92.追憶
――これは夢だ。
これは夢だと分かる夢を見ていた。
『助けてぇっ!いやぁぁぁっ!痛いっ!やめてぇぇっ!』
『あかりっ!止めてぇぇぇぇぇぇっ!』
『止めてくれぇ!娘だけはぁぁっ!』
声だ。
悲鳴。
懐かしい。
……そして、忌々しい。
記憶の奥底に封印していた、家族の、声。
『安いもんでしょう?あの娘さんの命であんた方の借金はチャラになるわけだ』
悪だ。
この声は悪。
『なぁに、奥さん。子供はもう一人いるじゃないですか。大した問題じゃあない。昔は身売りだって当たり前だったんですから。十五年かけて作った芸術作品だと思えばいい』
何を、言っている。
今は、そんな時代ではない。
人は、物ではない。
『お、ついに解体ショーですね?これは評判が良くてね。ほら、あの人は腕利きの職人ですよ』
止めろ。
それ以上は、止めろ。
『ほら、今打ったクスリは痛みを快楽に変えるんです。娘さんは幸せものですよ。気持ちイイままで死ねるんですから』
そんなわけが、あるか。
『おお、まずは腕……そして、脚!お見事ですねぇ。ものの数分でダルマだぁっ!いやぁ、何時見ても鮮やかっ!』
あぁ、もう手遅れだ。
『あはは、そこから挿入!娘さん処女ですか!?最初で最後のエッチですな!』
止めろ。
『ははは』
『ハハハ』
『HAHAHA』
『愉快愉快』
『今日は一段と良い声を上げてますなぁ』
……何故、こうも出来る。
人の命を。
『どうした、坊主。何だその目は?』
視界が、揺れる。
殴られているのだろうが、何も感触がない。
『先生から教わらなかったのか?この世は弱肉強食の世界なんだ』
弱肉、強食。
『弱い奴は何されても文句は言えないんだよ。分かるか?ん?』
……人間は、サルから何も変わっていないのかよ。
人間って、何だよ。
『止めろぉっ!ふざけるなぁっ!止めろぉぉぉぉっ!』
どうして……自分は何も出来ないんだ。
目の前の鉄格子一つ、抜けられないんだ。
『お前は、その程度の人間だ』
分かっている。
『お前の力なんてちっちゃいものなんだ』
解かっている。
『おばさんに、正直に話してちょうだい』
これが、真実なんだよ。
『浩輔くん、君も辛いだろうが、本当のことを――』
本当のことなんだよ。
『助けて……!』
…………
『見捨てないで……!』
………………
『お願い……誰か……!』
……………………ふざけるな。
俺は弱いんだ。
誰かを助けるなんて出来ないんだよ。
だから。
『何だっ……お前っ……!』
『ひっ……助けて……パパ……!』
『い、痛いぃ……助けてぇ……』
こういうやり方になるんだ。
『がっ……な、何故だっ!こんなことをして何になるっ!』
『たった一人の命で大勢の子供が救われるんだ!それの何が悪い!』
『私を殺したところで、何になるんだっ!』
『貴様は、ただの異常者だ……!』
弱いから。
弱いなりに戦うしかないんだよ。
強い奴は、助けてなんて、くれないからな――
『よう、災難だったな、兄ちゃん』
……っ!?
『いやいや、お礼なら言葉じゃねぇ。メシだ、メシ』
…………何で、こんなのがいるんだよ。
『私は……ん~と、正義のヒーローだ。うん。世の悪人共をフルボッコにしてやるのが目的だ。そのためにこの力があるんだ……たぶん』
……遅いんだよ。
もっと早く、来てくれれば。
正義のヒーローなんて、そんなものだ。
だけど、俺には到底届かぬ存在だ。
『……時々さ、君みたいな真面目な若い子が、こんなコンビニでフリーターなんてやってるのを見ていると、凄く勿体なく思うんだよ』
『何か変ですよね、今の世の中』
『どちらかを取るなんて考えたくもありません』
『私は逆に尊敬したよ?』
『何とか言ってくださいよ……怖いです……』
『ただ、君が私に良く似ていると思っただけだよ――』
何だ……これは。
目の前に広がる無数の記憶。
……走馬灯?
