act.2
4
「影、が出るそうだ」
「影?」
一体何のことだろうか。
影、いかにも怪しげな言葉を放っているけれど。
「そう、影だ。日差しの裏側、太陽の光を受け、真反対側に形を形成する、影」
ちらり、と自身の影を見つめる。
眩いくらいの月――鮮血色に、熱さと冷たさを同時に含めたように真っ赤に染まった紅い朱月が、足元に影を落とす。
普段は気にも留めないその存在が、やけに、不気味さを、忌憚を示していた。
「どうやら、影が人を襲うらしい」
「影が人を――?」
「ああ、といっても足元からじゃない、丸い球体のような影らしい」
「んん? どういうこと?」
「人の飲み込む影、いや、影っていうより闇、みたいなものがある。そいつはどうも、人を襲う、とのことなんだが……」
「えらく曖昧な、信憑性を感じられない噂ね」
「まあな」
闇に人を襲う?
確かそんな妖怪が――あ。
「ねえ、それって宵闇の」
「ルーミアだろ? 真っ先に容疑をかけられて霊夢の監視下にあった」
「なんだ、なら解決したも同然じゃない」
「そう、そう思っていたんだが」
魔理沙は続きを言うのを躊躇うかのように、言葉を止める。
その先に浮かび上がるのは明白な事実。
「まさか、また――?」
「そのまさか、ってことだ。つい昨日の話、みたいだぜ」
ぞっとした。
何かが確実に起こっている。
「本題はここからなんだ」
魔理沙の語り口は重い。
普段から活発で、常に快晴のような少女が。
「霊夢が、帰ってきていない」
「霊夢が?」
「ああ、昨晩の事件を聞きつけすぐに向かったが――それ以降、霊夢の姿を見かけた奴がいないらしい」
衝撃が走った。
楽園の素敵な巫女。
博麗神社の守り手。
最強の一角を担いし巫女。
そんな、彼女が。
「今朝から探し回っていたんだけど、見つからなくってさ。紅魔館も香霖堂も妖怪の山も地霊殿も人里も。どこにもどこにも!!いないんだっ!!」
「魔理沙、落ち着いて。目撃情報はないの?」
「射命丸に頼んでいろいろ情報を集めてもらった。けど何も得られなかった」
魔理沙の瞳から、溢れる涙。
こんな彼女を見たのは、初めてじゃないのだろうか。
まっすぐなこの少女は、泣くことを知らないとさえ思っていた。
思わされていた。
でも、違った。
年相応の少女のように、友人を思い、案じ、不安になるのだ。
「アリス、どうすればいい? 私は、一体……どうすれば!?」
魔理沙の問いかけに答えはしなかった。
ただ空へと飛び上がり、はるか上空まで上り詰めた。
「魔理沙、弾幕を展開しなさい」
「……え?」
「来ないの?ならこちらから行くわ――上海」
「ワカッテルッツーノ」
小柄な体躯に不釣り合いなほど大きい西洋剣――クレイモアを両手で支え、突進する上海。
初速度は決して速くない、だが、空から落ちる行いだ。速さは一秒ごとに増していく。加速していく。
白黒の魔法使いを目がけて。
私の、数少ない、大切な友人を標的として。
「アリス……、本気なのか?」
「あら、あなたも元々そのつもりだったでしょ?いいから構えなさい。今宵の私は――あなたを殺すわよ?」
「……っ!!」
自身に迫りくる上海をくるりと回避し、私と同等の高度まで上昇してくる魔理沙。
その瞳に先ほどまでの涙はなく、ただただ私に向けられてた。
畏れと怖れ、そして憎しみを孕んだ怒りの眼差しが。
「さあ、始めましょう? 素敵な素敵な殺し合い≪パーティ≫を。




