1-19:『魔法少女は葛藤する』
「病院に行きますので、失礼します」
深い眠りから突然目覚めた華澄は、起きるなりそう言った。
わたしも師匠も、突然のことにキョトンとした。
だって、ずっと眠り続けて、ひょっとしたらもうこのまま起きないんじゃないかと思うぐらい心配してたのにだよ? 華澄らしい冷たい声音で射抜くように先生に言ったんだから、そりゃあびっくりすると思わない?
わたしだけじゃなく、師匠もちゃんとびっくりしてたから間違いない。きっと誰もがびっくりするはず。
びっくりしなかったのは、たった独り。保健医の先生だ。
「まるで、今までのやり取りをずっと聴いていたかのような態度ね。句由比さん」
先生は始めからこうなることを知っていたかのように動じず、平然と華澄を見ていた。
「先生が、何をおっしゃってるのかわかりません。身体の調子が優れませんので、今すぐ病院に行こうと思います。この二人が連れ添ってくれるので、ご心配には及びません」
華澄は、わたしと師匠の手を取り保健室を後にしようとした。
「句由比さん、貴方にもいろいろと訊きたいのだけど、私」
「申し訳ありません。凄く体調が優れませんので、失礼します。」
まったく取り合わない華澄の態度に、先生は軽く頷き、やれやれといった雰囲気で、わたしたちを解放した。
「ねぇ、華澄?」
「黙って。学校出るまでは喋らないで」
強い口調で言われた。華澄の言葉に、背中に氷を入れられたかのようにひやりとした。
なんだろう? どこかで誰かが聴いてたりするのだろうか?
師匠も何かを感じているようで、ずっと黙り込んでいたので、わたしも大人しく黙ることにした。
学校の正門を抜けた後、華澄は師匠を強引に追い返した。
「師匠も付き添わせるんじゃないの? なんで追い返しちゃうの?」
「気が変わったのよ」
師匠も何も言わず、そのまま立ち去って行った。
なんとなくだけど、師匠の様子から、いろいろと考えることができたのかもしれない。師匠は、何か大事なことを考え始めたとき、心ここに在らずな感じになる。そんなときは、わたしが何を話し掛けようとも反応がないので、よく蹴りを、もとい、よく優しく小突いて正気を取り戻してあげてたし。
今も、なんかずっと他の何かを見てるような、ここにいない感じだった。師匠は何を考えているのだろう。それがわたしにわからないことが寂しかった。
「小都、あいつと関わるのはよしなさい。ろくなことにならないわ。そのうち、本当に命を落とすわよ」
病院への道すがら、華澄はそんなことをいってきた。
「あいつって師匠のこと? 師匠は何も悪くないよ。今回の件は、その……わたしのミスだし」
「あんたたちが何をしてるか知らないけど、危険なことはやめて。お願い。もう次はないから」
氷の様な華澄の声音に、微かな暖かみと震えがあった。
次はないというのは、今度わたしに命の危険があっても、もう華澄は助けられないという意味なのだ。
なぜなら、目の前にいる華澄は——
「華澄、大丈夫? めっちゃ震えてるよ」
もうすぐ冬が訪れる。とはいえ、まだそんなに今日は寒くない。華澄は寒さに震えているんじゃない。身体を支えるのがやっとなぐらい、ぎりぎりの状態なのだ。
わたし、バカだ。なぜもっと早く気付かなかったんだろう。
魔術のこと、わたしは詳しくわからないけど、きっと華澄はわたしの身代わりになったんだ。
だって、今のわたしは健康そのものだ。
さらに、ゴスロリの鎌が刺さった痛みもなくなっている。
「いいわね。絶対、もう危ないことしないで」
いつも強気で、何事にも動じない華澄の瞳が潤んでいるのを見た。
わたしのことを本当に心配しているんだ。
今度わたしに何かあれば、華澄は再び自分を犠牲にするに違いない。
だからこそわたしは、もう無茶は出来ないのだ。してはいけない。わかっているつもりだ。
だけれど、それだと師匠が危険なことになるような気がする。
魔法が使えない師匠を、わたしは絶対に護らないといけない。
華澄に無茶をさせずに師匠も護り抜く。それが今のわたしに課せられた使命なんだ。
「華澄、病院の道はそっちじゃないよ?」
この町にある病院は少ない。そしてこの近くの病院といえば、この道をまっすぐ行った所にある。でも華澄は右の道へ進もうとしたのだ。
「私の行きつけの病院があるのよ」
それは嘘だ。この先に病院なんてない。
「小都、ありがとう。ここ迄でいいわ。後は独りで大丈夫」
その言葉は、いつもの冷たい口調に変わっていた。口を挟ませない、キッパリとした意志がそこにあった。
だが、先へ進んでいた華澄は不意に立ち止まり、振り返った。
「私、しばらく学校を休むけど……心配要らないから」
なんで休むの? とか、身体そんなに大変なの? とか、訊きたいことがいっぱいあるのに、言葉は喉の奥に留まったまま、口に出来なかった。
「私のことは、気にしないで」
そう言った後、一度も振り返ることなく去っていった。
わたしは、華澄の姿が見えなくなるまで見つめていた。




