一日 蝉の誕生
高校最後の夏休みが終わってから一年。
高校を卒業してから五ヶ月がたった頃だ。僕は大学生になったが相変わらず友達はいない。でも和正とは連絡を取り合っている。彼とは切っても切れないもので繋がっているのかも知れない。
結局あの夏は本当に何事もなく終わってしまった。ただただ暑い日を乗り越えただけであった。
だから今年の夏もいつもと変わらないものを送るのだと信じて疑わなかった。
僕は体の痛みを感じながらも僕は目を覚ます。
ーー「え」ーー
目覚めるとそこには僕と同じくらいの女性が僕の上で寝ていた。セミロングヘアーで垂れ下がる両脇の前髪を三つ編みしている。髪の色は茶髪で清楚な見た目だ。
「だだだだれ!」
僕はベットの上から跳び上がる。そして激しく目をこする。だってこんなことがある筈がない。だってこんなことはライトノベルの小説の話の中でのことでしか考えられないことだ。
彼女はゆっくりと起き上がり僕の事を見つめる。
「うーんと」
彼女は顎に人差し指を置き考えている様なポーズを取る。
「いや、まずどこから入ったんですか!」
「覚えてないです。起きたらここに居ました」
そんなことがある筈がない。これは夢だ。そんないきなり目覚めたら女の子がいるとかライトノベル小説とかの話でしかありえない。ついに僕の頭はそこまで来てしまったということだろうか。
「えっと私、奇跡油って言います。油って気軽に呼んでいただいて大丈夫です!」
唐突に彼女は自己紹介してきた。僕はドキドキしながら彼女のことを見た。一旦落ち着いて、いやらしい意味ではなく状況判断として彼女のことを下から上まで見る。そしてある事に気がつく。
ーー「彼女が着てるの僕のTシャツとズボンじゃね?」ーー
彼女が着ていた服は紛れもない僕が普段着ていたTシャツとジーパンのズボンだった。
「それ、僕のじゃないですか」
「あ、うん。ここにいたとき裸だったからちょっと借りました」
「え」
てことはーーいや考えないようにしよう。流石にこれ以上妄想すると僕も変質者の仲間入りだ。
「君の名前は何ていうの?」
「えっと、矢口裕太です」
僕は彼女の質問に対して緊張しながらも答えた。
「そうなんだ、よろしくね」
そんな一言で僕の心は彼女に引かれた。女性と関わりを持たないで生きている男の心などそんな言葉で簡単に落ちてしまう。今まで女性と面と向かって話すことなんて無かった。まさかいまになってこんな形で叶うなんて。わがままを言うのであれば青春時代に起きて欲しかった。
「裕太?まだ起きてこないの?」
母親の声が下から聞こえてきた。この瞬間、僕の意識はすぐに現実に引き戻される。でも彼女はしっかりと僕の目の前にいた。つまりそれは彼女がここに存在するということが真実だということ。
「とりあえず、僕の部屋にいてください」
「はい」
彼女は笑顔で頷いた。
僕は自分の部屋から出て一階にあるキッチンに向かった。
キッチンにはいつも通りが広がっていた。
お父さんがいてお母さんがいる。
そして、いつも通りの食卓が並んでいた。ご飯に味噌汁、卵焼きにサラダの盛り合わせ。さっきのことが嘘のようだった。
「もう、お昼だよ」
「いいじゃん、どうせ夏休みなんだし」
母親の言うことはいつもこんな感じで受け返している。
「ちゃんとした生活リズムじゃないと、学校始まった時も怠けるぞ」
父さんも横から口を挟んできた。
本当にうるさいな。そんなことは分かってる。僕は心の中で親の嫌味を言った。
親というのはどうしてこんなにうるさいものなのか。僕のことを思って言ってくれてるのは分かる。でも、毎日毎日しつこく言って来るのは流石に嫌がらせだと感じる。本来は感謝しなければならないものなのだろうけど僕にはできそうもない。
とりあえず食事の方はさっさと済ませて二階に上がりあの女性の元へ行こうとする。色々見られたくないものだってあるしあんまり長く待たせるのもなんだし。
