97.言伝
明理から発せられた光の象形文字は円を描くような軌跡と共に、周囲に拡散していく。建物などの構造物の輪郭が段々薄らいでいき、地面すらも失ってしまうような視界のホワイトアウト。
状況の理解が追いつかずに慌てふためく人間達の耳奥に、低くしゃがれた男の声が響いた。
『先生……』
耳を済ませてようやく聞き取れる程度の声。
『先生……聞こえますか……』
第一声よりは幾分かマシになったが、それでも無意識のうちに口をつぐんでしまうくらいの大きさ。
『私です……ミューアです……声だけでは、信じては貰えないでしょうが……』
当然である。
そこにいるはずの、声変わりすらしていない少年とは似ても似つかぬ声。
『これを聞いているということは、私が創った『ルクシィ』があなたとの接触に成功したと……そう、願います』
続けて来る、しゃがれた喉での咳。
『――今、私がいる世界に貴方は存在しません』
深淵の底に落ちるような一言。
そして、話のピースが一斉に姿を現した。
『今、私のいる世界は……私が貴方に創られた西暦からどれだけ経ったでしょうか……もう、暦という概念すら存在しません……』
声を聞く者たちはまさか、と思った。
誰も彼もが想像だにしなかった可能性を目の当たりし、言葉を失っていた。
『日本で会った、アマキタという科学者を覚えているでしょうか?もしかしたら、まだ会う前かもしれませんが……私が貴方にルクシィを送り込めたのは、彼が生み出した理論を使ったからです。もはや、彼が見つけた可能性にしか、託せるものはありません……』
天北博士。
その名前が出たのも、意外。
だが、それならば、明理が彼の研究を知っているのも頷ける。
『彼はこの賢者の石がもたらす力に、真っ向から異論を唱えました……この力が引き起こす現象は『錬金術ではない』と。他の可能性……それは、文字通り『過去の再現』。引いては『あらゆる事象の記憶、記録を具現化する力』だと』
そうならば。
もし、そうだったならば。
彼が何を求めていたのか。
そして、どうしてそれを求め続けたのか。
その答えは、ユミルと深知という名を貰った少女にしか分からない。
『部分的な物では大きなエネルギーは必要としませんが、この地球規模でその力の可能性を発動させるために、私が持ちうる限りの賢者の石と、残されたその時代の知識、そして起爆剤としての人の命を使用しています』
急に辺りの風景が薄暗い空間となり、人々の足下に光の象形文字で作られた魔法陣の様なものが浮かびあがる。その頂点一つ一つには賢者の石が置かれ、さらには、大量の書物、CD、絵画、はたまた模型、家電製品などが乱雑に詰まれている。
その隙間から微かに見える外側には……大方の予想通りのものが存在した。
「えっと……じゃあ、なに?それだったら、賢者の石は実はタイムマシンみたいなもので……明理さんは、未来人?」
妙に理解の早い真織の発言に、明理は鼻で笑いながら答える。
「そりゃどーかね。あのおっさんの理論に素直に従えば、この中で現代人は私一人だけで、他は単に過去を再現しただけの存在、要は複製物ってことになる」
からからとした声で重大な部分をあっさりと流され、真織は顔を青ざめさせた。
そして、話はなおも続く。
『もちろん、あなたもその説も受け入れていました。もしくは受け入れることでしょう。そして、このメッセージを確実に届けるために、ルクシィに似せたホムンクルスを創り、その役を担わせました』
彼は事実を知らないままであった。
その事が、余計に話に生々しさを持たせる。
『だから、どうか信じていただきたい。私がこれから話すことを――』
その一言と共に、周囲の風景が一瞬にして塗り替えられる。
新たに現れた『世界』。
それは、人の存在など到底信じることの出来ないような、瓦礫と廃墟の山。
『事の始まりは、先生以外の何者か、錬金術の力を手にしたことです。私が把握している分では、2030年には既にその兆候がありました……』
辺りの風景が一気にきらびやかな町並みへと変わる。夜中ではあろうが、建物の多くに灯りがあり、人の息吹とも言うべき様々な歓声が響いている。
そして、一発の光。
人の営みの消滅。
業火を見下ろす、キノコ雲。
「これは、核……か?」
