1-11:『魔法少女は怒る』
師匠のバカちんは、わたしの警告を無視して先生に会いに行ったらしい。
「実に不愉快なのである」
「突然なにを言い出すの? 素敵な朝の優雅なひと時が台無しじゃない」
華澄がいつものように、冷たい声音で言う。
「華澄、冷たい。学校の教室の朝にどんな優雅さがあるん? なんでわたしには憂鬱なことしかないのん?」
「日頃の行ないを見直してみる、いい機会なんじゃない? あんな奴とつるんでたら、ろくなことないわよ」
華澄が言うあんな奴とは、言わずと知れた師匠のことだ。
何故か知らないけど、華澄は師匠にキツイ。冷たさが十倍ぐらいアップする。
いつもは師匠が何だか可愛そうに思うけど、今日は華澄に賛同だぁっ!
「そうなのよっ! ねぇ、聞いてよ華澄ぃ。師匠ったらさぁ、わたしの言うことを聞いてくれないのよ。まったく取り合ってくれないのぉ。ひどいよねぇ」
「はいはい。酷い酷い。そして、私を貴方たちの痴話喧嘩に巻き込まないでくれる?」
「えええっ! 華澄もひどいよぅ。わたしの言うことを聞いてくれる人は、きっとこの世にいないんだわ。およよ」
無視?! 無視っすか! 華澄さん!
華澄は、窓を通して向こうの景色を優雅に眺めて知らんぷりを決め込んでいる。
うううう、全部師匠のせいだ。
得体の知れないどうしようもない不快感。身体の内側から勢い良く噴出してくるそれを、少しでも解消しようと華澄に相手になって貰おうと思ったのに。
師匠が言うこと聞かなかったのが悪い。今度マーベラスブランシェの濃厚イチゴパフェを奢らせよう。そうしよう。
うううう、うきゃ〜っ!
バンザイして身体を伸ばし、ツイストを繰り返す。もうこうなったら、身体を動かしてストレス発散だっ!
「腕振り回すんじゃないよ。その元気が恨めしいわ。あんたが私の元気を吸い取ってんじゃないでしょうね?」
声の方を振り返ると、智奈が亡霊のように立っていた。
「智奈どうしたの? 最近調子良かったのに? またどっか悪いん?」
「あぁ、なんか朝からちょっともどしたりしてる」
「えええ! 大丈夫なの? 帰った方がいいんじゃない? なんで来たの?」
「いやあ、動けるうちは来た方が良いかなって」
真面目すぎる。くそが付く程、真面目すぎる。
わたしなんか、ちょっとでもしんどかったら遠慮なくズル休みするのに。
しかし、一時間目の中頃に智奈はギブアップした。
だから言わんこっちゃない。
ひとまず一緒に保健室へ向かう。
わたしは保健委員じゃないけど、智奈が心配なので連れ添いを買って出たのだ。
智奈には、また授業サボりたいだけでしょって悪態をつかれた。ひどいよ。わたしはこんなにも智奈の事を心配していると言うのにのにのに。
「何してるの? 小都。中入るわよ?」
保健室の前で気持ちを整えていたら、智奈に急かされた。
昨日、師匠は保健室の先生にイジメられたらしい。わたしも気をつけるように言われているので、心の準備をしているのだ。それに、師匠の仇はわたしが取らねばっ!
そんなことは、智奈は知る由もない。
「さあっ! 来いっ!」
「なにあんた変な気合い入れてるの? 意味不明だわ」
ガラッと扉を開き、先生の姿を探す。
先生は、いつものように奥の机からこちらを見ていた。
「あら、どうしたの? 小都ちゃん、まるで討ち入りみたいな顔付きよ?」
「用があるのは、わたしじゃないです。智奈が調子悪いって。先生診てあげて。」
わたしの後から部屋に入って来た智奈は、礼儀正しく先生にお辞儀して身体の状況の説明を始めた。
「あ、小都ちゃん、ごめんなさい。ちょっと外してもらっていいかな?」
「えっ? え?」
なになに? どったの? どーしたの?
