状況悪化、そして女の子と男の子の矜持
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―― AD 2020 8.1 アメリカ合衆国 アイダホ州 ディアス農園
人面犬というか、人頭犬というかを潰し終えた辺りでブライアンが血相変えて合流した。
そして俺もアリーもしこたま怒られた。
解せぬ ―― 訳じゃありませんが、チョイとばかし血が騒いだので素直に反省します。
ついカッとなってやった。
今では反省してます、御免なさい。
そんな俺の反省は兎も角、アリーは割と平気な顔して人頭犬を突いている。
気の強いアリー。
「おいアリー!」
「反省したわ。次はもう少し注意するわ、ね、ユーゴ?」
「了解」
怒られてコレである。
実に神経が太い。
兎も角。
ブライアンが警察に連絡し、俺たちは襲われた被害者さんの様子を見る。
散乱した荷物と、男の人が女性を庇って、2人ともこと切れていた。
勇敢な男だ。
同じ男として尊敬できる男だった。
黙祷する。
「ひっ!?」
アリーが息をのんだ。
目を開けたら動いてた。
小さく動いてた。
「ファッキン・ゾンビ!?」
既に人頭犬を見たので、否定はしない。
兎にも角にも、敵ならとりあえずは潰せば良いだけ。
スコップを掴む。
が、違った。
「痛い、痛いよ、お父さん、お母さん」
か細い声。
男女の下に、否、2人が護った子供が居たのだ。
「アリー! ブライアン!!」
慌てて3人で亡くなった2人を丁寧にどかすと、小さな女の子が居た。
年のころは10にも行かない位か。
足が、噛まれたらしく怪我をしている。
「お父さん、お母さん」
泣いている。
ピーピーと泣いている。
アリーがギュッと抱きしめた。
「大丈夫。もう、大丈夫よ」
髪を撫でてほっぺたを撫でる。
その様子をガン見してしまった。
アリーは実に女の子だった。
「なんてこった!」
渋い顔になるトニー
敷地内で襲われたって話になって、飛んで帰って来たのだ。
とはいえ、嘆息した理由は別。
それは今回、襲われた事を警察に連絡した時の事。
普通は襲撃事件、それも人死にがあった場合には現場検証とか検視とかが必須になるのは日米を問わないが、それが出来ないのだ。
警察の機能喪失。
流入する難民へのサポートや暴れる阿呆、そして俺たちが出会った人頭犬っぽいのが他の所でもウロウロして銃撃戦とかも続発しているって話だ。
ブライアン曰く、撃退出来た貴方たちはラッキーです。事件の概要は記録に残しておきますので、死んだ人たちはすいませんけど埋葬しといて下さい。仮にという事で。化け物犬は近くに適当に埋めといて ―― との事だ。
尚、女の子の保護も出来ればお願いしたいと言う話だったらしい。
警察は警察の方ではぐれた子供の保護や怪我した大人の対応で大変らしい。
なんつうか、アレだ。
面白くなって参りました(下り調子) ってなモノだ。
映画みたいだ。
パニック映画、或はゲーム。
全滅ENDは勘弁だ。
俺がボケた事を考えている間に、トニーは話を進めた。
ディアス一家と俺と大芽、そして助けた少女の避難計画を。
「取りあえず、明日からだ」
もう夕暮れ時。
西海岸に到着する頃には真夜中だ。
それで着陸とかは危ないというのがトニーの判断だった。
飛行機は4人乗りなのでディアス家7人、俺たち2人、そして女の子の10人だ。
最低でも3往復は必要だ。
「私も、良いの?」
「任せなさいヘンリエッタ」
か細い声で尋ねた女の子、ヘンリエッタ・スピナッツィをアンナがギュッと抱きしめる。
アンナ、流石親子。
ヘンリエッタの赤毛の髪をとく仕草がアニーとそっくりだ。
「貴方のパパとママが命がけで守った可愛いヘンリエッタ。大丈夫、私達に任せなさい。ね、トニー?」
「そうだ、心配する必要は無い。何たって俺たちはアメリカ人だからな」
面倒事をすっ飛ばして同じアメリカ人、地球人だと男らしく笑うトニー。
人頭犬みたいな地球外生命っぽいのを見ると、実に納得のアメリカン笑顔である。
後、実に父親って感じだ。
飛行機の順番は、パイロットのトニーは別枠として3人ずつだ。
1回目で向こうでのアレコレをする役という事でブライアンとケイシー、そしてダリルのブライアン一家となった。
家族はばらしたくないという事だ。
2回目で年少組みから俺、大芽、ヘンリエッタとなった。
コレ、|お預かりしている子を護る義理というのが濃厚に見える組み合わせ。
そして3回目でアニーとアンナ、それにアール ―― というのがトニーの発案だった。
