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錬装機兵アルク・ミラー  作者: 四次元
陽はいずれ彼方へと消える
91/112

89.対峙

 黎明基地地下五階。東部統括司令室。

 浩輔は東郷と会った後、メローネと合流し情報収集のサポートに回っていた。そのメローネの方も現在は電子戦の専門分野であるリーンにメインの情報解析を任せ、再度周囲の現状確認を行っている。


「おにーさん、ちょっといい?」

「何だ?」

「リーンからの通信。みっちゃんがマスターの居場所を特定したって」

「そいつは良かったじゃないか」


 その報告を聞き、浩輔も端末を打つ手を止め、一息入れる。

 だが、メローネの表情はどこか淡々としており、これは悪い知らせの方の覚悟をしておくべきかと、内心身構えてしまう。


「で、問題はその位置。リーン達からはかなり遠いわ。私達からも結構距離がある。ミューアが一番近いんだけど、肝心のボウヤが虫の息らしくて」

「勇治の奴が?」

「ミューアの強化があったとはいえ、アイキくんに勝っただけでも奇跡的よ。治療するにしてもあまり時間は取れないわ」

「じゃあ……俺たちが行くしかないか……!」


 そう意気込んで席を立とうとした浩輔を、いつの間にか目前にまで迫っていたメローネが両肩を押さえて静止させる。立ち位置的にその豊満なバストが眼前まで迫っているが、こんな状況下では興奮する気持ちにもなれない。というか、立ち振る舞いのわざとらしさは以前から薄々感じていた。


「お兄さんはもう脱出してくれないかしら?そろそろ潮時よ」

「突入時間的に……か?だが、まだ目的は何も……」


 浩輔の肩を押さえる両手に更に力が込められる。


「今回の作戦はマスターの救出が最優先。それ以上は私達も面倒は見切れないわ。……ま、ぶっちゃけて言えば、それさえ出来れば私たちもすぐに脱出するんだケド」

「どうせ初めからそのつもりだったんだろ?」

「まぁね」


 別に今更文句を言うつもりはないと、浩輔は争いの矛先を抜くこともないが、いくつか気がかりな事が残っていた。

 メローネもそれをある程度察したのか、相手が口を開く前にその単語を出した。


「たしかに、デイブレイクのことはちょっと気になるわねー」

「ああ、これだけ探しても置いてある場所の手掛かりすら出てこないなんてな。東郷が持ち込んだのなら、東郷のアクセス権限で分かる範囲にあってもいいはずだ」

「案外ノートくらいのお手軽サイズのものだったりして」

「もしくは、初めからこの基地の中にはなかったりしてな」


 東郷やつなら、それくらいの嫌がらせを仕掛けていても不思議ではない、と浩輔は言葉を加える。

 デイブレイクがそれなりに重要な代物だったら、信用できない奴らの下に置くわけがない。

 メローネ達も、実際に見たのはコントロールルームだけであり、実物はお目にかかっていない。浩輔の推理も尤もだと賛同した。


「んじゃ、ますますここに留まる意味はないんじゃない?」

「そうだな……錬金術の研究施設の破壊はいいのか?」

「それはみっちゃんが大体やってるわ。アマキタのおじさんも亡くなったみたいだし、これから先、下手に悪用することは出来ないでしょ」

「そうか……」


 さらりと流されてしまったたが、自分の父親が亡くなったのなら、今の深知はかなり荒れているだろうと浩輔は思った。直接会ったことはないが、今ならむしろ会わなくてよかったとさえ感じる。

 知り合いだと余計な感情が生まれてしまう。

 単なる変人だという話を、嫌というほど聞かされていたのもあるが。


「わかった、俺は先に脱出する。ちゃんと勇治の奴をサポートしてやってくれよ?ユミルって人もいないと、どうにもならないからな」

「お兄さんは割り切り早くて助かるわぁ♪」

「あと深知にも。あまり無理はするなってな」

「本当に優しいわねぇ……それでは、お互いの無事を祈って!」


 そう言うとメローネはひらりと舞って、ものの数秒で浩輔の視界から姿を消した。

 彼女がいなくなった途端、急に警戒心が高まってくるのは、内心頼りにしていた証拠か。

 浩輔は必要なデータをフラッシュメモリに入れ終えると、装備を確認して管制室を後にする。


(さて……とは言ったものの、どこから脱出するかな……)


 ほとんどの出入り口は、先程の愛樹の放送によって、黎明の兵士達がスクラムを組んで立ち塞がっていることだろう。となると、幹部用の通り道を使うというのが定石だ。東郷のカードキーも複製してもらったので、大概の扉は開く。

