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二年目 四月 雪解けに心ぬくもる月

 2日 降って湧いた……休暇?


「降って湧いた休暇だ。充分楽しめているかね? なんなら君の家柄にふさわしいお嬢さんを紹介してあげようか?」

 とクソジジイ様。対するエレウス様は、超クールに「結構です」と断ってました。ちょっと不機嫌そうでした……。城下町の案内も兼ねて二人で出かけたときは上機嫌だったのですが……どうも、エレウス様とお父様は相性がよろしくないみたいで。


 最近はもう、よるとさわると対決ムードです。お父様がエレウス様にケンカ売るような調子で話しかけさえしなければ、仲良くできると思うのに……さっさとあの妙な誤解が解けないかしら。何度も何度も、エレウス様はただ私を護衛するためについてきてくださっただけなんだって説明してるのに! 聞きゃあしないんですよあの頑固おやじ~!

 そしてエレウス様がこれまたちっとも迫力負けしないものだから、余計に怖い、恐ろしい! 威嚇のオーラを二人してそこら中に振りまいてます。


 でも屋敷のみんなはすっかり観戦モード。おびえるどころかいつもよりずっとわくわくしてます。いやむしろ、楽しそう……? クソジジイ様のクソジジイっぷりにくじけず負けずに働いてきた猛者ぞろいですから、まあ……こんなものなのかも、です……が。いちおう当事者に含まれる身としては複雑な気分です。

 ……というか、なぜ対決が始まるたびにみなさん私の方を見てにやにやするのですか! 妙な大誤解はお父様だけでもーたくさんでございます!


 そんなこんなで、エレウス様にとっては、降って湧いたのは休暇ではなくむしろ災難の方なのではないかと思う今日この頃。一緒にいてくださるのは嬉しいのですが、同じくらい申し訳ない気持ちもあって……切ない限りです。どうにか、どうにか埋め合わせをしようと、エレウス様が見たいとおっしゃっていた博物館に案内したり、読みたいとおっしゃっていたご本のある図書館へ案内したり、いろいろいろいろやってはみているのですが……か、空回りしてる気がして怖い。どうしても私の方が楽しんでしまうんですよね……うーむ、こんなことではいかーん!



 11日 漢の友情が芽生えるとき


 そろそろ空気もあたたまってきて、姫様のもとへ帰る日も近いなーなんて思っていた今日。

 突然いきなり唐突に、お父様がエレウス様と一騎打ちをすると言い出しました!


 何なんですか何のつもりですか何をトチ狂ったんですか! もちろん、妹たちからその話を聞いてすぐ、お父様に殴り込みをかけました。

 でも「男のロマンが」とか「父親としてはやはり」とかのらくらのらくら言うばかりでちっとも私の話なんぞ聞いてくれません!

 しかもエレウス様はエレウス様でなんだか妙に乗り気だし!

「伯爵(父のことです)には、私という人間を認めてもらいたいのだ」

 ってなんですかソレ! クソジジイ様に認めてもらってエレウス様にどんなメリットがあると言うのですか! お父様につられてトチ狂ってしまっては嫌です! 正気に戻ってエレウス様!

 お父様になんて認めてもらわなくったって、エレウス様はすでに立派にご立派な素敵な方です! 最高に素敵です! 世界一素敵です! ほかの誰が認めなくともこのリーニが認めます! 認定いたします! ええ認めますとも!


 力説したにもかかわらず、エレウス様は「ありがとう」と爽やかに笑って一騎打ちに向かってしまわれました。ううう。いくら相手が恋しい殿方だからって見とれて止めそこなっちゃうなんてリーニ一生の不覚!

 そういえば考えてみればエレウス様にこにこ計画がようやく実った瞬間だったわけですが、その時はそんなこと思い出す暇も隙も余裕もございませんでした。

 エレウス様の馬鹿ー、人の話を聞けー! っていうか、むちゃくちゃ恥ずかしいセリフ言っちゃったじゃないですか! 返せ戻せ私の純情ー!!


 勝負は結局、延長に次ぐ延長の末、長引きに長引いて体力勝負になっちゃった結果、エレウス様の勝利に終わりました。一応自称だけでなく他称も我が国一の剣士であるお父様を負かしてしまうなんて、さすがはシェリープ王国の筆頭騎士様です。


 試合のあと、エレウス様とお父様の間には川原の土手で殴り合った直後的サワヤカな友情が芽生えていた様子でした。

 ……アレが男のロマン?


 なんかもう、よくわかりません……。とりあえずエレウス様は喜んでたから良いのかしら。お父様とがっちり握手&ハグした後、嬉しさのあまりどうにかなっちゃったのか、私を高い高いしてくるくる回ってましたから。なんだか笑い顔が子どもみたいで……ちょっとかわいかったです。間近で見れて得しちゃった。



 14日 再び故郷を旅立つ日


 数日前から雪解けは報じられてきたんですけど、ついに本日、帰り道の通行止めが解除されました! 帰る準備はもうできておりますから、出発も今日。早朝からみんなとゆっくり別れを惜しんで、お昼前にふるさとを出発いたしました。

 お父様なんてもう、大泣きの男泣きの大号泣で、感極まって結婚式には呼んでおくれなんてとんちきなことまで言い出す始末。結婚式て……誰と誰の……? 姫様の結婚式はとっくの昔に終わってますよ?

