煙草と銃、平穏とは遠い僕らの日常
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―― AD 2020 8.13 アメリカ合衆国 アイダホ州 ポカッテロ
双眼鏡で眺めた光景は、控えめに言っても地獄だった。
炎天下。
カンカンと照り付ける日差しの下で、見渡す限りに溢れる幽鬼の群れ。
人っぽい雰囲気を残した新鮮な奴から、腐れかけた年季の入った奴。
老若男女を問わず、一杯だ。
それがコッチに近づいてくる。
ゾンビ映画みたいだ。
但し最近の、全力疾走してきて噛みついてくる様な奴じゃなくて、古式ゆかしい感じの奴だ。
気が滅入る風景に、双眼鏡から目を離す。
溜息しか出ない。
「へいユーゴ、オッパイが見えるか?」
相方、隣に座り込んでたオロフ・ベックマンが銃を抱える様にしながら尋ねて来る。
中々にガタイの良いスポーツマンだが声に覇気がない、20代以上に聞こえる。
おいおい。俺たちはまだ若いぜ、もっと元気出せよって思わないでもないが、俺だって、多分、声に元気は無いだろう。
こんな状況なんだ、仕方がない。
しかし、出会った頃には割と饒舌で、故郷 ―― スウェーデンからムスリムが嫌いで逃げて来たらゾンビだよ! なんて、話をしていたが、連日のゾンビとの戦争にすっかり元気を奪われたみたいだ。
それでもオッパイと口に出来るのは立派だ。
何たって10代だ、下半身のパワーが違う。
「見える。だが、エロ本級は見えない」
拙い英語で混ぜっ返す。
その内容は、言ってて不謹慎だとは思うが、笑ってなきゃやってられない。
不謹慎と下ネタは、心の栄養です。
多分。
「バインバインでも、肌色じゃないと立たないっての!」
「違いない」
笑う。
カラ元気をせい一杯に動かして、笑う。
そんな俺たちが居るのはアイダホ州中部の町、その町一番の高所だ。
町で一番デカいショッピングモールで一番高い場所、看板を固定する為のスペースで、看板を剥ぎ取って土嚢やら板やらを持ち込んで作った哨戒拠点だ。
後、竿を立てて翩翻と星条旗が翻らせている辺り、実にアメリカンだ。
後々、俺の趣味って感じで、おもちゃ売り場で見つけたミニサイズの旭日旗を柱にダクトテープで張り付けている。
やったのは俺。
俺、日本人だしね。
神治・勇吾、日本男児だ。
頭っからつま先まで国籍日本で、種族日本人の俺がアメリカの為に協力しているんだから、それ位は許せって事だ。
他にも、ここに入った奴らが適当に、自分の国旗を張り付けてたりする。
カナダや南米、オーストラリアのもある。
多国籍だ。
尚、オロフにスウェーデン旗は立てないのかって聞いたら、俺は帰化済みだと怒られた。
カラフルになるから良いと思ったんだけどな。
灰色のシートで作った天幕が、直射日光を遮り、暑さを少しだけ和らげてくれる。
持ち込んだ小さな扇風機が風を作ってくれるが、それでも暑い。
首に巻いているタオルは、汗を吸い過ぎて臭い上に、もう汗を吸収できない位にぐっしょりだ。
ひたすらに暑い。
ゾンビに噛まれちゃ大変だってんで厚手でOD色のツナギを着ているが、流石にここで噛まれる事は無いだろうと上を脱いで腰に巻いている。
上は黒のタンクトップだけ。
だが、それでも暑い。
眩暈がしてくる暑さだ。
と、手元の電話機が鳴った。
無骨な ―― 訳は無い。
ホームセンターで売ってる奴を流用したんで、綺麗なピンク色だ。
はいはいっと、取る。
スピーカーモードを入れておく。
『こちらHQ、周辺状況を知らせろ』
作戦司令部は、このショッピングモールの会議室だ。
指揮を執ってるジョン・リコとショッピングモールの持ち主である将軍、それに通信役のが詰めている。
電話の相手は可愛い声。
どうやら今の当番は、子供だった様だ。
「こちら監視所、ゾンビが近づいてくる。異常は見られず。到着は予測通り」
歩いてくるペースから、後2時間でショッピングモール要塞の外縁、ショベルカーで掘り返した堀に到着するだろう。
外縁には深さ3mからの堀と有刺鉄線、コンクリートブロックで作った塀がある。
それに銃も弾もまだまだ一杯。
火炎放射器、もう弾が残り少ないんで秘密兵器というか必殺兵器扱いなバルカンだってある。
今のところは余裕だろう。
多分。
そこら辺を簡潔に言ったら、相手が混乱した。
『え、あ、え?』
何でだよ。
声だけで泣きそうになってるのが判る。
「どうした?」
冷静に聞く。
そしたら、更に泣きそうな声になった。
鼻をすすってる。
何故だ!?