 まず、第一目標として定めたのは、今の場所から最も近い幹部用の非常階段。

 幹部用なのに非常階段というどこか矛盾したものが感じられるが、逃げ場のないエレベーターよりもこちらの方がかえって安全なのだろう。


(でも、階段には嫌な思い出がな……贅沢は言ってられないか)


 今となっては遠い昔のことのように感じる、有楽町の時の出来事を思い出しながらも、浩輔は入り口の前までたどり着き、カードキーを差し込んで開錠する。

 ドアの先には、いかにも突貫臭い骨組みで作られた螺旋階段が円柱上に伸びていた。幹部用にしては雑な出来かと思ったが、中心の吹き抜けから結構下の方まで続いていることが分かる。

 取り敢えず今は脱出することだけを考えようと、浩輔は上を目指して進むことにした。

 入り口のドアを閉めると、周囲の機械音に加えて、やたらとうるさい換気扇らしき音の多重奏が耳に響き渡る。階段のステップも金網に近い格子状のものだったので、一歩踏み出すたびに精神的に躊躇してしまうような音が鳴った。

 まずは一息で上りあがり、一つ上の階、つまりは地下四階の入り口に到着する。

 地上まで行ければよいので先はある程度見えているものの、一階の距離は思っていたよりも長く感じた。螺旋階段というのもあるのだろうが、椅子にふんぞり返っている人間が使うには少々ヘビーではないかと苦笑いしつつ、再び階段を上りながら、何となく吹き抜けから頭を出して上を覗いて見る。


(――っ!?)


 目が、合った。

 自分より上に、人がいる。

 知らない男だ。


「誰だ貴様はっ!?その格好、何故ここに――!?」


 普段から声を出すことに慣れているのか、雑音だらけの環境にも関わらずよく通るすっきりとした低音。年齢はそこそこ。ここにいるということは、おそらく同じく逃げようとした幹部だろうか。

 ここは、ごまかすか、それとも、途中の階で逃げるか?

 手が反射的に拳銃の元へと行っているが、何とか理性を働かせて口を動かそうとする。


「さっきから誰かに見られているような気がしたが、貴様かっ!?音も立てずにこそこそと!」


 声を発する前に、この一言で浩輔の判断が決まった。

 すぐに踵を返して、地下四階への入り口へと駆け下りる。

 なぜなら、この場には間違いなく『もう一人以上』いるからだ。


「待ておまぶッがっ!?」


 下に向かって駆ける浩輔の横の吹き抜けを一つの影が落ちていく。少なくともここからでは下が見えないくらいの高さだ。衝突音も周囲の雑音で聞こえない。

 続けて自分のすぐ近くを数発の銃弾が掠める。


「……一人逃げたぞっ!脱走者は幹部であろうと絶対に許すな!」

「四階だっ!至急、警備班に連絡っ――!」


 浩輔は非常階段から出ると、猛ダッシュでその場から離れる。

 完全に読みが外れたと自分の頬を小突き、隠れられそうな部屋がないか必死に目を動かした。

 ――地上の入り口を全て封鎖しろ。

 ――この基地から逃げ出そうとする者は誰であろうと殺せ。

 ――脱走者の殺害は手柄とする。

 頭の中で先程の基地内の放送が反芻される。

 様々な思いを抱えて黎明に組していようとも、末端の人間は既に幹部に不満を抱いている。自分達に内緒で脱出しようとすれば、こうなることは必然であった。

 死に体だからこそ、もっと警戒するべきであった。


(洗濯室っ!またここの世話になるかっ!)


 厳密に言えば、最初に見つけたのとは別の洗濯室。部屋はさっきよりも狭い。

 入り口付近に監視カメラがないことを確認し、さらに部屋の中もクリアリング。これらの動作も、この数時間でかなり素早く出来るようになっていた。

 部屋に特に何もないことが確認されると、浩輔は部屋の照明を消し、大型の業務用ドラム型乾燥機の中へと身を隠した。

 

(馬鹿のやることかと思ってたけど……まさか自分が入ることになるなんてな……おまけに狭いし)


 乾燥機の中は手足を伸ばせるようなスペースがないのは当然のこと、すぐに飛び出せるような姿勢も取り辛い位に狭い。一応拳銃を構えて先手を狙うことは出来るが、これも気休め程度だ。

 身を隠せたのはいいが、次の経路を考えなくてはと、上着のポケットから紙に印刷した基地の地図を取り出す。念のためにと思って用意して正解であったが、いかんせん近くのものしかない。幹部用の脱出経路も先程の階段の他にはエレベーターが一つ。それも、この状況では期待できない。他のエリアのマップを見るには別の端末を探すしかない。