「おい、皿は自分で洗いなさい」
父さんに僕は引きとめられた。でもこれもいつものこと。
僕は無視して二階に上がった。
僕は自分の部屋の前まで来るとドアを開けゆっくりと自分の部屋へと入る。彼女はベットに座って本を読んでいた。夢からは覚めていない。いや、彼女は存在するという現実を再確認した。
ーー「ん?本」ーー
僕の部屋の本棚には学校の参考書以外にライトノベルの本しか無かった。彼女の本を見ると無地のカバーがしてある本。あれは確実にライトノベル(結構ヤバめのやつ)の本だ。
「わわわわわわわ!」
僕は慌てて彼女から本を奪う。
社会的な絶望感が僕の心を襲う。
「いやこれは」
僕は慌てふためきながら本を本棚に戻した。
「本。お好きなんですか?」
もしこれが真面目な本だったら「うん」と即答で答えるが、ライトノベルだとそうもいかない。一瞬の静寂ののちやむおえず僕は「はい」と彼女に答えた。そう答えるしかない状況だからだ。
「そうなんですね」
彼女はニコニコしながら僕の事を見た。僕はだんだん恥ずかしくなって来る。あの本を見られたということともう一つは女性と密室の空間にいるということだ。正直言ってこの状況は僕にとって刺激的すぎだ。女の子と密室でこんなにもドキドキするとは思っても見なかった。
「ちょっといいですか?」
「はい!」
僕の返事は裏返った情けない声だった。
「あの、女物の服ってありますか?」
いや、聞かなくても分かるでしょっと言いたいが言えない。ここは母親に借りるというてもあるかも知れないが恥ずかしくて言えないし、そもそも女の人を自分の部屋に入れてるなんて親に死んでも知られたくない。
「えっと」
彼女は少し困った顔をした。これはどうにかせねば。
さあ、どうする。どうすればいい。そしてとっさに出てきた僕の言葉は
「ないので、一緒に買いに行きませんか」
何言ってんだ俺は。
でも、それがいちばんの最善策かも知れない。彼女はニコニコしながら「いいんですか!」と言った。僕は身支度を済ませ外に出る準備をする。
しかし、買いに行くと言っても難関がある。
まず、彼女の服装。下はまだいいとして上が心配だった。多分そう。彼女はここに現れた時は裸だったようだ。それで僕の服を借りた。つまりあれを付けていないのだ。こんな暑い日だ。汗を絶対にかく。もし、それで服が透けたりなんかしたら大変だ。僕はクローゼットの中を探し彼女にワイシャツを渡した。ワイシャツをTシャツの上から着れば危険な状態になるまでは透けないだろう。
次の難関はこの部屋から彼女を気づかれずに部屋から出すということだ。
僕は部屋から出て辺りを見回し親がいない事を確認。彼女を部屋からだし階段を降りて玄関へと向かう。なるべく見つからないよに忍足を心がけて歩いた。
なんとか無事に玄関までたどり着いた。しかし、もう一つの問題に僕は気づかなかった。そう、彼女が履く靴のことを忘れていたのだ。さてどうしたものか。色々と考えた末に流石にこればかりはしょうがないと無断で母のサンダルを借りることにした。
無事に外に出ると暑い日差しが照りつけていた。
ーージリジリジリーー
ーーミーンミーンミーンーー
ミンミンゼミやアブラゼミの鳴き声が四方から聞こえてくる。
ここは東京の八王子の高尾町。新宿とかからすると田舎の風景に見えるかも知れない。東京にも関わらず緑に溢れている。
ここから三十分のところにミーアス高尾という大きなショッピングモールがあり、そこで彼女の服と靴を選ぶことにした。彼女と歩くショッピングモールまでの道。こういった状況に不慣れな僕は自分から女性に何か話題を持ちかけるなんてできなかった。彼女もまた僕に何か話題を持ちかけて来たりはしない。
