1-14:『魔法少女の闘い(後編)』
アイツ、いつの間に。
さっきまで窓の外にいたのに、速すぎない?
廊下に膝を付きながら、ゴスロリ幼女に睨みを利かす。
「おーい、大丈夫かぁ? 盛大に転けたみたいだが」
隣の教室で授業をしていた白衣の巨漢で丸々した先生が、廊下まで見に来た。
そりゃまあそうか。この教室の前で転んだからなあ。そんなに盛大に転んだとは思わなかったんだけどなぁ。
「大丈夫です。お構いなく。授業にお戻りくださーい」
精一杯の笑顔で立ち上がり、巨漢丸々先生を教室に押し込める。
先生は何か言いたげに口をもごもごしていたけど、黙殺して扉を強引に閉めた。ごめんなさい、先生。心配してくれてありがとうっ!
さてさて、ここで闘うわけにはいかないしなぁ。グラウンドは目立つし、屋上は立ち入り禁止だし。学校の外へは出られないし。門のところで先生が監視してるからなぁ。
ゴスロリ幼女は鎌を構えて無表情で近づいて来る。
怖いよぅ。無表情は怖いよぅ。あ、でも笑ってても怖い気がする。つまりは、どんな顔してても怖いものは怖いんだよぉっ!
よし! ここは三十六計逃げるにしかず。逃げるが勝ちよっ!
全力で廊下を疾走し、階段へ向かう。
立ち入り禁止でも何とか入れるかも知れないし、やっぱここは屋上がベストよね。
階段を登ろうとしたとき、上の踊り場からゴスロリ幼女が降って来た。
なんで?! 後ろにいたんじゃないの?!
ザクッ
鈍い衝撃が左肩にあった。
登りかけていた階段から、廊下へと突き落とされる。
背中から落ちて、ごろごろと転がり壁に激突した。
「かはぁっ! 痛い。痛いよぉ」
後頭部を壁に強打した。ううぅ。目から火が出たわ。
鎌で刺されたであろう左肩を触って見たが、外傷はない。
外傷はないのだけど、凄く痛い。まじでヤバい痛みだ。本能レベルで『終わり』を告げている。
階段の上からアイツはゆっくりと降りてくる。幼女らしい辿々しい足取りだけど、それが一層コイツの得体知れなさを強めてて、いっそう怖い!
わたし、ホラー映画とか苦手なんだよね。ましてやリアルでこんなホラーチックな状況とかあり得ない。コイツの見た目が無表情なのもすっげー怖いんですけどぉ!
ステッキを握り直して覚悟を決める。
ここで勝負を決める。
さっき喰らった一撃が致命傷過ぎて、全身の震えが止まらない。
このまま逃げ切れるビジョンが浮かばない。なら、まだ元気なうちにここでアイツを潰すっ!
ステッキに仕込んだショートカットで結界の魔法陣を出す。
アイツにぶち込む物をイメージして召喚する。
何をぶち込んでやろうか? 鎌でやられたからお返しに鎌?
うーん。いまいちピンと来ない。
聖剣エクスカリバーとか?
あんまりよく知らないんだよねぇ。
まあいいや。取り敢えず聖剣エクスカリバー的な何かで。それっぽいモノをイメージして、アイツにぶちかますっ!
大き目の剣で、なんか尖ってて、柄の部分が金ピカな感じで。
イメージした剣が、右横に出現する。肩の辺りに浮いて、切っ先がゴスロリ幼女に向いている。
アイツは意に介さず歩みを止めない。
勢いよく剣を飛ばすため、念を集中する。
弓の弦をめいいっぱい引いて、剣を矢のようにイメージしながら、アイツを睨みつける。
「いっけぇぇぇっ!」
放たれたエクスカリバーもどきが、矢のようにゴスロリ幼女を襲う。
ガンッ
あれ? おかしいな? わたしのお腹から鎌の刃が出てるよよよ?
目の前のゴスロリ幼女に眼をやると、エクスカリバーもどきで串刺しになって倒れているし、鎌も持ったままだ。
じゃあこの鎌はなに?
がくんと膝から崩れ折れて、その場に倒れた。
身体に力が入んない。
何とか動かそうと藻掻いていると、傍らにゴスロリ幼女の姿が見えた。
え? なんでそこにいるの?
階段の上を見ると、そこにもゴスロリ幼女が倒れている。
何コイツら?! 二人居たの?
ししょー、そんなこと聴いてないよぅ……
「うぅっ、いたっ……」
傍らにいるゴスロリ幼女に、身体に刺さっている鎌を引き抜かれた。
痛い……。いたいよぅ。
そして、鎌を構え直し、もう一度振り降ろそうとしてる。
その幼女の顔は、無表情ではなく、怒りに震えているように見えた。
何で怒ってるんだろう? わたし、あなたに怒られるようなことした覚えないよ……
あ、一人倒したからアイツ怒ってるのかな? そんなこと言われても……
ああ、とどめ刺されちゃう? わたしここで死んじゃうんかなぁ。外傷無いから完全に不審死だね。
『都内の女子高生が授業中にトイレに行ったところ、廊下で死んでいるのが発見された』、とか言われちゃう。
やだ、トイレに行く途中死とか、ないわ。
せめて保健室にしとくべきだったわ。
後悔先に立たず。
というか、師匠何してるん?
可愛い一番弟子のピンチなのに!
ゆるさん!
死んだら、四六時中顔の横に化けて出てやるんだわ!
でも、わたし一体倒したよ?
師匠褒めてくれるかなぁ……褒めてくれたら……嬉しいなぁ……
眼を開けているのが辛くなってきた。
このまま眼を閉じちゃうと、もう二度と開けられなくなる。
そんな気がして、懸命に開けようとしたけど、開けようとする意識そのものが段々と薄くなっていくのを感じた。
遠のく意識の片隅に、幼女の叫び声がこだました。




