1-08:『魔術師は騒動と共に』
病室での一件の後、俺は華澄にさっきまでいた公園まで連れ出された。
「貴方が関わると、騒動が絶えないわね」
華澄が俺に嫌味を言う。いや、違うか。もしかしたらこれは、俺に気を使って、俺を元気付けようというコイツなりの、はからいかもしれない。
コイツとの付き合いは長くはないが、最近少しずつ解ってきた。コイツはいつも、俺が落ち込んでいるタイミングを見計らったかのように近付いて来るのだ。そして、不条理な難癖を付けて俺を怒らせようとする。
きっとそれは、俺を発奮させて元気付けようとしているのだ。だから俺は遠慮なくそれに乗っかる。
「俺のせいじゃねぇよ」
「貴方は、自分のせいじゃない時に自分のせいだと言い、自分のせいの時に自分のせいじゃないと言うのね」
「なんだよそれ? じゃあ、お前は今回のアレ、俺のせいだって言うのかよ? 俺が病室に入ったときには、あーなってたじゃねぇか。お前だって見てただろう?」
そう。俺と華澄が病室に入ったとき、小都が魔術を使い、智奈が倒れて苦しんでいたのだ。
「貴方ってあまりにも私の想像を超えた馬鹿ね。そこまで馬鹿だとは思わなかったわ」
なんだよ、想像を超えた馬鹿って。
「さっきの病室の一件。貴方が小都に何かしたから起きた事でしょう? 違う?」
「はぁ? 意味わかんねぇよ。俺は別に何もしてねぇぞ」
コイツなに言っていやがる。病室に入ったときには、すでに事が起こっていた。俺が何かする暇なんかなかった。それは華澄にもわかっているはずだ。
「そうね。何もしない事も、何かする事の一つよ。よく憶えて置きなさい」
なんだコイツ。まるで先生みたいな言い方しやがって。俺はお前の生徒になった憶えはないぞ。
「詳しいことは、貴方たちが何も話してくれないから解らないけど、貴方は最初、小都を置いて病室を出た。そうでしょ? そのとき何があったのかは訊かないけど。出来事は全て繋がっているのよ。だからさっきのは、貴方のせいよ」
あの時、俺が小都を置き去りにして病室を出たから、小都は、あんな無茶をしたのか? 意味が解らない。
二度目に病室に入ったとき、小都は人前で呪文を詠唱してやがった。魔法は秘匿するものだ。あんな真似は許しては駄目だ。そのことは、小都にちゃんと教えてある。忘れていた訳ではないだろう。禁を犯してまで智奈に魔法を掛けなければいけない理由。それは、智奈の中にあの犬がいたからだ。いや、正確には犬がいたと思い込んだからだ。
小都が使った魔法は結界魔法だ。本来なら人に直接害を与えるものではない。あれは、負のエネルギーを排除するものだ。普通の状態の人に使っても、せいぜい憂鬱な気分がスッキリする程度だ。憂鬱な気分が排除されたからといって、その人の身体が痛みを感じることはない。普通の人の状態であったのならばだ。
小都が結界を解除してから、智奈の容態は落ち着いた。
結局、あの場は、智奈の調子がまだちゃんと戻ってなかったという話しで落ち着いた。
小都のあの変な性格が、事の真相を隠蔽するのに役立った形だ。小都が調子に乗っていつもの奇行に走り、それとは関係なく智奈の調子が再び悪くなった。俺と小都以外の人の目には、そう映っただろう。
幸い、智奈の腹痛も異常なしとの診察結果であり、今は彼女は家に帰っている。
「貴方、小都が病院に運ばれたって聞いたとき、自分のせいって顔していたわ。なんでそう思ったのかしら?」
「それは、お前がそんなふうな言い方したじゃねぇかよ」
当然、俺はそれまでの事件の流れからそう考えたんだ。だがその事は華澄には言えない。だからコイツの言葉に原因がある様に誤魔化すしかねぇ。
「人のせいにしないでくれる? 私は単に、小都に何かあったら貴方を赦さないと言っただけよ。捏造しないでくれる?」
「どういう意味だよ? 一緒じゃねぇか? 小都に何かあったら俺のせいなんだろ?」
「違うわ。何を聞いている? 貴方のせいだなんて一言も言ってないじゃないの。私は小都に何かあったら赦さないと言ったのよ。貴方の責任の有無なんて関係ないわ」
なっ……。責任無くても俺を赦さないって言いやがった。なんだよそれ。意味わかんねぇよ。
「いま一番貴方が小都の側にいるのよ。貴方が護らなくて誰が護るの?」
華澄が思っている理由とは違うが、俺は小都を護らなくてはならない。俺が危険に巻き込んだからだ。華澄の理不尽な言い様はともかく、言っていることは正しい。
「ああ。解っている。そのつもりだ」
「そう、ならいいわ。頼んだわよ。あの子から眼を離さないで。あの子は、大切なモノの為なら火の中にも飛び込む子よ。だから、貴方は決して火の中に入らないで」
それだけ言い残して華澄は去って行った。
火の中に入るつもりなんて、さらさらねぇんだけどな。
結局アイツは何が言いたかったんだ?
まあいい。問題はこれからだ。
智奈に何があったのか?
