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ファイル No.1

事故に遭って、3年が経つ。



からからと回る車輪を、今でも覚えている。


中学生だった私は、大学生の兄と自転車で街角を走っていて、自動車にはねられた。


突然のことだった。


病院に運ばれた私は、1週間意識が戻らず、その間に、兄は息を引き取ったという。

目が覚めた時には、兄の葬儀は終わっており、私には、事件の当時兄が着ていた袖の蒼いパーカーが残された。


高校1年になった今、兄のパーカーを大切に着ているのは、兄の存在を忘れない為なのかもしれない。



でも―――事件から変わったのは「それだけ」じゃない。



ボブカットにしたサラサラの髪を揺らしながら、私―――広瀬アキは卵かけごはんを口に詰め込んでいた。

真っ赤な唇を舐めながら、咀嚼を繰り返す。


その時、テーブルに置いていたスマホから音楽が鳴って、私は画面を見つめた。


母からだった。


『ゴメン、アキ。事件があったから、ご飯何でもいいから持ってきてくれない?』


私はそれを読むと、急いで黄色いご飯を口にかき込んだ。



肩の開いたブラウスに、椅子に掛けていた兄のだぼだぼの蒼いパーカーを羽織ると、私は立ちあがって、食器を洗い場に放って冷蔵庫を開ける。



私―――アキの母、美織は、埼玉県警刑事捜査第一課の捜査員をしている。

離婚してから、母は私と兄を一人で育ててきた。兄が亡くなってからも、生活を犠牲にしながら、私を育ててくれていた。そんな母は昔から評判の美人で、私にとっては小さい頃から鼻の高い母親だ。殺人事件が起こるたび、私は職場の母に、おにぎりを持って行く。それは日常茶飯事だった。




自転車に乗って風を切り、ステンレスのカラカラと擦れ回る車輪の音を響かせながら、私はやがて埼玉県警の駐車場に入った。家を出て8分ほど。街中を走って到着した。


パトカーや乗用車が止まる駐車場の車輪止めに自転車を止めると、私はおにぎり入りのタッパーが入ったエコバッグを肩に掛けて正面玄関に向かった。



そうしてやがて正面玄関の自動ドアを通った。



中に入ってすぐの事務受付には、制服を着た捜査員がいた。雑談が楽しいのか、笑う声が聞こえた。事務職員なのか書類を持っている彼らの背後を抜けると、私は日差しの射しこむ廊下を通り、奥へ向かった。途中の壁には、「麻薬、覚せい剤撲滅」と書かれたポスターや、可愛い婦警さんがポーズをとっている壁紙が貼ってある。そうして、その中には「刑事一課」と書かれた案内文字も見えた。

私はいつも、この道を通る。


少し歩くと、階段があり、私は早めに駆け上がった。途中、制服を着た男性がファイルを持って降りてきて、挨拶をかわした。


「おはようございます」

「あ、おはようございます」


腕時計を見ると、午前10時。

メールが来てから1時間。

踊り場から階段を5つ駆けあがると、ようやくいつもの会議室の前にでた。

白い塗装の禿げかかった会議室の白い壁には、「飯能市山林男性殺人死体遺棄事件捜査本部」と達筆な字で張り紙がしてあるのが見えた。

それを読むと、私は蒼いダボついた袖を引っ張って上げ、使い古されて軽くなったドアの取っ手をそっと回す。


「検視によると、致命傷は最初の…」


10センチほどドアを開けて中を覗くと、スーツを着た30歳から40代くらいまでの落ち着いた、男性の後姿が見えた。

木目調のうす茶色い長テーブルを並べ、そこに白い書類を開いて、20人ほどが座って、会議をしている。

それを確認すると、私はそっとまた扉を閉めた。



まだだ―――。


こんな会議中の中に入るわけにはいかない。


会議が終わるのを、私はいつもこうして待つのだ。


壁の前で、バッグを肩に掛け直すと、バッグから私はポーチを取り出した。そうして、鏡を出す。映った自分の髪を確かめ、前髪を揺らした。口紅を付け直し、血色を確かめる。


―――その時だった。


顔の横に、知らない男の顔が映っているのに気づいて、私は一瞬固まる。鏡を覗いたようにしていたその貌の何をそんなに驚く必要があろうか。

だが、そんなことではなかった。

映ったその男の右半分の顔面から、血がべったり流れていたからだ。滲んだ血。真っ赤な血が、頬から滴って、肩のシャツに染みを作っている。何より血が混じった目で、ぎょろりと見下ろしていたからである。


「……」


私は、そっと―――振り返った。


あの事故から3年。


私の生活で変わってしまったことがある。

それは―――「兄の死」それだけではない。


亡くなった人物が、時折見えるようになった事だ。


―――そう、幽霊だ。


彼らは時折、何かを私に伝えてくる。

時に何かを言って。時に何かを渡してくる。でもそれは到底分かりえないことで、やがて訴えはエスカレートしてくる。

だから。―――聞かなければならなかった。


「…何ですか?」


私は少し怯えた表情でもって、そう尋ねた。



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