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錬装機兵アルク・ミラー  作者: 四次元
白き破壊魔 シグ・フェイス
9/112

8.暗雲

「ん、んん……?」


 浩輔は朝の陽ざしの眩しさで目を覚ます。うっかり寝てしまったようだ。

 彼女たちは……何ともない。

 真織と猫娘は寄り添ったまま、静かな寝息を立てている。念のため毛布を被せてやったし、下手に風邪をひく事もないだろう。

 一方の浩輔はというと、女の子の布団を借りるわけにもいかず、持参の『緊急事態用バッグ』を枕代わりに、壁に寄り添っていた。流石にこの状態のまま一晩過ごすと体の節々が痛い。

 今の時間は、八時十分過ぎ。

 今日は日曜、この付近は住宅街とはいえ、人通りもそこそこある。

 異変が起これば、すぐに周りに伝わる。


「む……にゃ……うぅ……わっ!」

「うわっ!? どうした、八瀬さん!?」

「どうして先輩がいるんですか!?」

「いや、昨日ここにいろって……」

「あれ……そうでしたっけ?」


 真織はまだ寝ぼけているようだったが、その隣で猫娘も大欠伸をしながら目を覚まし、すぐに現実へと戻った。浩輔の時よりも数段大きいリアクションを見せながら。


「う……やっぱり、夢じゃないんですね、この子」

「現実だとは思いたくないけど仕方ない。これはこういうものだと考えよう」

「その……お知り合いの方とは連絡つきましたか?」

「それがまだなんだ。いつも夜遅いし、帰りが明け方になる時もあるし」


 昨晩から、かれこれ二十回以上電話をかけているが、未だに明理は電話を取らない。この分だと別の意味で蹴られそうだ。

 気が付くと、浩輔の携帯が気になるらしく、猫娘が必死に手を伸ばそうとしている。後ろから真織が抱きかかえているから問題ないが、その姿はまるで赤ん坊のようだ。


「でも、こうして見ると結構可愛いかも」

「にゃー」


 たった一晩の仲だが、猫娘はすっかり真織に慣れたようだ。

 顔は人間のままなので、表情からも警戒を解いている事が何となく分かる。


「八瀬さん、ご両親が帰って来るのは昼頃だったよね?昼前になったら、一旦帰っていいかな?ちょっとその知り合いの家に寄って直接事情を話しておきたいんだ」

「うーん、たしかに知らない男の人が家に来てたら、お母さん達もびっくりするだろうし……この子も大概ですけど」


 真織の表情はまだ不安を隠しきれないものであった。

 浩輔自身も、面倒事を押しつけているような気がして申し訳ない事この上ないが。


「最悪今晩中には何とかしてみせるよ。むしろ昼間だと逆に難しいし」

「じゃあ、それまでこの子を隠しておけばいいわけですね」

「うん、何かあったら携帯に連絡してくれ」

「わかりました。先輩、絶対ですよ」


 彼女の乞うような視線が非常に辛い。

 真織にとっても、今頼れるのは浩輔ぐらいなもんだから当然だ。

 念のため、他の友人に相談したかどうかを尋ねると、昨晩手当たり次第に電話をかけまくって、一番最初に連絡が取れてすぐに駆けつけてくれたのが浩輔だったとのこと。

 少し複雑な気もするが、逆にそれが幸いだったのかもしれない。

 この後の処理のことを考えるとなれば。

 ……結局十一時半を過ぎるまで粘ってみたが、明理は電話に出てくれない。ここまで来ると家で寝転がっている可能性もあるので、浩輔は一旦帰してもらう事にした。

 彼女と猫娘を二人きりにするのはどうかとも思ったが、もう少しで彼女の両親も帰って来るし、何か異変があればすぐに察知できるだろう。携帯が鳴れば飛んで向かえばいい。

 それもこれも、まずは明理に事情を説明しなければならないのだが。


「――お帰り、コースケ。いや、何も言わなくていい。まず飯の準備をしながら、私の話を聞いてくれ」


 全然電話出ないと思ったら、帰った途端にこれだ。

 だがこの家の中で彼女の命令に背く事は、物理的な死を意味する。

 ここはまず黙って従うしかない。

 当の本人は口元は笑っているが、目は真剣そのものだ。何だか珍しい。


「ふふ、コースケ。昨晩の私は忙しかった。ひ、じょうーーーにっ、忙しかった」

「よかったじゃないですか。仕事が一杯あって。……で、昨日は誰をボコったんです?」

「まぁ黙って聞け。……そう、事の始まりは駅前近くの繁華街だった。私は学業を放り出して、夜遊びなどというフライング大人行為に興じる青少年を捕まえ、説教をかましていた」


