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「ログアウト出来ない…?ここが異世界…?おい嘘だろ…?冗談なんかじゃないのか!?」
この文言に頭を真っ白にさせながら愕然とした。そう、確かにログアウト機能が備わったタブが存在しなかったのだった。
本に書かれていることを素直に吞み込む事が出来ずに他のメニュータブを開いたりして探すが、それに関わるような事は一切見つからなかった。
むしろβ時代に使ってきた音声関連の機能などを始め幾つかのタブが無くなっている事にも気付かされてしまった。
『混乱しているだろう事は容易に想像がつく。私も体験済みの事だからな。故に年を押す。残酷な事だが、ここは「異世界という現実」である。死んだらまた街などで生き返る、などといった事は起きない事を記しておく。この世界に住む住人は勿論の事、我々「プレイヤー」も同じである。モンスターに襲われ散っていった知り合いのプレイヤーも帰ってはこなかったのだから。』
そんな事が記されている本を片手にテトは固まってしまう。
それはそうだ、死んだプレイヤーは帰ってこない。そのまま自分達の居た世界に帰れたのなら一時の夢として、勿論ゲームの世界であった、それならいいだろう。
が、ここに念を押された通りにこの世界が本当に現実であったのなら?しかしそれを確認する術はどうやってもないだろう。
「これは…いや、考えるのはよそう。まずは読み進めなければ…。」
気をとり直してテトは本を改めて読み直す。
『始めから、脅したようで申し訳ないがこれはまず受けて止めておいてほしい事を分かってもらいたい。さてタイトルの通り君へこの世界に対する指南をしなければならないのだが…[拡張子【指南書】]これを指でなぞるとメニューの拡張機能の所へデータを追加する旨が表示される筈だ。それに同意すればこの本に書かれている事は全て一纏めにそこに格納されるので確認してみてくれ。』
テトは[拡張子]をなぞるとすかさずメニューウィンドウが現れ、データを格納するか否かの確認ポップが目の前に現れる。
勿論それに同意し【指南書】データが保存された旨のポップが現れたと同時に機械掛かった感じな少女の声が部屋に木霊した。
『おはよう御座います、マスター。[拡張子【指南書】]無事保存されたのを確認しました。何処か古い御部屋の様ですがここがスタート地点ですか?』
「うぉ!?起きた…っていうか居たのか?リザ。おはよう、いや俺にもよく分からないが状況だが本来のスタート場所ではないだろう。」
声の主は擬似人格[リザ]
テトの着けている専用ベルトの腰に嵌められている10cm四方の大きさな4個の黒い立方体、魔導具である支援兵装[サテライト]を運用する為に装備者のサポートとしてサテライト自身に搭載されているAIである。
少し幼い感じの声だが透き通る様な声で聞き取り間違えるような事はないだろう。
β時代にこの魔導具を作った際に一緒に載せてみたのだが、それ以来無二の相棒として立派にテトをサポートしてくれている。
『そうですか、まずは改めてよろしくお願いします。それで【指南書】の解析は終わりましたが、如何しますか?』
「そうだな…取り敢えず追々内容を聞かせてくれ。取り敢えずはこの本を適当に読み終わらせるから。」
『了解しました。ではお待ちしています。』
本当に出来た従者である。テトは自分には勿体無い位に思っているが、そこら辺は言葉にするのは恥ずかしいので胸の内にしまっておく。
兎にも角にもこの本を読み終わらせなければならないし、この部屋や扉の外も確認しなければならない。
まずは一つ一つをやる事を終わらせていくにする。
しかし本はすぐに読み終えることになるのだった。
『私が伝えるべきことは、その拡張子の中に全て書いてある。それをよく読んでこれからの日々を生き残ってくれ。それが私の願いだ。それともう一冊の本はこの世界に住む人々用にこの本をここに置いておいてほしいと書かれた物だ。この本ももしかしたら来る次の後輩の為に置いておいてくれ。君の人生に数多くの幸がある事を願う。 』
『聖歴3050年3月5日 武田 和也』
「ここで文章は終わってるな…。聖歴3050年か、リザ、確か【Extend(拡張機能)】に時計機能もあったよな?」
『はい、マスター。今は聖歴3560年4月1日、7時03分です。この本は約500年前に書かれた物のようですね。』
「は?500年?まさかそんな前にまでプレイヤーは飛ばされているのか!?」
『劣化具合からみて、この本はここに書かれた日付程度の年数は経っていると思われます。』
