004
テトはブラッドベアを討伐した後その亡骸をアイテムボックスにしまうと、リザ達が居る場所へと戻ってきていた。
リザはこちらが帰ってきているのを把握していたのか、木々の間から顔を出したと同時にこちらへと声を掛けてくる。
『おかえりなさいませマスター。お怪我はありませんか?』
「ああ、問題無い。あの熊も勿論仕留めてきた。取り敢えずその子と話をしたいからバリアを解いてくれ。」
『畏まりました。』
との声と共にリザがサテライトの機能を利用して張っていたバリアがするすると天井側から解けていく。
地面までの全てのバリアが解かれると、その膜の中で蹲っていた白のワンピースを女の子は何事もなかったかのようにすっくと立ち上がった。
「ふーん…やっぱりこの人も強いのね…。」
そんな事を小声で呟くとテトの方へと近づいてきて、猫を感じさせる様なつり目な瞳をもつ美少女がそのまま値踏みするかの様にこちらの顔を覗いてくる。
蹲っていた姿から年端もいかない女の子かと思っていたら、少女を終え女性へと成長しているといった感じで軽く面食らってしまう。
腰までストレートに伸ばした艶やかな赤髪を持ち、背はテトと同じ位なのだが男の眼を確実に惹きつけるような背丈に似合わない凶悪な双丘を携えている。
思わずテトも最初は惹きつけられるようにそちらへと瞳を向けそうになったが、その前に少女が発した言葉に疑問を持った為に世の男性と同じにならなかったのは幸運なのか不幸なのか。
「…『この人も』?君は一体何者だ?」
「あら、そこに気付いちゃった?他の男と同じようにこの胸を舐め回すように見るのかと思ったのだけれど。」
「確かに普段なら見つめるな、好きなモノは好きだし。だが今はそんな状況じゃないだろう?」
「あら素直。そうね、まずは助けてくれてありがとう。私の名前も教えてあげる、と言いたいところなのだけれど…先にする事があるの。ごめんなさいね?」
そう言うと赤髪の少女はゆっくりと近づいてきてテトの目の前まで来ると突然腕を広げ抱きついてくる。
彼女の髪から漂ってくる何処かの花畑にでもいるような甘いながらも爽やかさがある香りを嗅覚をくすぐり、頭がクラっとしてしまった。
そしてこの一瞬反応が遅れた事がテトにとって致命的であった。
赤髪の少女に一体何をするのかと注意しようとした所で突然テト達の足元が白く光り出す。
何事かと少女に抱きつかれたまま地面の方へと視線を向けると、その光は円を描きつつ徐々に大きくなり複雑な紋様が浮かび上がってくる。
所謂、何かしらの魔法を発動するための魔法陣というやつだ。
『マスター!?』
「…!?ちぃっ!リザ!固定と魔法結界全開!!」
『了解です!』
リザは叫びながら直ぐにサテライト4機でテトの下へと戻ってくると全出力でテト達に固定結界と魔法結界を張る。
固定結界はサテライトが発生出来るバリアを工夫し、範囲内にあるテト以外の一定大きさ以上のモノを強制的に動けなくするもので、魔法結界は展開範囲内の魔法を発動不可能にすると共に攻撃魔法などの侵入を防ぐものだ。
その2つの結界が発動するのを確認するが魔法陣の光は収まらずに更に大きくなり、既に直径で5m程になっている。
ここから離脱しようと試みるものの、陣の基点が自分になっているのか動くと足下の光も一緒に動いてくる為、もう発動を妨げることは出来ないと悟り、テトはこの魔法陣に関して何かしたであろう赤髪の少女を逃さないようにとギュッと抱き締める。
今まさに抱きつくのを止めて離れようとしていた為に確実に逃さないようにと固定結界を張ったのは正解だったようだ。
「え?ちょっ私が動けない!?何で!?」
「ハッハー!何をしたか知らんがお前も道連れじゃー!」
とテトが変なテンションになっていると魔法陣が発動するのか、巨大な円から溢れる光が視界全体を真っ白に染める。
そんな状況の中自分に何か影響は無いかと意識を自分に集中するが特に何か起きているという様子は無い。
そして純白の空間が突如として薄くなり、世界が色を取り戻していく。
テトの視界が元に戻った時目にしたものは、逃さぬよう抱きしめていた為にテトの胸元へ顔を埋めている赤髪少女と周りに結界を張っているサテライト、そしてざざーんという波の音と共にある白い砂浜と透き通った青い海であった。
「…なんでこんなに俺の世界は目まぐるしく変わっていくんだろう。」