 別れを惜しんでもらえるのは嬉しいですけど、混乱しすぎですお父様!


 妹たちもせいいっぱい別れを惜しんでくれて、今度は私たちが遊びに行くからと約束までしてくれました。妹たちも空飛ぶ羊さまのおせなに乗っかりたいんですって。初めて見る空飛ぶ羊さまに大興奮だった妹たちは、ムートンさんに頼んで羊車に乗せてもらってはいたんですけど、それだけでは満足できないんですって! さすが我が妹たちでございます! 誇って良いのかは微妙……。


 さあ、一路向かうは姫様が嫁ぐことになるまで、足を踏み入れることがあるなんて想像したこともなかったシェリープ王国。今ではもう、わたくしの第二の故郷と言っても過言ではございません。大好きなあの国や羊さまたちを妹たちに紹介してあげられるなんて、想像しただけで嬉しくも喜ばしい。

 はやくみんな遊びに来ないかなあ! わくわくします!



 25日 帰ってきました!


 なぜかしら。まだ引っ越して一年もたっていないのに、こちらに戻って来たときの方が「帰ってきたー!」って感じがしたのです。ふしぎふしぎ。


 エレウス様は最後まで紳士的で親切でしたが、注意してよーく見ているとお疲れなのがわかりました。なんとなくですけど。

 とにかく、あれは絶対疲れてる顔! と思ったものですから、戻ってすぐにハチミツしょうが入りの紅茶を作って返す刀で持って行きました。


 エレウス様、たぶんとっても喜んでくださった(のかな?)と思います。思わず見とれてしまうような穏やか~な笑顔で「ありがとう」とおっしゃってくださいましたもの。これで少しは疲れがやわらいでくれれば良いのですが。そしたら少しはご恩返しになるのに。エレウス様にはもう、お世話になりっぱなしでしたものね。


 そうそう、返す返すも残念でならないのですが、春の羊祭りにはわたくし参加できませんでした。私が雪で足止めをくらっているうちに、準備も本番も後夜祭も終わってしまったのです。帰ってきたら羊さまたちがのきなみ丸裸になっていて、わたくし思わず泣き崩れてしまいました。


 でもでも、リーニがいないと盛り上がらなくて寂しかったと姫様に言っていただけて、わたくし申し訳なく思うと同時に嬉しくてたまりません。姫様が寂しがるのを喜ぶなんて不謹慎だとはわかってるんですけど! 姫様にそうおっしゃっていただけるともう、嬉しさで昇天できそう。ありがとうございます姫様!

 来年こそは! めいっぱい羊祭りを楽しんで、姫様のお気持ちも盛り上がるようにはしゃぎたてますとも! はしゃぐのは得意中の得意ですしね! 私がんばります!



 26日 わかりません!


 えーっと、どう書けば良いんでしょう。さっぱりわかりません。

 もう、結論から書いちゃう? そうですね、そうしましょう。


 結論。

 プロポーズされました。


 朝早く、お仕事が始まる前のことです。わたくし今朝はとっても早く目が覚めてしまったので、これは素敵な夜明けが見れるかもしれないと思って、羊さまののっぱらへ出かけたんです。そしたらそこにエレウス様がいらっしゃって。

 いつもこちらへいらっしゃるのですか? と尋ねたら、今日はたまたま気が向いたのだというお返事。

「まさか会えるとは思わなかった」

 エレウス様はぼそりとそうおっしゃいました。わたくしもでございます。こんな偶然ってあるでしょうか。運命みたいでロマンチックです。


 それからなんとなく黙ったまま、二人で柵に寄り掛かって夜明けを見つめていました。エレウス様は一度だけ「寒くないか?」とお聞きになっただけで、ずっと難しい顔をして黙ってらっしゃいました。何を考えてるんだろうってわたくし気もそぞろになってしまって、何度もちらちらとお顔をうかがってしまいました。で、五回目だか六回目だかに、うっかり目が合ってしまったのです。


「ミス・メーメエ」

 エレウス様は私に向き直ると、これ以上ないくらい真剣そのものの表情でおっしゃいました。私は吸いつけられるように目線をそらすことができなくて、がちんごちんに固まってエレウス様の瞳を凝視しておりました。エレウス様以外のものみなすべてアウト・オブ・眼中、そんな余白ゼロ余裕ゼロのわたくしに向かって、エレウス様は爆弾発言をかまされたのです。