「ちょっと智奈さんに込み入った話があるのよ。ごめんね」
うーん。そう言われてしまっては、居座ることは出来ないかぁ。しょうがない。ここは大人しく退散するのだ。
「じゃ、智奈、またね。何かあったら連絡してね」
そう言い残して保健室を去る。
込み入った話って何だろう。他の人に聞かせたくないような話とは。
「なにか、ややこしい病気なのかもね」
お昼休みに華澄と御飯してたときに、保健室でのことを話したときの彼女の第一声がそれだった。
うん、まあ、普通に考えたらそうだよねぇ。
そう、普通に考えたら。
でも智奈の状態は、師匠によるとあれだ。妊娠ってやつだ。ただ違ってるのは、肉体的な話じゃないってこと。
そんなことわかるのって、魔術師だけじゃないの?
なんで先生がわかるの? いや、先生が、智奈の妊娠を疑ってるのかどうかも、わからない。
智奈は、あの後すぐに早退しちゃったので、何も話出来てないし。それにそんな話だとしたら、わたしに話してくれるだろうか?
先生に訊いても答えてくれる筈ないし。答えてくれるなら、そもそも退席を促さないだろうし。
もし本当に身籠ったとして、どんな風に何が産まれて来るのだろうか? 当然、人じゃないよね。それに、見えないまま出て来るのかなあ。
前にその話を師匠から聞かされたときは、現実感がなかった。意味はわかるけど、体験したことがないからだろうか。それにきっと、何とかなるという気がしていた。
師匠がきっとなんとかしてくれる。そんな風に漠然と考えていたんだ。自分が何とかしようとは考えてなかった。
わたし、どうしたらいいんだろう?
「ねぇ、華澄、わたしどうしたらいいと思う?」
「智奈のこと?」
「うん」
「そうね。智奈から話すまでは様子をみるしかないと思うけど? こっちからお節介を焼く必要は、今のところないでしよ」
「そういう話じゃなくて」
わたしは華澄が何者なのか知っている。そして華澄もわたしが知っていることを、知っている。でも、華澄は知られてないふりを、去年から貫いている。あくまでも自分は、ただの女子高生だと。
去年、師匠を封印したのは華澄だ。そのときは、姿を茶色いローブで覆っていたのでわからなかった。
封印した直後に、暴走した師匠の召喚獣に襲われた時にフードの中の顔を見たのだ。華澄も、そのことに気付いていた。
師匠は、おねんねしてしてたから見てない。そして、今もその事実を知らない。わたしも話していないし。華澄は素知らぬ顔をし続けている以上、その事実は伏せなくてはいけないのだと思う。
……それでも。今、わたしは華澄に力を貸して欲しいのだ。
「華澄は、わたしや師匠よりも、もっともっと沢山のことがわかってるんでしょ? だったら、智奈の状態のことも本当は知ってるんでしょっ!」
自分でも驚くような咎める口調で、華澄に食って掛かっていた。もう歯止めが効かなくなっていた。
「どうしたらいいかも、わかってるんじゃないの? ねぇ?」
「なに興奮してるの? 智奈のことが心配なのはわかるけど、ちょっと落ち着いたら?」
わたしの言うことが、本当に理解できていない——そんな顔を作る華澄に、込み上げる怒りが、もう抑えきれなかった。
席を蹴るように立ち上がって、怒ってるんだと華澄に示す。
まったく普段通りを装う彼女を直視できなかった。きっといま見たら掴み掛かってしまう。
わかっているんだ。華澄がきっと正しいんだ。わたしの力が足りないせいだ。師匠が、師匠が……、ちゃんと魔法を教えないせいだっ!
スマホを取り出して、師匠にかける。
「ししょーっ! ちゃんと魔法教えろおおっ! うらぁぁぁっ!」
「ちょっと、教室でそういうの止めてくれる? 私も同類に思われるじゃない」
華澄ぃぃ、見てろよぉ。
いつも澄ました顔してからにぃぃ。
わたし、むっちゃ凄い魔法少女になって、華澄なんか倒しちゃうんだからっ!