体が、恐ろしく軽い。
何の抵抗も感じない。
『――コースケ……自分を裁いて欲しいなら……正義の味方に頼め』
……誰だよ。
正義の味方って誰だよ。
『なら、答えは出てんだろ……?』
あんたが俺を殺してくれたなら、それでよかったんだ。
こんなくだらない記憶も、何もかも終わっていた。
『悪いな、そんなの命令に入っちゃいない』
命令、命令って……あんたらしくない。
犬じゃ、ねぇだろうが。
『生憎、作り物なんでな』
いいのかよ、あんたは、それで。
『別にニンゲンが羨ましいとは思わないぞ?』
自分の考えすらも、誰かの思うままだというのに?
誰かの目的のために、消費される命だとしてもか?
自由も、尊厳もない。
そんな存在になり下がって――
『ニンゲンだって大して変わらないだろ?』
……だな。
その通り、だ。
全く。
『ニンゲンの方から、モノに近づいてどうするんだよ』
まったくだ。
……っておい、待てよ。
何で走馬灯なのに普通に会話してんだよ。
『ソウマトー?馬鹿かお前は』
いや、死んでくれって言ってたじゃん。
『一旦、死んでくれって言ったんだが』
なんだよそれ。
『おいおい、まさか本気で死にそうって言うんじゃないんだろうな。困るぞ』
困るって、何が。
『いいからとっとと目を覚ませっ!』
いっつ……!?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
今までとは打って変わって、真っ白な世界。
全身に適度な重み、重力がかかり、五感も良好、五体満足。
思考も驚くほど鮮明になっていた。
「でも、どこだよここ……?」
今更だが、地面がないのに、不思議と地に足はついている。
天井も何もなく、自分以外の物は全く見当たらない。
いよいよもって死後の世界かと疑ってしまうほどだ。
『あー、あー、聞こえるかーー?』
そんな最中に天から降り注いでくる、先ほどの女の声。
そう、いつもの声。
「明理さーん!ここどこですかーっ!?つーか俺は今どういう状態なんですかーっ!?」
『今、錬金術使ってるとこなんだよ!ようやくまともな会話が出来るぜ、まったく……』
そこから十秒ほど低い母音が繰り返され、咳払いの後、説明が返って来る。
『一応これ、お前の魂と直接話してる状態っていうのかな。現実のお前はまだ生きてるだろうから心配すんな』
「何で重要なところで微妙に仮定入ってるんですか!?」
『悪いが今、お前からかなり離れてるんでな。さっきお前の声でチビッ子に助けを送ったから、多分大丈夫だろ』
随分と適当に扱われる自分の生死というものに、浩輔はとてつもない皮肉を感じた。
『それとなー……ユミルの奴が死にやがったそうだ。チビッ子から聞いた』
「じゃあ、明理さんの目的は……」
『んなわけねーだろ、奴がそう簡単にくたばるか』
いつものおふざけモードから真面目モードへの転調。
その声は、有無を言わせぬほどの確信に満ち溢れている。
『私がお前にさっき仕掛けた特殊コードにも干渉して来やがったろうが。あれで周りを探る余裕はあるんだよ』
「まさか、盗聴とかされるコードを俺に……」
『ダミーだよ。すぐに溶けて消える奴だ。そこで、お前が私にやられて倒れる光景を見せたってわけさ』
どこかの頭痛薬のような表現で余計に不安にさせるが、今こうして微妙に呑気な会話を続けているということは、大きな問題はないということだろう。
確証がなくてもそう思うことにした。そうしないとやってられない。
『あのババアは逃げやがったんだ。私の存在を黙って見過ごすはずはないから、一旦距離を取るつもりなんだろうな』
「でも死んだって話は?」
『奴なら死体の偽装なんて簡単に出来る。有楽町の時のトウゴウだってそうだっただろうが。死を見取ったのは騙され易いユージと手下のホムンクルス達。オマケに死体は土の下だ。これじゃあ確かめようもないし、核も使えねぇ』
「か、核?」
