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エンチュのくまのゆめ  作者: でうく
3/7

ツクヨミ

子供の名はツクヨミと云った。今し方この地に越して来た者らしく、姉とふたりで来たと云う。姉弟仲は余り良くない様で、この地に降り立って早くも喧嘩をし、ひとりこの森に措いて往かれて仕舞ったらしい。

山には彼の伯母に当る“カミ”が棲んでいるらしい。その情報を基に、ツクヨミは伯母の居る山を探して彷徨い歩いていたのであった。

「私も伯母と呼ばれる神さまに御会いした事は無いのですが、様々な生き物に変身が出来ると聞きました。麓には畑を耕す人が沢山いましたが、変身できる人を見るのは初めてです。あなた達も、若しかしたら神さまかも」

ツクヨミは、ミカゲが獲りカネリが調理した鮭を戴くと、御馳走さまですと手を合わせる。がつがつと貪るのではなく、小骨まで取り上品に食べる姿を、ミカゲとカネリは物珍しそうな顔で見ていた。

「感謝の印に、飛び切り綺麗なツクを御見せしますね」

ツクヨミは緩々の衣服の袖口から箸の様な祭器を出すと、指揮を執るが如く軽く振った。

すると。


「――――・・・」


―――森が、ざわめき始める。

川のせせらぎが、波へと変った。

秋口で彩り豊かに染まっていても、夜暗くなると樹樹の葉は空を蔽い隠す深い闇となる。併し、月光は森の抵抗などものともせずに明りを通し、川の表面に自らの姿を映し出した。



「―――本日は、十五夜なのです」



川が月を映し、映された満月がふたりの影を映す。夜、月光の届かぬ中で魚を獲る彼等は、自分の姿を映す鏡の存在を知らなかった。―――月の真の大きさと、自分達の真の正体を垣間見た姉弟は、生命と自然の神秘、そうして其を教えて呉れる神神の文明に魅せられていた。


「私は将来、夜を統べる事になっているので、ツクを呼ぶ練習をしているのです。まだ間の取り方が上手に出来ないのですけど」


―――嘗て無かった程に巨大な月が、音を立てて近づき、大地を震わせ樹樹を揺らしている。



夜晩くになっても洞穴へと帰って来ないミカゲとカネリを捜しに出ていた母親は、海までくっきり視える月が何処までも自分と並走し、吸い込みそうであるのに畏れを懐いた。


(―――嫌な予感が、中らなければいいのだけれど)




・・・その一晩、子供達は巣穴へ帰って来なかった。

父親と母親が必死に山を捜し回ったが、子供達は見つからなかった。

軈て晩い夜明けが訪れ、柔かな光が重なる落ち葉に射し込んだ。

―――もぞ、と落ち葉が揺れ動く。

ふるふるっ。落ち葉が振い落されて、獣の耳が現れる。一番初めに目が覚めたのは、暖かなところが好きなカネリだった。

「・・・ん・・・」

隅でカネリがもぞもぞ動き、落ち葉の塊が顔にかかる。ツクヨミは目を擦りながらゆっくりと起き上がった。

あれから結局、子供達も帰り道を見失ってしまい、落ち葉を掘ってさんにんで一晩、此処で身を寄せ合って眠ったのだった。

さんにん寄ればとても暖かく、思いの外寝坊してしまった。

「カネリ・・・?」

カネリが身体をぴんと伸ばして、聞き耳を立てていた。ミカゲも(ようや)く起きてくる。ミカゲが碧い眼を開くと、樹樹はあるものの為に空間を空けてぐにゃりと立っていた―――其処に、女性が在る。


「あねうえ」

ツクヨミは驚いた様に声を上げた。


「まぁ!月夜見!」

女性はツクヨミに気がつくと、駆け寄って行って抱しめる。


「こんな処に居たのね!」

喧嘩して彼を置いて往った事を反省していたのだろう。あねうえの目からは涙が滲んでいた。

ミカゲとカネリは顔を見合わせた。お父さんとお母さんも、僕たちの事を心配しているだろうか。

「寒くなかった!?風邪引いてないかしら・・・!」

「あねうえ・・・っ!」

ツクヨミはあねうえを突き放す。はぁ、と溜めていた息を吐く。胸を撫で下ろしたところから、少し安心できたのだと察せた。

「神さまが一緒に居てくださったので平気です・・・っ!」

ツクヨミは照れくさかったのか、少し吐き捨てる様に云った。あねうえは瞳を潤ませる。併し

「・・・()って。神さま・・・!?」

と数秒遅れて反応すると、ミカゲとカネリを見下ろした。

「其方の方方(かたがた)は、生き物に変身する事が出来るのです。あねうえの云われるところに()りますと、様々な生き物に変身が出来るのが神さまだとか」

・・・・・・。あねうえはふたりの前にしゃがみ込むと、カネリの耳に手を伸ばす。物珍しげにもふもふ触り、最後にミカゲの頭を撫でた。

「・・・弟と一緒に居てくれて有り難う」

あねうえの微笑みに、カネリの胸はどきんと鳴った。ミカゲも顔を紅くしているが、カネリを自分の方に引き寄せて睨んでいる。

「・・・・・・」

あねうえは泣きそうな顔になった。

「・・・あねうえ。泣く振りしないで行きますよっ」

ツクヨミがあねうえの尻臀(しりべた)を叩く。遠くで、獣の猛猛しい声が聞える。


“お父さんだ”

ミカゲとカネリは、嬉しそうに跳んで行った。


ツクヨミとあねうえだけがこの場に残った。ざざん・・・と海鳴りの様な音が響いた。

「・・・月夜見。いい事を教えてあげる」

あねうえはツクヨミの手を引いて歩き始めた。

「あの子達はね、神ではないのよ」

あねうえの声は相も変らずふわふわしていたが、先程と比べると随分と(じつ)が無い感じであった。歩幅もゆっくりふわふわしているのだが、ツクヨミはなかなかついて行けない。

「あの子達はね、くまさん。くまさんなのよ」

あねうえはいつも泣くか甘えるか優しいか、のどれかで接してくるが、第三者が居なくなるとそのどれもが演技の様に見える。

「・・・人ではないのですか」

「人でもないのよ。人は、獣に変身できないでしょう」

貴方を置いて行って良かったわ。あねうえは当り前の様に云った。

「あれはくま。人よりも少し位が低いの。でも、人は時々、くまを神と同じ様に扱うのよ」

喧嘩して見知らぬ土地に置いて往かれたり、道の途中で(はぐ)れられたりするのは、然して珍しい事ではなかった。あねうえはきょうだいに起す行動が冷たい。だからツクヨミはあねうえを信じてはいなかった。でも其を悩みとはしなかった。

何故ならば、其が普通の事だったから。




両親の許へ帰り着いた時、母親はとても怒っていた。父親は安堵に湿った眼を落して子供達を抱しめたが、母親はふたりを許さなかった。あねうえとは全然違う剣幕に、ふたりはたじろいだ。

・・・母親が叱っている最中、ミカゲはカネリの手を引いた。庇う様に、カネリを自分の背に隠す。

「ミカゲ・・・」

母親は呆気に取られ、思わず叱るのを止めた。カネリを怒らないで。そう、言われている様であった。

「・・・お姉さんに、なったのね」

母親は堪えていた涙を浮べてミカゲを抱しめる。カネリにも来る様手招きし、飛び込んでくる小さな身体を包み込んだ。

「・・・ミカゲ、カネリを守ってね。ふたりとも、助け合って生きていくのよ」


冬は、もうそこまで来ていた。

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