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一年目 五月 出会いとはじまりの月

 10日 優しい騎士様は怖い騎士様


 今日は姫様のお輿入れの日でした。

 でもでもでもね、王族の婚姻とは言っても、あーんな田舎の国からこーんな田舎の国に嫁いできちゃいました~って感じなわけだから、ぜいたくもきんきらきんも豪華絢爛も全くなしなんです。

 馬車一台で乗り付けて、お供なんて私一人。何という孤独、何という寂寞。

 このくそ忙しい時にまったく男手がないなんて!

 つーか廊下のそこここに突っ立ってる騎士様は何なのよ! お前らは置物か! スタチューか! 招き猫か!


 ……なあんて内心毒づいていたら、一人の騎士様が進み出て、数人の騎士に指示を出しながら、姫様の衣装箱をぜんぶ運んでくださいました。

 なんてお優しい騎士様!

 ……と感動していたら、「不要なものを持ってくるから苦労することになるのだ」とか低~いお声でぼそっとおっしゃるものだから、わたくしもう怒り心頭です。


 そりゃあまあ確かに身一つで良いですよみたいな話にはなっておりましたよ。嫁入り道具は先に運ばれてましたから。

 でもいざ出て行く直前ってなると、やっぱりいろいろ持っていきたいものって出てくるじゃありませんか! わたくしたち女の子ですのよ!

 わからんか、わからんのかこの気持ちが! お前には乙女心ってものがないのか!


 ……なさそうでした。

 ごめん私が悪かった。

 前からだとお顔がとっても怖かったので、背後からこっそり拝んでおきました。

 一応お礼も申し上げておきます。

 ありがとう騎士様。名前も知らないけど。ついでに顔も覚えてないけど(だって怖かったから一瞬しか見なかったんだもん)。



 13日 飼い羊に服を食べられる


 今日は昼過ぎからずーっと、そりゃあもう上を下への大騒ぎでした。

 なんとびっくりなことに、城の裏手で飼われていた羊さまが十数匹、逃げ出して逃げ込んで(もちろんお城の中にですよ)きたのです。

 それでその辺をふよふよとふわふわと飛び回り、騎士様たちはみんなして羊さまをつかまえようとどったんばったんがっちゃんばっちゃんぐわらぐわらと走り回っているものだから、午後のお茶もなんだかすっぱくなってしまいました。

 落ち着かない、落ち着けない、こんな騒音の中では無理無理無理なんでございます。騎士様は走り回るし、羊さまは飛び回るし、本当にもう、お祭り騒ぎでした。


 結局、羊さまが捕まったのは姫様が王子様のお部屋へ遊びに行く時間の、ほんのちょっと前でした。

 騎士様がわざわざ姫様の部屋まで謝りに来たんです。いつもはもうちょっと大人しいのですが今日は興奮しているようですとかなんとか。子羊抱っこして言いに来たのですね。


 いやあ、あれは良い見物であった。でかい騎士、怖い顔、もふもふの子羊。素敵な取り合わせです。あんまりお知り合いになりたいとは思いませんでしたけど。

 だって子羊さまがもくもくとマントをお食べになっているというのに、騎士様ったらちっとも気付いたふうがないんですもの。何だか間が抜けてて、いや~ん、クールな騎士様のイメージが崩れてしまうわ。


 そういえばあのお腹に響く低い声……あの騎士様、先日お荷物を運んでくださった騎士様かもです。



 21日 最高です!


 ようやく結婚式の準備が始まりました。衣装合わせの姫様は、それはもう、それはもう、それはもう神秘的で美しくって美しくって何度でも言うけど美しくって。お空が落っこちてきちゃいそうでした……!

 不肖このわたくし、あまりの美しさに目がくらんじゃうかと思いました。あのお姿を見られるなんて、この国の国民はなんて幸せ者果報者! 故郷の妹たちにも見せてあげたい!

