいました。
はい、バッチリ見られています。
しかも、つまづいたところからではなく、抱きしめられているところのみ。
殿下は素早い動きで護衛の方から私を引き剥がし、私を腕の中に閉じこめました。
「申し開きはあるか?」
殿下の鋭く冷たい視線が、護衛の方に刺さります。当然、護衛の方は真っ青です。
「殿下、私が悪いのです。庭のバラに目移りし、つまづいてしまいました。この方は私を助けて下さっただけですわ」
「シルビアは黙っていて」
殿下は引いてくださいません。
あぁ、ほら護衛の方が膝をついて、震えながら謝っておられます。
「殿下!お願いですから話を聞いてくださいませ!」
「どうして、シルビアがあいつを庇うの?
あいつは僕のシルビアに触れて、抱きついたんだよ?」
殿下の緋色の瞳がやや濁ったように感じます。
「ですから、助けて下さっただけです。」
「それでも、触れた事にはかわらない。」
「殿下は、護衛の方々に護衛対象に触れずに守れとおっしゃるのですか?」
それは余りに無理な命令であり、助けた上に罰せられては理不尽です。
「シルビア?どうしてそんなにもあいつを庇うの?…ひょっとして…抱きつかれて情でもうつった?」
殿下は手で私の両肩をやや強く掴み、恐ろしいぐらい感情を失くした表情で私をみつめてきます。
殿下が何を言っているのかわかりません。
肩も痛いですし、何よりそんなことで私の殿下への何年もの愛が疑われたことに、ハッキリ言ってムカつきました。
余談ですが、私と殿下の結婚式まで半年と迫っています。
私は殿下の隣に立ち、殿下をしっかりと支えられるよう今まで、そして今も必死に頑張っています。
そう…全ては殿下のために。
けれど、殿下は私を全く信用していません。
(こんなことで簡単に疑われてしまうなんて)
そう考えると、
悔しくて、悲しくて
涙が出てしまいました。
そして、思わず呟いてしまったのです。
「…茶会は中止にしましょう。しばらく、1人になりたいです。」
瞬間、強烈な眠気が襲ってきました。
最後になんとなく憶えているのは、護衛の方の驚愕した表情と…殿下の真っ黒に染まった闇色の瞳でした。
と、そんなこんなで今に至るわけです。
…これ、やはり殿下も少しは悪いと思いませんか?
私の事を愛して下さるのはとても嬉しいのです。ですが、一番理解してほしい殿下本人に私の想いを疑われるのは悲しすぎます。
まぁ、不躾な発言をした私にも非はありますが…
…というか、良く考えると、殿下と喧嘩なんて初めてのことですわね。
「殿下とは一度しっかり話合う必要があるわね」
「そうだね。僕もそう思うよ。シルビア」
「殿下…」
音もなく扉の前に現れた殿下は、顔が青白くやや疲れたような表情をしていました。
「殿下?体調が優れませんの?」
「…少しだけね。ここ最近、眠れなかったんだ」そう言って、殿下は私と寄り添うようにベッドの端に腰をかけます。
「眠りたいのに。眠れない…」
殿下は前髪をくしゃりと掻き分けました。
こんなに弱々しい殿下をみるのは初めてです。
「殿下?あの日から一体どれくらい経ってますの?」
「…1週間ぐらいかな。」
「1週間!?私、そんなに寝ていましたの!?」
そして、殿下は1週間も眠れていない?
「…怖かったんだ。君が起きて、僕から離れようとするんじゃないかって考えると、気が狂いそうだった。だから、君が起きそうになる度、僕は君に魔法をかけた」
殿下の緋色の瞳が頼りなさげに揺れたように感じます。
(殿下にそんな顔をさせているのは私なのですね
)
臣下からも民からも愛され、なんでもそつなくこなす殿下が、私1人の発言にこんなにも狼狽えている。
私は不謹慎ながら、嬉しいと思ってしまいました。
だって、そうじゃありません?
今の殿下のお心全てが私で支配されているのですから。
でも、だとしたら…
「殿下。」
私は殿下の両頬に手を添え、目を合わせ、伝わるようにゆっくり、そして、はっきりと語りかけました。
「私は殿下を心から愛しております。」
「シルビア…」
殿下の不安げに揺れる緋色の瞳に少し光が灯ったように感じました。
「不躾な言葉、申し訳ありませんでした。
あの時は悔しかったのです。些細なことで殿下への想いに疑念を持たれたことが。
けれど…私も殿下を責めることなどできませんわ」
私の言葉一つで動揺するほどの、殿下の私への愛の強さに今になってやっと気づいたのですから。
私はそっと殿下に口づけをしました。
殿下は驚きに目を開き、一瞬だけ、泣きそうな顔しました。そして、私の体を引き寄せて膝に乗せ囁きます。
「シルビア、愛している。だから、僕から絶対に離れないで」
殿下のその姿は寂しがってむつかっている子供のようで
「んっふっ…殿下…」
「シル…ビア…」
「はっ…愛しております」
「僕も…愛しているよ」
私達はひたすらに舌を絡ませ、角度を変え何度も何度も貪りあいました。
「シルビア…君がもし心変わりしたとしても、僕はきっと君を逃してあげられない。
…だから、そうならない内に早く僕の所まで沈んできて」
「っ!?殿下…」
突然、獣のように殿下は強く、何度も私の唇に噛み付きます。
私の唇についた血を舐めとる殿下は、とても艶やかで、美しく
それなのに、殿下の瞳は何故かドス黒く濁っておりました。
それは、まるで殿下の私への執着心を表しているかのようで…
私は、それが、たまらなく嬉しかったのでした。
殿下の闇は深い