『あぁ、黎明の奴らの地下基地を破壊して回る時に使った。つっても、始めから黎明が持ってたのを拝借しただけだ。地下だし、放射能も大して問題ないだろ』
さらっと話を流す明理であったが、浩輔は突っ込みだすとキリがないと思い、その場は口を抑える。
各地の破壊工作については東郷の話、核の使用についてはミューアから聞いていたところだ。
基地内のデータベースには載ってなかったが、おそらく黎明の現体制を不満を抱いていた者が敢えて情報を上に流さなかった可能性が高い。これもミューアの弁。
『話を戻すぞ。ユミルは私の存在をとにかく警戒していて、何としてでも出所を探りたがってる』
「どうしてそこまで?単に自分にとって危険なら、とっとと海外にでも逃げればよかったのに」
『私が錬装能力を持った人造人間だからだよ。記憶がぶっ飛んでた私のミスだが、有楽町で私のコードを見せた時点で奴は全て気づいていたんだ。勿論のミューアの奴もな』
「そうか……でも、それだと変だ。ミューアにしろ、どうしてその情報を伏せていたんですか?」
『人造人間にも錬装能力を付与できる……この事実を隠すためさ。ウォーダやメローネとかの取り巻きそのものがカムフラージュだったんだよ』
錬装能力は人間にしか付与できない。
だからこそ、明理の存在はありえない、と。
ユミルを超える力を持っているかもしれない、と。
浩輔もミューアからはそう聞かされていた。
だが、明理の話が事実だとすれば、ユミルの警戒は全くの別の意味を持つ。
「明理さん、人造人間に錬装能力を付けるのは人間より簡単なんですか?……その前に人造人間自体を作る必要がありますけど」
『黎明の錬装機兵は散々見ただろ?アルク・ミラーは本来、完全オーダーメイド仕様なんだよ。十人十色の人間に無理やり力を引っ付けているから、ほとんどハリボテみたいなもんだ』
「じゃあ、その元となる人間を均一化できれば、高性能な奴が一気に量産できるんですね。おまけに、何でも言うことを聞く」
『そういうことだ。だけど、既存の人間を使うしかないと思い込んでいた黎明の研究者共は、薬物や洗脳でそれに近づこうとすることしか出来なかった』
「…………」
『だからこそ、私のような存在は目障りなのさ。可能性を見せた瞬間、ユミルにとっても面倒な事態になる』
可能性。
そう、その可能性の発露を最も阻害するのが、既成概念。
つまりは思い込み。
ユミルは、それを熟知していた。その上で動いていた。
『日比谷公園の時、私がウォーダからユミルの位置情報を取ろうとしたら、逆にウォーダを媒介して私にハッキングを仕掛けてきやがるくらいだからな』
もう話が何でもあり過ぎて、浩輔の頭が複雑に揺らぐ。
「……明理さん、一つ気になってることがあるんですけど」
「何だ?」
「ウォーダは結局どうなったんですか?仲間のホムンクルスに聞いても、『使える状態じゃない』とか『明理さんにやられた』とか、微妙にはぐらかされるんですよ」
『当然だ、人造人間の再生なんてデータがあればすぐに出来る。死んだって言葉は適切じゃないな』
「表現の問題?」
『ついでに言うと、私の手で止めは刺してねーぞ。奴の方から木っ端微塵に消滅しやがった』
「消滅……ですか」
『私も逆にハッキングし返そうとしたんだが、慌てて遠隔操作で消したんだろうな。奴にとってのホムンクルスなんて、それこそ蜥蜴の尻尾の様なもんだ』
明理の物言いに浩輔はもう一つ疑問を増やす。
「だったら、どうしてそんな相手の動機なんかを調べようとするんですか?相手がそれだけ非道な輩なら、そう分かってるなら、容赦なくぶっ殺せばいい。今のあんたなら……出来るばずだ」
本音から出た正直な疑問に、長い沈黙が返ってくる。
頭を冷やした浩輔には、もう一つの不安要素があった。
それは、明理の主人が信用に足る存在かどうか。
大きな目的は錬金術をこの世から無くすこと。その過程でユミルの存在を消すこと。そこまでは分かる。納得できる。
ただ、それ故に、ユミルの行動の動機まで探るというのは、あまりにも遠回りし過ぎではないか。