『主人公体質というやつではないですか?良かったですね、どうやっても死にませんよ?』
「それ死ななくなってもトラブルが舞い込んでくるやつじゃん…勘弁してよ…」
『諦めてください、マスター。』
テトは思わずリザとのやり取りにため息を吐かざるを得なくなってしまう。
微妙に黄昏るような思いが自分の中に駆け巡り、(どうしてこうなったんだろう)と日本に居た頃からの記憶を反芻している。
やっぱり「フリーダム・プラネット」に惹かれてしまったのが原因だろうか、ゲームの中でハッちゃけ過ぎたのがいけなかったかなぁと軽くブルーになっていて、軽く震えている少女のことを忘れてしまっていた。
その微かな震えでテトは少女の事を抱き締めたままだったと今更ながら思い出し、胸元に顔を向けるとそこにいたのは、その真紅の髪のように顔を真っ赤に染めて目尻に軽く涙を浮かばせこちらを見つめてプルプル震えている何かとても可愛いらしい、いきものだった。
思わずテトも、
「なんだこの可愛いいきものは。」
と小さく呟いてしまい、それが小さい声ながらも聞こえてしまったのか身体をびくりと震わせ、そのまま気を張っていた力が抜けたかのようにへにゃりと女の子座りで砂浜に座り込んでしまう。
「何がどうなってるの…?離脱出来なかった…?私これでも神の一柱なのに?でもなんかすごく暖かかったなぁ…。あうぅ…。」
と赤髪少女はそんな事を身体を丸めてまるでうわ言のように呟いているが、その台詞の中に一つ聞き逃せない発言があった事にテトが気付く。
ただしそこは機械が故にそういう事に関しての性能が上なのか、テトよりも先にリザの方が少女に対して質問を発していた。
『そこで丸くなっている所申し訳ありませんが貴女に御質問があります。只今、自身の事を【神の一柱】と発言されましたが一体何者ですか?』
「ふぇ…?……っあ!?なっなんでもない!私は管理神の[エルミナ]なんて名前の神様じゃないから!」
『……ほう。管理神のエルミナという神ですか…。中々に有益な情報をありがとうございます。』
「えっ!?なんでバレてるの!?それもなんか黒い箱が喋ってる!?」
エルミナが自分の情報がバレている事に関してパニクって何やらあたふたしているがリザとテトは言葉には出さないがその胸の内で大体同じ事を考えていた。
曰く、この自称神様な少女はかなりお馬鹿な子なのではないかと。
そしてもし本当に[管理神]なんてものに就いているとしたら、その管理される側は多大な苦労が付きまとっているのではないかと。
そんな2人(1人と1機?)の胸中はつゆ知らず、自称神様少女は腰に手を当ててその豊満な胸を張り、あくまで尊大な態度でこちらへと話しかけてくる。
「ふ、ふん!もうバレているのならしょうがないわね!私は管理神の一柱、エルミナ様よ!偉いんだから敬いなさい!」
「…リザ、もう一回固定結界。全出力。」
『畏まりました。』
先程の転移魔法陣で結界が切れていたらしいので今度はエルミナを中心に据えて固定結界を起動すると、エルミナは胸を張った状態でその場から動けなくなる。
転移前は二種の結界を並列展開していた為に全力では無かったが、今回は一種のみということで最高のパフォーマンスで結界を維持する事ができるのだ。
ついでに動けないであろう内に使えるかは分からないが念の為ということで、[解析]スキルを使ってみたら相手の情報が軽くだが取れてしまったことには驚いた。
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・[エルミナ] 女性/神族
・Lv.---
・スキル
[聖魔法:-]「空間魔法:-][祝福:-][天罰:-][聖法衣:-](以降参照不能)
・称号
「管理神」「天罰の執行者」「天界のアイドル」「皆の可愛がられ役」
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エルミナのレベルとスキルの数値や途中までしか情報が出てこないのは多分、自分の「解析」スキルのレベルが足りない事や神族という上位存在になるからだろう。
また、レベルが分からないが[空間魔法]という適性がある為に、転移魔法陣に関してはほぼエルミナの仕業だったというのは確定で進めることに決める。