(ここにも、いつまで隠れていれば……)


 浩輔は時間の感覚が狂わないようにと、腕時計のライトを点ける。

 現時刻、午後三時過ぎ。

 作戦開始は午前十一時だったので、突入から既に四時間が経過しようとしていた。昼飯の直前に仕掛けることで、末端の兵士達の士気低下を狙ってのことだ。

 上層部の状況が伝わっていないなら、時間が経てば経つほど、相手の側に精神的な余裕が出来てくる。これも皮肉な話ではあるが。

 ひとまずは、乾燥機の中で五分経過。外からの物音は聞こえない。

 もう少し様子を見ようと、再び地図を見直してこの近くの端末の位置を確かめようとする。


「たっ……助けッ!?」


 部屋のドアが乱暴に開けられる音……と同時の悲鳴。それも男の。

 地図が手からはらりと落ちるが、その音すらも致命的に思えるくらいに、全身の神経が張り詰めて行く。

 ごぼり、と人の声なのかどうかも分からないような音と共に、乾燥機のドアの表面に液体が飛び散る。目を暗闇に慣らしているとはいえ、物の色までは分からないが、付着した物体の確かな軌跡から、それが何の液体なのかは用意に予想がついた。

 部屋の電気が点くことはない。それ故に物事の動向が分からない。

 外の方で微かな足音が聞こえる。こちらには……近づいてこない。

 自分の存在を察知しているわけではないのだろうか。

 別の男が始末されただけなのか。

 静寂の最中、自分の脈拍の感覚だけを頼りに時間を計り、三分程経過したところで、乾燥機のドアをそっと開ける。


(――――っく!?)


 ここ最近嫌という程嗅いだ生臭い空気が、浩輔の鼻腔に流れ込む。鼻を曲がりそうになりながらも、外の物音がないことを確認すると、拳銃を構えたまま足から先に乾燥機の中から体を出す。

 案の上、足裏にはなにやら液体溜まりの感触。

 微かな灯りが射す方へ視線を向けると、そこには大砲でも打ち込まれたかのようにひしゃげた部屋のドアが佇んでいた。大砲といえば深知だが、そんな淡い期待は一瞬で打ち砕かれる。

 廊下の照明の光で部屋の惨状に気づいた。

 この部屋の中一面に人の肉片が飛び散っている。

 そして、他に残っている人体のパーツが全く確認できないこと。

 頭も、体も、腕も、脚も、骨も、臓物も。

 おまけに、先程の悲鳴の主が着ていたと思われる衣服はしっかり残っているのだ。血液以外の体液が色々入り混じった液体に浸されてはいるが。

 これ以上吐き気を催さぬ内にと、浩輔は意を決すかのように廊下へと首を伸ばす。


(この、死体は……)


 細長く伸びた廊下の通路には生命の気配は一切なかった。

 代わりといってはなんだが、先ほどまで生きていたモノの残骸が連なるように一つの赤黒い線を描いている。あちこちに散らばる衣服が、よいアクセントとなっていた。

 目を細めながら遺体の惨状を確認してみると、まるで体の内側から爆発でもしたかような損傷の具合で、その死に顔は紛れもなく驚愕と悲愴を吐き出したようなものであった。

 頭はそのままで、下半身が文字通り挽肉になっているものもある。

 こんな死に様を演出できる存在は、一つしか思い当たらない。

 何も知らなければいくらでも空想は出来る。が、既に経験してしまっている以上、当てはまるのはその記憶の内にあるものでしかないのだ。


「来て……いるのか……?」


 浩輔の全身の肌が鳥のように吹き上がる。

 その場を動こうとしたが、完全にすくんでしまっているのか、足がもつれてその場に転げてしまう。

 あの時の恐怖は、まだ体が覚えていた。

 吐き気は一切感じなかった。

 意識も驚くほど冴えていた。


 ――ここは、すぐに逃げるべきだ。


 頭の中の理性が忠告する。


 ――今のお前に何が出来るのか。


 どうしようもなく正論だ。

 ここまで来た当初の目的はユミルの救出。その上で、対抗策を練ることだ。今回の突入で、黎明の驚異はほとんど無くなったと言ってよい。

 加えて『奴』がこのまま基地の中で暴れてくれれば尚更だ。


 ――だとしたら、どうだというのだ?


 頭の中で、別の忠告が響き渡った。

 この心の声はどこから来ているのだろうか。

 理性のもっと深く。

 より根源的な自分自身の心の奥底。

 深遠、か。


 ――ここを脱し、ユミルを助け、明理をどうにかしたとしよう。

 ――それから先は、どうする?