保健室で小都に撃退された犬は、恐らく召喚獣だ。魔術師によって造られた、想念の塊だ。
だが、さっき智奈の身体にいた奴は?
そして、小都の結界で何故、智奈がダメージを喰らった?
いや、何故も何もないか。俺が考えたくないだけだ。結論は出ている。結論は出ているのだが、その上で俺はどうするべきなんだろうか?
小都の結界が排除しようとしていたのは、不浄なるモノだ。
智奈が苦しんだ理由は——智奈自身が不浄なるモノになった。または智奈の一部が不浄なるモノと一体化したということだ。だから、小都の結界で智奈自身が排除されそうになったのだ。
だとすれば、あの犬の正体は、インキュバス(夢魔)だ。
インキュバスは、人の夢の中に現れて性交を行う悪魔だ。そう、智奈はインキュバスによって孕まされたと見るべきだ。伝承として伝わっているインキュバスとは多少異なるようだが、状況から判断するとその手の類だろう。
そして最大の難関が待ち構えている。
小都だ。
すつかり塞ぎ込んで、いや、いじけてしまっているのだ。
俺が何を言っても、「いやーいやーっ!」と叫ぶだけだ。
小都は自分が魔法を失敗したと思い込んでいるようだが、その誤解を解こうとしても話を聞こうとしなかった。
そのせいで、華澄に連れ出されることになったのだ。
なんとかしなければ。また、華澄に嫌味を言われる。いや、それ以前に小都のことが心配だ。このまま放置していいわけがない。
こういうのは苦手だ。本当に苦手だ。出来るなら、独りで平穏に暮らしたい。本気でそう思う。
意を決して小都のいる病室に再び入る。小都の母親の姿はない。
小都は、ベッドに座って窓から外を眺めている。俺の方からは背中が見える状態だ。その背中が凄く小さく見えた。
「こっ、小都」
「ひっっ!」
こっちを振り向きながら驚いて跳ね上がった小都は、回転しながらベッドから落ちた。
「おい? 大丈夫か?」
慌てて小都に駆け寄る。
寝転んだままの状態で俺を見た小都は、両手で耳を塞いで目を固く閉じた。
「何やってんだ? お前は」
「聞こえな〜い。なんにも聞こえませ〜んっ!」
「いやそれ、手で塞いだって普通の聴こえるだろ」
「わぁー、わぁー、わぁー、聞こえませーんっ!」
まったく世話が焼ける。
小都に跨って耳を塞いでる両手を引っ掴み、耳から引き離す。
「やー、離してー、へんたーい。襲われるー。きゃー」
「誰がお前なんか襲うんだよ。とにかく話を聴け」
「いやぁーっ! 破門はいやぁーっ! 絶対いやぁーっ!」
「破門? 何の話をしてるんだおまえ」
「ううぅ。だってわたし、禁を破っちゃったでしょぅ。魔法だって失敗しちゃったしぃぃ! 智奈を苦しめちゃったしぃぃ! だから、師匠怒ってる。わたし破門されちゃぅぅ」
「怒ってねえよ」
「怒ったもんっ!」
「あれは、ちょっとびっくりして声がでかくなっただけだ(という事にしておく)」
「怒った!」
「怒ってねぇ」
「怒った」
「怒ってねぇって」
「怒ってない?」
「怒ってねぇよ」
「ほんと?」
「ああ、本当だよ。心配すんな」
「破門しない?」
「しねえよ」
「ししょーーー!」
俯いた小都が、身体を急に起こした。
ガンッ
勢いよく起き上がり、俺に抱きつこうとした小都の頭が額にぶつかった。
「いってぇなぁおい! いきなり何しやがる!」
「痛い……。師匠のせいだ。師匠がわたしの手を離さなかったから、ハグに失敗した。もう一回」
「やらねぇよ。なんだよ? なにいきなりハグしようとしたんだよ」
「嬉しさのあまり、つい!」
まったく感情の起伏の激しい奴だ。ほんとにガキだよなぁコイツ。
「まあアレだ。俺もお前にちゃんと魔法教えてなかったからな。今回の件は俺の責任だ。ちゃんと責任を取ってみっちり魔法を仕込んでやるから覚悟しとけ」
小都には、魔法の基本だけしかまだ教えていない。独りで使う事がこれから増えるようなら、ちゃんと本質を伝えて置かないと、コイツは何を仕出かすか解ったもんじゃないからな。
「あ、あのぅ、師匠? 非常に申し上げ難いんだけどぉ」
急に小都が顔を真っ赤にして恥ずかしがりだした。どうしたんだ?
「なんだよ。今更、嫌だとは言わせないぞ」
「お母さんが見てます……」
はっ?! えっ?!
その場で振り向くと、小都の母親がベッドの側で立って呆然としていらっしゃる。そして今、俺は小都に覆いかぶさり両手を抑えている……。最悪のシチュエーションだ。
「あの? 小都のお母さん? いつからそこに?」
「今更、嫌だとは言わせないぞ というあたりから……」
「あの、これは違うんです! そうじゃなくってですね、おぃ! 小都も何か言えよっ!」
「えっあ、はいっ! ふつつか者ですがよろしくお願いしますっ!」
「何言ってんだっ! おまえぇ」
ああ、もう最悪だ。
華澄よ、騒動が起きるのは絶対に俺のせいじゃない。
騒動の元凶は小都だっ!