そんな馬鹿な、とは思うがここが異世界であるという本を信じるならば、自分達が飛ばされて来ている事を考えればそういう事があってもおかしくはないかもしれない。
現状ではこの本からしか情報がない、そのことを考えればまずは情報収集をしなければならないとテトは改めて思い直す。
この机と本以外は特に見回しても他に何もない事からもうこの部屋から現時点で得られる情報は無いだろう。
そう考えるとまずはこの部屋から外へ出なくてはならない。
「リザ、ここの外に関しては何か【指南書】に書かれていたか?」
『はい。ここはエルブラム王国という国の中にある惑わしの森という場所のようです。この森を北に抜けると本来の開始地点の街アルカスへと辿り着く、と書かれています。』
「そうか、ありがとう。じゃあまずはこの部屋からおさらばしなくちゃな。」
『そうですね。ただその前に装備などの再確認は如何ですか?』
そうだ。ここで目覚めてからそのまま本を読んで狼狽えてで身の回りの確認を怠っていた。
何事も慎重にならねばこの先何をするにも生き残ることは出来ないだろう。
気付かせてくれたことをリザに礼を述べ、メニューを呼び出し自分のステータスや装備の一覧を呼び出した。
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[テト] 男 ID(PB00001)
Lv10
HP 249/249 MP 468/468
・スキル
[魔導盾:Lv:1][閃光魔術:Lv.1][魔導:Lv.1][魔導鎧:Lv.1][軽技:Lv.1]
[潜影:Lv.1][解析:Lv.1][魔導工学:Lv.1][詠唱破棄:Lv.1][並列処理:Lv.1]
・装備
武器
光子兵装[アーセナル] (1級)
支援兵装[サテライト](2級)
防具
頭部 : グリフィスグラス (4級)
胴部 : グリフィスコート (4級)
腰部 : グリフィスパンツ (4級)
脚部 : グリフィスブーツ (4級)
装飾品
腕輪 : 循環連鎖のメビウス (1級)
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ステータスで見た所、スキルが全てLv.1に戻っている以外は装備もスキルもβ時代の時に使っていた物と同じようである。
「フリーダム・プラネット(FP)」ではキャラ自体のレベルは成長する事はない為、キャラレベルはあくまでの参考値としてスキルレベルの合算で表示されている。
ただしスキルは基本的に10個までしか設定が出来ないが、装備アイテムなどでスキルを増やす事は出来る。
しかしそんな貴重なアイテムは今は持っている筈がない。
初めはスキルが1つしか装備出来ない所から始まるので文字通りLv.1から始まるのだが、そこは引継ぎが出来たおかげで10個全て装備出来ている。
どっちにしろ全てスキルレベルが1なのでキャラのレベルも10と最低値ではあるが。
控えのスキルが有れば装備しているスキルと入れ替える事が出来るのだが、控えは引継ぎがされなかったらしいのは少し悲しい所ではある。
装備の方で言えばアイテムはそれぞれレア度が設定されていて、最低ランクが10級で最高ライフが1級であり級数が高くなる程性能も高くなるのは必然だ。
なのでその最高ランクとなれば入手が本当に難しく、生産クラスのトップ中のトップが造り上げた最高傑作や、ゲーム中でもトップランカー達が余裕で死ねる屈指の難度を誇るダンジョンの最深部のボスが時たま戦利品として落とす、といった程で1級は多くとも20は越えない程度しか存在は確認されていなかった。
これに関しては知り合いと運に恵まれたお陰で1級品を2個装備している。
防具に関しては、これもそれなりの物なのだが正直おざなりにしていたのは否めない。
スキルや装備の効果などはまた戦闘などで使用した時に明かせば良いだろう。
「装備やスキルはそのままだな。名前の所にIDが増えているのが気になるけど、これは後でいいか。よし、じゃあこの陰気な場所からさっさと出ようか!」
『同意します。早く日を浴びたいものですね。こんがり日焼けがしたいです。』
たまにいきなりボケをかましてくる辺りリザもAIながらノリのいい奴ではある。
ただ、本体真っ黒の塊だからこれ以上の日焼けはあるのかとかお前AIだから生身無いだろとかは口にしてはいけない、お兄さんとの約束である。
そんな漫才をしながらテトは扉の前に立った。
もうこんな所に帰ってくる事は無いだろうと思いつつも、もう一度部屋を見回して扉のノブにに手をかける。
そして外への期待と多少の不安を胸に潜ませながら、扉を開けて薄暗かった部屋を出て行くのだった。