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封印処分の魔術師と魔法少女に憧れる弟子  作者: 杉乃 葵
Episode 1: 未成熟なるものの無意識
13/25

1-09:『魔法少女は警戒する』

「元気百倍! 全快パワーでおはよーぅっ!」


「小都、貴方もう少し入院しておいた方が良いんじゃないかしら。頭の調子が悪そうよ」


「華澄ぃぃ、ひどっ!」


 まあ、そんないつものあいさつは置いといて。


「智奈はまだ?」


「まだ来てないわ。いつも通りよ。気になるのは解るけど、少しは落ち着きなさい」


 華澄に(たしな)められた。でもやっぱり落ち着かない。


 智奈に何か異常なことが起きている。

 師匠に聞いたけど、あの犬の召喚獣に孕まされたとかなんとか……。

 だとしたら、時間が経つと最後には産まれて来るってことだよね。

 何がどういう形で産まれて来るんだろう? 師匠にも想像が出来ないって言ってた。


 エーテル体が孕んでるって言ってたし。

 エーテル体ってたしか、身体と魂を繋いでいるエネルギー体のことよね?

 じゃあ、そのエーテル体で出来た子供が産まれるの? ……それって人間なの? 犬?

 幽霊? それって堕胎とか出来ないのかな? 生まれてきたらやっぱり見えないんかな? そしたらどうやって育てるんだろう?


「おはよう」


 智奈が来た。


 特に変わった様子はない。

 むしろ今日は最近では珍しく元気そうに挨拶してきた。

 ついつい下腹部に眼がいっちゃう。智奈に不審がられるから見ないようにしないと。


 智奈は事情を知らない。まあ、話しても解らないだろうし、話すと色々とわたしや師匠の秘密がバレちゃうし、どのみち話せない。


 智奈にいろいろと今の状態について訊いておきたかったんだけど、結局彼女に何も訊けないままお昼休みになっちゃった。

 

 そして、師匠が遅い。来ない。ステッキ持って来てって言ったのに。


 来ないなら、仕方がない。こっちにも考えがあるってもんですよ。


「たのぉ〜もぉ〜っ!」


 師匠の教室に乱入だぁっ! 勢いよく師匠のクラスの扉を開ける。教室にいる先輩たちの視線が一斉にこっちに集まる。ここはとびっきりの小都ちゃんスマイルで好印象だ!


 ニッコリ


「げっ! 小都! お前、何しに来やがった?」


 師匠は教室の奥、窓際に独り座っていた。師匠の教室に入るのは初めてだ。クラスは前に聞いていたからわかったけど。


 周囲がざわ付いた。まあ、わたしみたいな可愛い美少女がいきなり現れたら驚くのも無理はないわね。ふっふっふ、でも今は放っておく。わたしは師匠に用があるのだ。


「師匠っ! はい」


 師匠の前まで行って、掌を上にして出す。ちょーだいのポーズを取る。


 師匠はその掌の上に、そっと手を載せて来た。いわゆる、お手のポーズ。


「そーじゃなくて、ステッキっ! ステッキよっ! 昨日持って来てって言ったでしょっ!」


 可愛く小首を傾げる師匠。っって、可愛くないからっ!


「ああ、そんなメッセージ見た気がするな。ちゃんと忘れてたよ。悪いな」


「ちゃんと忘れたってなに? そこはうっかり忘れたでしょっ! それになに? そのまったく俺は悪くないって態度! むっきぃーっ!」


 ひどい。ひどいよ師匠。


「保健室に在るんだろう? 取って来ればいいじゃねえか? 行って来いよ」


「師匠も来るの」


「なんでだよ。めんどい。お前が行けばいいだけの話しだろう?」


「わたしを泣かせた罰」


「泣いてねぇじゃねぇか」


「心が泣いてるんだよぉ〜」


 なんか教室がざわざわし始めた。なんだろう? 「あの子誰?」とか「風見くんの何? 彼女?」みたいな会話がちらほらと聞こえてくる。師匠の彼女とか、ちょっと複雑な気分。


「小都! 行くぞ」


「あ、うん、はい。え? どうしたの突然に」


「いいから来い」


 師匠に連れられて教室を出る。まあ、行く気になってくれたからいいんだけど。なんか手を掴まれて引っ張られて行くのはなんか連行されてるみたいでやだ。


「師匠、手、手を離して。痛いから」


「お、ああ、すまん。此処まで来れば大丈夫だろう」


 師匠のクラスから出て、階段で1階まで降りて来ていた。

 師匠に掴まれていた手首をさすりながら、恨めしそうな眼で睨みつけたけど、師匠は見て見ぬふりだ。ちくちょー。


「クラスの奴らに変に思われるからな。お前、もう二度と来るんじゃねえぞ」


「えええっ! なんでなんでよぉ? 別に思いたい人には思われて置けばいいのに」


「いいから来るな。その代わり、いま一緒に保健室に行ってやるから」


「うーん。まあならいいけど」


 まあ、一緒に保健室に来てくれるならいいや。なんか独りで行くの嫌な感じがするんだよねえ。特に理由は無いんだけど。PTSDなのかな? 犬はもういないんだけど、その場所に行くと思うといや~な気分になるって言うか。