浩輔は不思議とその光景に何の感傷も抱くことはなかった。何度も見たからだ。
大都市に核が落とされるなんてことは。
そんなもの、今の時代の人間は、国の危機を煽る輩のシミュレーションとらやで何度も見せられている。
このままでは隣国と戦争だ、とか。
都市に核ミサイルが落ちたらどうなるか、だとか。
――しかし、その先。
ドス黒い煙を吹き上げる町並みに、無数の光の軌跡が走る。それは、浩輔らにとっては皮肉にもよく見知ったものだ。
錬金術。
光の象形文字の軌跡。
光の筋が帯となり、渦となり、都市を覆っていく。
町の形相はみるみるうちに甦っていき、瞬く間に元通りとなり、空を覆う漆黒の闇すらも、突き抜けるような青き天へと変貌させていた。
『先生……これは、一体誰が……!』
聞き覚えのある少年の声。
今、そこにいる少年であって、映像の中の声。
この瞬間、ミューアとユミルはその場にいたのだ。そして、今の現象は彼らの仕業ではなかった。
『ミューア、ここからは私とルクシィで向かいます。あなたは、予定通りウィーンへ』
『大丈夫なんですか!?あれだけの錬金術の使い手となると……それに、僕一人では……』
『あなたも、もう自分でホムンクルスを創れるでしょう?そして、あなた自身もホムンクルスだから、いざと言うときは何時でも逃げられる』
『先生……』
『これは、私の問題なのです。私が、行かなければならない。……近いうちに、また会いましょう』
そう言って、老婆とその予備の身体となる少女は、背を向けて去っていく。
これが、今昔の別れになろうとは、今この映像を目にしている者達には簡単に予想がついた。
『……ここからは、貴方の仕業ではない……そう、願い、いや、信じて……』
辺りが再び廃墟と化したビル群へと変わる。その隅を縫うようにして何かから逃げるようにして走る小学生くらいよ少女の姿。顔つきからいって日本人、だ。
突然、少女の足がとられる。
そして覆い被さる影。
二足ではあるが、人の物ではない。
無機質な灰色の金属。一言で言うと逆関節の脚部と長方形の胴体だけのロボット。胴体の脇には機関銃の様なものも見える。少女との身長差から大きさは四、五メートルくらいだろうか。
少女は機械から発射されたワイヤーを必死にほどこうとするが、指が入る隙間すらを一切与えないほどがっちりと食い込んでおり、続けて機械から打ち出されたアームに胸をくり貫かれる。
本体には傷ひとつ付けず、動脈を鋭利に切断された心の臓は、波を打ったままロボットの上部格納庫へと丁重に運ばれる。ハッチが開いた瞬間に冷気のような白いもやが出ていたので冷凍保存といったところか。
さらにはロボットからアームが伸び、生き絶えた少女の身体をまるで食肉加工所の如く吊り下げたかと思うと、感心すらしてしまうほどのナイフ捌きで空中解体していく。内臓類は綺麗に分別され、骨と肉は一纏め。血液も勿体ないとばかりに吸引されていく。
――映像が変わる。
今度は一面の礫砂漠。何も存在しないはずの空間が少しずつ蠢いたかと思うと、突如として次々に先程のロボットが姿を表す。
『これらは、錬装機動兵と呼ばれるもの……先生が最も恐れていた賢者の石の使い方の一つです……』
脚部が折り畳まれ、ロボットは戦車の如き形状となり、粉塵を巻き上げながら地上を失踪する。すると、今度は地面が次々に破裂し、バランスを崩したロボットに次々と火の玉が浴びせられる。
そのまま映像が拡大され、その攻撃の張本人が映し出される。
人間だ。
人間達が武器を持ち、戦車や自走砲などを使って応戦しているのだ。
砲撃を浴びた錬装機動兵は足止めを喰らい、さらに今度はその脚へと集中砲火を浴びる。動きさえ止めてしまえば、というやつだ。大衆向けの空想科学検証本を読まずとも、自ずと出てくるであろう戦術。
しかし、ここからが科学的、論理的思考の想定外。
砲撃が止んだ瞬間、傷ついたロボットの周りに光の象形文字が走り、瞬時に脚部が再生される。背面のロケットブースターの噴射と共に鋼鉄の塊が跳躍し、一気に人間達の陣地まで間合いを詰めたのだ。
そこから先は、先程と同じ光景。
勿論のこと人間達からの反撃を受けて、装甲は傷つきさえはするものの、次々に人間を食っては修復させていく。まるで食料を喰らうかの如く、人間達を貪り、絶命させていく。