『ユーゴ?』
声が変わった。
もう少し年上の声、俺らと最初っから避難している相手だ。
「マンディ?」
アマンダ・スペクター、ここに居る女性陣の取りまとめ役みたいな立場に居る奴で、俺の留学先ってかホームステイ先のご近所さんでもある。
顔なじみだ。
チョッと、ほっとする。
『もう少し愛想よく言いなさい。泣きそうだったわよ、シルビィ』
うぇ、シルビィって確か最年少難民じゃないの。
親とはぐれちゃって、結局、此処に残る羽目になった、10歳チョイの女の子。
マジかよ。
「すまん」
『全く、女の子を泣かせるのは最低よ?』
「了解、次の休憩で謝罪する」
『素直ね、そこはユーゴの良い所よ。そうそう、空に異常は無い?』
「空?」
外を見る。
空を見上げる。
雲ひとつ無い青空だ。
オロフを見ても、首を横に振ってる。
「今、異常は見えない」
『そうか』
「何かあったのか?」
『昨日入って来た人たちが、空を飛ぶバケモノを見たらしいの』
「ドラゴン!?」
『空を飛ぶ火吹き蜥蜴って感じらしいわ。ここにはレーダーなんて気の利いたのは無いからお前らが頼りだっていうのが将軍の言葉よ、しっかり頼むわね?』
「判った。時間一杯注意しておく」
『戦争映画の見すぎ。年上扱いは止めてよ、同い年じゃない! 欲しいものはある?』
欲しい? と思えば、オロフが舐める仕草を見せた。
確かに欲しいな。
冷たい奴。
生ぬるくなった水は飽きた。
「アイスがあれば、やる気が出る」
『そっちは終ってからにして。配給は用意しとくから』
「了解、やる気が______ 」
音がした。
空気が震えた。
『ユーゴ?』
呼ばれるがそれどころじゃない。
周辺を捜す。
空を見る。
咆哮
怪獣映画や恐竜映画で御馴染みな、やや甲高い吠え声。
居る。
見えないが居る。
咆哮
叫び声はさっきよりも大きく聞こえる。
近い。
だが空には居ない。
恐らくは低空飛行をして来ている。
「オロフ! HQ、来てるぞ!」
オロフが頷いて電動サイレンのスイッチを入れる。
敵が接触している事を教える甲高いサイレン音が、ショッピングモールを中心に作られた要塞の各部に鳴り響く。
建物内に居た男女が、銃を手に駆け出してくる。
「対空! 対空警戒!! 敵は空から来るぞ!!!」
オロフが、拡声器を使ってサイレン音に負けない音量で吠える。
『ユーゴ、報告はしっかりとやれ! 数はどれくらいだ!?』
ドスの利いた声が響く。
電話の相手が変わった、将軍だ。
ショッピングモールのオーナーで、太平洋戦争にも参加してたっていう古強者の爺様だ。
「未確認。咆哮が大きくなってくる___ あ!」
見えた。
「ギィィィィィギャァッァァァァァァ!!」
ドラゴンというよりも、翼竜を禍々しい感じに作った感じの奴だ。
ヘリとかよりも少しデカい感じだ。
数も居る。
ひい、ふう、みい、と。
「北、数は……5つ!!」
『判った。ユーゴとオロフは、狙われそうだったらそこから逃げろ。下の屋根陣地に合流しろ。良いな?』
「了解! でも出来る限り、此処で粘ってみます」
『ふん、ならお前の爺さん達の様に頑張れ。後、そういう時は承知しましただ。後で海兵隊式を教育してやるから期待しておけ』
後 ―― 要するに死ぬなって事か。
素直じゃない爺様だ、オロフと肩を竦めて笑い、そして大声で唱和する。
「合点承知!!」
電話が終わってからの戦闘準備。
敵は翼竜、数は5つ。
という事で、この監視所最大の火力を準備する。
45口径の拳銃や5.56mmのライフルよりもはるかにゴッツイ、12.7mm弾をばら撒くM2重機関銃様だ。
といっても全周には撃てるようにしてあるとはいえ対地用で準備していたので、割と対空で使うのは辛い。
「ゲームみたいだな!」
手早く弾を銃本体にセットしながら叫ぶオロフ。
俺はM2の回りのモノをどけて、素早く動けるようにする。
天幕を支える柱が邪魔だがそれ以外、上を撃つのに邪魔な壁っぽいのは全部撤去だ。