そして、明理にとってもそれが答え難い質問であることは、沈黙の長さからも明白だった。
『ワケあって百パーの回答は出来ねーが……』
「はい」
おおよそ以前の明理らしからぬ歯切れの悪さ。
むしろ、これこそが、彼女らの側の弱点とばかりにも感じられる不自然さ。
『奴がこの錬金術をどうして使えるのかって話だ』
「物凄く逃げた答えですね」
『お前がナチュラルに答えに困る質問してくるからだろ!?』
一応彼女なりの譲歩をしてくれていると理解し、浩輔は答えの先を促した。
『あー……そもそもだなー、錬金術って、何をもって錬金術というか、知ってるか?』
「なんか随分と哲学的な問いかけですね……」
『いや、その通りだよ。錬金術は一種の哲学だ。科学でもあり、化学でもあり、心理学でもあり、宗教でもある』
適当に言ったつもりが思いもよらぬ反応。
明理は緩い口調で説明を続ける。
『そこいらのものから金を作ったりするっていうのは、極限まで簡略化したイメージだな。錬金術の本来の目的はヒトの魂の位を高め、不老不死の存在を目指すことなんだ。その為に必要な物が賢者の石って奴でな』
「不老不死……ですか」
『ヒトの魂を高めるというのは、ヒトの魂を知る、ということなんだ。そのためには、森羅万象あらゆるものの原理を突き詰めなければならなかった。これが『真理を知る』って奴だな。俗に錬金術が科学技術の発展に貢献したと言われているのは、その過程の部分だ」
過程、と言われて、浩輔は『アルク・ミラーもこの錬金術の力の過程に過ぎない』という言葉を思い出す。意味は確かに繋がっていた。
不老不死、というありきたりな人の欲望も、現代世界で錬金術を利用しようとした者たちに通ずるものがある。
何時の時代も根本は同じなのだ。
後は流行りと、趣味嗜好の問題。
『だけどな、俗に言う科学だけじゃあ、ヒトという生き物って奴は何も分かんないだろ?』
「そうか……心、ですか」
『そうだ、どんなに脳科学とか心理学とか気取った研究をしようが、未だに精神病一つ治せやしない。それが今の科学って奴の限界だ』
かつてヒトゲノムを全て解読したことで世間を騒がせたが、それで確実に分かったことといえば、人は遺伝子だけでは何も解からないという皮肉めいた現実。
もっと科学が発展すれば、という希望的観測も、宝くじの一等に当たった後の生活を考えるようなものでしかない。
「人の心の真実を知ること、それが……」
『いや、単に知ることだけじゃない。人の心を理解しようとすること。つまり、人を想うこと。語りかけ、話を聞き、受け止め、受け入れ、認め、慰め、叱り、励まし、共に高める――』
それらが指し示すこと。
その全ては、一つの形容詞に集約される。
不本意ではあったとしても。
『それがこの力、錬金術なんだ』
それが、答え。
力の持つ、意味。
誰もが思い違えていた、根源。
力に飢えていた人間達の、致命的な誤解。
「怖い、な……」
『そう思うか?』
「結局は『優しさ』ってことですか?」
『そうだ。少なくとも、ユミルの奴は『優しさ』をもってこの力を制御している』
「……冗談じゃない」
たとえ、彼女の目的が何だったとしても。
そこに確固たる正義が存在していたとしても。
傍から見れば、単なる狂気でしかない。
何よりもかつての自分がそうだったから、浩輔は純粋な恐怖を感じていた。
『んで、この説に真っ向から反対したのがアマキタのおっさんだ』
「え?」
『おっさんだけだったんだよ。錬金術の本質をユミルとは別に探ろうとしたのは。そして、それが思わぬ結果を産み出した』
明理の声はどこか笑みを含んでいる。
これも浩輔の頭の中で引っ掛かった。
なぜ、彼女が彼の研究のことを知っているのか。
『おっと、私のマスターはアマキタのおっさんじゃあないぜ』
「聞いてないんですけど……」
『口で言わなくても、思考はある程度読めるんだよ。こうして会話出来るのも、お前の方から心を開いてくれたからだしな』
