0-2:『幼女』
最近、世間を賑わせている連続通り魔殺人事件の調査。それが今回の魔術協会からの指令だ。
俺、魔術師である風見道真は、弟子の真琴小都を伴って深夜の街に居る。
そしてアイツは突然現れた。
カキーン
暗闇から猛スピードで迫り来る濃紺のゴシック衣装の幼女。その両の手に大きな鎌が2つ。月光に照らされるそれを振り回して襲って来る。
キュィーン
対するは魔法少女の格好をした女子高生。片手に自作の魔法ステッキ。ツインテールを揺らした姿。俺の弟子、真琴小都だ。彼女は、ひたすら防御に徹している。
ヒュンッ―――
幼女が隙きをついて、俺に鎌を投げ付けてくる。横っ飛びで、回転する鎌をぎりで躱す。はらりと鎌に斬られた髪が舞う。
「きゃあああ師匠ぉっ! 大丈夫?」
魔法少女がオロオロしながらこっちに視線を向ける。
「こらっ! 油断すんじゃねぇっ! 余所見すんな! 来るぞ!」
グワーン
後ろ向きの魔法少女目掛けて、幼女が振りかぶった鎌を降ろす。
振り向きざま、彼女はステッキで弾き返す。
幼女は鎌と一緒に後方に転がっていく。
「師匠ぉー! どしたらいい? コイツむっちゃ怖いんですけど! コイツが犯人っすかー?」
「わかんねぇ! 今は余計な事を考えるな! 集中しろ! 死ぬぞ」
むくりと起き上がる幼女。濃紺のゴスロリ衣装に付いた泥をパンパンとその小さい手で払う。そして、鎌を拾い直し、ぎょろりと見開いた眼がこっちを視る。作り物の眼。その眼は人形のそれだ。
「小都、この前教えた召喚魔法を使え。火だ。火を使う奴がいい。時間は俺が稼ぐ。どうやらこいつのターゲットは俺のようだ。俺が引き付けるからその間に召喚しろ。あんまり時間かけるなよ。長く持ち堪えられる自信は無いからな」
「わかった! やってみる!」
タッ
奴が幼女離れした速度で跳躍し、俺に突っ込んで来る。身を捩ってこれを躱し、アスファルトの上を転がる。
いっつっっ
キーンとした痛みを脚に感じた。右脚を斬られた様だ。恐る恐る右脚を曲げ伸ばししてみる。大丈夫だ。ちゃんと動く。痛みの割に傷は浅そうだ。怖いので傷は視ない事にする。視たらきっと心が折れるだろう。
一方、幼女は俺を斬り付けた後、そのまま前のめりに転がって行った。鎌に振り回されている様にも見える。再び起き上がると、泥を払う。そして無表情の瞳で俺をロックオンする。拾い上げた鎌がキラリと光る。
幼女に恨まれる覚えは無いんだけどな。ましてや人形とか。
小都の召喚詠唱は3分程だ。なんとかそれまで凌ぎ切らねば。
トンッッ
幼女がキリキリと回転しながら飛んで来る。
ズキンッ
右脚の痛みが動きを鈍らせる。
躱しきれないっ! ならば!
突っ込んでくる幼女を真正面から受け止める。
ザクッ
鎌が背中に突き刺さる。
「痛ってぇえええっ! ちくしょうっ!」
幼女の服をがっしり掴んで振り上げ、そのまま地面に叩き付ける。
相手が人間の幼女ならもちろんそんな事はしない。でもこいつは人形だ。それにこいつは本気でやばい奴だ。下手をすれば殺される。だから容赦なんかしない。力の限り叩きつけてやった。
アスファルトに叩き付けられた幼女の五体はバラバラに弾け飛んだ。
どうだ? 決まったか?
「あれぇー終わっちゃった? わたしの出番なしぃ?」
「いいからお前は詠唱してろ!」
その時、ゾクリと首筋に寒気が奔る。
一瞬の事だった。
目を離した隙きだった。
鎌を持った右手だけが飛んで来ていた。気が付いた時にはもう目の前だった。
やられた。そう思った。
キーン
横から別の鎌が飛んで来て、右手と鎌を弾き飛ばした。
なっ?! 何が起こったんだ?
あれは、さっき投げつけられた鎌じゃないか?
「師匠ぉー! 準備オッケーでーす!」
「おっ、おう。そっか、よし。ぶちかませぇー!」
「いえっさぁー!」
小都は魔法のステッキを振り下ろす。
「トロピカル ファイヤーフレイム!」
空に燃え盛る超巨大なパイナップルが召喚される。こいつのイメージが生み出した産物だ。それがバラバラになった人形の上に落ち、ぐしゃりと潰れた。
潰れたパイナップルの業火の中で人形は燃えて灰塵と化しやがて風に消えていった。小都が召喚したパイナップルの業火も時間と共に消滅していった。業火が燃え盛る音が消えるに従って、ここはいつも通りの静かな夜の街並みに戻っていった。
やはりこの幼女は思念から物体化させた召喚獣だったか。同じ召喚物をぶつければ打ち消し合う。読み通りだった。
「なぁ一つ訊いていいか?」
「はい、師匠! 何でしょうか?」
「今のは何だ? 何を召喚しようとしたんだ?」
「えーとですね。何か詠唱してたら急にパイナップル食べたいなぁっと思っちゃってですね。そう思うともう頭から離れなくてぇー。で、師匠が火って云ったから燃やしましたっ!」
デタラメだ。コイツの魔法はデタラメだ。デタラメ過ぎる! 魔術師ならば、ドラゴンであったりなにかしら神話的な獣を召喚するのが普通だ。なのにそういった事にこいつは興味がないらしい。こいつが興味あるのは魔法少女的であること。その一点に尽きる。なんとも嘆かわしい事だ。こんなやつが弟子になるとは……
まあ、こいつの魔術のお陰で命拾いしたのだが。
「師匠ぉー、コイツいったい何なんですか? いきなり襲いかかられるとかまじ嫌なんですけどぉ」
「それを調べるのも我々の仕事だ。まあ、その前に刺された背中が痛え。治癒魔法掛けてくれ」
「はいはーい。喜んでぇー」
こんなみょーちくりんな奴に頼らざるを得ないとは。まったく情けない限りだ。まあ自業自得なんだがな。
「なあ、その衣装、やめにしねえ? 一緒に居る俺が恥ずかしいし、何か俺も別の意味で危ない奴に視える」
「駄目です。わたしはこれが無いと駄目なのです。この為に存在しているのです。魔法少女になるべく生まれ落ちたのです!」
「お前の思っているアニメの様な魔法少女なんてねぇよ。魔法を馬鹿にするな」
「馬鹿になんかしてませんよぅ。ただ他に魔法少女に成れそうなものが無いからぁ、師匠のところで魔法修行してるんですぅ。みんな魔法なんて無いって云うし」
そう、この世界では魔法の存在は否定されている。実際に魔術教団は多数存在し、魔術師なる者は多数存在しているが、インチキ・紛い者扱いされている。科学万能の世だ。科学で証明されない事は存在しない扱いだ。厳密には科学者たちにそこ迄否定されている訳では無いが、一般の認識はそんなところだ。
「師匠、着替えるからあっち向いてて」
「家で着替えろよ」
「親に見付かったら恥ずかしいじゃん。それに、魔法少女の正体はバレてはいけないから!」
もう何でもいいや。
それにしてもあの時の鎌は、いったい何だったのだろうか?