1-06:『魔術師は苦悶する』
(魔法だって使えないくせに)
小都が言ったことは本当だ。俺は魔法が使えない。
そのことが、俺の心の奥底にある何かを突き刺す。
魔法が使えない事実を、俺は未だに受け入れられずにいる。
俺が魔法と出会ったのは小さい頃だ。小学二年の頃だった。
その頃の友達の家が古本屋でよく遊びに行っていた。その古本屋で、装丁が華麗で俺の目を引く本があった。そのとき、何故かその本だけが輝いて見えた。これは比喩ではない。実際に俺の目には、輝いているように見えたのだ。本棚の他の本は完全な影になっていたのだが、その本だけが、俺を導くように白く輝いていたのだ。
その本は西洋魔術の基礎が書かれているモノだった。小学生が読むには難しい大人向けの、いや、もっと言えば学者向けのモノだった。中世ヨーロッパを中心に拡がった西洋魔術。その理論と実践に関わるモノだった。
好奇心に駆られてその本を手に取り、ぱらぱらとめくるつもりでページを繰ると、その内容が勝手に頭に入って来た。それは言うなれば、まるで、ずっと忘れていたものを、読むたびに思い出していくようだった。
数百ページはあるそれを瞬時に読み終え、その全てを俺は理解した。こんな経験は今までのしたことがない。学校の教科書を何度読んでも、何一つ理解出来なかった俺だ。
だからこのとき俺は思ったんだ。これは俺の為のモノだ。俺はこの為に産まれてきたのだと。
この時を切っ掛けとして、数多くの魔法関係の書物が俺の前に現れた。俺から探し廻ったことはない。むしろ向こうからやって来るかのように、本屋を覗くと本が輝いた。
小遣いやお年玉も全て魔法関係の本に費やした。傍目からは随分と変わった子供に見られていただろう。本を読めば読む程、自分が歳不相応に大人びてしまっているのを感じていた。同級生たちが凄く卑小で卑俗な存在に思えて来た。そんなせいで、気が合う友達も次第にいなくなった。
そして俺には魔法しか残らなかった。
昨年、封印処分されてからというもの、俺は魔法を取り戻そうと必死だった。魔術協会からの依頼、いや命令か、それをこなしていれば処分が解かれて再び魔法を使うことが許される。そう信じて此処一年程やって来た。
約束されている訳ではないが、ある程度こなせば交渉の手段にはなると考えていた。だからこそ危険が有りそうな案件にも首を突っ込んだし、小都の力も目一杯借りた。
予想していなかった訳ではない。俺や小都の命が危険に晒されることを。解っていた筈だ。俺だけでなく、小都も傷付くことも。解っていたにも関わらず、見ないふりをして来たんだ。
小都を犠牲にして魔法を取り戻そうとしていたんだ。
やっぱり俺は魔法なんか使えない方がいいのかもしれない。罰だものな。自分の為に魔法を使おうとした、これは罰だ。
「貴方、こんなところで何をしているの? てっきり、小都の所にいると思ったのに」
声を掛けられて我に返った。
病院を出て直ぐの所にある公園のベンチで、ぼうっとしていたようだ。
「華澄か? お前こそ何してるんだ? 学校抜けて来たのか?」
「貴方、何を言っているの? もう放課後の時間よ。私は今からお見舞いに行くところよ」
華澄の隣にもう一人女子生徒がいた。
「そっちの人は?」
「小都の友達よ。大鳥智奈さん。手を出したら承知しないから」
「出さねーよ。ん? あ、智奈ってあんたか」
小都の話に出て来た級友の名前は、確か智奈って言っていた筈だ。この子がそうか。
「なに? 一目惚れでもした? 小都から乗り換えるつもり? 節操無いわね。小都の友達だからってこの子は魔法少女ごっこの趣味はないの。残念ね」
「一目惚れとかしてねぇーし。それに小都から乗り換えるって何だよ?! 俺とアイツはそんなんじゃねぇよ。さらに、俺には魔法少女趣味はねぇっ! 初対面の相手に変な第一印象を与えてんじゃねぇよ!」
「ちょっとちょっとお、あんたら私をネタに戯れないでくれる?」
智奈と紹介された彼女は、華澄とのやり取りに堪らずって感じで割って入って来た。
身長は俺と同じぐらい。170センチといったところか。体格の良い元気な体育会系女子だ。
ん? 元気?
「俺は風見道真だ。そういえば、えっと大鳥さんだっけ? あんたは身体もう良いのか?」
「あ、はい。もうスッキリしてます。寝たら復調しました」
カラカラと笑う彼女。本当に大丈夫のようだ。小都の話によるとこの子の下腹部から犬が出て来たというが……
「なに女子のお腹をまじまじ見てるの? 止めなさい」
華澄に頭を叩かれた。
「いてーな、おい。別に変なつもりで見てた訳じゃねぇよ。ただ……」
「ただ? なによ」
「いや、何でもねぇよ」
犬がまだいるか? 異常が無いか? 調べてた。なんて言える訳がねぇ。
「智奈、先に病室に行っといてくれる? ちょっとこの馬鹿にお灸を据えるから」
「あ、うん。あ、えっと、風見さん。私、別に気にしてませんからね」
顔を赤らめて「失礼します」という言葉を残して、彼女は病院の中に入って行った。
「あの子、男に慣れて無いから変なことしたら駄目よ」
「だからしてねぇっつってんのに」
智奈の残り香の中に、微かな獣の臭いがした。
くそっ! やっぱり魔法が封印されていると感知する力も弱いか。
病院の中に入っていく智奈の後ろに、微かな黒い影が付いて行くのが見えた。まさか、あれは小都が言っていた犬か?
「華澄、話は後だ。今は病室が先だ」
「はぁ? 貴方何を言っているの? 貴方もうお見舞い済んだんでしょ?」
ああっくそう。説明出来ないのがもどかしい。
「とにかく、俺は病室に行く。話はその後だ」
華澄の手を振り払って先に歩き出す。
対策は何もない。しかし、また小都に何かあるかも知れない。だから……
今度こそ、俺が絶対アイツを護ってみせる。