 その威力でどうか、どうかこの国の王子様の度肝を、いえむしろこの国中の男どものハートをむぎょっと抜き去っちゃってくださいませ姫様! わたくし応援しております! ええ、応援しておりますとも!



 25日 最悪です……


 失敗してしまいました。

 今日も今日とて、羊さまは城の中を我が物顔で飛び回っておりました。わたくしはお茶のセットを持って、しずしずと姫様の部屋に向かっておりました。

 廊下の角。その二匹の生物がまったく同じタイミングで行き会ってしまったら、いったいどういうことになるのかどんな運命が待ち受けているのか!


 ええ、ご想像の通りです。

 お茶のセット、ぶちまけてしまいました。姫様が故郷からお持ちになった、三番目にお気に入りの茶器だったのに!

 ああもう、最低です、最悪です、おっぺけぺーです!

 羊さまはめぇめぇ鳴きながらこぼれたお茶とミルクをなめ尽くしてくださるし、わたくしはめぇめぇ泣きながら、そのお隣にへたりこんでおりました。

 そしてそこへそんなタイミングで現れたのが、例の羊にマントを食べられてらしたあの騎士様です。どうしてこんなに遭遇率が高いのか! 私は神に問いたい問いかけたい。これは試練か愛の試練か試練なのか!


 騎士様は気を付けて歩かないからこういうことになるのだとか冷ややか~におっしゃいながらも、お片付けを手伝ってくださいました。

 ありがとう騎士様。でも故郷のお城では、廊下で空飛ぶ羊さまにけっつまづくことなんてございませんでしたのよ。決して私の前方不注意ばかりが悪いわけではなーい!


 姫様はいつも通りの無表情で快く許してくださいました。心の広い姫様に感謝感激雨あられ感極まって槍まで降らしちゃう勢いです! どこまでもついていきます、姫様!



 28日 王子様と騎士様


 今日のお茶の席では、なんと王子様と会話する時間があったのです。あちらから話しかけてくださったんですよ。

 今までもお茶の席で給仕をする機会はあったのですが、きちんとお話しするのは今日が初めてでした。

 この国の王子様、姫様の旦那様になる方。とっても気さくな方です。

 お城で働いている方なら、名前は全部覚えてらっしゃるんだとか。すごい記憶力です、素晴らしい記憶力です、とんでもない記憶力です! 私にも少し分けて欲しいくらいです……!


 王子様は、時間があったら一人ひとり紹介してあげるんだけどねって笑っておっしゃってました。でも今日は時間がないから、ここにいる人間だけでも紹介してあげようねって。

 そこでご紹介いただいたのが、例のお顔の怖い騎士様。今までお名前も存じ上げなかったのだけど、なんと彼はこの国の筆頭騎士様だったのです。

 お名前はエレウス・メーレンベルク様。他の騎士様が持ち場を守るだけなのに対し、エレウス様は城中の見回りをして他の騎士様の働きぶりにも目を光らせなくてはならないのだそうで。

 だとすると、あちこち歩き回る私とあちこち歩き回るエレウス様の遭遇率が高いのも、妙な話ではないということになるのでしょうか。


 やっぱりまだちょっと怖くて、お顔はじっくり拝見できなかったのですけれど、後ろ姿をじろじろ観察した結果、エレウス様はとっても素晴らしい身体をお持ちだと確信いたしました。背が高くて足も長いし、筋肉もほどよい感じでついてらして、とっても理想的なバランスなんです。

 そのまま固めて飾っておいたら、お城の中で一番素敵な彫像になるのではないかしら。生きて動いているのが奇跡のようです。

 それに、収穫期の麦の穂みたいな、素朴な風合いの金髪もちょっと好みかもしれません。姫様の見るも感涙語るも感涙なくらい見事な銀髪ほどではございませんが、さらさらで触ったら気持ちよさそう……いいいいえ、もちろんそんなはしたないことはいたしませんよ! わたくし淑女ですもの!

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