 相変わらず訳の解らん語り口調で、明理は得意そうに語りだす。

 むしろ説教された青少年に同情せざるを得ない。

 みんなはこんなお姉さんみたいになっちゃいけないよ。


「そして説教も六人目にさしかかろうとしていた時……事件は起こった!」

「唐揚げ出来ましたよー」

「わーい」


 今日の唐揚げは偏食気味の若者向けだ。

 先日からもも肉を漬けっぱなしにしていたため、肉の味そのものも濃い上に、皮つきなので実にこってり。まさにジャンキー。


「ふぁんと! ふぁふぁひのふぇのふぁえで、ふぉふぉひょうひょふぁ、ふふふぁひふぇふぉふぁふぇふぁほふぁ!」

「食べ物をちゃんと嚙んで飲みこんで、ワンモアプリーズ」


 唐揚げを五個口に詰め込んでおいて何事も無かったかのように話すのは、流石に無理がある。

 本人の拳は非常に力が入っているようだが。


「っぷはぁ!……なんとぉ!その少女は私の目の前で、屈強な男達に囲まれ、黒い車に連れ込まれちゃったのよぉーっ!こりゃー大事件だー!」

「な、なんだってー(棒読み)」

「私は間髪いれずに車のタイヤを破壊し、誘拐犯共をぶちめしたぁー!その間、実に四分!」

「昨日はちゃんとヒーローしたんですね」


 今日の明理はいつにもまして熱い。

 ……だが、目は相変わらず真剣なのが不気味だ。


「ここまで来りゃ、後は誘拐犯共に対しての説教タイムだろ?動機によっては恩赦をくれてやる、慈悲深い私独自のシステムだ」

「はぁ……」


 慈悲深いかどうかは置いとくとして、被害者にとっては死ぬか、障害を抱えたまま生き地獄を味わうかのどちらかである。

 だが、予想に反して明理さんは、頭を抱えて大きく溜息をつく。


「そしたら、そん時の三人の誘拐犯がな、みんな急に頭抱えて死にやがった」


 浩輔は黙って小さめの唐揚げを口に放り投げる。


「単に明理さんがやり過ぎただけじゃないんですか」

「あん時は炎も冷気も電撃も使ってねーよ。それに、尋問する直前は、脚をへし折ったくらいで他はピンピンしてたよ」

「そんだけやれば、十分残虐行為に入ると思いますよ」


 明理はちっちっちっと舌打ちしながら指を振った。


「それで済めば私も反省して終わってたさ。だが、問題はこの後。同じような事が五件続いたんだなーこれが」

「……夜遊びに興じる青少年を屈強な男達が取り囲んで、車に連れ込んで、それを見た明理さんが車を破壊して、男共の脚をへし折って、説教しようとしたら、皆一様に頭抱えて死んだ……ことがですか?」

