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一年目 七月 羊さまのおせなに乗った月

 11日 お買い物~


 本日は休日! 仕事仲間のみなさんと連れだって、城下町へお買い物に出かけました!

 新しいお洋服や珍しい装身具にもとっても興味を惹かれたのですが、なにぶん薄給の身分でございます。買えたものは一つだけ。でも後悔はしていません。

 私が今日買ったのは、とってもかわいらしい羊の置物なんです。木彫りなんですけど、これが本当に良くできているんですよ。ふわふわの毛やつぶらな瞳……あこがれの羊さまが私の手の中に……ああうっとり。

 寝る前にランプの下で眺めていると、寝ている間に部屋中を飛び回りそうな気がしてくるくらい生き生きとしてるんです。

 ああ、こんなかわいらしい毛むくじゃらの羊さまの背中に乗ってふわふわと空中散歩を楽しむことができたら……!

 あこがれはふくらむばかりです。ルッテラちゃんがうらやましい!



 21日 ついにやってしまった!


 そもそもの始まりは、ルッテラちゃんと一緒に羊さまを追いかけて遊んでいたことなんです。

 ルッテラちゃんは羊さまを追うのがとってもお上手で、私なんかよりよっぽど巧みに羊さまに近付くことができるんです。

 そんなルッテラちゃんが羊さまをつかまえて、私の目の前まで連れてきてくださいました。


 ええそうです。わかりますよね? わかってくださいますよね神様! わたくし我慢できなかったんです!

 羊さまのもふもふの毛! 眠そうだけどつぶらな瞳! 短い手足! 何もかもがわたくしを誘っておりました!

 だからね、ちょっぴりだったら良いかなって思っちゃったんです。よじ登っちゃったんです……その、羊さまの背中に。

 ふわふわとして広くて、とっても気持ちよい乗り心地でした。まさしく天にも昇る心地と申しましょうか。


 ……地獄に堕ちるような気分を味わうまでに、それほど時間はかかりませんでしたけどね!

 見られました。ええばっちりと。よりにもよって、エレウス様に!

 エレウス様は一瞬びっくりして目を見開いて(ばっちり正面から見ちゃいました、あの珍しい表情!)、そのすぐあとにとっても冷ややか~な目で私を見下ろして、言われました。

「城の羊さまは乗用ではない。君は子どもか?」


 ええいうるさい! うるさいぞ! 乙女心がちっともわからない堅物めっ!

 目の前にこんなメルヘンな物体が浮かんでいるというのに、乙女が飛びつかずにいられようか!

 否! 断じて否! 無理である! 不可能である! 不可抗力である!


 なんだよう、いいじゃないか! 羊さまを追い回したって! 乗せてもらったって、浮かんでみたって楽しんだって!

 良いじゃないか! 騎士様のどケチ!

 騎士様だって、この国では乗馬だけでなく乗羊もたしなむんだって聞いたことありますよ? 自分だけ羊さまのおせなに乗っかってかぱこぽ闊歩してるなんてズルイ!


 ……乗羊用の羊さまって、やっぱりお城を闊歩してる羊さまたちとは違うのかな。見てみたいなあ……。



 22日 羊の毛まんじゅう


「びっくりした照れ隠しでしょう」

 姫様はそうおっしゃいました。昨日のお話を聞いてもらっちゃったんです。


 ああ、書いてて落ち込んできた! 姫様に愚痴っちゃうなんて、私ってなんて馬鹿、愚か者、なんて気が利かないんでしょう!

 だけどやってしまったんです。

 ……とほほ。


 とにかく、そんな私の情けない愚痴を姫様はいつも通りクールに優しく受け止めて下さって(さすがです姫様! 素敵です姫様! わたくしどこまでもついていきます!)、物静かないつもの調子で慰めてくださったんです。

「気にすることなくってよ。羊さまの背中には、わたくしだって乗ってみたいわ」

 姫様がお望みなら! このリーニ、お顔の怖い騎士様に負けたりなんぞいたしません! ええ、いたしませんとも!