「反則じゃないですかあれ……」
「まぁ、兵器としての効率を求めるなら、こうなるか……」
目を覆う気力すら失せたのか茫然と眺める真織の横で、浩輔は一人納得していた。
アルク・ミラー、ひいては錬装機兵は、使う人を選び、戦う相手を選ぶ。単なる兵器としては欠陥が多すぎる。
「明理さん、あれは当然無人ですよね?」
「ああ」
映像の途中の質問であるが、明理はあっさりと答える。ちゃんと気を利かせてくれているのか、浩輔から視線を逸らすことはない。
「この兵器は、それでもまだ対人用としては非効率じゃないですか?凄くはあるけど……」
「あくまでも抵抗勢力用だ。お前の言いたい事は分かるよ。もっとでーんとした、大量破壊兵器の方がいいんじゃないかってことだろう?」
「まぁ……」
「それはニンゲン共が勝手に使い合ってな、それで大半が自滅さ」
明理はなんのことはないとばかりに、映像を変える。
「アルク・ミラー、もとい錬装機兵は錬装化を解除しちまえば、誰が能力者なのか検討がつかない……その隠密性が最大の武器だ。群集の中に紛れ込ませれば、疑心暗鬼を煽れる」
「専用のセンサー類は置いておいての話ですね」
「んで、ここで問題。大勢の民衆の中に国家を転覆させようとする錬装機兵が数十人いたとします。そして、時の権力者を脅迫したとします。権力者はこいつらを排除したくてたまりません。さて」
「……なるほど、臭いものには蓋とばかりに、撃たせ合ったんですか。それが遠くの国ならなおさらだ」
答えは周囲の映像に映し出される。
手始めにアフリカ、アジア、中東、南米に錬装機兵が出現し、油田、金属採掘現場、白人経営の農業等で、次々と大規模なテロを起こす。テロリスト達は世界の資産家の打倒を掲げ、インターネットを使った声明を毎日のように放送する。そして、今度は先進国にてテロを頻発させ、国民の怒りを誘い、報復戦争を引き起こさせたのだ。平和主義者らの抵抗も強かったが、それらは工作員として潜入した錬装機兵が殺害し、更なる燃料を投下したのだ。
長距離ミサイルに高高度爆撃、現代の戦争はスマートになっている。……が、その程度では一個人レベルの錬装機兵はかえって殺害できない。潜伏場所をとっかえひっかえしながら、安全な場所にいる先進国の権力者を徹底的に煽りまくるのだ。特殊部隊を投入しようとも、そういった戦いなら錬装機兵の方に圧倒的に分がある。
そうこうしているうちに攻撃の被害は罪の無い人々に及び、現地では徐々に不満の意志が高まってくる。現地で指名手配しようにも、錬装機兵の能力者は民衆に紛れてしまっている。
時には攻撃をして相手を刺激し、挑発は毎日のように。それが幾度と無く繰り返され。
業を煮やした権力者は次第に手段を選ばなくなり、巻き添えを喰らった現地人達はついに何かの陰謀だと反撃を始める。
こうして、人間達の殺し合いが始まる。
「ニンゲンの理性というタガが外され、世界中がほどなく混乱の渦に陥ってから……錬装機動兵が投入され、殲滅戦が始まった」
「これは……オペレーション・デイライトの世界規模バージョンってやつですか?」
「トウゴウがやろうとしたのは、簡単に言えば、この国のイデオロギーのリセットだ。奴はその先の結果は求めちゃいなかった。だが、こいつらは……」
周囲の映像が切り替わる。
今度は打って変わって、きらびやかな光景。西洋の伝統様式を保ちつつ、どこか近未来的な機能性を漂わせる住宅街。その中心部には低層ながらも、果てしない建築面積のビル郡。そして、その周辺に花びらのようにそびえ立つ無数の壁。
そして壁の外には、おびただしい数のみすぼらしい人間が、亡者のように呻き合っている。
壁の上から何かが大量にばら撒かれ、壁の外にいる人間達はそれらを奪い合うようにして取り合い、口に入れる。『食事』が終わると人々は徐々に外側の草原へと帰って行き、ごろりと横になったり、意味も無く走ったり、理由も無く喧嘩したり、やることも無いため交尾を始めたりする。
定期的に一定数の人間が壁の中へと連れて行かれる。そこへ行くのは大変名誉なことのようで、人々の表情は晴れやかだ。そして、二度と外へ帰ることはない。
また、妊娠した女性は壁の中へと連れて行かれ、一年ほどで外へ出される。その数年後にはそれらの子供が大量に放流されていく。