僕は周りの視線などばかり気にしてしまう。誰かにカップルだと思われてないだとか、高校の時に同じクラスだったやつが近くに歩いていたりなんかしないだろうかだとか。
多分、周りの人はただの男女が歩いているだけに過ぎず、僕たちのことを見る人なんか人っ子一人いないというのに誰かが通り過ぎると過敏に反応してしまう。
ショッピングモールに着き、彼女は「自分で選んでくるので」というので一万円を渡し僕は休憩所で休むことにした。まるで頭がついていかない。まさか、高校の青春は何も起きなかったというのにまさか大学生になってこんなドキドキ青春が訪れるなんて。僕は近くのエスカレーターの側に設置されている椅子に座って彼女のショッピングが終わるのを気長に待っていた。
小学生のようなワクワク感が心の中にある。まるで欲しいものが手に入った時の喜びと同じようなものだった。なんせ、僕みたいな人間が女性と一緒に居られることなど地球と土星がひっくり返るほどありえないことなのだから。せっかくなのだから何か楽しめるようなことをここで彼女としたいと思うが流石に今日会った人とそういったことをするのは厚かましいにもほどがあり、更にそういった事は完全なる恋人関係になった者だけが許される行為であって、そういった関係の確立されていない状態であまり自分の欲求を満たすようなことを彼女に求めてはいけないと思った。
それにしても彼女は一体何者なんだ?僕はそれがずっと疑問だった。
だいたいこういうのって主人公が何か悪の組織に命を狙われていてその悪の組織から守るために強い女の子が主人公の前に現れてその悪の組織から守るとか。いやそれはあまりにも現実的ではない。じゃあ、幼い頃亡くなった幼馴染がいて自分が成仏するために願いを叶えるべく現世に現れ僕に願い事をかなえてもらいに来たとか。いやそもそも僕に幼い頃無くした幼馴染なんていないし。ていうかどれもこれもライトノベル小説や映画で見たような内容ばっか。
つくづく自分がそう言ったことしか日常で考えていないってことを再確認しただけだ。しかし、考えれば考えるほどますます彼女が僕も目の前に現れた理由がわからなくなって来る。そもそも、人間?幽霊?宇宙人?それすらもわからない。そんなことをグルグルと頭の中で考えていたらあっという間に時間は過ぎて行ってしまった。
彼女が買い物を終えて戻って来る。
ーーあれ?あんま見た目変わってないーー
確かにさっきより女性らしい格好にはなったが多分レディースのワイシャツにジーパン着替えただけ。靴はサンダルではなくスニーカーだった。胸も小さいまま。
おっと、いかんいかん。
こういったところは僕が今までどれだけ女性というものに恵まれてこなかったのかが一目瞭然だ。あまり下手なことを考えていると彼女の前で出てしまうかもしれない。
自然でいなければ
「服買ってきたんですか?」
「うん、お陰様で買ってきたよ!今着てる!どうかな!」
「あんまり見た目変わらないような」
「なんか見た目はそのまんまの方がいいかなって思って!」
彼女は相変わらずニコニコしながら喋る。もう少し、おしゃれな服を選んでも良かったと思うが、彼女がそれでいいと言うならそれでいいだろう。
しかし、こうして彼女を見ているとライトノベルの主人公になった気分だ。混沌とした状況で女性といると言うのは中々に素晴らしい。本の世界に憧れた人間ならでわの喜びだ。
もし僕の心を読める人が居たならば僕のことを軽蔑しているかもしれない。
外見では純粋で大人しい草食系の男を装っているが内面ではこうやって色々なことを考えて居たり妄想していたりするのだ。よく女性は内面と外見が真逆というが、自分もその部類に入るのかもしれない。
彼女は余ったレシートとお金を僕に渡す。買い物は普通にできるから宇宙人でも世間知らずの女の子でないことは分かった。
とりあえず用事は済んだ。僕はスマホの時間をみる。帰るにしてはまだ早い時間。
