4
警戒レベルが強化され篝火がいたる所に備えられ、2人一組の兵達が巡回する中、ルシアは隙を縫って集落の中を走った。レイからの果報修正を受けながらルシアは猿人討伐の時を、一歩一歩近づいていった。
無風と茹だる湿気の中、風が吹き出した。風が雨雲を連れて来ている。数分も立たないうちに昨夜のように雨が降ってくる。何とか件を済ませたいと僅かなりにも気持ちが急いだその時『前方10m。警戒シテ下サイ』と、レイからの修整情報が入った。(あそこか・・・)あたりを警戒し、目の前の家屋に近づいた。
ルシアは音を立てないよう細心の注意を払って簡素な扉を押し開く。家屋は8畳ほどの広さの一間で、中心に囲炉裏があるが、今はその機能を果たしていない。家屋を囲むように溝が掘られているので中の地面は濡れていない。その家屋の住人である家族たちが獣の毛皮を剥いで作った床に6人、寄せ合うように横になっていた。しかし暗視スコークを装着したルシアの目にはその家族のひとりの血を吸うことに夢中になっているラガン猿人が映っていった。
ルシアは瞬歩で猿人の背後に回り込み、無言で腰のライトセーバーを抜いた。闇の中、青白い光は右から左へ流れた。
左肩が恐ろしく痛い。ああ、自分はここで命を落とすのか。ライに内臓を喰われ、残りは他の肉食獣に、骨の一本も残されず、この世とお去らばするのかと自嘲した。恐怖が無いわけではない。しかしライに狙われた時点で運命は決まっていた。だからこの痛みから早く解放されるのであれば恐怖など一瞬のことと、生き抜く事への執着を放棄していた。
薄れていく意識の中、彼は柔らかな何かに包まれたと思った。それは妃の柔らかな乳房のような感触よりも幾分弾力に欠けた、しかしそれでも柔らかなそれはガイに安堵をもたらし、自分は死んだのだと思い至った。
外は既に闇に包まれてはいたが気温も湿度も高い。だがルシアがガイを運び入れた洞窟は冷やりと涼しかった。
ルシアは明り取りに用意し焚き火に新たな枝を放り込んだ。小さくなりかけた火は枝を入れたとたん、一瞬火の帯を上げ、そのあと大きく燃え上がった。
「気付いたのか」
焚き火の灯りを背にルシアは微かに身動ぎしたガイの様子を伺うように覗きこんだ。
閉じられていた瞼が微かに震え、やがてそれはゆっくりと開かれた。
「出血量が酷く、危篤状態だったがもう大丈夫だ」
ルシアの囁くような少し低めの声はガイの耳に心地よく響いた。
(女の声・・・)
彼は記憶が混濁し、自分のおかれている状況が把握できないでいた。しかし何より、酷い虚脱感に体がいうことを利かない。
「熱が高いがそのうち下がるだろう。今はゆっくり休むことだ。安心して眠れ」
熱で汗を掻き額に張り付いた前髪を取ってやると、その指の冷たさが気持ちよいのか、大きく息を吐くと彼は再び深い眠りについた。
再び意識を取り戻したのはやはり左肩の痛みだった。朝なのか昼なのかわからなかったが入り口が明るかった。
ガイは左肩を庇うように何とか身体を起こそうと試みたが、すぐさまもとの体勢に戻ってしまった。傷がまだ癒えておらず耐えがたい痛みと消耗しきっている身体に力が入らず起き上がることを拒んだのだ。
(痛いってことは、生きているってことか・・・)
ガイは今更ながらあの状況で生き延びたことが不思議でならなかった。あのときのことを思い出そうと記憶をたどるのだが頭に霧がかかってハッキリしない。分かっているのは左肩の酷い痛みはライによるものだということ。しかしあの場から自分をここへ運び傷の手当てをしたのはいったい誰なのか。
身体を起こすことを諦め、僅かに差し込む陽の光の方へ目を向けた。
(助かったのは自分だけなのか?あれから何日たったのだ・・・)
あれこれ考えていたとき、不意に入り口の光が消えた。
ルシアが偵察からテレポートで戻ってきたのだが彼にしてみればいきなり人が現れたりするのは魔物以外のものはなかった。
恐怖に体が萎縮し、まるで呪縛にかかったように声を出すことも指一本動かすこともできず、ただ目を見開きルシアの動向を見守ることしか出来なかった。
どれほどそういった状態が続いただろうか、ルシアはガイが目覚めていることに気づき、様子を診るために傍へやって来た。
「よるなっ化け物!!」
恐怖が頂点に達し、呪縛が突如解け、大声を張り上げた。
「俺を如何するか分かっているぞっ!女の形をした化け物は男の魂を喰らう!そうだろう!!」
ガイは痛みに耐えながら身体を再び起こそうともがいた。
「無理に動かすな!!」
せっかく命を取り留めたのに、ここで無理をさせ傷が開くようなことになれば生命の保証はない。ルシアはパニックを起こしている彼にかまわず鎮静剤を手に近づき暴れる彼の首に打った。一瞬後、薬が効いてきたのか、動きが緩慢になりやがて意識を失った。