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錬装機兵アルク・ミラー  作者: 四次元
陽はいずれ彼方へと消える
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77.新世界

 一体、誰が与えたのか。

 どうも人という生物には自己防衛の範疇を超えて、他人を憎悪するという本能があるらしい。

 自分の存在意義、アイデンティティにとって都合の悪い存在。

 自らを『正義』とするために定義付けされる『悪』。


 ――この人間には生きる価値があるのか?

 ――この人さえいなければ、みんながもっと豊かに生活できるようになるのではないか?


 結局、正義の原動力は己のエゴだということだ。

 単なる『個』に過ぎない意思が、『集団』の意思の代弁者を気取ろうとする。

 単なる『主観』を『客観』と称し、架空の『みんな』を作り上げる。

 そして、存在もしないサイレントマジョリティに心をゆだねる。


 どうやら人というのは社会的動物でありながら、そういう性を持った生き物らしい。

 普段は想定される結果を恐れて、心の奥底に押し込めているのかもしれないが。

 

 ――故に、途方もなく強大な力を持つ、というのは、恐ろしいものだ。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 オペレーション・デイライト発動から十日目が過ぎようとしていた。

 今までの恨みはらさでおくべきかと対富裕層に向けて破壊活動を行う者、水や食料の供給が止まり何とか自分だけでも助かろうと略奪を働く者、こんなときこそ平和の大切さをというお題目を唱えながら争いの火種となりそうな人を集団リンチにかける者、……そして想像だにしない暴力の応酬に恐怖しただひたすらに縮こまり助けを待つ者、その中で起こる小さないじめ、迫害。

 自分は、明日には死ぬかもしれない。

 そんな考えが蔓延し始めると、ますます人の心に歯止めがかからなくなっていく。

 東京近郊の地下にある黎明の本拠地では、大勢の若者達が世の中の惨状に沸き立っている。

 既に国内では五百万人近い死者が出ているという報告が出ているのに、そのことを嘆き、悲しむ者など、この基地の中には一人も存在しない。……その五百万人は死ぬべくして死んだ存在なのだから。

 この程度の困難も乗り切れないような人間は、存在する意味などない。

 これからの新しい国、新しい世界には必要ない。

 ――ただのカスに等しい。

 それが、ここでの共通認識だった。

 そう思うことが絶対であった。


「……しかし、まだ足りないな。この国の適正人口を考えても、不要な大衆には最低でも二千万人は消えてもらわんと」

「まぁ、そう焦るな大和田。まだ十日なんだぜ?腰抜けの国民に武器を持たせたところでコレくらいが限界だろうさ。ライフラインをもう少し止めていれば、加速度的に人口は減っていくだろうよ」

「くく……全くだ」


 薄暗い部屋の中で、男達の静かな笑い声が響く。

 男達の風貌をまとめて一言で表現すれば若く、二十代後半から四十過ぎ、といったところか。皆一様に折り目の整ったスーツを着込んでおり、権力者のために作られたのであろうオフィスチェアに背中を預けていた。

 部屋の周囲にはいくつものディスプレイがコの字に展開されており、それが唯一の照明となっている。男達は人工的な光をさらに複雑に反射させるグラスを片手に洋酒を飲み交わしていた。


「それにしても、あの東郷さんが、まさか行方をくらますとは思わなかったな……」

「おいおい下西、それくらいの事も予想できなかったのか?」

「……始めから我々を信用している風には見えなかったな。いつ裏切るのかと、そちらの方が不安だったくらいだ」

「既に配下の者に追わせている。もし奴等と手を組む素振りを見せたら徹底的に潰すだけだ」


 大和田と呼ばれた営業マン風の男は、何の問題もないといった様子でグラスを空ける。

 彼は若年ながら、日本最大手の広告代理店で管理職を勤めていた男だ。十歳以上年下の若妻に子供も二人、年収も今の日本では申し分ないくらいだ。……しかし、彼は辟易していた。

 社内でいくら実力があろうとも、実績を上げようとも、越えられない壁。それらを何とかして突破しようとするゴマすりや腰巾着の日々。今の暮らしぶりに不満こそなかったが、そこに留まるのは彼自身のプライドが許さなかった。