ならば、と思い浩輔は思考を閉じようとすると、物凄く慌てたような声で静止の言葉が飛んでくる。
『だーっ!近くにいたら普通にぶん殴ってんぞっ!もーちょいで話終わるから黙って聞け!』
「もうちょいというか、俺の方は聞きたいこと山程あるんですけど……」
『その山のほとんどは知らなくていいことだっての』
やはりというか、何とも雑な扱いであった。
『お前に一つ頼みがある。ユミルの居場所のことだ。私の力じゃ全く探れないんだ』
「まさか、俺に探せって?それこそ無理な話じゃ……」
『だけど手下のホムンクルスは、まだお前の側にいるはずだ。奴等と接触するかもしれない』
「ホムンクルスを簡単に切り捨てるような奴じゃないんですか?」
『事が済めばそうするだろうが、奴には奴の目的があるんだよ』
「目的……?」
ユミルの目的。
浩輔も以前、記憶が戻る前の明理づてに聞いたことはある。
単なる探求のためだと、微妙にバイアスがかった言い方ではあるが。
『ユミルの奴だって錬金術のことを完全に理解しているわけじゃないんだろう。だからこそ探求を続けている。あらゆる方法を使ってな』
「……そうか、死んだ天北博士の研究成果ですか?」
『ああ、あのおっさんなら基地の中に残すような真似はしないだろう』
「なら、彼女……深知に預けたのかもしれないですね。死に目も看取ってるみたいだし」
『私もその可能性が高いとふんだ。ま、トウゴウとお前の記憶を見てからの話なんだけどな』
東郷の記憶からは、天北博士が研究成果が固まってからデータを渡すとユミルに約束していたらしいという話、そして浩輔の記憶からは、深知が博士の死に際に側にいたという話。そして、明理が浩輔の声で深知と話した時にユミル自身が隔離されていこと。
それらの話を統合しての一つの仮説、ということだ。
『一つ不安なのは、チビッ子の思考そのものはユミルの監視下にあることだな』
「勇治も同じか……。だとすると、彼女が研究成果を預かったとしても、それを読まれてしまえばどうにもならない……」
『限りなく可能性は低いだろうがな。コードを直接埋め込んで渡すにしてもあの研究は……』
これこそが違和感の正体とばかりに浩輔は明理に尋ねる。
「明理さん、天北博士の研究のこと、知ってるんですか?」
『……ああ、よーく、な』
「えっ?」
『今はそこまでしか言えない。とにかく、私らの仮定が正しければ、奴は何としてもチビッ子からデータを取ろうとするはずだ』
「動きを見せるその瞬間を、ですか」
『そしたら出来るだけ時間を稼いでくれ。私は奴に警戒されないために、敢えて距離を取ってるんだ。表向きは黎明の基地を無差別に破壊しているように見せてな』
明理は何が何でもユミルを殺したい。
ユミルは何が何でもそれから逃れて、錬金術の探求を続けたい。
何とも珍妙な鬼ごっこだ。
『やってくれるか?』
不思議な台詞であった。
ここまで巻き込んでおいて、今更ながらの選択肢など、無意味にもほどがある。
しかし、それ以上に、浩輔の心の躊躇がどこかへ吹き飛んでいた。
「明理さんがそこまで言うんだったら協力しますよ」
『正直、説明不足にならざるをえないのは謝る。それでも、私の方を信じてくれるんだな?』
「妙な言い方しますね。あんた達の目的がこの世から錬金術を無くすってことだけだってんなら、俺もあんたを利用した罪滅ぼし分くらいは働きますよ」
『罪滅ぼし、か。それこそ妙な台詞だ。一応だけど世界の命運がかかってるんだぜ?今回の件はな……』
「詳しいことは聞けないんでしょうけど、少なくとも馬鹿に危険な刃物を持たせられないってことは、紛れもなく同感なんですよ」
ふっ、と言う声と共に、浩輔の全身にこれまでの何倍もの重力がかかる。そのあまりの生々しい感覚で、これから現実に帰るのだという予測が自然と頭の中に浮かんでいた。
『頼んだぜ、コースケ……』
去り際の一言は、こそばゆいながらも、今の自分を与えてくれる。
浩輔は自身の中に新たな覚悟が芽生えたことを感じていた。