(未来のことなんて分かるか……!一歩先だって闇でしかない……!)


 少なくとも、復讐の一つは終わった。

 そして、世の中は一応なりとも変わった。

 今の自分でも、やることはやれたのだ。

 これからも、その覚悟を持ってやっていけばよい。

 その理性をもって、浩輔は一方の迷いを鎮めようとする。


 ――今のお前は、先に進めるのか?


 その一言で、浩輔の心が急激に冷える。

 この体の震えは、あの時の恐怖によるもの。それは間違いない。

 しかし、『体の向き』が定まらないのは、確かな迷いを抱えていること。

 自分は、自分自身は、ここで向かわなければ、何も目的を果たせないということ。

 そして、今、向き合わなければ、一生目的を果たせないかもしれないということ。

 

「…………」


 浩輔は血糊のついた壁を支えにしてなんとか立ち上がり、脇のポケットから一枚の金色のカードを取り出す。

 東郷から託されたものだ。

 一瞬クレジットカードかとも思ったが、日本語ではなく、アルファベットとも違う文字が印字されており、妙な説得力を持つ代物であった。

 彼はこのカードを、もし日本という国が残ったら好きに使えと言った。

 別に命令される筋合いなどないのだが、その言葉には『逃げるな』という念押しが含まれていたようにも感じられる。


「正義とは『悪であれる』ということか……」


 無意識の内に、東郷の言葉を口で繰り返してしまう。

 今度は奇妙な笑みが顔中から漏れ出し、心の奥から来る自嘲が、体の恐怖による震えを打ち消した。

 足は自然と死体が連なる方向へと向かっていた。


「東郷……お前の頼みなんか知ったことかよ……!」


 死の恐怖はない。

 死を望んでいるわけでもない。

 求めるはたただ、自分自身との決着。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 黎明基地、第10ブロック。地下6階。

