格好をつけたいお年頃
+
―― AD 2020 8.1 アメリカ合衆国 アイダホ州 スーパーマーケット
状況は加速度的に悪化している。
サウスダコダから来る避難民が、アイダホ州の主要道路に溢れる様になった。
後、物流が止まった ―― コッチは、避難民によって道路事情がワチャクチャになったのが原因かもしれないが、スーパーマーケットでは地産な肉や野菜以外の全てが売り切れ御免状態になっている。
あ、後、銃器だのの類も、少しでも武器になりそうなものは大は狩猟弓から小はナイフまで、或は火炎放射器も、プレミア価格が付いて尚、売れまくりである。
つか、売り切れていた。
壁や棚に張られた“全品75%UP!”の文字。
というか、こんな文言の見る事になるなって予想もしなかった。
とはいえ、銃器の備蓄の十分なディアス家にあっては、今更買い足す必要なんて無かったが。
たっぷりと売り場に残っていたジャガイモとジャガイモ、それにジャガイモを買った。
いや、牛肉やらレンズマメやらも買ったけど、売り場の主力はジャガイモになっていた。
遠距離から持ってくる野菜の棚をジャガイモが浸食しているのだ。
流石はアイダホ、ジャガイモ州である。
美味しいから文句を言うと罰が当たるけど。
1987年製と、割と古臭いシボレーS-10の荷台に、買ってきた荷物を載せていく。
9人の当座食料としては十分だろう。
最後に、買い物メモを確認して買い残しが無いかをチェックする。
「ユーゴはもう買い物もオーケーね」
気楽に言って来るのは、このS-10の運転手でもあるアリーだ。
別件、別の建物で木材を買い込んでいた。
木板を荷台に乗せ、ロープで固定していく。
「誰かさんの教育のお蔭でね」
特に最近は適当に連れまわされて放置されたりもしたのだ。
度胸も据わるというものだ。
拙い単語でも堂々と言えば、相手は適当適切に翻訳と判断をしてくれる ―― 開き直りとも言う。
「アハン、言葉は度胸よ?」
否定はしないよ、そこは本当だ。
「俺、時々は丁寧な英語が喋りたくなるんだよね」
「なら次はイギリスにでも留学するのね♪」
世界でも有名なオックスフォードとかの名前を上げて来る。
勘弁してくれ。
「そこまで頭が良くないっての」
喋りながらも手を休めずに固定した木材は、多少引っ張っても動く様子は無い。
「よし、大丈夫」
「やっぱり男ね、少し羨ましいわ」
チョッと羨ましそうに見てくるので力こぶを作って見せる。
身長差が20㎝以上、俺の腕周りはアリーの足回りに近いのだ。
平均的なアメリカ人には劣るけど、アリーからすれば俺も筋骨隆々な人間だろう。
ツンツンっと力こぶを突いて、少し溜息。
と、急に隣に車が止まった。
趣味の悪い黄色で塗られた、俺じゃ古いアメ車としかわからないオープンカーだ。
「ようアリー、元気かぁっ!!」
聞き取り辛い発音で言ってきたのは広義で学友な奴、ビュフォード・ソーンヒルだ。
アメフトをやっててガタイが良いが、何かにつけて絡んでくる。
正直に言ってウザイ。
「あ、ビュー? こんにちわ」
一瞥くれて、やる気のない返事。
アリーも微妙にビュフォードを嫌ってるっぽい。
実に良いと、腹ん中で暗く笑っておく。
この馬鹿、俺をJAP呼びであるからして好意的に振る舞う必要も無い。
「じゃぁユーゴ、帰ろうか」
「おいおい、つれないじゃないかアリー。久しぶりに会ったってのに」
オープンカーをS-10の後ろに止めやがった。
ウゼェ。
てゆうか、久しぶりとか笑わすわ。
昨日から正式に学校は休止されて自宅待機に避難準備となっているが、合わなかったのは精々が1日である。
言葉遣いから察するに、コイツ、脳みそが緩い。
「悪いけど、忙しいの。どいてくれる?」
「おいマテって、俺が手伝ってやるからよ」
「男手は足りてるわ」
「そのJAPかよ。んな奴より俺の方が筋肉あるから役に立つぜぇ!」
車から降りてきて、力こぶを見せてアピールする。
筋肉もありそうだが、プヨンとした腹回りからして贅肉の方が多いんじゃないの? ―― 面倒なんで口には出さないけど。
後、ディアス家に迷惑を掛けない為にも。
ここが鹿児島じゃなくて良かったね、かなり本気で。
「気持ちだけ貰っとくわ。それよりどいて」
実につれないアリー。
格好いい。
と、今度は俺に目を移しやがった。
「なんだよ、こいつヒョロぜ?」
つっとかしやがった。
払う。
更に指で突っ張ってくる。
ニヤニヤと笑ってる。
アレか、スクールカーストとかゆーので上位なんで調子に乗ってるのか?