基本、悪く無い。
悪く無いけど、微妙に組み合わせが悪いと思う。
だからトニーに手を上げる。
「どうしたユーゴ?」
「少しメンバーで提案が」
具体的には2回目の俺と3回目のアールを交代させようという事だ。
「男手があった方が良いと思う」
言外に、化け物が又来るかもしれないので、最後まで残る組には自衛力を高めた方が良いという事だ。
男で戦えるのは俺と大芽、そしてトニーとブライアンだ。
でパイロットと先発組でトニーとブライアンが消えると、残るのは俺と大芽。
うん。
自分の発案でダチを危険に放り込みたくない。
「おい勇吾、俺だって戦えるぞ」
大芽も流石に不快そうに言う。
いや、戦闘能力という部分にケチ付けられたと思ったか。
コイツも大概、血の気の多い人間だしな。
とはいえ、耳打ちする。
「格好つけたいんだ、譲れ(日本語)」
アニーをそっと顎で示す。
大芽が目を丸くした。
「タリーに? 本気かよ!?(日本語)」
小声で早口で日本語。
俺たち以外は誰も判らない。
グッドだ。
「悪いか?(日本語)」
「いや、あー、うん、その、何だ、頑張れ(日本語)」
生暖かく言われた。
ムカつく。
と、トニーが顔を寄せて来た。
鼻息が荒い。
つか、目がマジだ。
「おい、変な事を考えているんじゃないだろうな?(日本語)」
ちょ、トニー!? 日本語使えるとか聞いてませんよ!?(wwwwwwww
って、笑えねぇって!!
大芽はスッゲェ笑ってる。
笑うなっての!!!
「大丈夫さトニー、コイツ、格好つけたいだけだから(日本語)」
「格好を、つけるだと?」
「そ、武士の見栄さ。ほら、前にも言ったじゃない、勇吾の実家は侍の家系なんだって。で、女子供を護らずしてって思ったらしいよ」
「ほう!」
トニーの俺を見る目が柔らかくなった。
「勇気を邪推して悪かったな」
「理解して貰えて嬉しいです」
握手。
邪推も、少しだけは正解なんですけどね。
娘さんの前で格好つけたいって奴だから。
言いませんけど。
言えませんけど。
「ユーゴ、お前に預けたのはガバメントだったな?」
「はい」
携帯まではしてませんけどね。
「なら、今日からは俺のガバを預ける」
差し出されたのトニー・カスタムのガバメント。
俺に渡されたのとはデザインも違えば、色もカーキ色になってて同じ銃には見えない奴だ。
アニーに言われて近くに置いてた、自分のガバメントを差し出す。
交換。
「俺が帰ってくるまでの間、頼むぞ」
右手でガバメントを持ち、左手ではアメリカ映画みたいに拳と拳を軽く合わせる。
「はい! 頑張りますっ!!」
尚、大芽にニヤニヤしながら見られてた。
おのれー
―― AD 2020 8.2 アメリカ合衆国 アイダホ州 ディアス農園
朝一でトニーは飛行機を飛ばした。
ブライアン一家と当座の食料と衣類、そして武器と貴重品を持って。
そして俺たちはみんなでリビングに集まってた。
ヘンリエッタの家族を埋葬し、人頭犬も適当な穴を掘って埋めて、する事が無くなったのだ。
それぞれ、椅子やソファに座っているが、何となく落ち着かない、そんな感じだ。
とはいえ体を動かす気にもなれないのでTVを、ケーブルテレビが放送を止めていたのでDVDを見た。
映画のDVD。
ホラーやパニックアクションモノは丁寧に排除して、穏やかな奴を見る。
とはいえ、俺たちは穏やかとは言い難い。
コーヒーと銃を片手に見てるのだから。
アールだって子供用のライフルを近くに置いて、オレンジジュースを持ってる。
凄くシュールだ。
例外はヘンリエッタだ。
この子は3人掛けのソファに座って、アニーとアンナに挟まれてココアのマグカップを両手で持ってる。
俯き気味で、時々、どっちかが頭を撫でてあげたりしている。
現在の状況を考えなければ、なごむ光景ではある。
と、電話が鳴った。
ケーブルTVの会社絡みなインターネットは止まっているけど、元祖の通信インフラたる電話はまだ健在である。
後、基地局無人の携帯電話も。
アンナが電話に立った。
「もしもし?」
3人ソファが少し寂しくなる。
あ、アニーもアンナに呼ばれた。
ソファが寂しくなった。
ヘンリエッタが益々体を小さくした。
「……んー」
よし、良いことを考えた。
コーヒーのお代わりをするついでに、アールに声を掛ける。
「アール、お代わり居るかい?」
「いる!」
うむ、アールも可愛い。
ゴツイ系のトニーの息子とは思えないし、マッチョ系のブライアンの弟とも見えない。
