1-12:『魔術師と大学』
ここしばらく、連続通り魔殺人事件は鳴りを潜めている。そのため、調査は長い間なんの成果も上がらなかった。
そこで夜のパトロール調査は中止し、最近は専らネットでの情報集めばかりをしている。
小都には退屈過ぎるようで、早々に脱落している。
仕方がないので、小都には魔法の修行に専念するように言い付けた。
最近はどういう風の吹き回しか、非常に真面目に修行に取り組んでいる。前はすぐに魔法少女っぽくないと文句を言って投げ出していたが、今は、魔法少女っぽくない地味な修行も黙々とこなしている。
こいつが本気で修行すれば、とんでもない魔術師になれるんじゃないか? 何せこいつの想い込みの強さは半端ないからだ。
魔法の強さはイメージする力に比例する。小都の創り出すイメージは、彼女の中では現実と比肩する。
そして小都には内緒にしているのだが、彼女の魔術師としての健全な育成もイレズーレからの命令である。つまりは、小都もイレズーレの監視対象と言う事だ。それだけ危険視されていると言える。
まあ、小都には言えないが——言ったら、あいつはきっと自分は凄いんだと有頂天になって、まともに修行しなくなるに違いない。
パチパチパチ
夜の静かな部屋の中で、キーボードを叩く音だけがやけに響く。
以前は自分が部屋に独りだとか意識したことはなかったのだが、最近は小都の奴がいつも五月蝿いので、いないとやたらと静かに感じるのだ。
そろそろ寝ようかと思ったとき、検索サイトの画面に『幼女』の文字が目に入った。
その文章は、とあるブログ記事へのリンクへと導いていた。
迷わずリンクをクリックする。
その記事とは、『幼女 大学に現る!』というものだ。
個人が作成した記事で、日常の中で気になったものや面白いものを取り上げているブログだ。
記事の内容は、「大学構内を歩くゴスロリがいた!」というものだ。何故こんな所にゴスロリが?って感じで騒いでいる。
別に俺がロリコンというわけじゃない。ただ、記事に載っていた幼女の写真に、目を奪われたのだ。
その幼女には見覚えがあった。
そう、前に俺を路上で襲ったアイツだった。
服装こそ前に出くわしたときとは異なる抑え気味の白とピンクのゴスだが、顔は間違いなくアイツだった。
という訳で今、俺は大学構内にいる。
時間は朝八時半を過ぎたあたり。多くの学生が構内をうろついている。
大学にアイツがよく来るようなら、それを足掛かりに調査を進めようという腹積もりだ。
アイツが見つかればそれが一番いい。
ただ、アイツは俺をターゲットとして襲って来た。次に遭遇した時に、また襲い掛かって来るだろう。
保険を掛けておかなければならない。今の俺は単独では、アイツに勝てる道が見えない。
小都を同行させても良いかも知れないが、これ以上あいつを危険な目に合わせたくないというのが本音のところだ。
だからこそ、犯人と思しき幼女が大学にいたこと、その調査に向かうことをイレズーレへの報告書に書き記してから家を出た。
奴らが俺の為に何かしてくれるとは思わない。ただ、この情報が伝われば、何らかの行動を取るかも知れないという微かな望みを掛けたのである。
それに俺に何かあったとしても、この情報を元に奴らが後の始末をするだろう。
記事の写真が撮られたであろう場所を探す。印刷しておいた記事を鞄から取り出し、写真を確認しながら大学構内をうろつく。
しかし、大学って広いんだな。
大学に入るのは初めてだ。高校とは違って無駄に建物が多く、更に敷地も無駄に広い感じだ。
お陰で、なかなか目的地が見つからなかった。
大学構内には、学生が多数たむろしている。みんな暇そうだ。
花壇の縁石に腰掛けながら、駄弁っている学生たちが多い。
俺は高校二だが、この中にいてもそんなに違和感はなさそうだったので、何か聞かれた時はこの大学の学生のふりをしておこう。
「あれ? 君、高校生じゃなかったっけ? 見学か何かかな?」
いきなりバレてしまった。というか誰だ?
