表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/28

一年目 九月 狩ったり刈られたりの月

 1日 謎めいた会話


「災難だったな、エレウス」

 その時、王子様は確かにそうおっしゃっていたのです。

 わたくしが午後のお茶をお出ししようと、王子様と姫様が歓談されているサロンに入っていった時のことでした。その時たまたま来ていたエレウス様と王子様がお話しされてたんですね。

 何か悪いことが起こったのかと心配したのに、エレウス様も王子様も、何も教えてくださらなかったんです。

 姫様だってそれはもうご満足げに微笑んでらしたのだから、何かご存知だったんでしょうに、何も言ってくれないし。

 ……仲間はずれの気分。とっても悲しいです。


 そんな哀しみを姫様に訴えてみたところ、

「大丈夫、エレウスにとって災難だったとしても、わたくしやルーイにとっては娯楽のようなものですから」

 と、そのまま額に入れて飾っておきたいような素晴らしい笑顔で慰めてくださいました。


 意味はさっぱりわかりませんでしたが、このリーニ、姫様の笑顔を拝見できただけでもう! 哀しみなぞどこ吹く風です!

 仲間はずれだって気にしないもん!


 ……ほんとを言うと、姫様と王子様が二人っきりで秘密を共有して楽しんでらっしゃる分には、私にだって文句はないのです。

 だってお二人はご夫婦ですし、あんなに愛し合っているのですから。


 だけどそこにエレウス様が加わるのは許せません! ずるい!



 7日 秋の羊祭り準備


 もうすぐ秋の羊祭りです。その準備で、今日は朝から大わらわでした。


 まず、女性陣が城中のたらいというたらい、桶という桶を引っ張り出します。その間に男性陣は近くの川原や山やのっぱらから手頃な大きさの石を運んできて、中庭前庭後ろ庭……とにかくお城の前後左右上下、設置できると見た場所にかたっぱしからかまどを作っていくんです。


 男性陣が乾燥室から薪を運んできたり再来年用に新しい薪を割ったりしている間に、私たちは羊さまの毛を洗うための秘伝のタレを調合します。先祖代々伝わる、ありがたい羊毛洗浄剤なのです。強力洗浄力だけどとっても優しい風合いに仕上がって、しかもお肌への刺激やチクチク感も抑えてくださるのだとか!

 そんなふわっふわの仕上がりの羊さまの毛山に飛び込むことができたら! ああもう、楽しみじゃありませんか~! この身がよじれてしまうくらい楽しみじゃありませんか~!


 このタレのよしあしによって、その年の毛糸とフェルトのよしあしも決まるのだそうで。

 なのでわたくし気合い! キア~イを入れて調合いたしました!

 タネは去年から仕込んであったのだそうで、今やってるのは本当に仕上げの調合だけなんですけどね。


 そう、もちろん、準備はまだまだ続きます。明日も明後日も一週間後も。

 ですから、いろいろ一段落した後、筋肉がばきばきになってる男性陣に明日もがんばれ~とマッサージして差し上げるのも大事なお仕事なのです。

 姫様はもちろん王子様。私は姫様の近くにいたので、王子様の近くにいたエレウス様を。必然的に。


 いろいろ駄目出しされました。

 エレウス様……相変わらず厳しいです。要求が高度です、容赦皆無です、ものすっごく偉そうです。

 ご指導は的確なんですけど、もうちょっと歯に衣着せたり包み隠したり遠回しに言ってみたり乙女心を(っていうか初心者を)気遣ってみたりしては下さらないのでしょうか! 息つく暇も考える暇さえも与えていただけませんでしたよ!?


 ……おのれ。

 今に見てろ……! 今度マッサージする時はわたくし! 何もしゃべる気が起きないくらい天にも昇る心地でうっとりさせてご覧に入れますから! わたくし負けません!



 13日 狩りの日


 今日は羊祭り準備の中日で、準備はお休みです。そしてお城中の殿方がこぞって狩りに出かける日でもありました。

 送り出した私たちも朝からそわそわわくわく。一人落ち着いてらっしゃる姫様がとっても大人に見えました。

 結果は大猟! 冬に備えて地下貯蔵庫の備蓄も増えようというものです。


 今日一番の武勲を挙げられたのは、王子様を差し置いてエレウス様でした。

 そういう時は主人に花を持たせて差し上げるのが騎士の鑑たる筆頭騎士の役割なのではないかしら?