「なぁアール」
オレンジジュースを注ぎながら声を掛ける。
「なにー?」
「銃を抱えて立派だって思ったのさ」
「僕だって母ちゃんも姉ちゃんも護れるんだもん」
「良い気概だ。だからアール、もう少し男気を発揮しないか?」
チョンチョンとヘンリエッタを示す。
2人の年の差も、ヘンリエッタが少し下な辺り、実に良い。
後、ヘンリエッタは赤毛の美少女ちゃんなので煽りやすいとも言う。
いやいや。
悲劇に合って傷心の女の子を癒すのに、同じ年頃って大事だよねというだけだ。
二心は無い。
「家族を亡くした女の子を護るってのも、大事だとは思わないか」
「でもお母さんが居るし……」
「だけどフライトの時から先は1人になる時間もあるだろ? だからこそだ」
俺の言葉に、ヘンリエッタを見てアール、頷いた。
「判った。僕もディアス家の男だもん!」
「良いぞアール。良い志だ」
「ユーゴって口、上手いよね」
チョッとだけ睨まれた。
笑ってやる。
俺や大芽が深くヘンリエッタに絡んでしまうと、そう遠くない帰国の時が洒落にならないってのもあるんだけど、それは言えない。
言わない。
「ユーゴ!」
アリーに呼ばれた。
「じゃぁ、頼むぞ」
少し上から目線っぽいけど、仕方がない。
アールも頷いていた。
アリーに連れられた先は、玄関。
手には箱 ―― 45口径弾の詰まった箱がある。
「父さんから、預けた奴は癖があるんで練習させとけって」
同じ拳銃だと確認したけどコレである。
アメリカ人は銃に対して真摯だ。
渡された拳銃は、それまでのと似てるけど細部が違ってる。
一番良く分るのは色だが、それ以外にも2つ大きな所がある。
握る所が指の形に合わせて削られてる。
銃口の下にレールという、色々なのを取り付ける台座が付けられてる。
他にもシアーがどうこつとか、ピンがどうこうとか説明されたけど、正直、分らない。
日常に使う用語じゃないので、俺の拙い英語能力じゃ把握できないのだ。
微妙な顔をしているのがバレたのだろう。
ガバメントを持って各部を説明していたアニーは、笑いながら俺に持たせた。
「父さんは色々と拘ってたけど所詮は拳銃よ、大差は無いわ。撃ってみて」
撃てば慣れるという。
実に実戦的だ。
とはいえ、治安の悪化している今なので、玄関周りで撃てという話になる。
郵便ポストの周辺にだけある塀、その上に適当な空き缶を並べ。10m程離れて撃つ。
乾音
あれれ、当たらない。
撃つ。
乾音
当たらない。
癖は掴んだと思ってたのに。
撃つ。
外れ。
撃つ。
外れ。
撃つ。
当たったけど、端っこの方だ。
撃つ。
命中。
撃つ。
命中。
銃身の上が後ろに下がって止まる。
撃ちきった。
7発で命中3発、ただし真ん中には1発も当たらず。
「練習あるのみ、ね」
「了解」
45口径弾の在庫はタップリと買いだめしていある ―― 箱で3桁とからしいので、兎に角撃って慣れろと言われた。
アメリカって、スゲーと思いつつ、言葉に甘えて撃つ。
撃つ。
撃つ。
撃ちきったら、マガジンを出して装填して、又、撃つ。
意地になって撃った。
20、30、40ときて、1箱目の半分くらい撃ったと辺りで当たりだす。
最低でも缶には当たる。
上手くいけば真ん中にも当たるって感じに。
俺、上手いかも?
「慣れるの早いわね」
アニーも呆れた様に言って来る。
俺もビックリだ。
ガバも熱くなったので、少し休憩とする。
玄関脇にあるテーブルに置く。
チンチンと、鉄が冷える音が聞こえる。
椅子に座る。
座ると、連射したからか、手が痛いのを自覚する。
もみもみ。
ふりふり。
銃を使うときは手袋は必須だと納得だ。
「最近、ユーゴの新しい所を発見するわね?」
「ん?」
「く ち」
右手人差し指を口元に当てるのは、少しエロいぞ、おい。
痘痕もえくぼか。
くそ、ジーンズのオーバーオールに日焼けしたシャツという色気を追加する服じゃないのに魅力的にも感じるって、俺、ヤヴァイな。
「アール。さっき見たらヘンリエッタの隣に座って、色々と話し掛けてたわ」
「見てたの?」
「ええ」
「ん、んんん、イイ男ってのは口が上手いのも必要だと思うんだよ」
「女性を口説く為に?」
「違うよ、慰める時にさ」
本気だよ。
大体、口が上手くて口説き上手なら、既に口説きに掛かってますっての。
ねぇアニー。
さて、飲み物でもとリビングに戻ったら、電話口に立っていたアンナが悲鳴を上げた。
「何て事!!!!」
何事ですか!?
あるぇー
状況が余り前に進まない。
日常系なのかしらん(え