俺に声を掛けてきた人は、白いスーツの女性だった。
「……あれ、あんた、あの時の……パンクの人ですよね?」
前に幼女に襲われたときに出くわした、車をパンクさせていた白スーツのお姉さんだ。
「人をパンギャみたいに言わないでちょーだい!」
それを言うなら「バンギャ」ではないだろうかと、そしてパンクはビジュアル系バンドではないぞ。
まあ、そんなことはどうでもいい。
高校生だとバレてしまった以上、この人の想像に乗って行くことにしよう。
「はい、見学に来ました。俺、この大学を受験しようと思いまして」
口から出任せである。大学受験とか考えたことはない。高ニだから将来のことも考えてないといけないのだが、そんな気持ちの余裕は今の俺にはない。
「学校はどうしたの? またサボり?」
「実は今日、創立記念日なんです」
「この前もそう言ってなかった? 創立記念日が何回あるのよ?」
そう言って彼女はこめかみに指を当て、やれやれといったポーズを取った。
「それはそうと、あなたは大学の職員さんか何かですか?」
「私? あー、職員になるのかなぁ? その辺よくわかんないんだけどねぇ」
"よくわからない"って、どういう立場なんだ?
こちらが不思議そうな顔をしていたのだろう。彼女は言葉を続けた。
「えーっと、私ね。この大学の教授」
「えっ?! 教授?!」
とても教授に見えない。どう見ても教務課の職員といった風体だ。それも下っ端って感じだ。世の中不思議がいっぱいだ。
「――の、助手」
何だよ。助手かよ! びっくりさせやがって。
「反応があからさまで傷つくわぁ、私」
大げさに項垂れる。何だか凄く芝居がかっている人だなあ。
「いやあ、まあ、助手でも凄いと思いますよ」
「ほんと? ほんとに? 良かったあ。私ね、教授になるのが夢なのよ」
内心では、この人には無理そうだと思った。なんていうか、ちょっと抜けてて……あまり頭が良さそうに見えないしな。悪い人ではなさそうだけどな。
「ん? それ何?」
俺が手にしていた幼女の記事をプリントアウトした紙に、彼女が興味を示した。
そうだ。この大学にいる人なら何か知っているかも知れない。
「これ昨日ネットで拾ってきた記事なんですけど、この大学に幼女が現れたっていうやつなんですけどね。この子、誰だか知っていますか?」
俺の差し出した紙を受け取った彼女は、すぐに反応した。
「あっ! この子、アルファちゃんだ。あ、いや、オメガちゃんの方かな?」
「知ってるんですか? この子」
アルファ? オメガ?
「知ってるよー。この子は教授の孫だよ。双子なの。アルファちゃんとオメガちゃん。本当にそっくりで、私まだどちらがどちらなのか見分けがつかないのよ」
ビンゴだ。これは思った以上の収穫だ。こんなに簡単にあいつの正体が解るとは。
ってアルファとかオメガとか、どういう名前の付け方だよ。キラキラネームかよ!
「よく教授の研究室に遊びに来てるのよ。今日もいるかもよ? 一緒に研究室に来る?」
教授の研究室って、そんなに簡単に行っていいものなのか? その辺はよくわからない。しかし、教授の助手に連れられてなら不自然なことはないだろう。とはいえ、いきなり行くのは危険過ぎやしないか? こいつらがいたとしたらなおさら、また襲われかねないだろう。今度はただじゃ済まないかも知れない。だがこれはチャンスでもある。虎穴に入らずんば虎児を得ずというではないか?
「ああ、もう何もじもじしてるのよ。ほら行くよ!」
そのまま俺の手を掴むと、強引に引っ張っていく。
俺はろくな抵抗も出来ずに引き摺られていく。行くべきかどうか悩んでいたせいで、抵抗も中途半端になってしまった。
あの幼女が教授の孫ならば、主犯は教授なのだろうか? 教授が関与しているかどうか、調べるチャンスだ。
「ちなみに、その教授は何の教授さんなんですか?」
「えっとねえ、『神智学』よ。知ってる?」
『神智学』、それは神秘的な事象を通して高度な知識や認識に到達することを目指す学問。オカルトのような宗教のような、でもそのいずれでもないものだ。
ただここは、俺が無知で馬鹿な高校生を演じておく方が得策だ。こちらの手の内は見せないようにしよう。
「『神智学』ですか? なんとなく聞いたことはありますがよく知りません。でも凄く興味が唆られますね。じゃあ、あなたも『神智学』を学んでいるのですか?」
「あ、まだ名前教えて無かったわね。私は、大山晴海。そう、『神智学』を目下勉強中だよ。君も勉強してみる? えっと君の名前は?」
「俺は、風見道真です」
「風見道真くんね。よろしくね」
屈託のない笑顔を見せる彼女。この人は本当に邪気を感じさせない。
大人の女性の魅力を持ちながら、子供っぽさを同時感じさせて、自然に距離が縮まって行く感じがする。それがこの人の持つ力なのかもしれない。
そんな事をぼんやり考えているうちに、とうとう研究室の前に着いてしまった。
俺は覚悟を決めて、部屋に入ろうとした。