お互い、手早いとか素早いってのじゃないのは馴れてないからなのでご愛嬌。
慌てず急いでってのは中々に難しい。
「ファンタジーだな! 全くだ!!」
周りの準備が終わったら、自分の武器も確認する。
M14 ―― 鉄と木で出来ている、割と古くて重い銃だ。
高い所から撃つって事で、コレを使えと押し付けられたのだ。
マガジンを入れて、コッキングレバーを引いて、弾をチャンバーへと押し込む。
準備完了。
見ればオロフもM2を撃つ準備が終わったみたいだ。
サイト越しに竜を狙おうとしている。
「当てられそうか?」
「判るかよ」
このM2、振動と言うか反動が凄いので動く相手への精密射撃は難しいのだ。
俺たちの腕が悪いのか、ゾンビ相手に面制圧するなら向いているのだけれども。
なので、引き付けてから撃つしかない。
撃つのはオロフ、俺は弾係なので次の弾を用意しておく。
固唾を飲んで近づいてくる翼竜を睨む。
最初はカラスみたいなサイズだったのが、はっきりと見えて来る。
デカい。
車、デカいトラック並のサイズだ。
「ファンタジーゲームじゃないのが、良いな」
「あん?」
「あんなのと、剣で戦いたくは無いだろ?」
「確かに! ユーゴの言う通りだ!!」
だが、とオロフは続けた。
水着な鎧をマンディが着るなら別だがね、と笑った。
ネイティブアメリカンなマンディは、褐色肌でバインバインでキュッとしてボンの我が儘ボディの持ち主なのだ。
エロい格好は似合うだろう。
「タリーとは大違いだからな!」
タリーとはアリッサ・ディアス、正確な愛称はアリーという俺のホームステイ先のお嬢さんだ。
名前が理知的って意味なのに腕っぷし型なので、名前と逆だと言われのターン・アリー、略してタリーなのだ。
そして何よりも小柄で短気なお嬢さんだ。
とはいえ、俺も義理がある。
「言えないね」
言外に否定はしないとペロッと舌を出して笑う。
オロフも笑った。
笑いあった。
怖くても笑ってられれば、人間、強いのさ。
人間よりもはるかにデカいバケモノ、翼竜の形がはっきりと見える。
鱗だって見えそうだ。
と、目が合った。
コッチを見た。
「オロフ!」
「おうっ!!!」
オロフが引き金を引く。
連続する銃声。
撃ち出される弾、吐き出される薬莢。
翼竜は悲鳴を上げる間もなくミンチになった。
「1匹目!」
俺たちの射撃開始に合わせて、回り中からも対空の射撃が始まった。
花火の様に吹き上がる弾、火の線。
尤も、そんな様を見ている余裕なんて、無いのだが。
撃てそうな翼竜を探す。
指示を出す。
「オロフ! 右だ、右!!」
羽ばたきながら地上に火球を撃ってる奴が居る。
スゲェ、ゲームみたいだ。
いや、ゲームじゃない。
現実だ。
「おおおっ!!」
急いで照準を合わせる。
動かないので狙いやすい。
と、地上で爆発があった。
燃料か弾薬か、誘爆したっぽい。
というか、何処其処で火柱が上がっている。
畜生。
悲鳴が聞こえた様な気がする。
「当たれぇっ!!」
乾いた音が連続する。
今度は当たらない。
距離が少し遠かったか。
「狙え!」
「判ってるよ!!」
動きながら、コッチを睨んでくる。
撃つが、当たらない。
金属音
冷たい音が、弾切れを教えてくれる。
「ユーゴ!」
「おおっ!」
慌てて急いで空になった弾倉を捨てて、新しい弾倉をM2にセットする。
蓋を開けて、銃本体に弾を噛ませて蓋を閉じる。
ユーゴがコッキングレバーを引く。
使用準備、完了だ。
と、周りが明るくなった。
火球だ。
狙って来やがった。
「うおっ!?」
慌ててしゃがみ込む。
監視所が揺れた。
どっかに当たったみたいだ。
だが、直撃じゃない。
「無事かっ!?」
問いはしても見ている暇はない。
牽制も兼ねて、M14を掴んで撃つ。
当たる。
弾かれる。
翼竜の鱗は硬そうだ。
目か翼かを狙わないと無理っぽい。
「硬ぇ! おぃオロフ!!」
