最後の家族旅行
その車は少年が生まれるよりも前に、二人が当時流行っていた小さな軽自動車だった。
テーマパークの大人気マスコットキャラクターを小脇に抱え、少年は山々を遠く眺めていた。
車内は重い空気に包まれ、車を運転する父親は無表情で渋滞の先を見つめている。母親は後部座席で少年と二人の時間を惜しむように話し掛けていた。
「ねーお父さん遊園地ランドまだー?」
「んん? あ、ああ……後30Km位だ。直ぐ着くよ」
「ホント? ヤッター!」
無邪気に燥ぐ子どもの笑顔に、両親はチクリと心が痛むのであった。
これが家族三人で行く最後の旅行。
これが終われば家族は離れ離れになってしまう。大人の都合と言えば聞こえはまだ良いが、中身は価値観の違いによる離婚。子どもに罪は無い故に、大人の都合で苦しい思いをさせることに両親は深い罪悪感を感じていた。
「……着いたぞ」
「うわー! スゲー!!」
逸る気持ちを抑えきれず、少年は早々と車を飛び出し正面ゲートへと向かった。その笑顔にまた、両親はチクリと心が痛んだ。
「お父さんお母さん早く早くー!」
「あ、ああ」
「今行くわよ~」
一日フリーパスチケットを購入し、正面ゲートを抜けると、そこは夢の国だった。まるで日常を忘れさせてくる様な夢の世界があちらこちらに繰り広げられ、様々なアトラクションやキャラクター達が三人を歓迎してくれていた。
「うおぉぉ! どれから!? どれから乗ろう!?」
少年はパンフレットを頻りに眺め、迷いながら最初のアトラクションを決めている。
「よし! アレにしよう!」
そんな駆け足で急ぐ少年の背中を、二人は得も言えぬ想いで眺めていた。
「あんなに燥いちゃって……」
「……最後だからな。思い切り遊ばせてやりたいな……」
複雑な思いを重ねながら、二人は少年の後をついていく……。
「二人とも早くー!! 早くしないといっぱい乗れないじゃん!」
引き返してきた少年は二人の手を掴み、お目当てのアトラクションへと引っ張って行った―――
『遊園地ランド 二年一組 おぐらゆうへい
今日はかぞくでゆうえんちランドへ行きました。大きなゆうえんちランドはとても大きくて、とても楽しそうで入る前からワクワクしました。ジェットコスターにのって、次に落ちるのりものにのって、みんなでごはんを食べました。それから、ぼくの好きな車をうんてんするやつにのりました。インド人をにぎって右や左にそうさして、おそってくるウニをよけるゲームです。お父さんみたいにインド人のそうさが上手じゃないぼくはウニにやられっぱなしだったけど、お父さんは普段からインド人をにぎってるので上手にウニをよけてました。とても楽しかったです。さいきんお母さんとお父さんがけんかばかりしているので、これでなかよくなってくれるとうれしいです。またみんなで行きたいと思いました。』
「……雄平君は相変わらず汚い字ね」
少年の担任は象形文字の様な宿題の作文を読みながら、謎に満ちたアトラクションに眉を潜めた。
「―――お父さん……ハンドル……右」
少年は後部座席で買って貰ったマスコットキャラクターのぬいぐるみを小脇に抱えながら、夢の中で夢の国の続きを見ていた。
「……余程楽しかったみたいね」
「……ああ」
二人に自然と笑みがこぼれた。
「お母さんお父さん……ワニがきちゃう……」
少年の手からぬいぐるみが転げ落ちる。母親はそれを拾い上げると、大事そうに少年の隣へと置いた。
「…………なぁ。もし良かったら―――」
鏡越しに母親の姿を見た父親は、何かが晴れた様に言葉を口にした。
「―――もう一度やり直さないか?」
「あなた…………」
自分の為、夫婦の為、そして子どもの為、二人はもう一度歩み寄る気持ちを子どもから教わった。
読んで頂きましてありがとうございました!!
やれるものならやってみな。的な企画内容に真っ向から斬り掛かった内容です。本当のインド人とウニは登場しませんでしたが、これで許して下さい(笑)