「その通り」


 浩輔は次なる唐揚げを取ろうとするが、今度は皿ごと明理に取られ、残りがすべて彼女の口へと吸いこまれていく。


「単なる偶然……じゃ済まないですよね……」

「これが偶然だったら、あたしゃ神様の脳みそを叩き割って中を覗いてみたいよ。きっと色とりどりの飴ちゃんがぎっしりだぜ」


 訳の解らん比喩はともかくとして、明理の表情は真剣そのもの。

 いや、そもそも一晩でそれだけ誘拐事件が起こるのも十二分に異常だ。

 ……誘拐。


「あ、いや……まさか……」

「どうしたコースケ?話はまだ終わってないぞ。この事件の裏にはきっと巨大な犯罪組織の影がだな……」

「……明理さんがそんなことを考えているなら尚更です。折角ですけど俺の話も聞いてください」

「あん?じゃあ三十秒聞いてやる」


 制限時間は無視するとして、浩輔は手短に俺の身に起こった昨晩の出来事を話した。

 あとついでに、明理が遭遇した出来事との関連性も添えて。

 途中殴られやしないかとヒヤヒヤもんだったが、以外にも彼女は黙って聞いてくれていた。


「その、猫少女をどっかに引き取ってもらうために、明理さんの力を借りるつもりだったんですけど……」

「……」

「青少年を誘拐して改造とか、漫画とかでもよくある展開かなーって……」

「ぐずぐずするな、今すぐ案内しろ」

「……はい」


 この『どうしてもっと早く言わなかったんだ』みたいな謎のプレッシャー。

 いつものことながら理不尽な事この上なし。


「こいつはキナ臭ぇー!悪の臭いがプンプンするぜぇー!子供達を捉え、人体実験を行う巨大な黒の地下組織……」

「まだそうだと決まったわけじゃないですよ。可能性として上がっただけで」

「自らの知識欲のために未来ある若者たちの命を弄ぶ悪の手先どもめ……そのような輩はこの私がゆ゛る゛さ゛ん゛!」

「おーい……」


 どうやら明理はテンションが上がり過ぎて既にクライマックスのようだ。

 この時点で口上の練習まで始めてしまった。

 そして悪の組織にこだわり過ぎ。そして色々交ざり過ぎ。

  