 そして、黎明側から誘いがかかったのはそんな時であった。

 正直、そんなヤクザ風情だと思っている連中など相手をしたくなかったのだが、上の連中もヤクザと繋がりを持っている以上、自分も同じ土俵に立たなくてはならない。この世の『正義』などそんなものだと、彼自身嫌というほど知っていた。それで目の上のタンコブが取れるなら構わない。

 結果は御覧の通りである。

 世の中は滅茶苦茶になった。そして、自分はそんな混沌の世であっても、大きなアドバンテージを持っている。新たな秩序を作る側の立場にある。

 ここにいる他のメンバーも皆似た様な立場の者だ。

 やや惚けたような男、下西は言うところの二世議員という奴だ。親世代の活躍で今の自分があるものの、いつまでたっても自分のやること為すことに口を挟んでくる親類縁者を鬱陶しく思っていた。

 彼自身、一人の政治家として、国を良くするための志はあるつもりだった。だが、老人達はいつまでも自分達の利権を離そうとしない。そして、その老人達にいいように振り回されている有権者達はもっと忌々しいものであった。

 人一倍硬い表情の眼鏡の男、新條は霞ヶ関のキャリア官僚であった。入省して依頼、国のために寝る間も惜しまず、色恋沙汰にも手を出さず、残業代もつけずに仕事をこなしてきた。

 しかし、その見返りは、いわれのないマスコミのバッシングと、無知な政治家の横槍。そして、責任から逃げていく老人達。彼は日に日に国を憎んでいった。国のために身をすり減らすほど、家畜のように上から与えられた情報だけで飼いならされる国民への殺意が湧いていった。

 一人だけ、ネクタイをせず、ゆるい襟元なのが、元ベンチャー企業の社長の深堀だ。社長と言っても彼の負債は十億を超えていた。彼は腐敗した大企業の雇われとなるとなるのを良しとせず、自らの手で会社を興した。が、そこで待ち受けていたのは、いくら競合を避けようとしても襲い掛かってくる、度重なる妨害の嵐。次世代に指導する立場の者は若者の独立など望んではいなかった。世の中が欲しがるのは都合のいい言いなりとなる奴隷だった。

 その他にも通信サービス会社の社員、電力会社の社員、大学病院の医者、はたまた元スポーツ選手など、肩書きだけでも錚々たる面子であった。

 そして、この新天地で、彼等は自らの功を競い合っていたのである。

 例えば、つい先程大和田にモノ申した男、今井は電力会社の元社員だ。彼は発電所への黎明の部隊を手引きを行い、関東地方の電力事情を完全に掌握した。発電所自体はまだ動いているのである。いや、動かさせているのだ。しかし、地表の送電線はおおむね切断されている。切断された電線で感電したり、火災事故なども起きているが、そんなことは知ったことではない。

 黎明の基地へは、国内で試験的に通している地中送電線を使って電力を供給している。もちろんこのことも今井の力あってのことである。

 黎明という組織は、言わば世の中のはじかれ者の集まりである……深知の言っていたことは間違いではない。そう、彼女が黎明の中にいた時点では。その時の彼等は、あくまでも影の立場からの協力者であったから、基地に出入りするものはほとんどいなかった。

 しかし、蓋を開けてみれば結局はこうなってしまうのである。ここでは手柄を立てる者、つまり実力があるものが立場を得ることができる。己の実力を発揮できずにいたのは、なにも裏の世界の人間だけではなかった。この部屋の中にいるのはみな、抑圧されながらも表の世界で生きてきた者達だ。

 

「そういえば、先程、柏原くんから連絡が入った。専用回線ホットラインを使って、アメリカとのコンタクトが取れたらしい」

「今アメリカとコンタクトを取ってどうする、我々は世界を相手取るはずではなかったのか?」

「いざという時の保険にもなるし、間違った情報をいくら与えても問題ないということだ。今の我々は、テロリストに追われて地下に潜伏しているレジスタンスのような扱いだからな」

「そりゃあいい。隣人の振りをして近づき、刺し殺すことも容易にできる」

「デイブレイクを使って外向けに色々と発信していますが、正義の味方気取りのインターネットユーザーはコロッと騙されてますよ。こういうのはどこに行っても同じですな」


 世の人々を嘲るような笑いがますます大きくなった時、部屋の電子扉の開錠音が鳴り響いた。男達の口が一斉に閉ざされると、静まり返った部屋の中へ、無機質な表情をした女性達がホテルで使われるようなカートを押しながら次々に部屋に入ってくる。