 地下基地の建設当初、東郷が工事班に対してどうしてもと無理に頼んだものがある。

 それは、東京ドーム程度のだだっ広い空間。

 上の階層の制約もある以上、構造的に無理だと何度も喚かれ、結局は広さを確保したものの、部屋中に無数の柱が設置されている造りで妥協した。天井も5メートル程度だ。

 何か物を移設するわけでもなく、部屋の用途は一切語られることはなかった。完成後も今の今まで、誰一人として入れず、倉庫にすら使用されることもない。

 が、その空間を作った者達には、出来栄えを見学に来た際の東郷の遠い目線を見て、薄々分かっていたのかもしれない。

 微かな照明と空調の音だけが場を支配する空間の中で、東郷は一人煙草を燻らせていた。


「ゴールデンバットも美味くなったものだ……さて……」


 東郷は煙草の吸殻をコンクリートの地面に捨て、革靴で押し潰して火を消す。

 その表情はどこか余韻に浸っているようであったが、部屋への来訪者を察知するとすぐに、傲慢不遜ともとれる顔へ作り変えられる。


「来たか、裕眞明理。私にとって最大とも言うべき招かれざる者(イレギュラー)よ」


 壁を破壊しての登場かとも想定していたが、声の相手はご丁寧に入り口から姿を現した。ドアを半開きにしていたのが功を奏したのかもしれない。

 東郷は顎を上げ、類まれなき殺気を携えた相手の姿を捉える。

 錬装化は……していない。

 余裕をもった厚手のTシャツにサブリナパンツというあまりにも無防備な格好。


「錬装化していない状態なら倒せるかもしれないと……誘ったか?」


 その問いに対して、女は栗色の前髪を払い上げながら、目の前の男よりも高く、顎を上げる。


「お前さんところの兵隊があまりにも臆病だったもんでな。面白いように寄って来たよ」


 会話は……成り立っている。

 明理の瞳には生気が宿っており、確かな意識が感じられた。


「貴様がここに来たということは――」

「ユミルはどこだ?私の用はそれだけだ」


 問いよりも先に答えがやって来る。

 見極めようとした東郷の思考が尽く読まれているかの如く。


「奴を消すために私は創られた。それだけの話だ」


 目の前の女に合わせて、東郷は自嘲気味に笑う。

 自身の目論見が完全に外れてしまったからだ。


「なるほど、やはり狙いは彼女か。そして、私の事など眼中にないということだな?」


 明理は軽く首を横に二、三度振る。


「いや、お前もここできっちりぶっ殺すよ?眼中にないことはない」

「それはそれは……お世辞でもありがたく受け取っておこう……だが」


 口調の変化と共に東郷の体から静かに殺気が放たれる。


「ならば一体『誰』が貴様を創った?……黎明ここにいた半端者の学者達ではあるまい。端島の一族か、天北博士でもない……貴様はそれ以前に存在しているからだ」

「正直に話せば、大人しく殺されてくれるのか?」

「私が『知らない』人物なら、それでよい。それは、私のあずかり知らぬところ……彼女ユミル自身の問題だからだ」

「お前が知ってる奴だよ」

「なんだと……?」


 驚愕と共に、東郷の脳裏に候補となる人物が浮かび上がる。

 しかし、候補といってもどれも分にも満たない厘以下の可能性のものばかりだ。

 その中で、最もずば抜けて高い可能性のある人物は、一人しかいない。


「ユミル殿……自身か……!?」

「はずれ」


 軽口と共に明理が構えを直すと、周囲に拡散していた殺気が一気に東郷の元へと集中する。

 正真正銘の戦闘態勢に入った明理は、不気味かつ攻撃的な笑みを浮かべていた。


「どうだい?何も事実を知らされぬまま殺されようとする側の気分ってのはよぉ……少しぐらい、命乞いしてみたくなってきただろうが」

「……私の覚悟を、試しているつもりか?」

「人間サマの覚悟なんて知ったこっちゃねえんだよ。てめぇは錬金術を利用して、散々好き勝手やりやがったんだ。自分自身の本心なんて誰にも語ることなくなぁ!」


 かつての勢いを取り戻した明理の罵声が部屋中に走る。

 かつてと違うところといえば、子供じみた駄々ではなく、純粋な怒りがこもっていること。


「人間サマの心ってのはなぁ、隠しちまえばそれで終わりなんだよ。心の中に留めておくことが格好いいとか思っているのか?それとも恥ずかしくて話せないくらいにしょーもない理由なのかぁ?どっちだろうと、てめぇが死んでしまえばそれも終わりだ。自らの酒池肉林の妄想のために、大量殺戮やらかしたんですぅって、後で私が大法螺吹いてやんよっ!全世界の小学校の教科書に前代未聞空前絶後のキチガイ変態イカレチンポ野郎として載せてやるぜ!」

「貴様は……」

「そうやって作られるのがヒトの歴史だっ!真実ってぇのは、そういうことだっ!」

「まさか……天北博士が言っていたのは……『そういうこと』だというのか……!?」


 明理の説教じみた台詞など、東郷の心には一割も届いていない。

 人間ではない故、薄っぺらいからだ。

 だが、その台詞の意味する先で、東郷の表情はこれ以上ないくらいに崩れていた。

 真っ当に重なるはずだった年齢相当の皺が、一気に顔面に浮き上がる。


「『錬金術』では、ないのか……これは……!?」

「やっと気づいたようだな。私の存在が、何なのか……!」

「何という……冗談だ……こんなことが……!」


 ユミルの台詞。天北博士の台詞。そして、明理の台詞。

 今まで特段興味も持っていなかったはずの言葉の端々。

 それらが、東郷の頭の中で次々に重なっていき、まるで出来上がったパズルを崩した映像が逆再生されるかのごとく、一つの答えが形成される。


「ならば……ユミル殿を消そうとするのは……」

「お前の本心と引き換えなら、教えてやってもいい。私の主人マスターのこともな」


 そう言いながら、明理は瞬時に錬装化する。

 それは日比谷公園で見せた時の禍々しい姿ではない。

 いつもの『シグ・フェイス』、純白の装甲を纏った正義のヒーローとしての彼女の姿。


錬装着甲・深化アルク・ライズ・オーバーリージョンッ……!」


 それに呼応するかのように、東郷もまた新たなる鎧を纏う。

 見た目はかつてのアラフ・スミスから全く変わっていない。中世の鎧の如き無骨な意匠。それでいて性能を上げているという代物だった。

 相手から錬装化したのだから当然の話だが、相手が本気でないと分かっている以上、それも苦々しいものでしかない。


『キラ。オーバーエクスプレッション』


 その装甲を示す名前はたった二文字。

 名前など記号以外の何物でもないと分かっているだけに、明理は軽く噴き出した。

 東郷も馬鹿にされたということを甘んじて受け入れる。


「……恥か。それが全てだったのかもしれない。人間というものは」

「こっちはお前の事情なんて知らねぇんだよ、何一つ」

「後は、ユミル殿に……」

「まとめてぶっ殺すっつってんだろうがぁっ!」


 けたたましい咆哮と共に、明理は相手を喰らおうとするかの如く飛びかかった。


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