 姫様に尋ねてみたら、「運もあるから」というあっさりした一言で片付けられてしまいました。

 姫様……クールです……! ちょうカッコイイ!


 しかしエレウス様もうすうす申し訳ないとは思ってらしたんでしょうか。

 主人に花を持たせられなかった代わりに、姫様に花を持ってきてくださいました。


 獲物を台所に運ぶ手伝いをしようと出て行ったら、いきなり目の前にぬっと現れて、とっても綺麗な青いお花を一輪差し出して一言。「やる」と。

 私が首を傾げていたら、狩り場の谷間に咲いていたのだと説明してくださいました。

 私それで合点が行って、「ありがとうございます。姫様も喜びますわ」と最上級の笑顔でお答えしたんです。

 ところがエレウス様ときたら、一言も、ひとっことも口を開かずに、軽く頷いただけでさっさと背中を向けて行っておしまいになったんですよ。なんだかえらく不機嫌そうでした……。


 わたくし、礼を失するようなことをしてしまったのでしょうか。こうやって思い返していても、思い当たる節がまったくないのですが。

 何を考えてらっしゃるのか、相変わらずよくわからない方です……。


 もしかして、私の笑顔が見るに堪えなかったとか……?

 ……いや、いや! 断じてそれはない! 乙女のプライドに賭けて、そんなのは許しません!

 く、悔しいから鏡の前で笑顔の練習してやるう! 次は見とれさせてみせますから! 見てろ!



 19日 羊さま刈り放題


 本日は羊さまの毛刈りの行事が行われました。

 これはある種の収穫祭なんです。ええ、お祭り。それはもう待ったなしの文字通りのお祭り。ものすごいお祭り騒ぎでございます。


 なんでも今羊さまの毛をお刈りすると、羊さまは来月には二倍の大きさにふくれあがるくらい見事にもっこもこの冬毛に生え替わるのだとか。

 今以上にもこもこの羊さま……ああ、なんてすばらしい! 想像しただけで心ときめくってものです!


 本番の今日は毛刈り組と毛洗い組と二手に分かれての大仕事。

 私は姫様と一緒に毛洗い組に参加いたしました。先日引っ張り出したたらいや桶にがんがんお湯を沸かして秘伝のタレを垂らして、王子様やエレウス様や騎士の皆さんや庭師の方々などが、刈ってゴミや細かい毛をはらって丸めておいた毛皮を、かたっぱしから回収して運んでお湯の中に放り込んでいくんです。

 放り込んだ毛は明日引き上げて、またぬるま湯で何回かすすいでから乾燥室へ運んでいきます。


 城中秘伝のタレの匂いが充満してました。そして何もかもが毛だらけでした。

 姫様も毛だらけ。王子様も毛だらけ。エレウス様も毛だらけ。私ももちろん毛だらけ。毛だらけじゃないのは、毛刈りを終えて身軽になった羊さまくらいなものです。


 毛刈りを終えた羊さまって、どうしてあんなに楽しそうなんでしょうね? 毛がなくなった羊さまは魅力半減だと思っていたのですが、ちっともそんなことありませんでした! 確かに別の生き物みたいでしたけど、もふもふに顔を埋めるってわけにもいきませんけど、嬉しそうに飛び跳ねまくる羊さまは、あれはあれでかわいらしくて素敵です。


 でもやっぱり早く冬毛のもこもこにダイブしてみたい! ルッテラちゃんのお話を聞いているだけでも、ときめきが止まらないんです。早く生えてこないかしら! わたくしわくわくでございます!



 21日 本番終了~そして


 ぜんぶ刈り終わり、ぜんぶ洗い終わり、そしてぜんぶ乾燥室へ運び終わりました。つまり今日で羊さまの毛刈りは終了です。そしてこれから何があるかというと……

 もちろん、後夜祭でございます! レッツお祭り騒ぎ!


 明日からは冬中ずっと続く糸紡ぎとフェルトづくりです。今年は教わることばっかりですから、姫様と、そして今年手習いを始めたばかりのちっちゃな女の子たちと一緒に一生懸命お勉強ですね。


 でもそれも明日から。今日はお祭り。羊祭り最後のお祭り騒ぎです。


 こころゆくまで飲んで食べてお祭り騒ぎます!

 さあ、行ってくるぞ~!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