「そんなことよりもだ、智奈はどんな様子なんだ? アイツ今日は、いるのか?」


「うん。いるよ。別に普段通り。むしろ元気な感じ。気になるなら見に来ればいいのに」


「後輩の教室に、用もないのに行けねぇよ」


「用はあるじゃんか。智奈の見舞い」


「そこまで親しくねぇよ。アイツが俺のこと憶えているかどうかすら怪しいぞ」


「うーん。じゃあ可愛い弟子に会いに来るとかは?」


「魅力的な提案だか、残念ながら俺には可愛い弟子とやらはいないしな」


「わたしがいるじゃない」


「お前は可愛い弟子じゃねぇな。お前は奇矯(ききょう)な弟子だな」


「奇矯ってなに? どういう意味? 難しい言葉わかんない」


「奇矯とは、普通とは違った行動やら思想やらが激しいことだ。お前にぴったりだろ?」


「うーんっと、それっていいことなの? 普通とは違う、特別ってことだよねっ!」


「あー、うん。そうそう。はいはい」


「なんか適当にあしらわれてる気がする」


「気の所為じゃないかな」


 そんな馬鹿なやり取りをしているうちに保健室に着いた。


 ノックをして保健室に入る。


「失礼しまーす」


 いつもの奥の机のところに保健の先生は座っていた。先生はわたしを見るとパタパタと駆け寄ってきた。なんか子供を連想させる仕草だった。この人たぶん二十代だとは思うけど。


「真琴さん、もう大丈夫なの? あんなに痛がってたから先生びっくりしたわよ。何だったの? 腹膜炎か何か?」


「いえ、特に異常はなかったみたいで。あはは。その節は、たいへんお騒がせをいたしましたぁ」


「えっ? あれで異常なかったの? ほんとに? 別の病院でちゃんと診てもらった方がよくない?」


「いえいえ、全然問題ないですし、すっかり元気なので大丈夫です」


 事情を話せないのは面倒くさいなあ。でも外向けには、異常なしだしなあ。


「それで、今日はどうしたの? またどっか痛いとか?」


「いえいえ、今日はその~、ご迷惑お掛けしましたので、お礼をと」


「あらまあ、それはご丁寧に」


 本当の目的は魔法のステッキだけどね。此処はちゃんとご近所付き合い出来る、可愛い少女を演出しておいて損はないよね。ふふふ。わたしったら出来る少女だ。


「いえ、こいつ忘れ物取りに来ただけですから」


 って、ししょーぉ、なに勝手にバラしてんのよぉ。ああ、わたしの出来る少女計画が台無しに。


「忘れ物? 忘れ物ね。あー、これね。うんうん。ちゃんと保管して置いたわよ。」


 よかった。ちゃんとあったのね。まあ、なかったらなかったで創ればいいんだけど、あのステッキにはいろいろと魔術のショートカット入れてるから入れ直すのめんどかったし、よかった。


「真琴さんずっとこれ握りしめてて大変だったわよ。壊しそうだったから無理やり手から外させたけど」


 先生は引き出しから魔法のステッキを取り出して、わたしに大事そうに手渡してくださった。


「これ、魔法のステッキよね。私も幼い頃に創ったなあ。懐かしいわ」


「おー、先生も魔法少女のくちですか?」


「小都、魔法少女のくちってなんだよ。いけるくちみたいに言うな」


 師匠のツッコミに先生が、あははと笑った。

 なんだろう。この先生可愛い。二十歳代でもこんなに可愛い感じになれるのね。希望だわ。わたしもこうありたい。いやこう成る!


「小都、用は済んだろ。俺は戻るぞ」


 さっさと保健室を出ようとする師匠に、ぶーぶー文句を言ってると先生が師匠を呼び止めた。


「あなた、あまり保健室で見たことない子ね。誰だっけ?」


「俺は、風見道真。三年B組です」


「かざみくん。どんな字を書くの?」


「雨風の風に、見るの見で、風見です」


「ふんふん。かーざーみーくんね」


 確認しながらメモ帳に名前をメモし始めた。

 変わった先生だなあ。師匠の名前なんてなんで知りたいのかな?


「先生? 俺に何か?」


「ううん。別に。此処に来た生徒は憶えておこうと思ってね。名前をメモしてるんだー。私ね、人の名前を憶えるの凄く苦手なのよ」


 そう言って、てへっのポーズを取る先生。さすがにそれは無理があるんじゃないかなぁ。声には出せないけど、そう思った。それになんか凄くわざとらしいと言うか、あざといと言うか、なんかきつーって感じなの。


「師匠、いこ」


 師匠の袖を摘んで引っ張る。

 なんだろう。急に不安が襲って来た。此処にいちゃいけないって警告音が、わたしの中で鳴り響いてる。直ぐに此処を立ち去ろう。


「あっ、そうだ。風見くん」


 先生が満面の笑顔を浮かべて、師匠を再び呼び止めた。

 その笑顔が作り物っぽく見えて、わたしの不安が心の奥底からむくむくと膨らんでいくのを感じた。それらは、わたしの全身を覆って身を硬直させた。それは、絶対に逃がさない的な強い意志に掴まれているみたいだった。


「今度独りで来てくれる? 私ね、ちょっと君と二人きりでお話したいことがあるんだ。約束ね」


 にっこりと笑ったその顔が、今度は本当に、怖かった。


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