1-21:『魔法少女は諦めない』
師匠から魔法名をもらった。
Puella Innocens
それがわたしの魔法名。
意味は、『無垢なる少女』なんだって。
師匠ったら、少女趣味なの? って訊いたら怒られた。
『魔法少女』っていう名前はだめなの? って訊いたら、それはいろいろと問題があるからダメだって言われた。残念。
その後、師匠からいろいろ話を聞いたけど、わたしにはよくわからないことばかりだった。
わかったことは、逃げた橘教授の捜索と、智奈の状態の監視。それとイレズーレへの復讐……
師匠はイレズーレがわたしたちを囮に使っているって言ってた。そのせいでわたしたちは危険な目にあったんだと。
でも……復讐なんて嫌だな。
なんか
魔法少女っぽくない!
師匠には協力したい。でもそれは、魔法少女としてだ。
華澄の容態も気になるけど、下手に触ると棘が飛んで来そうなので後回し。
なので、わたしは智奈を助けることを先にするのだ。
とはいえ、エーテル体の妊娠の堕胎とか、どうしたらいいのかわからない。
そもそも堕胎していいものかどうかも……とはいえ、産ませていいのかもわからない。
こっそりと、智奈の様子を窺う。
学校に登校してきた智奈は、相変わらずしんどそうだった。
顔が随分とやつれている。
ときおり、苦しそうな息を吐いて、身体を動かしている。
エーテル体で妊娠しているって師匠が言っていたけど、そのせいなんだろうか?
「で、さっきからなにずっと見てんのよ?」
智奈に怒られた。
こっそり見てたのに、なかなかやるわね。
「ん、いや、その、智奈がしんどそうだから、大丈夫かな~っと」
「ああ、大丈夫だから。心配しないで」
「心配しないで」そのフレーズで、華澄に同じことを言われたことを思い出した。
胸がぎゅうっと苦しくなる。
わたしは、華澄に何もしてあげられなかった。そしてまた、智奈にも何もしてあげられなかったら?
「わたしは! わたしは……」
智奈を助けられる。そう言いたかった。でも、魔術のことは明かしてはいけない。わたしは、師匠の弟子だから。それは絶対に破れない。
「そりゃあ……心配するよね。ごめんね」
智奈はバツが悪そうに頭を掻いて、謝った。
「最近、どうなの?」
「んー、なんかどうも夢見が悪くってさあ。毎晩、嫌な夢みたような気がするんだけど、覚えてないんだよねえ。起きたとき、すっげえ気分悪くってさ。吐きそうになったりして。まあなんだ、それで寝不足? みたいな感じなんだよね」
「そうなんだ」
話を訊いたところで、わたしにはなんにもできない。師匠なら、なにかできるのかなあ。
でも、師匠には監視するだけにしろときつく言われているから、どうすれば智奈を助けられるのか訊けない。自分で魔術の勉強して調べるにも、時間が掛かり過ぎる。
なら、師匠以外の魔術師に訊くしかないよね。
ピンポーン、ピンポーン。
学校を早退して、ずっと休んでいる友人の家の前にいる。
お見舞いに来たわけじゃない。
ピンポーン、ピンポーン。
居留守するつもりね。
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン。
「うるさいわね。ゆっくり休めないじゃない」
「華澄! やっと出てきてくれた」
正直なところ、もう少し粘られるかと思った。でも思ったより早く、玄関のドアが開いた。
「華澄、どう? 大丈夫?」
顔色が良くない。華澄は、身体を壁にもたれながら、わたしを見ている。
「ええ。さっきまではね」
こんな憎まれ口も久しぶりに聞けて嬉しかった。
「華澄、あのとき、わたしを助けてくれたんだよね」
華澄がぴくっと反応したのがわかった。
やっぱりそうだったんだ。
「わたし、なにも覚えてないけど、師匠から聞いたの。二体のゴスロリ幼女が召喚されたとき、一体はわたしが串刺しにしたやつだったけど、もう一体は黒焦げで死んでたって。それ華澄がやったんだよね? わたしを襲ってきたあいつを、華澄が倒してくれたんだよね?」
「なに言ってるのかわからないわ。小都、あなたの方が大丈夫? いや、元からだったわね。そんなくだらない話するために、わたしの安眠を妨害しに来たの?」
「華澄!」
今ならわかる。華澄は、ちゃんとした魔術師なんだ。決してその正体を明かすことはない。
「まだあるよ。わたし、たぶん幼女の鎌で大怪我したんじゃない? お腹から鎌の刃出てたもん。でも保健室で目が覚めたとき、全然平気だった。ねえ、華澄が今そんな状態なのって、わたしの身代わりになってるんじゃないの?」
「は? なに言ってのよ、小都。そんなこと、人間にできるわけないじゃない」
「いいんだ。華澄に答えて欲しいわけじゃないの。わたしが知ってる、理解してるって、伝えたかっただけだから」
華澄が、深く息を吐いたのがわかる。
「華澄、ありがとう」
「用は、それだけ? じゃあね」
華澄は、ドアに手をかけて閉めようとした。
わたしは慌てて、ドアを掴んだ。
「後、もう一つ! 智奈を助けて――じゃなくて、智奈をどうやったら助けられる?」
「はぁ? もう疲れたから、帰って」
華澄に腕で押し返される。でも、ここで諦めたらいろいろ終わっちゃう!
「お願い、華澄! ヒント! ヒントだけでも!」
華澄は、はぁ~っと大きなため息をついた。
「あのねえ、私が知らないことで、なんのヒントを出せるって言うの。いい加減にしてちょうだい」
きっぱりと言われた。その声音に、もうこの話は終わりだという硬い意志があった。
諦めて、ドアを掴んでいた手を離す。
ドアがゆっくりと閉まっていく。
その締り際
「小都、あなたも万全じゃないはずよ。かなり無理してるでしょ。ちゃんと休んでおかないと、いざというときに困るわよ」
華澄の言葉が終わると同時に、扉が閉まった。
バレバレか。
正直かなりきつい。
外傷はないんだけど、鎌で生体エネルギーが削られたって感じで、HPが百パーセントじゃない感じ。今のわたしは、だいたい六十パーセントぐらいかな? 師匠には言いたくないし。こんなの治療する方法知らないし。でも――
華澄ったら、ちゃんとヒントくれたんじゃん。
それならば、華澄の言うとおりにしっかり休んでおこう。
いざというときが来たときのために