「コースケ、カメラ忘れんなよ!私の活躍を一瞬たりとも見逃すなぁ!」

「謎のヒーロー路線で行くんじゃなかったんですか?」

「これからの時代はインターネッツを活用しなきゃだめだ!お前はとにかく世に私の情報を発信するんだぁっ!」


 どうやらネットに毒されたようで、話が大きくなっている。

 でもこれで、ともかくは真織の安全が確保出来るのは間違いない。

 支度を二十秒で済ませ、出動。

 浩輔は自転車をこぎつく、真織に明理を紹介するのは変身する前がいいのか、後の方がいいのか、説明のための段取りを考える。

 チャリの全速力に涼しい顔をして並んで来る彼女の姿を見ないようにしながら。


「おいコースケ。その子の家の方角は確かにこっちなんだな?」

「そうですけど? 別に俺は方向音痴ってわけじゃ……」

「何か騒がしいぞ」

「……え?」


 真織の家までは、まだ五百メートル以上はあるはずだ。

 しかし、明理の聴覚と視覚は文字通り異常なのだ。


「おいっ!何か家の前に目茶苦茶人が集まってるぞ!」

「真織ちゃんの家……!?そんな……!」


 まだ昼間。人もこれだけ集まる時間帯。

 数時間、彼女と離れてたったの数時間。

 彼女の身にもしものことがあったら……と浩輔の脳裏に最悪の事態が流れる。


「強盗だって!?こんな真昼間から!」

「警察は呼んだの!?」

「はいはい通るよー!」


 警察は、まだ来てない。

 例の如く明理は群衆の中に容赦なく突っ込んでしまった。

 普段は閑静なはずの住宅街が異様な空気と化している。

 一件の家の前には何十名もの老若男女が集まり、皆一様に携帯を弄って、ある者は現場を撮影し、またある者はどこぞやに話しかけている。

 何をやっているのかはともかく、これでは中には入れない。


「おい、警察はまだかよ!?もう四十分は過ぎてるぞ!」

「何でこんな時に頼りにならないのよ!あの税金ドロボー!」

「くそっ!もう一回かけ直す!」


 民衆のやり取りに浩輔は違和感を覚えた。

 いくらなんでも、こんな街のど真ん中で強盗でも起きたら、道が混んでてもサイレンを鳴らして突っ込んで来るはずだ。いや、そもそも駐在の警官すら来ていないのはおかしい。

 そしてまたその場が騒がしくなったと思ったら、中から明理のご登場。押し通るためとはいえ、野次馬を文字通りちぎっては投げをしながら浩輔を呼びつける。


「おらぁ!どけどけ!コースケ!何ぼさっとしてやがる! お前も入れ!」

「出て来るなり何ですか! ……じゃなかった、真織ちゃんは!?」

「攫われたとさ!強盗&誘拐だ!」


 驚く暇も無く、明理は強引に浩輔の腕を掴んで、家の中へと放り投げる。

 浩輔は全身を強く打ち、ふらつきながらも居間の中に入ると、荒らされた部屋の中で途方に暮れる二人の夫婦の姿があった。

 一方の女性は……真織そっくりである。そのまま三十年、歳をとらせた顔だ。まず間違いなく彼女の両親だろう。


「あぁ……真織……!」

「えっとぉ?犯人は二階から侵入して、娘さんを人質に取り、部屋を物色。で、そのまま連れ去られて行ったと」

「はい……私達はただ見ているしか……」


 柄にもなく明理は彼女の両親から淡々と事情を聞き始める。警察関係者かと尋ねられたが、そこは通りすがりの私服警官だと適当にはぐらかした。

 浩輔が無言で二階の彼女の部屋の様子を見に行ったが、そこには凄惨な光景が広がっていた。

 先程までの年頃の女の子の部屋模様は無残に破壊しつくされ、床には窓ガラスの破片が飛び散り、足の踏み場もない。浩輔が念のために置いて行った『緊急事態用バッグ』もその役目を果たせずに、無残に転がっていた。


(くそ……こうなることは分かっていたはずなのに……!)


 目的、使命、権力、大義名分を後ろ盾に、世の規則から外れた人間が何をしでかすか。

 ――それは自分が一番よく知っている。

 浩輔はそれだけは譲れないと思っていた。


「おい、コースケ」

「ここには……誰もいません……」

「お前の言ってた猫娘もか?」

「……はい」

「部屋を荒らしたのはカモフラだな。強盗が人質を取るならまだしも、そのまま連れ去るなんて、相当な用意が必要だ」

「……それくらい、俺も分かりますよ」

「んじゃ、悪の地下組織説はビンゴってことで」


 ここで相手が明理でなければ、浩輔も思わず掴みかかっていたところだ。

 そんな彼女は呑気に見知らぬ携帯を指先でくるくる回して遊んでいる。


「まだ諦めるのは早いぜ。こいつがあるからな」

「それ……誰の携帯ですか?」

「親御さんのだ。ちょいと拝借した」

「通話とかメールとからなら俺のからでも……」

「彼女の位置をGPSで追えるぜ?ほれ、まだ動いてる。携帯は持ったままのようだな」

「えっ?」


 明理は得意げに携帯の画面を浩輔の眼前に着きつける。

 近過ぎてよく見えないが、たしかに、ここから少し離れた所の位置が表示されている。

 そして、点はさらに遠ざかるように動き続けている。


「GPS機能!?小学生とかじゃあるまいし!」

「親御さんが娘可愛さに、勝手に登録したんだとさ。親の愛情は偉大だねぇほんと」

「な……」

「どうやら誘拐犯共もお前と同じ考えのようだな。いい年した女の携帯に、まさかこんな監視機能が付いてるなんて夢にも思うまい」

「う……たしかに。でも携帯で位置を調べるんなら、警察でも出来るんじゃ……」

「その警察はどうしてる?」

「…………」

「おっと、早速来たぜ。犯人からだ」


 真織の父親の携帯が鳴る。

 電話の主は真織……いや、彼女の携帯からだ。

 明理は、俺に真織の名前を尋ね、通話ボタンを押す。


「もしもし、八瀬ですが……」

『誰だお前? あの時はいなかったようだが……』


 聞こえて来たのは、明らかに布で口を押さえたようなくぐもった声。

 男と言うのは間違いない。

 明理の声帯模写技術については、突っ込む気にもなれない。


「真織はっ!?無事なんですか!?」

『ふん、今のところはな。娘を無事に助けたかったら、俺の言う通りにしろ。また一時間後かけ直す。もし、そちらから電話をかけてきたら、その場で娘を殺す』


 こちらの返答を待つ事もせず、電話はそこで切れてしまった。

 一般的なドラマとかだと警察や家族が途方に暮れる場面のはずだが、当の明理は口元を歪みに歪めさせている。


「ぶぁ~~~~~か!警察さえ押さえときゃ、逆探知されないとでも思ったのかぁ?一時間後にはてめぇらの関節という関節が逆方向にひん曲がってるさ!」


 ……毎度のことながら、もはやどっちが悪党なのか分からない。


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