『何時ごろか、この世に永久に覆ることのない絶対的な支配者が生まれました。それも正体不明の。錬金術の力によって寿命、病気、食料・資源不足は解消され、殺戮や自傷行為すらも娯楽と化した世界。錬装機動兵を投入し、数十年もすると、支配者達は技術の進歩すらも放棄します。全ては、自らの永遠のために』
生き死にの自由選択を得た人間達。
勝利も、敗北も、意のまま。どちらも暇つぶしでしかなくなった箱庭。
『そして、支配者に屈したニンゲン達は自らを家畜化しました。ただ、生き残るために……』
圧倒的な力を持つということ。
その先に待つものの果て。
歴史の上では、独裁者は何度も生まれている。
なぜなら、民衆が望むからだ。強いリーダーシップを、優れたカリスマを。
だが、時の独裁者はいつの日もそれを維持することが出来ないでいる。
それが、人間の限界であるかのように。
人をモノに変える力、永遠の支配。
力を持てば、人は変わる。
ヒトで、なくなることも。
『これらが私のいる世界の現実です。しかし……今このメッセージを聞いている貴方にとっては単なる映像でしかないのでしょう』
今までの辺りの映像が全て消滅し、周囲は再びまっさらな白い空間となった。
『だから、錬金術……いや、賢者の石が持つ可能性、そして危険性を誰よりもよく理解している、貴方に伝えなければならないのです。貴方に創られた私だからこそ、それを警告しなければならない。これ以上のニンゲンを利用した実験は止めさせなければならない。……世の中から、錬金術の存在を消さなければならない。私達も知らない支配者の手に渡る前に……』
ただ無言で話を聞いているユミルの前に、光の筋が伸び、人の形が映し出される。
全身白ずくめのローブ……であったのだろうが、至るところが破れ、煤汚れている。垂れ下がった白髪に、頬のこけた皺だらけの顔。それでも、微かな面影は残っていた。
『私は、ヒトに近しい存在として創られたため、このような姿で生き長らえることが出来ました』
「ミュー……ア……」
老婆から少女へとなった存在と、少年から老人となった存在。
端から見れば完全なる逆転。皮肉なまでに。
『私は、貴方に反逆する気などありません。ただ、このままでは、貴方の求めるものまで無くなってしまうのかと思うと……故に貴方を手にかけるしかないのです』
「そう、なのね……」
『もし、私の考えが浅はかで愚かだというのでしたら……貴方の目指したモノをご教示下さい。私が作った『ルクシィ』に』
その言葉に、二人の『ルクシィ』の視線が交差する。
『出来の悪い弟子で申し訳ございません。本来なら私が貴方の遺志を継がなければならないというのに、もはや、この歪んだ世界の中ではこうすることしか出来ません』
「…………」
『貴方は人の支配など求めていない、と、そう信じているからこそ、どうか、手にかけることをお許しください……』
年老いたミューアの姿が揺らぎ、光の粒となって消える。周囲の光景も元の姿へと戻り、一同は夢から覚めた気分を味わっていた。
「あなたは……ホムンクルスに創られたホムンクルス……なのですか」
「悪かったな。不完全な技術だったとはいえ、随分と遠回りしちまった。ミューアの分も含めて謝る」
明理は錬装化したまま頭を下げる。
いつもの彼女からは考えられない姿に、ごく一部の面々は驚く。
「賢者の石の力で、本当に私が過去に飛んで来れたのか、それともあんたら含めこの世界が壮大な復元物なのかどうか……それはよく分からない。だけど、あんたに、あんた自身の意思があるというのなら、教えてくれ。錬金術の可能性を追い求める理由を」
「…………これも、天命」
ユミルは全身の力が抜けたように首と肩を、落とす。
再び顔を上げたときには幼い顔ながら酷く老いた表情を携えていた。
明理とミューアの顔を一別したのち、ゆっくりと空を見上げ口を開いた。
「始まりは……何のことはない……私はただ……」
ユミルの頭がぐらりと揺れる。
自らの意志ではなく、外部からの揺さぶり。
遅れて聞こえる銃声。
端正な少女の顔に次々に表れる黒い穴。
真っ白なローブに点々と滲み出る血痕。
その体は、そのまま地面へと崩れる。
「なぁっ……!?」
「せっ……先生ぇぇっ!?」
「誰だぁっ!誰がやりやがったぁっ!!」
