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封印処分の魔術師と魔法少女に憧れる弟子  作者: 杉乃 葵
Episode 1: 未成熟なるものの無意識
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1-03:『魔法少女の奮戦』

 授業って何でこんなに退屈なんだろう。


 もっとこう、興味が持てるような、楽しいモノになんないのかなぁ? わたしの成績が悪いのはきっと授業がつまらないせいだわ。これはクレームもんだと思うの。うんうん。


「えー、次をー、大鳥、読んでくれ」


 隣の大鳥さんが、スラスラと英語を読む。かっけー。何言ってるのかまったく理解できないけどー。あ、大鳥さんっていうのは、智奈のことね。


 英語なんて読めなくていいよー。海外行ったら自然に話せるよーになるよー。たぶん。海外行く気ないけどねー。言葉わからんしー。わたしはもう日本でいいやー。日本に引き籠るぅー。全日本引き篭もり協会会長でも何でもやってあげるから。もうみんなで引き籠ればいいと思うの。1億総ニート社会だ。


「ひゃっっ!?」


 智奈の悲鳴が聴こえて我に返る。彼女は手から教科書を取り落としたけど、それには目もくれず、別の何かを机の下辺りに探している。


「智奈? どうしたの?」


 教室は彼女の狂態に騒然となった。わたしの言葉も耳に入らない様子でしきりに自分の机や他の生徒の机の下を覗き込んでいる。わたしも智奈と同じ様にいろんな人の机の下を覗いて見たけど、特に何も見つからなかった。


「おい! 大鳥、どうした?」


 先生が声を掛けると、智奈は「犬が……犬が……」と声を震わせて呟いていた。

 ざわついていた生徒たちも同じ様に各々の足下を探って犬の姿を探し始めていた。


「はいはいはい! 犬なんか居ないぞ。大鳥、寝ぼけてんじゃないのか? よっしみんな静かにぃ!」


 パンパンと手を叩いて着席を即す先生。特に混乱なく、皆指示に従って席に着いた。


「よし、では、続きを読んでくれ」


「あ、あのすみません」


「なんだ? まだ何かあるのか?」


「ちょっと気分悪いので保健室行かせて下さい」


「ん、そうか。わかった。んーと、保健委員は誰だ?」


「あー、わたしが行きまーす」


 保健委員じゃないけど、智奈が心配だからわたしが立候補!


「ん? そうか。じゃあ頼む。じゃあ続きを、真浦読んでくれ」


 何事も無く授業を進める先生を尻目に、智奈の手を引いて教室を出る。智奈も大人しく付いて来た。


「あんたさぁ、サボりたいから付き添うんじゃなあないでしょうねぇ?」


「えー、ひっどぉーい風評被害だよぉー。ちゃんと智奈を心配してだよぉー。もぉー」


「普段のあんたの言動のせいでしょ。自業自得よ」


 サボりたい気持ちがまったく無かったわけじゃないけどさ。智奈が心配なのは事実。隙きを見て治癒魔法掛けて少しでも元気になってもらうんだ。そしたら、智奈もわたしを認めてくれるかな?


「小都、どこ行くの? 保健室ここでしょ?」


 おわっ! 考え事してたら行き過ぎちゃった。


「何してんのよまったく。ほら、入るよ」


「あ、はーい」


「なんか私が付き添ってるみたいじゃない」


「あはは……面目ないです」


 保健室の扉を開けて、中に入る。保健の先生は智奈の体温を測った後、ベッドでしばらく休むように指示された。熱は無かったみたい。

 わたしは教室戻るように言われたけど、もう少し側に付いていますと譲らなかったら先生がやれやれと諦めた。


「あんたねぇ、私は寝るだけなんだからいてもしょうがないでしょ」


「あ、うん。でも、智奈が寝入るまではいる」


「なんか側にいられるとかえって寝にくいんだけど」


「手、握ってあげるから」


「要らないわよ!」


 そんなにきっぱり拒絶しなくてもいいじゃん。わたし泣いちゃうよ。

 まあ、それはそれとして、ちゃんと訊いて置かないといけない事がある。


「ねぇ、智奈ぁ? さっき何があったの?」


「え? なにも無いけど?」


「だって、急に犬がーとか言って騒ぎ出したじゃん」


「私、そんな事をしてないわよ? 教科書読んでたら急に気分が悪くなっただけだけど?」


「え? 憶えてないの?」


 智奈の様子に嘘はみられない。だとすると、ほんとに記憶がない? パニックのあまり記憶まで飛んじゃったの? 詳しい話を訊きたかったのに、本人に記憶がないならしょーがない。


「ん、まあ、いいや、今は早くお休みするのがいいのだよ〜」


 しばらく智奈はぶつくさ言ってたけど、横になっているせいか、すうっと眠りについた。最近疲れているせいもあるんたろうなあ。

 そして、今が絶好のチャンスだ!


 スカートの内ポケットから携帯用魔法ステッキを取り出して、シャキンとそれを伸ばす。


 呼吸を整え、ステッキを智奈の額の上数センチの所にかざす。

 左手を上げて掌から外のエネルギー吸い込み、全身に循環させて右手へ。そして右手に持ったステッキへと流す。


「バイオレットはすみれ色ぉぉ〜。バイオレットヒーリングシャワぁぁ〜」


 紫色にイメージしたエネルギーのシャワーを、ステッキの先端から智奈の額に降り注ぐ。

 顔全体、首筋、上半身、下半身へとバイオレット色の光のシャワーを掛けて行く。

 これで元気になるよ。智奈。


 うんうん、今日のわたしは絶好調よね。凄くきれいなバイオレット。


 下腹部辺りに来た時、シャワーが何モノかに弾かれた。

 あれれ? なんかミスった? これ、わたしの数少ない得意魔法なのに?