 羊さまのいっぴきやにひき、必ずやとっつかまえてこっそり姫様の部屋にお連れいたしますわ!


「そしたら背中に乗せてもらって、落ちた毛は二人で拾い集めましょうね」

 姫様は言いました。

「そしておまんじゅうを作って、お父様に送って差し上げましょう」

 ナイスアイディアです姫様! 陛下はたとえ羊の毛を丸めただけのぶっさいくな毛まんじゅうでも、姫様のお作りになったものなら何でもお喜びになるに決まっています!

 手先の不器用な姫様も素敵です! かわいらしくて! 愛らしくて! ラブリーで!

 さっそく明日にも羊さまの拉致を敢行いたします! 私がんばる!



 23日 わけがわかりません


 羊さまをつかまえていたのですね。昨日の決意は今日実行! それがわたくしでございますから。

 首尾良くさわり心地の良さそうな羊さまを姫様のお部屋近くで捕獲したのですが、またしても! またしてもその現場を目撃されてしまいました! エレウス様……なんてタイミングの悪い方なんでしょう。

「城の羊さまは乗用ではない、と……先日言ったばかりだったはずだが」

 とっても冷ややか~な目で睨まれました。怖い! 怖い!! 怖い!!!

 でもその時のわたくしは、姫様のために羊さまをとっつかまえるという、崇高な任務についていたのでございます。臆してなんかいられません!

「ひ、姫様のお部屋にご招待するのですわ」

 ……声、裏返りました。

 もう! どうしてわたくしってこんなチキンハートなんでしょう。

「羊さまをか?」

 騎士様、心底疑ってらっしゃるようでした。でももう後には退けません!

 私の辞書に撤退という文字はないのだ! 転進という文字はありますが!

「そうです! 羊さまをです!」

「一人でか?」

「もちろんです。まさか、手伝ってくださるとでもおっしゃるのですか?」


 まさかでした。まさかなのでした。まさか本気で手伝ってくれるなんて……。

 あ~! 今でも信じられない!

 ……エレウス様の考えていることは、どうもよくわかりません……。



 24日 ミッション・インポッシブル


 昨日は楽しかったです。

 招待した羊さまは、とっても親切に姫様と私の相手をしてくださいました。

 やっぱり羊さまのおせなに乗ると、とっても平和で幸せな気持ちになれます。

 でもしかし。だがしかし。駄菓子菓子! なんです!


 たっぷり遊び終わって野原へ帰っていく羊さまをお見送りする時、姫様はぽつりとおっしゃいました。

「リーニ、エレウスにお礼を言っておかなくてはね?」

 ……そ、そうでした。もちろん、その通りです。

「あなた、まだエレウスのことが怖いの?」

 ……怖いです、姫様。うわーん! ごめんなさい!

 姫様のご命令だというのに、私まだ克服できていないんです!

「仕方ない子ね」

 姫様は微笑まれました。いつもならうっとりするところですが、昨日ばっかりはそれどころではありませんでした。

「せっかくの機会です。お礼を言うついでに、エレウスの瞳の色を確認していらっしゃい。まだまともに目を合わせたこともないんでしょう?」

「な、なんですって!?」

 ぎょっとして飛び退いたわたくしに、姫様はにっこりと、

「もしも間違えたら……わかってますね?」

 ……ああ姫様、そんな楽しそうなお顔で微笑まないでください……わたくし、胸が苦しくなってしまいます……(いろんな意味で)。


 というわけで今日一日がんばってみたのですが、撃沈です。私には荷が重いです姫様。

 ああ、泣き言があふれこぼれ落ちてしまうぅぅ……。



 27日 不審者


 今日一日、私は間違いなく不審者でした。

 騎士様の詰所でエレウス様を待ちかまえていたのに、いざエレウス様のお姿が見えると一目散に逃げ出してしまうのです!

 無理! 無理です! 意識しちゃうとますます近寄りがたい!

 なんか目に見えて悪化してますよ、私のエレウス様拒否反応……。

 姫様のご命令だというのに……こんな調子で、ちゃんと任務遂行できるのでしょうか。わたくし、心の底から不安でございます。

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