0-1:プロローグ 『狗』
午前二時。
チェストの上の時計が、くっきりとその時刻を指している。
部屋の中は暗くて、今が夜だとよく分かる。
ようやく頭が冴えて来た。
何でこんな時間に目が覚めちゃったんだろう。
昨日はいつも通り、夜の11時に寝ている。こんな変な時間に目が覚める事は、今までの私の記憶に無い。私が憶えていないだけかも知れないけれど。
今から起きても仕方が無い。明日も学校がある。もう一度ちゃんと寝よう。
ぐぐっ
身体が沈む。
見えない何かに上から抑え込まれ、ベッドの奥へと押し込まれる。
「え?!」
恐怖から身をよじって逃げようとするも、身体がぴくりとも動かない。
押し込まれているせいじゃない。
これは、もしかして金縛りとかというやつ?
金縛りになんか今までなった事は無い。友人に金縛り経験者がいてその子から訊いた話では、周りの空気が圧縮された様に自分の身体が拘束されたって云ってたけど、これはそんなんじゃない。
今のこれは、自分の身体の動かし方を忘れてしまったみたいな感じだ。手を動かそうとしても、動きを止められているというよりも、動けと思ってもまるで動かない自分の身体の外にある物体の様な感じだ。もちろん腕は身体にちゃんと繋がっている。手だけでなく、目以外のあらゆるモノがそんな感じで自分とは切り離されたただの物体の様になっていた。
かろうじて動かせる眼で、周りを見渡す。
顔が横に向いたままなので、動かせる範囲は限られている。少なくとも見える範囲には何も無い。上から重しが身体全体に掛かっているにも関わらず、そこに視線を向けても何も存在して居なかった。
ぐぐぐっっるるる
獣の匂いと共に犬の様な唸り声が聴こえてくる。激しい息づかいが耳にまとわりついて、背筋が粟立つ。なんだか、いやらしい……。
まただ。
思い出した。ここ最近になってから、よく夜中に犬の唸り声を聴いていたような記憶がある。どうして忘れていたんだろう?
初めは遠く扉の向こう側から聴こえていた。それが日を追うごとに少しずつ近付いて来ていたのだ。
姿は見えないけど、獣の匂いと唸り声だけが近付いて来るのだ。
そして今日、とうとう私の身体の上にのしかかって来たんだ。
記憶が戻ると同時に恐怖も蘇って来る。
胸が張り裂けそうなほど——怖い。
見えない犬のヨダレが顔にボタボタ掛かっている感覚がある。拭いたいのに手が動かない。
少しパニックになっていたのかも知れない。別部屋で寝ている両親に助けを求めようとしたけど、口が動かず声も出ない。身体も動かない。
果たして、今のこれは初めての体験だっただろうか?
いつもはどうだっただろうか?
時が経つと消えただろうか?
記憶を辿るも答えを見つける前に、意識が闇に落ちていった。