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封印処分の魔術師と魔法少女に憧れる弟子  作者: 杉乃 葵
Episode 1: 未成熟なるものの無意識
14/25

1-10:『魔術師と養護教諭』

 小都の言う通り、この先生に会いに来るべきではなかった。


 保健室で先生から会いに来るように言われてから数日後、俺は約束通りに来てしまった。

 小都は猛烈に反対したのだが、人間というものは反対されればされる程、従いたくなくなるものなのだ。


「風見くん、昨年のことだけど、たくさんの生徒が意識不明になったの憶えてる? あの時、私、凄く大変だったわ」


 学校内で多くの生徒が意識不明になる事件があった。原因は不明。そして数日後、その全ての生徒は全快した。学校の環境やウィルスの調査など行われたが、原因不明のまま集結した。


 その犯人を俺は知っている。というか、犯人は俺だ。


 事件の真相を知っているのは、小都と魔術協会の奴らだけだ。俺はこの件によって、封印処分を受けたのだ。

 俺は母の命を救おうと、魔術によって禁を犯した。母の命の灯火が今にも消えそうになったとき、魔術を使って学校のみんなの生気を吸い上げて母へ移したのだ。もちろん死んだりしないように調整したし、後遺症が残らないギリギリの量を吸い上げるように慎重にやった。

 母の延命には成功したものの、病状はほとんど変わらず、またいつ危篤になるか解らなかった。その時、俺自身かなり狂っていたのだろう。みんなの命を奪ってもっていう考えがちらつき始めていた。あのままイレズーレによって封じられなければ、俺は魔術によって殺人を犯していたかも知れない。


 何故昨年の事件の話をこの先生は、俺を呼び出して二人っきりでするのか?

 俺は顔に出ないよう、平静を装うので必死だった。この先生は何か知っているのだろうか?


「風見くんは何か知ってる?」


「何かって何ですか? 特に何も知りませんよ、俺は」


 先生は眼鏡を外して机の上に置いた。

 そのとき初めてこの先生が眼鏡を掛けていた事に気付いた。何故それまで気付かなかったのだろう。そんなことがあるのだろうか? この前に会ったときは眼鏡を掛けていただろうか? まったく思い出せなかった。


「お母さんはお元気?」


 背中に雷が落ちたように感じた。

 知っている。この先生は知っている?! 俺の仕業だと知って、問い掛けているんだ。


「先生は、いったい何者なんですか?」


「わたし?! えーっと、ここの高校の養護教諭だけど?」


 とぼけやがって。何が目的なんだ?


「それで、お母さんはお元気なのか私訊いたんだけど? お返事は?」


「え、ああ。はい。お陰様で」


「昨年からずっと入院中だよね。今も入院されていらっしゃるの?」


「はい、そうです」


 調べは付いているのに、わざわざ知らないことのように訊いて来やがる。

 この人は油断ならない。出来るだけ余計なことは言わないようにしないと……。

 そして嘘は厳禁だ。下手に嘘をつくと揚げ足を取られて、いろいろ自白させられそうだ。

 当たり障りのない範囲でお茶を濁すのが最善策だ。

 

 それにしても先生の目的は何だ? 昨年事件を掘り起こしてどうしようというのだ? 俺を脅すつもりなのか?


「大変ね。お父さんは単身赴任よね?」


 いったい何を何処まで知っているんだ?


「あ、ごめんなさいね。根掘り葉掘り訊いてしまって。でもこれは養護教諭の仕事でもあるの。身体だけじゃなくて心のケアもしないとね。だから先生、風見くんのことが気になっちゃってね」


 嘘だ。この会話の最初の、昨年事件の話がなければ信じただろう。でも違う。この人は昨年の事件から話し始めた。その犯人である俺に。そして事件を起こす切っ掛けになった母のことを次に尋ねたのだ。


「あらら? なんかすっかり警戒されちゃった?」


 俺の警戒心が顔に出てしまっていたようだ。


「私の悪い癖ね。私ね、好奇心旺盛なの。幼い時、母に仕込まれたの。いい加減な答えに満足しちゃ駄目、ちゃんと納得するまで調べなさいって」


 あははと笑う彼女には、まったく邪気を感じない。感じさせないようにしているのか、または、本当に悪意がないのか?

 悪意がないなら、この会合の意味は何だ?


「あの、先生? 俺に何の用があるんですか?」


「用? 用ねぇ。用と言えば、真相を教えて欲しいかな」


「真相って何の真相ですか?」


「例えば〜、これ、何の花か知ってる?」


 先生は机の下の引き出しから、透明の瓶に入った薔薇のような一輪の花を取り出して見せた。

 薄い青色の薔薇のような花。もちろん、俺は知っている。これは俺が昨年造った吸血華だ。吸血と言っても実際に血を吸う訳ではない。これは人の生気を吸うように仕込んだものだ。

 昨年、俺が作った。あらゆる教室にばら撒き、教室にいる生徒の生気を吸い上げて、母へ移すためだ。


 イレズーレに俺が封印された後、処分されたものだとばかり思っていたが、何故この先生が持っている?


