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「長ッあちらでライの雄叫びが!!」
兵士の一人があたりを警戒しながらガイに耳打ちした。
「用心しろ!奴は近くに潜んでるやもしれん」
ガイという名の若き長は剣を持ち直すと辺りの様子を伺うように兵たちに目配せをした。
ライとは先ほどルシアが倒した猛獣のことである。
やがて地を這うような低いうなり声が先ほどの雄叫びよりも近くから響いた。
居る、それもかなり近くに。ガイたち一行に一瞬で恐怖を与えた。
何処から襲ってくるのか、彼らは上、左右に目を走らせ武器をもつ手に力が入った。
ライは獰猛かつ凶悪な猛獣で、目の前のものを全て牙の餌食にする残酷さを持ち、原棲竜のような脳の小さい原祖獣ではなく、かなり狡猾な知恵をもっていた。
そんなものが目の前に現れては万に一つ生き残るのは至難の技だ。
「来る!」
ガイが剣を構えなおした一瞬の間、ライは左後方の樹の上から飛び掛ってきた。そして、あっという間に兵士一人を牙の犠牲にしていた。
後ろ首にめり込んでいた牙が離れ次の犠牲者に飛び掛る。
「簡単に殺られてたまるか!!」
ガイはそばに居た兵士の手から槍をもぎ取るとライの目めがけて投げた。が、呆気なく前足で払い落とされてしまった。
「投げろ!」
ガイは兵に向かって叫びながら槍の縁に繋いであった縄をたくし寄せる。
血の匂いを嗅ぎ付けて他の猛獣が集まってくるのを避けるため早々に亡骸を焼却していると雄叫びがルシアの耳に届いた。音量からしてわざわざ対処する必要性がなかったが二度目の雄叫びを耳にしたとき尋常ではない感覚に襲われた。
「レイ、セキュリティ範囲を拡大しろ」
『了解』
「何か判ったか」
『人型生命体ト先程ノ生命体ガ交戦中』
その報告にあの美しい若者の姿が脳裏を掠めた。
「報告を続行しろ」
『了解 人型生命体 3体ニ減少』
「解った」
ルシアはテレポーテーションに入るため意識を額に集中させる。その彼女にレイは『服務規程規定及ビ非干渉原則ニ反シマス』と警告を発した。
「黙っていろ」
そう素気無く言うと一瞬で姿が消えた。
時間にして瞬き一つで移動したとき、全ては終わっていたかのようだった。
ルシアの目に飛び込んできたのは猛獣の鋭く頑丈な牙に左肩を銜えたれ引きずられている美しい青年だった。
肩に深々と突き刺された牙の根元から青い液体がドクドクト滴り落ち青年を体を染めていた。それが彼の血であることに思い至るのに半瞬の間が必要とした。
青い血・・・いや蒼に近い色。
その色に見入っていたがライに銜えられすでに絶命していると思われた青年が微かに身じろぎ薄目を開けたことに気付き、ルシアは気持ちを引き締めた。
新たな獲物が目の前に現れ、猛獣は頭を一振りすると深々と突き刺さっていたガイの肩が嫌な音をたねがら外れ、地面に倒れ落ちていくその一瞬、ルシアは瞬歩で彼の体を受け止めるや否や安全なところまで跳んだ。
その動きは猛獣の目に留まることのない早さで忽然と姿を消す形となった。
この惑星に降り立った時に居た岩山の頂まで飛んだルシアはレイに一帯の危険レベルを索敵するよう命令した。
『0レベル デス』
「解った。レイ、救急医療資機材を転送してくれ」
『了解 マスター』
送られてくるまでの間、ルシアは彼の状態を調べるため屈みこみ首の動脈に指を這わせた。脈拍は弱いがまだ助かる可能性はある。
続いて傷の状態を触診で調べ、右肩の噛まれ傷を見た。かなり酷く、おそらく筋肉はズタズタに切断されているだろう。たとえ助かってもおそらく彼は一生右手を動かすことは出来ないだろう。
腰の小型ポーチから抗生物質を取り出すと左腕に注入した。これが彼に効果があるかは判らないが、しないよりはましだろう。
3話目にしてようやく長の名前を出すことができました。