スキルも全てが見れたわけでもないので、神様だろうと警戒は怠らない事に注意してステータス情報を閉じた。
ただし、称号の欄にある最後2つを見て何か分かる気がするのはただの気の所為ということにして脇に置き、再度エルミナへと顔を向ける。
「あ、あれ?また動けない!?なんでー!?」
「取り敢えず君の事を拘束させてもらった。一応さっきの魔法陣に関して色々聞きたいし、なんでこんな事をしたのか話してもらおうか?」
「こんな事をする人になんてぜーったいに教えないんだからね!早くこの動けないのを解かないと天罰落とすわよ!」
エルミナは微妙に勝ち誇ったような感じの顔でテトに叫んでくる。
言葉の中にあった天罰は先程見たステータスの中にあったスキルの[天罰]の事を指すのだろう。
ゲーム時代ではまだ神族といったキャラクターは出てこなかった為にその詳細は分からないがロクでもない代物なのは確かだ。
まずエルミナに対してどう対応するかをリザと軽く話し合おうとするが、リザのある一言ですぐにその会議も終わってしまう。
曰く、『先程マスターがしたように抱き締めて、更に頭も撫でてあげれば多分解決しますよ。』というものだ。
最初に抱いた時とはテンションも理由も違うのだ、何故に。とテトは問い返したのだがリザからは、やってみれば分かります。といった様な答えが返ってきたのでこんなのでどうにかなるのかという疑問は内に秘めて、まずは以上の事をする為に動けないエルミナへとゆっくりと近づく。
「な、なによ。何か言いなさいよ……っ!?」
何も言わずに近づいてきた事でエルミナが少し困惑したかのような顔でこちらへ問いかけてくるが、有無を言わさずにその身体を弱めに抱き締めた。
ふにゃ!?っといった声が腕の中で聞こえてくると続いて、「にゃっ…にゃにすんにょよ!」と呂律が回ってない声がしたので掛けている力を気持ち強めにする。
すると、抗議する声が段々と小さくなり完全に収まった所で頭を撫でてやると、身体をびくんっと震わせて大人しくされるがままになってしまった。
そうした状態で続けていると、いつの間にかリザが結界を解いていたのか恐る恐るといった感じをさせながらエルミナがテトの身体に腕を回してきて、猫が自分のモノだとでも主張するかの様に頭を胸元にすりすりと擦り付けてくる。
どの位の時間が経ったのだろうか。数分しか経っていない様な感覚があるが、数時間経っている様な感覚もある。
今は立ったまま撫でているのも微妙な感じがしてきたので、テトは服に砂がつくのは承知の上で砂浜に胡座をかいて座っている。
そのテトに未だ撫でられているエルミナはといえば、胡座の上に同じ方向を向いて座り全身を使って背中にいるテトに対して甘えてきており、もはや最初のキリッとした凛々しさみたいな雰囲気などは欠片も存在せず完全に緩みきっていた。
『もはや飼い主に気を許して甘えまくってる子猫ですね。流石マスター、よっ!たらし!』
「お前が言ったことをやっただけじゃねーか。つか一体俺に何を求めているんだ?」
『ただマスターを弄るネタが欲しいだけですが?』
サテライトを固定しておく特殊な腰のベルトに戻ってきていた四機のサテライトの内一機を、目の前に広がっている太陽の光を受けて水面を煌めかせながら青く透き通っている海の中へ力の限りにぶん投げる。
『あぁ塩は!塩はいけない!』などと遠くで波に流されながら海に浮かんでいる黒箱がほざいているが、ちゃんと自分の周りにバリアを張って直接水に接触していないのは見えているので放置した。
テトにとっては今はあんなやつよりも、目の前に座って猫撫で声を出している神様少女の方が大事だ。
ただ、そろそろ満足したのかテトの膝の上から立ち上がると、思いっきり腕を空へと上げて体全体を伸ばしているが、その時に分厚い胸部装甲がぶるりと上下しその存在感を周囲に放っている。
この砂浜には現在テトとエルミナしか人はいない為に効力が万全に発揮される事はなかったが、それでもテトには少なくないダメージを与えている為にその視線はエルミナから外され、海の方へと向けられていた。
しかし、エルミナが身体を伸ばし終えてこちらへと放った言葉によって、テトは顔をエルミナの方へと向けざるを得なくなってしまう上に頭を抱える事になってしまった。
顔を全体的に薄く染めて、もじもじとした格好で言われた「お…御兄様……。」という言葉によって。