「知ってますって顔だね。よろしい」


 しまった! 顔に出ていたか。だがしかし、今更誤魔化しても無駄な気がする。この先生は全て解った上で訊いているのだ。ここは沈黙をもって応えることにする。


 すると先生は、すくっと立ち上がって、離れて座っている俺にゆっくりと近付いて来た。


「わたしね、去年の事件の最中、いろいろと原因を調べていたの。被害者になんの共通点もなかった。たった一点を除いてね。それは何だと思う?」


 先生は俺に、手にした花の入った瓶を突きつけ、弁舌が熱く語った。


「この花は、被害者が倒れた教室にあったモノのレプリカなんだけどね。これと同じ花があった教室で昏睡事件が起きていたのよ。これ偶然だと思う? まあ、この花でどうやったらあんなことが出来るのか解らないけどね」


 イレズーレに封印処分された後、花の処分はイレズーレが行なっている筈だ。あの花は全て没収されている筈。ということは、その前に先生は花を見つけ、俺に気付かれないようにレプリカを造ったのか。


「ようやく本題に入るんだけど、風見くんはどうして止めちゃったの?」


 イレズーレに封印処分されたことには、調べが及んでいないらしい。そしてそのことに考えが至らないということは、先生は魔術師ではないと思っていいのだろう。いや、少なくとも、魔術協会やイレズーレの関係者ではないということだ。関係者なら俺が封印されたことを知らないはずがない。


「学校の生徒が多数、意識不明の重体になっていた時期、風見くんのお母さんの容態は回復に向かっていたそうね。そして、誰も倒れることがなくなった頃、あなたのお母さんは再び容態が悪化した。何故、お母さんを助けるを止めちゃったの?」


「まるで俺が犯人みたいな言い方ですね。もし俺が犯人だったとして、先生の目的は何ですか? 俺を警察にでも突き出すつもりですか?」


 仮に警察に突き出されても、この事件は魔術を使ったものだ。現在の常識では犯罪として立証することは出来ない。だからといって赦される訳ではない。それはよく解っているつもりだ。


「違う違う、そんなつもりはなくってぇ、何で止めちゃったのかがどうしても解らなくて。ある程度時間が経つと効果がなくなるとかかな? そして別のことを、やり始めているとか? 例えば、今度は犬を使ったり?」


「犬のこと、何で知ってるんですか?!」


 しまった。先生の口からいきなり犬なんていう単語が出てきたから、つい過剰に反応してしまった。

 先生には変化はなく、ずっとにこにこしている。


 この人は、いったい何なんだ?


「この前、ここに来た子、えーと、大鳥智奈さんだったかしら、彼女に憑いてたのよね。はっきりとは見えなかったんだけど、あれは犬ね。見えたり見えなかったりしたけど。風見くん、あれは何? あなた今度は何をしようとしているの?」


「待った、待ってください! それは俺じゃないです」


「それは? ということは、他は風見くんの仕業なのね」


 くっそう。話せば話すほど、ぼろが出ていく。しかしここは腹を(くく)ろう。犬を俺のせいにされるのは、あまりにも癪だ。


「先生は、あの犬を見たのですね。俺はそいつを追いかけています。誰の仕業かは、まだ解りませんけど」


 しかしだ、何故先生に見えたんだ? いろいろ調べて推論を立てているようだが、魔術師のようには見えない。そう見えないように装っているのか? 中には生まれつき特殊な能力を保っている人がいるが、先生もその類なのか?


「あらら。本当のことを言っている顔ね。困ったわ。これで解決出来ると思ったのに。犯人の目星も付いてないのかぁ。私はてっきり、あなたがやり方を変えたのだとばかり思ってたわ。振り出しに戻っちゃったわね」


「先生は、犬の件を調べてたのですか?」


「そうよ。また昨年みたいに、この学校の生徒たちに何かあったら大変だしねえ。今度は早いうちに止めさせようって思ってね。風見くんがやり方変えて、また悪さしてるんだとばかり思ってたわ。私もまだまだねぇ」


 この先生は、みんなのことを思って止めようとしていたのか。いい人なんだな。


「それはそれとして、風見くんは悪さはしていない? 出来れば学校では止めて欲しいんだけど」


「何もしてませんよ」


 そう、もう何もしていない。母の容態は手の施しようがないのだ。意識が戻らないまま、もう半年が過ぎた。このままゆっくりと終わりの時を迎えるんだと思う。


「そう。お母さんの容態は大変悪いみたいね。辛いでしょうけど頑張って。いつでも相談に乗るから。風見くんが学校で悪さしない限り、私はあなたの味方だからね」


 先生は、くるりと後ろを向いて机に戻った。それはこの会合の終わりの合図だ。机の上に置いていた眼鏡を取り、それを掛けた。


「あの、先生、それだけですか? 去年のことは、俺がやったとわかっているのに、俺を責めないんですか?」


「え? 君、責められたいの? もしかしてM? ごめんねえ。わたしSじゃないのよ」


 彼女は再び眼鏡を外してから、俺に告げた。


「いまのあなたを罰して、何か変わるの? わたしは、裁きたいんじゃないの。未然に防ぎたいだけなの。すでに起きてしまったことには、興味ないのよ。だから、もうあなたにも興味ないわ」


 それは、彼女の本心なのかもしれない。しかし、俺としては知られた以上は罰せられたかった。

 イレズーレによって処罰されているとはいえ、それとこれとは別だ。

 先生にとっては、俺は魔術を使って生徒たちを意識不明にした張本人だ。

 なのに、罰を与えないだけじゃなく、許したわけでもないのだ。彼女にとって過ぎたことで興味がないと言ったのだ。


 もやもやしたしこりを残しながら、先生に一礼して保健室を出ようとしたら、「後ひとつだけ訊いていい?」と呼び止められた。

 

「さっき風見くんは、犬を追い掛けているって言ったよね? どうして追い掛けているの?」


 イレズーレからの命令。なんてことは言えないしな。事実をぼかしながら伝えるしかない。


「おかしな事件を追い掛けるのが、趣味なんですよ。先生と一緒です」


「私は違うわよ。この学校の養護教諭として、生徒たちの身体と心の健康を護るのが仕事。その為に全力を尽くしているだけよ。えっへん」


 そう言って先生は、誇らしく胸を張った。

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