気に入らない。
「JAPより俺の方が絶対に役に立つって、なぁアリー」
つか、JAP連呼の3回目か。
3度目だ。
紳士の時間は終了、仏陀も羅刹のお時間だ。
「おいビュ公、喧嘩売ってんのか?」
先手必勝。
とはいえ殴らない。
ただ、綿シャツの襟を掴んで捻って絞って、引き寄せるだけ。
「なっ、てっ、テメ!?」
「あ、どうなんだよ?」
躰の軸がアレっぽいらしく、簡単にしゃがませられた。
弱い。
アメフトやってるって言うけど、体幹鍛えてないだろ、コイツ。
貧弱だ。
「なっ、何をしやがる!?」
お、掴んだ右腕に両手で抵抗してくる。
中々に力はあるんで拮抗状態、やや俺が有利ってな感じか。
まぁ良い。
イニシアティブを握る事が大事なんでな。
「質問してるのは俺だ。JAPを連呼しやがって。おい、喧嘩を売ってるのかって聞いてるんだよ、なぁクソ野郎?」
目線は逸らさず。
というか、目で相手を射殺すつもりで言う。
これが喧嘩、或は男同士の貫目争いでは重要になってくる。
相手の心を折るのが大事だから。
あ、もしかしてビュ公はアニーに気があるのか? 俺が同居なんで喧嘩を売ってるのか。
なら雄同士の序列争いか。
良いナァ、分り易いのは大好きだ。
「うるせェ、テメェ、くっ、この野郎………」
まだ口を開く余力があるのか。
じゃあもう少し削ろう。
心を折に行こう。
平和的にな。
襟を絞って、気道をやら頸動脈も絞る。
殴るよりは実に平和的だ。
「おいおい、俺の質問には答えてくれないのか?」
発言は笑顔で。
笑顔は大事です。
つか、殴ってこない。
暴発するかと思ってたけど、しないのな。
不思議。
「ユーゴ、ストップ! それ以上は駄目よ」
あ、アリーに止められた。
仕方がない。
手を放してやる。
だが、釘だけは刺しておこう。
お互いに不快なのは勘弁だからな。
「なぁビュフォード・ソーンヒル。他人様に悪意をぶつけるってのは危険だ、特に蔑称はな。そう思わないか?」
「わ、判った。判ったよ。お前の言う通りだジャ……」
「じゃ?」
睨む。
笑顔は崩さずに睨む。
「日本人さん」
「理解が早くて助かるよ。後、車を動かしてくれると有難いんだ。暇じゃないんでね」
小気味よく走るS-10。
1980年代製つう古式ゆかしい車だけど、エンジンは絶好調である。
「以外と……」
「ん?」
「以外と喧嘩っ早いのね」
顔を見るけど、サングラスで阻まれて表情は見えない。
んー どう答えるべきか。
殴り合いしてないから喧嘩じゃないとは思うのだけども。
なので当たり障りの無い事を言う。
「舐められるのは嫌いなんだよ」
「訂正。血の気が多い、だわ」
「そうか?」
「そうよ」
笑われた。
悪印象ではなかったので一安心だが、チョッと恥ずかしいので外を見る。
道、木、そして三々五々と歩く避難民の姿が見える。
気が滅入ってくる。
「明日は我が身、か」
溜息が出て来る。
この阿呆みたいに広いアメリカで徒歩で避難とか、何の冗談って奴だ。
鉄道よりは車、或は飛行機 ―― それが仇となっている。
ラジオでは、西岸を拠点にする有志のトラックドライバーが回収をしてくれているらしいが、この状況を見るに足りてない。
普通だったら活動しているNGOやらボランティアも、今は先ず、自分の事で手一杯だ。
侵略してくる魔王軍ってのは、どうにも厄介な奴ららしい。
「溜息をつくと幸せ、逃げるわよ?」
「残ってるのかな?」
「さぁ? でも、まだマイナスじゃないとは思うわ」
笑ってるアリー。
前向き志向ってのは良いね。
大事だ。
「それを祈るよ」
―― AD 2020 8.1 アメリカ合衆国 アイダホ州 ディアス農園
帰宅したらトニーの親父さんは集会に出て行っていた。
避難に関するアレコレ ―― 武装して気合の入った民兵って人たちは残るってんで、持って行けない物資の融通とかそんな事を決めるらしい。
アメリカ人、マジ、パネェ。
尚、ディアス家は避難組み。
しかも自家用飛行機で一気に西海岸まで行く予定なので、割と余裕がある。