相棒を呼ぶ。
返事が無ければ、俺がM2を ―― と思ったら、返事があった。
「っう、任せろ!」
M14よりも遥かに力強い音。
コッチに近づいてきていた翼竜も、ミンチになった。
頭が吹っ飛んで、地面に落ちていく。
「ざまぁみろ!!」
喝采を叫ぶオロフ、その元気な声からみて怪我は無いっぽい。
心配させるなと言いたい。
自分のM14のマガジンを交換しながら、周囲を警戒する。
まだ3匹、居る筈だ。
あ、1匹は地面に這いつくばって撃たれている。
アレならもう大丈夫だな。
あと2匹、と見渡せば、北の方へと離れていくのが見えた。
どうやら撃退に成功したらしい。
「やったな、何とか一息だ」
床に座り込んでしまう。
冷っとした。
変な汗がどっと出て来るのが判る。
「2匹落としたんだ。オロフ、金星だな」
実際、相手は絵本か何かから飛び出してきた戦闘機かヘリかっていうバケモノだ。
アイスクリームは大盛りにしてもらえ__ とでも続けようとしたが返事が無い。
「………っう……」
「オロフ?」
左腕を抱き込むようにしゃがみ込んでいるオロフ。
手が、左腕が赤黒くなっている。
血。
血が滴っていた。
「つぅ………」
「おい、オロフ? しっかりしろ!」
重症ではあっても、重体では無かったオロフ。
いや、左腕が肘辺りから火傷っているから甘く見る事は出来ないけど、骨やら筋肉やらにダメージが無いっぽいから良かった。
本当に。
治療は、医者だの衛生兵だのなんて奴らは居ないから、素人な医療当番の奴が適当に処置するだけ。
傷口を水で洗浄したら、ショッピングモールの薬品棚から持ってきた火傷用の軟膏を塗ってガーゼ当てて包帯巻いて、後は痛み止め飲ませる訳だ。
かく言う俺は、治療時の痛みで殆ど無意識に暴れてるオロフを背中から抑え込んでいた訳だ。
そして現在。
オロフを本陣ショッピングモール近くの建物に作った救護所のベット放り込んで一服中だ。
割と広い部屋にはベットやら簡易ベット、或はベットマットだけってのの上で、何人もの男女が横になっていた。
怪我人が、割と多い。
このショッピングモールを拠点として何度もゾンビと殴り合い、最初は塀だの堀だのを用意出来なかったから当然かもしれない。
「……ぁ……っ………」
救護所の玄関の脇、適当に水を張った空き缶と椅子がある喫煙所で煙草を吸う。
咥えて、ZIPで火を点ける。
未成年? 故郷の公衆面前でやれば、補導案件だが知った事か、だ。
建物が安普請だからか、玄関まで聞こえて来るうめき声とか唸り声とか悲鳴っぽい声とか、マジで凹んでくる。
やりきれない。
モルヒネとか流石に常備されてないので、痛みが強い場合の対処法は我慢しか無い。
マジでやりきれない。
大きく息を吸って吐きだす。
煙草を吸うというよりも、吹かしているだけだ。
煙草なんて美味しくも無い。
舌がひりひりするし、何か胸にくる。
だけど、吸っているとホットする。
戦争映画で兵隊さんが吸っているのが良く分る。
コレは手放せないわ。
「黄昏てるわね、無事?」
誰かと見れば、可愛いけど頭に残念という単語の付く感じでチョイと汚れた風の金髪碧眼のチビッ娘だ。
アリッサ・ディアス。
アリー、俺の留学先のお嬢さんだ。
尚、汚れているってのは目の下の隈だの、ほっぺただの服だのが泥で汚れているって事だ。
俺もだけど。
この2日程、シャワーも使えないし、着替えもしてないから仕方がない。
煙草って臭いも誤魔化せるから便利だよね。
右手を上げる。
快音
ハイタッチ。
楽しい訳じゃないけど、カラ元気でも元気は必要だ。
「俺はね。オロフは戦線脱落」
「そっ。でも、生きてるだけで良いわよ」
「だな」
ゾンビ相手の籠城戦。
何時まで続くか分らない戦いってのは、本当に気が滅入る。
だけど、逃げようとは思わない。
自暴自棄でも無ければ、逃げれない訳じゃない。
車もガソリンもまだある。
だけど、それは俺たちだけだ。