「良ければ、もう少しショッピングモールを見て回りませんか?」
僕から言おうとした言葉であったが彼女から申し出た。
「え」
僕はある意味戸惑った。これほど嬉しいことはない。なんたってそれはつまり僕と一緒に何かしたいという彼女の意思表示なんじゃないかと僕は思ったからだ。でも同時に僕のような人間が女性と二人っきりでいいのかという罪悪感にも襲われた。決して何かやましいことがあるわけではないが、何か釣り合わないような気がしてそう言った感情が僕の心に芽生える。
「あ、ごめんなさい」
「いやいやいや!とんでもないです!」
このチャンスを逃してはならない。僕はいつも挑戦とは無縁の関係でチャンスが来てもで断り、後悔をするような経験をして来た。だが、これだけは逃したくない。
「とりあえず、歩きましょう!」
そう言って彼女は僕の手を引く、彼女の手は柔らかく包み込むような優しさが感じられた。僕の今までなかったような心の奥底にしまわれている何かが燻られるようだった。
これこそ青春。僕が高校最後に望んでいた、思い描いていた青春そのものだった。神様に贅沢を言うのであればこの状況はもっと早くに欲しかった。
そうすれば、僕の青春はもっと謳歌されたものを送って居たに違いない。
歩きながら彼女が僕の方を見る。僕はどうしても視線が泳いだ。彼女のことを直視することが出来ない。でも、勇気と根性を振り絞り彼女の目をなんとか僕も見る。
「裕太くんは好きな人いるんですか?」
「す、好きな人ですか?えっと、今はいないです」
「よかったー!」
何がよかったんだ?まさか僕に気があるのか。
「私、裕太くんに彼女がいたらどうしようかと思ったよ」
なんだそういう事か。僕のハートのガラスが少し欠けたような気がした。
「裕太くん、ずっと何か考えてるでしょ」
彼女の口調がさっきより遠慮がなくなってきた。もしかして、僕に心を許して来てくれるようになって来たのではないだろうか。
「もしかして私のこと?」
彼女は手を後ろに組み横に顔を傾け僕の顔を覗き込む。僕は顔が熱くなっていくのが分かった。
もしかしても何も今日はずっと君のことしか考えることは出来ないよ。だってこんなことはあり得ないことだもの。この状況を何も考えずやり過ごす人はほとんどいないと思う。特にライトノベルばかり読んでいた僕にとって様々な妄想がその思想を燻らせていろいろな可能性を考えさせられてしまうのだ。
僕は勇気を振り絞り今彼女に対して存在する疑問をぶつけてみた。
「君は一体何者なんですか?」
彼女はニコッと笑い
「私は蝉の妖精です!」
ーー「は?」ーー
うーん、余計に分からなくなった。とりあえず彼女がそういうのだからそうだと信じよう。とりあえず、彼女が何者なのかは分かった。次に僕の目の前に現れた目的を聞く。
「君は何のために僕の前に現れたんですか?」
「何でだと思う?」
分からないから聞いているんですけど。
「それはね、私にも分からない!」
彼女は「エヘヘ」と笑う。そんなことだろうと正直思っていた。
「でもね、これは分かるよ!私がここにいられるのは一週間だけ」
「一週間?どうしてですか?」
「さっきも言ったでしょ。私は蝉の妖精だって」
そうか。蝉の成虫の寿命は一週間だということは聞いたことがある。もし仮に彼女が本当に蝉の妖精だったとしたらそうなるのかもしれない。なるほど、何となく何も分からない。
結局何も分からずじまい。多分これ以上何か聞いても分からないだろう。そもそも彼女自体、自分が何者で自分がどうしてここにいるのかよく分かっていないに違いない。そんな感じが僕はした。
辺りに急に静けさが訪れる。道ゆく人たちがまるでスローモーションのようにゆっくりと動く。まるで異世界に入ったような感覚だった。
ーーカンカンカンカンーー
踏切の音がする。
ーー「踏切の音?」ーー