4人乗りなんで2往復の予定ではあるけども。
という訳で今はアリーと大芽と3人で、家の窓なんかに板を打ち付けたりしている。
避難が何時まで掛かるか判らないので、かなり厳重に行う。
窓を板で封鎖し、或は屋根を確認して雨漏りしそうな場所にはペンキを厳重に塗り直し防水を強めたり。
マンガに出て来る台風準備みたいだ。
乾音
どこか遠くで花火っぽい音がした。
誰かがヤケクソで打ち上げたのかと空を見るが、雲一つ無い青空だ。
何事だろかと大芽と顔を見合わせた。
「?」
だがアリーは違ってた。
険しい顔で農園の向こうを見た。
「アリー?」
「今のは銃声よ、降りるわよ!!」
「マジかよ」
マジでした。
下でもブライアンがでっかい銃を持ち出して周囲を睨んでいた。
まだ10歳とチョイのアールも銃を構えている。
ライムグリーンな玩具っぽい外見だけど、22口径の実弾が出るガチなライフルだ。
アメリカは少しおかしい。
「牛が少し騒いでる。何かが居るな」
乾音
連続している。
そして悲鳴っぽい音、いや声も。
「見て来る!!」
ショットガン片手にアリーが駆け出し、玄関に止めてた農作業車に飛び乗った。
軽トラをもう少し小さくしたような奴で、中々にパワーがあって小回りが利くにくい奴だ。
「おいアニー!? ○×! △!? □○×!!!」
割とスラングにブライアンが叫んでいるが、訛りが強いので意味不明である。
というか女の子1人で行かせるとか無いでしょう。
だって俺、男の子だし!
「俺も行く」
気の短いアリーは既に動かし出していたので、荷台に飛び乗る。
フォークやシャベルを蹴とばしながらフレームを掴む。
「ユーゴ! 持ってきたの?」
「携帯は持ってきた。連絡は何時でも大丈夫だ!」
「馬鹿! 武器よ!!」
「ご、ごめん」
日本人には反射的な行動で武器を掴んでこれる様な癖はありません。
平和なんです。
「イザとなればスコップを使うよ!!」
「馬鹿、怪我しても知らないわよ!」
草っ原を、銃声がしたっぽい方向へ突っ走る農作業車。
意外と重心が低めなので、スピードが出やすい。
アニー、慣れてる。
とはいえ、荷台な俺はシートベルトはおろかシートすらも無いので、跳ねまくって、投げ出されない様にフレームにしがみつくだけで精一杯ですけどね。
「居たっ!!」
「どこっ!?」
「右、森の手前! しっかり掴まってて、飛ばすわよっ!!」
更に激しく動く動く。
これ以上、飛ばすとな!? と冗談を言える余裕も無く、舌を噛まない様に歯を食いしばって、指定された方向を見る。
居る。
何か黒いのがゴソゴソとやってる ―― 喰ってやがる。
犬っぽいナニカが。
俺たちの接近に気付いたのか、1匹が顔を上げた。
犬だ。
人、人っぽい顔をした犬だ。
「ブガアアアァァァッ!!」
吠え声に反応して、他の奴らも顔を上げた。
2、いや3匹居る。
口元を赤くしてニヤっと笑いやがった。
キメェ。
喰われている相手が見えたけど、今は考えない。
頭から追い出す。
「アニー!!」
「掴まってて!!!」
急ブレーキ、劇的に右ターン。
停まる。
アニーはそのままショットガンを構える。
「この野郎!!」
ブッパ。
上手い、見事に1匹の顔面を潰す。
更に連射。
銃身の下のグリップを前後させて更に撃つ。
撃つ。
撃つ ―― 撃ちきった。
だが犬だって逃げる。
避ける。
2匹目も2発命中で潰れたが3匹目には当たらない、殺せない。
退いてくれればありがたいのに 現実は非情である。
吠えて突っ込んできやがった。
「ガガガガガッ!!!」
イッた目をして突っ込んできやがる。
野生の生存本能を失った犬野郎め。
慌てて装填しようとするアニーを庇って、俺はスコップを掴んで飛び出す。
「ユーゴ!?」
竹刀代わりにはゴツイが贅沢は言わない。
つか、馴れない拳銃よりもコッチの方がやりやすい。
重い全金属製のスコップを振り上げて、一気に叩きつける。
「キェェェェェェッ!!」
おお。
俺、武器を選ばすに成れたか。
人犬野郎の首がゴロっと落ちた。
スコップ、意外に斬れ味が良いね。