空気を切り裂く音と、共に明理は怒号を撒き散らす。
犯人は驚くほど簡単に見つかった。隠れるつもりもなかったようだ。
銃声の主はこの小学校の避難所の警備に当たっていた有志達。老若男女、関係なく。
銃の持ち主の一人、スポーツ狩りの若い男が苦々しい表情を携えながら口を開く。
「正義のヒーローさんよ、悪く思わないでくれよ……俺たちゃ撃てる時に撃つしかないんだ……」
「そいつが全ての元凶なんだろ……そうすれば未来も変わるって奴で……」
「貴方だってどうせ殺すつもりだったんでしょう?手柄を取ったのは悪いけど、私たちにはこうするしか……」
引き金を引いた張本人ならはそれぞれの言葉が出たが、どれもこれもニュアンスは同じ。
横槍の言い訳。
「あぁっ……せ、先生ぇ……今度こそは……!」
ミューアはユミルに寄り添い、体の前で賢者の石をかざそうとする。
その献身的な思いも空しく、彼の肩を数発の銃声が掠めた。
「いい加減にしろ貴様らぁっ!」
とうとう激昂した明理は発砲した者達に近づき、一瞬にして銃身を蹴り壊し、スポーツ狩りの男の胸倉を掴み上げた。それでもなお、男は悪びれた表情など見せることなく、明理に対して遠慮なしに抗議を言葉を浴びせる。
「お前は一体……誰の味方だよ……!奴は悪者だろ……あのガキもだ……!」
「ちゃんと話聞いてたのか?あぁっ!?」
しかし、明理の恫喝はそこで終わり、そのまま男を突き飛ばす。
当然ながら非難やヤジの言葉が飛んでくるが、馬耳東風とばかりに背を向けた。それよりも、後ろの光景に注意を払う方が先なのだ。
「い、いやぁ……うそぉ……!?」
真織は声を裏返らせながら頭を抱え、涙目で歯を震わせる。
浩輔や花田は一足先に絶句していた。
「さっきの映像より、よっぽどイカれてんじゃねぇか……!」
全身から赤黒い液体を流し、脳天に風穴を開けられ、脳髄を垂らしながらも、その少女は立ち上がっていた。地に接しているのはつま先だけ。重心ここにあらずとばかりに、彼女の体は見えない何かに体を寄せているような安定感。充血した眼が、徐々に澱みを蓄えていく。
「こいつを……通常兵器で倒せるわけないだろうがぁっ!」
明理の言葉が事の全てを物語っていた。
ユミルにつけられた外傷はみるみるうちに修復されていき、後に残ったのは服に着いた血の染みのみ。
「せん、せい……」
「大丈夫ですよ。この程度では……ふふ、でも、いずれは、私を跡形もなく抹殺する輩が出てくるのかもしれませんね」
そう言うと、ユミルはミューアの体を抱き寄せる。
「忠告をありがとう。私の愛しき子よ」
それは、まるで母親が子供を褒めるかのように。
「ふふ、貴方もね。私の写し身よ」
明理の全身が微かに浮き上がる。
錬装化している状態でも、隠せなない、動揺。
「怖かったかしら?……そうね、これから貴方を消さないといけないんですものね」
「やっぱり……信じないってのか……」
「それは違うわ。コウイチの示した可能性は素晴らしいものだった。でも、こんな風な使われ方をされるとは、思ってなかったけど」
「それでも……」
「真実とはどうにでもなるのよ。私の思いもね。それが、この石の本来の力」
ユミルはローブの袖を上げると、服の中から大量の賢者の石がじゃらじゃらと流れ落ちてくる。
これまた、何の手品とばかりに。
そして、隠し持っていた声帯を公開するように、愉快そうに笑った。
「そう、そうなのよ。貴方達のおかげで長い夢から覚めたようだわ……これが、本来の私なのね。探求のために残しておいた人間性のせいで、すっかり忘れてしまっていたわ……!」
「ユミル……」
「ユミル?……忌まわしい名ね。私はルクシィ……」
――噛み合わない。
端から聞いている分には、ユミルの独白に辻褄を見つけることが出来ない。
周囲に大量にばら撒かれた賢者の石が、空気そのものが沸騰しているかのように踊り出す。
「自らの永遠を求める人間など……そう、これは私の敵なのよ!紛れも無く!超えなければ……!その未来ごと抹殺してやるわっ!」
「だったら、錬金術と一緒になぁっ!」
そこに議論は存在しなかった。
各々の正義などという言葉が入る余地もない。
どこまでもどこまでも遠い道のりであったが、その先はただ一つの運命。
『錬装昇甲ッ!』