僕は踏切の音がした方に振り返る。どうして今踏切の音が聞こえてきたんだろう。ここにはそんな音がなるようなものは無いのに。
多分頭がどうかし始めたんだろう。こんなわけのわからない状況が続いているんだ。幻聴だの幻覚だの見えてしまっても仕方がない。
ーーぐううううーー
腹のなる音がする。
僕はその音がする方に振り返る。何だ、また幻聴か。
「ごめんなさい」
彼女が顔を赤くしてお腹を押さえていた。今日初めて彼女が恥ずかしがる顔を見た。そういえば彼女は今日何も食べ物を口にしていなかった。どうやら蝉の妖精にも食欲というものはあるらしい。
「何か食べます?」
「いいの?服を買ってもらったのにご飯まで」
「いいですよ」
「ありがとう!」
僕は初めて女性にありがとうと言われた(母親や学校の先生を除く)。正直、もう僕はこの状況を楽しんでいるのかも知れない。
「あっちからいい匂いがする!」
彼女はまたも僕の腕を引っ張る。僕は彼女に引っ張られるがまま走り出す。
彼女が向かった先は中々のレストラン。もし二人で食べるとするならばかなりの金額が行きそうだ。でも彼女だけなら大丈夫だろう。
僕たちは店内に入り店員さんに案内され席に着く。
彼女はメニューを手に取り満面な笑みで見る。よほどお腹が空いていたのだろう。彼女はじっくりと何にするか選ぶ。ふと彼女は僕の方に視線をやった。そしてメニューにまた視線を戻す。彼女は選び終わったようで店員さんを呼ぶ。
「このハンバーグ定食で」
僕もさっきちらっとメニューを見たがそのメニューはこの店で一番安いものだった。彼女はどうやら僕に気を使ったらしい。気を使わなくてもいいと言いたいところだがあいにく僕の財布の中はそんなたいそうなことが言えるほど膨らんではいない。
「ごめんね、ご飯までご馳走になっちゃって」
「いいんですよ」
やはり彼女は僕に気を使っていた。
「今度、何かお礼するからさ!」
「いいですよそんな!」
「ええ!でもなんか申し訳ないし、私にできることがあったらなんでも言って!」
「大丈夫です。僕は見返りとかは求めない主義なので」
「そうなの?」
「はい」
彼女は「ふーん」と言って足をぶらぶらとさせながら僕の顔を覗いていた。もしかして僕の顔にやましいことでも書いてあるのだろうか。
彼女と僕は数分間見つめ合う。
そして数分後、頼んだメニューがテーブルの上にやってくる。
「んー!おいしー!」
彼女は頬を抑えながら美味しそうにテーブルにやってきたハンバーグ定食を食した。彼女は満足そうだった。彼女が食べ終わり僕はお会計を済ませ店の外に出る。
ショッピングモールの中は人が減っていた。時間もいい時間になっていた。外をみると夕方になっていた。特に大したことをした覚えはないが時間が過ぎるというのはあっという間だ。
僕たちはショッピングモールから出て家路につく。
「私、裕太くんのこと知りたいな」
「僕のことですか」
「うん」
「僕はただの大学生ですよ」
「そういうことじゃなくてさ。君がどういう人間かとか!」
どういう人間?それは主観的なことを言っているのか客観的なことを言っているのか。そういえば自分がどういう人間かなんて考えたことなかった。いや、考えたくもなかった。
「おやおや、その様子だと自分のこと良くわかってないみたいだね」
彼女は僕に対していつからこんなに馴れ馴れしく話すようになったのか。嬉しいは嬉しいがなんか余所余所しい方が僕はよかった。そのほうが気が楽だ。どちらとも気を使うことでフェアの状況を維持することができる。でも彼女が僕に対して友好的になることによって僕側もそうならなくてはいけなくなる気がした。しかし、女性に対して友好的になるのはかなりの難題だ。
「そんなんじゃ、教えてあげられないな。私の秘密」
彼女は笑ってそう言った。
「秘密ってなんですか?」
