act.3
7
絡み合う視線と視線。
圧倒的優位さから来る、余裕の視線。
戦闘続きで気力・体力・魔力すべてにおいて限界値が近い、視線。
すべてを投げ出してもおかしくはないその状況においても、二人は笑う。
何が楽しいのかわからないが。
心の底から来る笑みを隠すことなく、笑う。
その姿は。
まるで、無邪気な子供姿とシンクロするかのように。
ただこの苦境でさえも、楽しくてしかたない。
そう、思わせる笑いだった。
「……一体何が可笑しいのかしら?」
表情が皆無といっても過言じゃなかった黒巫女はいらつきを見せはじめる。
眉は吊り上ったまま、眉間に皺を寄せ、さらにキツイ視線を投げつける。
それはこれまでの彼女とは一変した、人間味を感じさせる仕草。
命令を受けて行動するだけの機械じみた存在から、自身の感情を相手にぶつける人間らしいもの。
「いやいや、何にもおかしくないぜ?」
「……なら、何故笑える? この苦難で、自身達の不利なこの状況で。どうして笑える?」
「そんなこと決まってるじゃない」
人形遣いは答える。
疑問と苛立ちを抱え、余裕のなくなった存在に対し、告げる。
堂々と。
当然のように。
既に、結果は見えているように。
「だって、ここから逆転して勝つのがわかっているんだもの。楽しくないわけがないわ」
「…………!! いいだろう、一片の欠片も残さず、消してやる!!」
黒巫女の理性が、崩壊した。
それは言うならば、ために溜め込んだ水を一滴残らず放出するダムのごとく。
躊躇いも容赦も加減も慈悲も。
何もかも考える思考さえも捨て置いた。
怒りに身を任せるだけの、戦闘マシーンへと。
「魔理沙、上手く合わせられる?」
「当然。今までどれだけアリスの技にやられてきたと思ってる?」
「……ふっ、それもそうね」
「だから、アリスに任せるよ。アリスのやり方に、すべて任せる」
「ええ。派手に決めましょう。最高のダンスを踊らせてあげるわ」
互いに攻撃態勢を構える。
黒巫女はどこから取り出したのか、右手に大量の札を手にし。
魔理沙とアリスは魔法陣を展開。
シングルアクション。
それは即座に放てる、無駄のない一工程の一撃。
もちろん手間を重ねてない分、威力は低下してしまうものだが、それは数と速度でカバーできる代物だ。
最低限の魔力消費で、数と速さ――本物の弾幕を張ることができる。
二人は先制の一撃を放つ。
空を切り裂いたシングルアクションは風よりも早く疾走する。
目標を打ち抜く、最速の攻撃として。
咄嗟に大きく跳ね上がる黒巫女。
それは飛翔というよりも跳躍にふさわしい行動。
まるでノミが一気に飛び上がったその様によく似た言動。
そしてシングルアクションを躱すだけでなく、より上空へ行くために。
そのまま右腕を高らかと天に捧げ――お札をバラ撒いた。
一見して乱雑極まりないその行動だが、放り投げられた札は一つ一つ異なった軌道を描き――光放つ。
一瞬の瞬きを終え、幾重もの攻撃手段へと変化する。
その形は針のように変貌し、規則性を持たないままに降り注ぐ。
空から降り注ぐ雨の弾丸は、避ける隙も避けれる隙間さえも与えない。
「補助魔法陣、展開」
このままでは避けきれないと察した人形遣いは即座に次の行動に出る。
避けきれない、と判断したときに選択することは二つ。
防御か、避けきるだけの何かを行うか。
防御する――つまりは先ほどの黒巫女のように結界を張るなどして、ガードに徹する。
これは一種のセオリーである。
定石、なのである。
完全に防ぎ切り、こちらに被害を出さない。
そして相手に、これを上回る手段でないとこちらには通用しない、と思わせることが重要だ。
次に放ってくる一撃はその防いだものより遥かに大きなものであるだろう。
それが狙いなのだ。
大きな一撃には隙ができる。
霧雨魔理沙の奥義に溜めが存在するように。
その隙を突くための、防御という選択肢がセオリーとなる。
だが。
アリス・マーガトロイドはそれを行わない。
自身達の速度を上昇させる補助魔法を使用した。
一定時間だけの、その場凌ぎの魔法。
愚策にも等しい、その選択。
それでもなお、彼女は選んだ。
速度を上げることを。
その反動が、後々大きくなって帰ってくることを知りながら。
決断したのだ。
そう――短期決戦。
このまま決着をつけるという、決断に他ならない。
雨は無情にも降り注ぐ。
穿ち貫かんと降り注ぐ。
その隙間とも言えない間を切り抜ける。
針に糸を通す慎重な作業を最速で行う。
精神的に強くないと行えない動作だ。
一瞬の迷いが、自身の命を散らせる結果を導く。
それでも彼女たちは前進する。
一歩、また一歩先へと進撃する。
そうして避けながらも一工程魔術で反撃する。
普通の魔法使い・霧雨魔理沙。
彼女の持ち味と言えば、そう、速度を用いた空中戦。
黒巫女が放った霊力弾の雨をかろうじて潜り抜けた後、魔理沙は得意分野へと持ち込んだ。
互いに距離を測りながらの射撃戦。
一つ、二つ、三つ。
黒巫女の札を減らす代わりに、普通の魔法使いは限界へと足を突っ込んでいく。
魔力が切れるのが先か、偽霊夢のお札が尽きるのが先か。
もしくは。
そう、もしかしなくても。
魔理沙の瞳に不安はない。
信じているものの眼差し。
勝利を信じて疑わないものの眼差し。
そう、信頼できる存在が、共闘してくれているのだ。
人形遣いの異名を持つ少女――アリス・マーガトロイド。
魔法で人形を操る、その少女が……あれ?
私の中で何かが、浮かび上がる。
何故、アリスは人形を用いていないのだろう、と。
何故、大量の人形を使っての人海戦術――数で勝る手段を取らないのだろう、と。
魔法ばかり使って、戦闘を繰り広げたアリス。
彼女はそれを嫌って人形遣いという二つ名を。
そう呼ばれるだけの日々を積み重ねてきたのではないのか。
周囲を見渡した私は見つけた。
疑問の主、その少女を。
紅い月を背後に、全てを見下ろせる位置に佇むその姿を。
風が舞い上がる。
アリスの長いスカートと、髪が美しく揺れる。
彼女の足元には小さな魔法陣。
紅い、今までと変化ない陣がある。
一瞬だけ、目を閉じた。
右手を顔の前まで上げて――見開いた。
そこには。
金色の瞳をした、人形遣いが、いた。
血に飢えた獣のごとき紅い瞳は瞬時に切り変わり。
全てを支配する、黄金色の瞳が世界を認識する。
足元の小さな赤い魔法陣は消え。
数倍もの大きさを誇る、黄金色の魔法陣が展開した。
【七色の魔法使い】
そのかつて聞いた二つ名を思い出す。
金紗の髪、同色の瞳を持つ、幼い魔法使い。
小さき体躯に見合わない大きすぎる魔力と多色の魔法を使い分ける、小さな少女。
その強大な力を怖れられ、行方知れずとなった、女の子。
彼女が。
七色の魔法使い。
アリス・マーガトロイド。