「君に結婚を申し込みたい」


 ……何を言われたのやら、理解不能でした。

「な、な、なん、なんですって……? いっ、いつの間にそういうことに……?」

 恋する殿方にプロポーズされて嬉しくない乙女が存在するでしょうか。ええもちろん、存在するはずございません。

 なのに私ったら、嬉しさよりもびっくりとか戸惑いの方が先に立ってしまって、思い出せば自分でもあきれかえっちゃうくらいうろたえてしまいました。

「返事は急がない。ゆっくり考えて、君にとって一番良い答えを出してほしい」

 そう言ってちょっとだけ寂しそうに微笑んだエレウス様は、なんだかとっても大人の男の人に見えました。か、格好良かったですけど……それだけになんだか、相手がこの私だなんていまだに信じられない。


 ……エレウス様。本気なんでしょうか。マジなんでしょうか。熱でもあったりするのでしょうか? わたくしの里帰りに付き合って、ずいぶんお疲れになっていたご様子でしたし。プロポーズも熱に浮かされての所行なのでは!?


 あーもう、どうすれば良いんですか! 本気だと受け取って良いんですか!? わかりません!!



 27日 そんなオチ


 昨日熱でもあるのでは、と書いたのは、本気じゃありませんでした。でもエレウス様ったら、あの直後に本当に熱でダウンして今日も寝たきりなんですって! なんたる不覚! うっかり本気にして本気で喜んじゃうところでした。いかんいかんいかん。


 あーあ、でも、そうですよね。こんな奇跡みたいなこと、あるわけないですよね。私はおとぎ話の中のお姫様なんかじゃないのですから。わたくし、自分がリーニ・メーメエであることをすっかり失念しておりました。不覚不覚。初恋の失敗を繰り返す前に、早めに気付けて良かったです。


 でも、なんだかほろっと苦くて切ない。


 それはさておき、熱でダウンしてしまったエレウス様が心配です。姫様が王子様と遠乗りに出かけるから午後は休みなさいと命じてくださったこともありますし、これからちょっとお見舞いに行って参ります。


 ええい、がっかりした顔なんて病人には見せられないぞ! ファイトだリーニ!



 28日 お見舞い


 一晩おいてちょっとだけ冷静になれたような気がしないでもないような気がするかしないかと言ったらまあどっちかといえばする寄りかな? という気がしますので、昨日のお見舞いのてんまつを書いておきます。


 私をエレウス様の部屋まで案内してくださった従騎士様が、水差しの水を取り替えてくるからと席を外してしまって、わたくしエレウス様と二人きりにされてしまいました。


「えっと、エレウス様」

 昨日の今日ですから緊張するなって方が無理無理無理なんでございます。わたくしむちゃくちゃのばりばりに意識しまくりながら、ものすんごくぎこちない微笑みを浮かべました。っていうか貼り付けました。顔に。それはもう必死で満面に。

「お風邪がはやく良くなるように、ハチミツしょうが入りの紅茶をお持ちしました」

「親切だな」

 エレウス様はそれはそれは苦しそうに、見ているこっちの胸まで苦しくなっちゃうくらい苦しそうに微笑まれました。

「答えを聞く前に、こんなふうに親切にされるとつらい」

 わー、わー! わー!! やめてください! そんなこと言われたら私どうにかなっちゃいます! すげー悪い人みたいじゃないですか私! 悪女? 小悪魔? ふぁむふぁたーるぅ!? ぎゃー似合わない!

「熱のせいですわ、エレウス様。熱が下がれば、もっとちゃんと冷静にいろいろ考えられるようになります。こんな大切なこと、熱に浮かされて決めてしまってはいけません」

 わたくし、せいいっぱいの笑顔でそう言ったんです。せいいっぱいっていうか……むしろいっぱいいっぱいでしたけど。

 だけどエレウス様ったら、私の手首をつかんで(思い出すだけで赤面です! なんて大胆なんでしょう!)、すっごいえっらい真剣な表情で私の目を覗きこんで来るじゃありませんか。

「私は本気だ、熱のせいなどではない。ずっと君だけを見てきた」

 エレウス様は本気で本気の真剣な顔をしてらっしゃいました。本気以外の不純物が一切見あたらないくらい本気の目でした。

「リーニ、どうか信じてほしい」

 エレウス様、ずるい! ずるいです! そんなお顔でここぞとばかりに名前を呼ばれてしまっては、私の心臓がカエルぴょこぴょこみぴょこぴょこです!

「おおおおおお風邪をなお、治してからです!」

 ようやっとそれだけ言って、手を振り払って代わりに紅茶入れたティーカップを押しつけて逃げて来ちゃいました。


 ううううううう。もう、もう、もう、刺激強すぎですよぅ……私には無理です、耐えられません! おかげで昨日から一睡もできてません!

 ひぃ無理! もう無理! 今日こそはダメ! もう爆発してしまいます! 私が爆発してアフロヘアーになっちゃったら、いったい誰が責任取ってくれると言うのか!

 あーもう耐えられない! 走ってきます!!

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