 その瞬間、空気が凍り付いた様に感じた。

 ベッドとその周りの壁とカーテンで仕切られたエリア全体を覆い尽くす冷たい空間が突如出来上がったのだ。これはもしかしてぇ、いわゆる結界ですかぁ?


 智奈の下腹部辺りに何か居る!

 ぐるるという唸り声が聴こえ、同時に獣臭が漂って来た。姿は視えない。しかし、そこに居るという強い気配が有った。


「わたし、犬は苦手なんだですけどぉ。それにあんた、なんか大っきそうだしぃ」


 危険な感じがするから、一歩後ろに下がる。


「しっ、しっ。あっちいけ! あっち!」


 ぐるるるる


 鼻息と唸り声が近付いて来る。

 ベッドの縁から、こちらに飛び掛かろうとしている気配を感じる。


 来るっ!


 どーんという衝撃と共に、上半身に何かがぶつかり、勢いのまま床に押し倒された。

 重く湿った鼻息が顔に掛かる。やだ、気持ち悪い!


「やめれぇー、痛い痛い痛いっ! 噛むなぁっ! こんちきしょー!」


 巨大な口で、首筋に噛みつこうとしてくる。どうしたらいいのこれ? こんな奴、初めてだよ。見えない犬に対して手で首をガードしていると、今度は脇腹に噛み付いてきた。痛いっす!


 そうだ! 師匠に電話だ!


 犬に噛ませている間に、スマホを取り出して……


 あれれ


 電源落ちてる……。


 充電しとくの忘れてたぁぁっ! わたしのバカっ!

 ああ――師匠ぉぉ! たすけてぇ〜っ! ちゃんと魔法の修行しますっ。言われた事ちゃんとしますからぁ! 魔法少女だけは辞めないけどっ! たすけておねがいっ!


 すると、颯爽と師匠が! 現れないっ!


 えーやだぁー。こんなところで犬に喰われて死ぬとかないわ。こーいうのを犬死にってゆーの? いやあああ。


 がっつり噛まれているけど、身体に傷は付いていない。これは身体じゃない部分に噛み付いているのだ。まだ勉強不足でよくわからないけど、アストラル体とかいうやつだったっけ。身体の周りにある見えない魂的な、なんかそんなやつが傷付けられているんだろうと思う。

 ちくちょー、わたしの玉のようなアストラル体に何するんだぁ〜っ!


 でも痛い。すご〜く痛い。まじ痛いっ!

 死ぬの? まじ死んじゃうの?


(いざという時に、コレだけはしっかり憶えておけ)


 ああ、師匠の声が……。幻聴が聴こえる。もうわたし駄目なのね。


(そしてすぐに使える様に、ショートカットの方法を教えておく)


 そんな事を師匠に教わった事あったなぁ。何もかも懐かしいってやつ? これは前に師匠から教わった時の記憶だわ。走馬灯なのかな? これ。


(ステッキの先にでも仕込んどけ)


 あー、ステッキの先ね。何仕込んだんだっけ。思い出せない。何か凄く大事な事だった気がするけど。


 もう意識が朦朧としてきた。


 ステッキ


 ステッキだ。


 そうだ。ステッキだよ。


「えいっ!」


 ステッキの先を、見えない犬に向ける。

 するとピンク色に輝く魔法陣が2つ出現して、わたしと犬を上下で囲む様な感じで上下に別れた。


 あ、そうだ。これ、わたしが創った結界だ。思い出した。ああ、完全に思い出したよ!


「ま〜われ、ま〜われ!」


 ステッキの動きに合わせて魔法陣をグルグルと回す。回る速度を徐々に速くして、上の魔法陣から下の魔法陣に向けて光の輪を次々と降り注がせる。

 2つの魔法陣で創られたでっかいエネルギーの円柱に、わたしと犬がすっぽり収まっている。


(結界とは、外からの侵入を防ぐだけじゃない。結界は、そもそもその内部を完全に浄化するためのものなんだ。だから、その中にある不浄な異物を、結界外へ放り出す事も出来るんだ)


 犬が噛み付くのを止めて逃げようとした。


「逃がさんのよっ!」


 反射的に見えない犬を掴む。毛むくじゃらなその身体はしっかりと掴む事ができた。


 おっ? 掴めた!


 必死に身体をバタつかせて逃げようとする犬を、両手両足で羽交い締めにする。


「ふふふ、逃さないわよ〜」


 このままわたしの結界の中で塵となれ〜っ!


 結界の外へ弾き出そうとするエネルギーに削られて、犬はどんどん縮んでいく。


 『セントバーナード』ぐらいの大きさから、とうとう『ちわわ』ぐらいのサイズにまで小さくなった。


 あっ!


 するりと身体をすり抜けて、小さくなった犬は結界の外へ。そしてカーテンの外へ逃げて行った。


 あーちくちょー。逃げられたぁ〜。


 まあ、わたし独りでよくやったよね。うんうん。そんなわたしを褒めてあげたい。


「いっっっ、痛いぃぃぃっ!」


 あっ、かっ、いっ……。気を抜いたら痛みがががっ。


「あなた、何してるの? そんな所に寝転んで」


 わたしの呻き声を聞き付けたのか、保健の先生がカーテンを開けて入って来た。


「痛いです。先生ぇぇ、助けて……」


「どうしたの? 転んだの? 大丈夫?」


 大丈夫じゃないです。死んじゃいます。たすけて……。

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