逃げれない人たちが、歩きになっちまった難民の人たちがいる。
子供や爺さん婆さん抱えて歩いている人たちがいる。
ゆっくりとしか動けない人たち。
ここから東や北からの難民を受け入れて、アメリカの国道30号線を伝って西へ逃げる人たちが居る。
車も食料も満足に無く、武器だって無い連中が。
だからアリーも、オロフもここに残った。
他にも若い奴を中心に200人からがここに残って戦っている。
愛国心かアメリカン魂、或は民兵の伝統かもしれない。
武器を持って国を、同胞を護ろうと言う。
若いけど、否、若いからこそ純粋な気持ちで国に、故郷に殉じようって思ってるのかしらん。
んじゃ、日本人の俺が居る理由は何だろう。
流れに流されて今があるってのも否定はしない。
だけど、それだけじゃないと思う。
多分。
血の気の多さで有名な薩州薩摩の武家に生まれとはいえ、何となくでこんな煉獄に居る何て思いたくない。
大体、武家なんて言っても爺様が酔った時にご先祖様が西郷隆盛先生に付いて行ってとか言って盛り上がって、で、婆様に怒られる ―― そんな程度のお話だ。
銃はおろか刀だって見た事も無い。
「ちょっと、場所を開けなさいよ」
脈絡も無く考えていると、小さなベンチでアリーが隣に座ってくる。
良いなぁ。
小柄でやせっぽち、性格もキツめと男衆からは人気が今一つのアリーだが、可愛い子ではあるのだから。
今は、キツイ目つきの下に隈が付いて、怖いって風だけど、普通であれば美少女に分類されるのだ。
筈よりは高い確率で。
確定じゃないのはホームステイしてた頃から野良仕事で汚れっぱなしの姿しか見ていないからだ。
学校での姿は、クラスが違ってたから知らないし。
良い匂いがする。
可愛く(推定)て、良い匂いのする女性が隣に座ってくるってのは、気持ちがいい。
あ、匂いって変な意味じゃないぞ。
男衆が煙草で気分と臭いを誤魔化すのと一緒で、女衆は香水でやってる訳だ。
戦場でも女心、女性って奴だ。
ある意味で可愛い女性らしさと言っても良いかも。
ああそうだ。
俺は、こんなアリーやオロフ、他の連中が死ぬのが嫌なんだ。
義侠心。
知った顔が死ぬのは、世界が狭くなるって思える。
例え今、この時だけの、仲間であっても。
「呆けているわね、大丈夫?」
俺を見る目が、本当に心配している色がある。
大丈夫さ。
「休憩中だからな」
短くなった煙草を人差し指でピンっと弾いて空き缶に投げる。
命中。
湿った音と共に、火は消えた。
もう一本、吸おう。
ゾンビの接敵まではまだまだ時間がある。
汗でよれた煙草を咥えて、ZIPで火を点す。
そして深呼吸。
キッツいのが来る。
と、煙草を取り上げられた。
「あん?」
吸われた。
「きっつーぅ。良くこんなのを吸ってられるわね」
ペッペッと唾を吐く。
口の中に葉っぱが入ってしまったみたいだ。
「馴れさ。皆が吸わないから、在庫が多いんだ」
ラッキーストライク。
両口切り落としで、フィルター無し。
手を出す奴が少ないんでカートン単位で残っているたのだ。
だいたい、味なんてわからないから白地に赤丸、日の丸っぽいデザインが良いのだ。
名前のゲンの悪さを言う奴も居たが、俺が喰らわせると思えば無問題な訳だし。
『ゾンビの小集団が南側から接触、総員戦闘開始せよ!!』
と、スピーカーが大声で状況を教えて来る。
もう少し時間があるかと思っていたが、どうやら別グループのゾンビも居たらしい。
アリーと顔を見合わせて、そして笑う。
「休憩終了か。死ぬなよ?」
「貴方もね」
口に煙草が戻された。
チョッとだけ湿っているのが微妙に、アレだ。
両口切り落としは、唇の外側で挟むのが流儀なのだ。
フィルター付きみたいにキッチリと咥えるのは、NGなのだ。
ハイタッチ。
そして銃を抱えて俺たちは走り出す。
それが俺たちの今。
或は日常。
割と主敵はゾンビの予定だったのに、何故かワイバーンな件。
げせぬ___