「それは君がさっきぐるぐると頭で考えてたことだよ。さっき君が質問してきたこと!」
「そ、それは」
なんか、心の内をずっと見られている気がして恥ずかしくなる。
「嬉しいな!裕太くん、その様子だとずっと私のこと考えてくれてる?」
「そ、それは油さんが突然現れてこんなわけわかんない状況になったら考えますよ」
「ふーん・・・・・・あ!今私の名前呼んでくれた!」
彼女が僕のことを指差して少し赤くなる。僕は消して意識して言ったわけではなくつい出てしまっただけだった。ただ、それだけに僕が彼女に対して友好的になったことを感じる。
「じゃあ、今度は私の名前を呼び捨てで呼んで、その後はハグをする関係になって更にキスをする関係になろうよ」
突然何を言い出すのだろう。僕をからかっているのか。今のは正直言って恥ずかしさの余りに身を引くような発言だ。
「裕太くんって人と関わることをめんどくさいって思ってた人でしょ」
なんでそんなことが彼女にわかる?でも見れば僕が陰キャラだってことはすぐにわかるか。
「だから今まで人のことなんて考えたことなんてなかった。でも今日いっぱい私のこと考えてた」
彼女に言われて僕は気が付いた。確かにそうだ。今までこんなに人のことを考えたことがなかった。形はどうであれ、物語の登場人物ではなく、現実に存在する人に興味を持つということは今日が初めてのことだった。
「じゃあ、私が初恋の人だね」
「何でそうなるんですか!」
流石に恥ずかしさの我慢の限界がきて今日一番でかい声を出した。いや、人生で初めてかもしれない。僕の中で悪魔と天使が嬉しさと否定の綱引きをする。
そんな僕の顔を見ながら彼女は笑う。
「油さんは僕をからかいにきたんですか!」
何かしてやられたみたいな感じがして僕は彼女に言った。彼女はクスクスと笑い「そうかもしれない」と言う。
「それと私に敬語使わなくていいよ」
「でもまだ会って一日たってないんですよ」
「そんなの関係ない」
「どうしてですか?」
「だって私たちもう恋人同士じゃん」
突然の仰天発言。僕の頭の上には部数のクエスチョンマークが並ぶ。いつどこでどういう風にそうなった?そういう感じになる場面は一切見当たらなかったが、それは僕の鈍感さなのか。僕は彼女についていけなくなる。
「い、いつ恋人同士になったんですか!」
「また敬語!」
彼女は人差し指で口元にバッテンを作る。
「せっかく女の子と一緒にいるんだから強気にならないと」
彼女はそう言ってニコリと爽やかに笑う。
「そうだ!もし、今日私があなたに私の事どうにでもしていいって言ったらどうする?」
僕の溜め込んでいた感情が一気に爆発して溢れ出てくる。
「さっきから何を言うんだ!」
本当になんてことを言うんだ。見た目は清楚なだからそんなこと絶対に言わない人だと思ってたのに意外と見た目に合わずとんでもないことを言う女だった。やはり、女というのは見た目では内面は分からない。僕はやはり女性に対して勉強不足だったことを反省する。
「いい反応!」
彼女はくるっと振り返って僕の先を歩く。完全に彼女のおもちゃとなってしまった僕。彼女は楽しそうに僕の前を歩く。家に帰るまでの数分、僕はずっと彼女の背中を見ていた。
ーーカンカンカンーー
まただ、また聞こえた。
ーーガタンゴトンガタンゴトンーー
電車が迫ってくる。
ーー危ない!ーー
僕は彼女の腕を掴んだ。
「どうしたの?」
彼女は首を傾げていた。
辺りを見回すと踏切どころか線路すら見当たらない。僕は今日とてもおかしい。
「なんでもないです」
「そう」
僕は彼女の腕を話す。
でもさっきの感覚は一体なんだったんだろ。電車が迫ってくる様に感じたあの感覚。
きっとこれから良くないことが起きる前触れだろうか。
彼女が僕の手に手を添える。
「今日からよろしくね」
彼女は笑顔でそう言った。
僕は明日からのことが心配になった。