雨模様
―サアアアアッ
嘘と、諦めと、頼りない愛情に満ち満ちた世界を洗い流すかのように、聞き慣れたはずの雨音がより一層激しさを増してゆく。
テレビの画面の奥では、見慣れたアナウンサーがこの天気を説明している。
『本日はどしゃ降りの雨模様です。
お出掛けの際は、傘を忘れないようご注意くださ―』
―ピッ!
まだ続きそうなアナウンサーの声を遮るように途中でテレビの電源を切る。私は再び目を閉じた。
五月蝿いテレビの音が消え、世界中の音が止み、部屋がしんとして、外で孤独に降り続ける雨がこの時間を支配している。
独特な音楽。
交わることのない『雨』は何を洗い流している?
―いっそ、すべてを洗い流してしまえ。
声に出してそう叫びたいのに、何故か声が出ない。
喉の奥で声が絡まり、何かによって声が出ることを阻止されている気分だ。
声に出して、叫びたいのに。
叫びたい。叫びたい。叫びたい。
…叫べない。
ああ、このような気持ちは初めてだ、と妙に改めて認識する。
今、可笑しいくらいに貴女へ逢いたい。
雨の日だからだろうか。それとも、妙な独占欲だろうか。
貴女へ逢いたい。訳もなく、見返りもなくただ純粋に愛する貴女へ逢いたい。
「愛している」と伝えたい。
その柔らかな笑顔を独り占めしたい。
愛し、愛されたい。
その清らかな声で私の名を呼んで欲しい。
聡いその頭で、私が貴女へ逢いに行った理由を見透かして欲しい。
彼女は聡い。驚くほど、聡い。
「…愛している。」
ぼんやりと窓の外に広がるグレーの雲を見つめ、呟く。
愛している。誰よりも、何よりも、貴女を。貴女だけを、ただまっすぐに。
この気持ちは罪か?許されることはないのか?
恋は自由か?愛は平等に貰えるものか?
答えの出ない問いが脳内を占拠し、駆け巡り、このセカイから鮮やかな色彩を奪っていこうとする。
ふと、視線を部屋の中へと戻すと、貴女と二人で写った写真が目に飛び込んできた。
思わず手を伸ばし、恐る恐るその写真へ触れる。
幸せそうに微笑む私。優しく微笑む貴女。
こんなに近い距離で微笑むことが出来るというのに。
「…逢いたい。」
私がそう貴女に電話すれば、貴女は飛んでくるだろう。
『寂しい』と言えば抱きしめてくれるだろう。
『悲しい』と言えば傍に居てくれるだろう。
『話したい』と言えば永遠に話してくれるだろう。
―…でも、それは『私だけ』ではない。
私は貴女の『特別な存在』にはなれないのだろう。
この先、永遠と。
私が貴女の『特別』になることはない。
きっと、私のこの気持ちを貴女も知っているのだろう。
貴女は聡い。可憐な見かけをしているというのに、驚くほど聡い。
「…はっ。」
思わず自嘲する。
愛しい。逢いたい。
そう思っているのは私だけか?
独占したい。愛したい。
欲望を抱え込んでいるのは私だけか?
ボタンを押せば貴女の声が聴こえるところまで、私の体は努力したというのに。
「……………………………。」
意気地無しなのは私の心ではないか。
後もう少し。ほんの2mmなのに。
「―…くそっ…!」
思わず携帯のディスプレイ画面を拳で叩く。
握った拳の痛みよりも、今は自分の勇気のなさがただ悔しかった。
悔しくて、苦しくて、愛しくて、悲しくて、寂しくて…。
様々な感情が一気に込み上げてきて、思わずその場で泣き崩れる。
―愛しい。
ただ愛しいんだ。どうしようもないほど、ただ貴女が愛おしい。
全てを洗い流すかのように降り続ける雨の音を聴きながら、私はただ貴女の事を想う。
本日はどうやら雨は止まない御様子。
この気持ちも、思考もぐちゃぐちゃに掻き乱される。
この雨は止むことをしらない。随分と傲慢で性質の悪い雨だ。
本日はどうやら私の心も雨模様な御様子。今日はあとどれくらい泣くのかしら。
どうやら、雨雲は大きくなっていく御様子。お出かけには気をつけなきゃ。
どうやら、この悲しみ(大 雨)は明日まで続く御様子。
―明日は貴女の笑顔(晴 天)が見られるかしら。
明日の貴女が幸せで居られるように、私は今日も願っている。
此処までお付き合いくださり、誠に有難うございました。