「これは、例の錬金術の成果というやつか……」 


 眼鏡を掛けたキャリアウーマン風の女性が静かに顎を下げると、他の女性がてきぱきと男達の前に次々と皿を並べる。その上には小振りではあるが上質のステーキらしきものが乗せられていた。

 二世議員の下西は事前にその肉の正体を聞かされており、目を丸くしていたが、その芳しい香りに何ともいえない複雑な表情を見せていた。


「これが、アレですか……?見たところ普通の牛肉、ですね……」


 男達がステーキを目の前にして対応に誰が先鋒を務めるか探り合っている最中へ、扉の奥からぐちゃぐちゃに裏返りまくった笑い声を上げながら、一人の男が部屋に入ってくる。男の姿は何とも奇妙、というか異常で、これくらいの奇声では逆に物足りなく感じてしまうほどであった。


「みなっさぁんっ!お待たせしましたぁ!これが錬金術を使った人造肉試作第28号!ステーキの見た目を残しつつ、味と食感は赤ワインで三日三晩煮込んだようなホロホロ感を再現した名づけて――」

「御託はいい。というかステーキにしか見えないが、煮込み料理なのかこれは?」

「となると、味が、気になるでしょう?でもご安心を!元ですが三ツ星シェフのお墨付き!食べたら舌の上で七福神が何かシンバルみたいのしゃんしゃん鳴らしながら美味の二文字が転げまわることうけあい!昨日までの病人が螺旋階段を車椅子でかけ上がるかのごとき力を手にして――」

「ご苦労だった、天北博士」


 大和田は圧倒的な加速と減速を繰り返す男の話を適当にあしらいながらステーキを小さく切り分け、その内の一切れを料理を運んだ若い女性の口の前へ突き出す。女性は戸惑いを見せながらもそのまま口に含み、数度の咀嚼の内に眉間の皺を緩めた。


「はい、美味しい……です」

「そうかい、これは何の肉だと思う?」

「え……加工肉とは聞いていますが、牛肉……ではないのですか?」

「人肉だ。原材料は後期高齢者」


 その一言で女性は口を手で押さえ、慌てて部屋から出て行く。その様子を横目でみながら、大和田は静かに肉を自らの口へと運んでいった。


「ふむ、十分に食べられるな。大豆とかで作った代替肉とは雲泥の差だし、調理の仕方もあるだろうが、安定食の肉料理より数段マシだぞ」

「う……たしかに、食べる分には分からないな。原料さえ知らなければ……」

「そりゃあ、組成は牛肉と変わりませんから当然ですよぉっ!」


 天北博士は各々の食味の感想に対して、狂ったような高笑いを上げる。

 男達の微妙な反応は料理のせいだけではない。

 こんな異形の姿をしたキチガイが目の前にいると、心が休まる気がしないのだ。

 男の顔の左半分は赤い結晶のようなもので覆われており、それも日に日に拡がっている。残された右目の侵食も始まっているようで、瞳孔の周りが真っ赤に充血していた。

 黎明という組織の根幹になっている錬金術。

 何ともオカルトな話で、大和田たちも始めは全く信用ならなかったが、実際に錬装機兵というものを目にしてからはその存在を認めざるを得なかった。

 そして、今や錬金術研究の第一人者となっているのが、この天北孝一という男。

 が、周囲の反応は、説明の必要もないくらいに芳しくないものであった。


「ひとまずはコレで食料面での問題のカタをつけねば……この肉はどの程度保存が利く?」

「肉そのものは腐乱死体からも出来ますよー。まっ、たとえ肉が腐れたとしてもその都度調製すれば、幾らでも鮮度は保持できますけどねぇ」

「肉だけじゃくて、野菜や穀物も人工的に作れたりはしないのか?」

「んー、そっちの方はこの錬金術を使うとかえって面倒ですねぇ。フツーに、カガク的ににパパーッとやった方がよろしいかと」


 いい加減な説明を織り交ぜておきながら、あくまでも私はヒト専門ですので、とお辞儀をしながら話を閉める天北博士をよそに、男達は黙々と肉を完食していく。まるで何かの義務か、拷問かの如き様子であったが、食べ終えると、彼等の頭の中で一つの結論が浮かび上がっていた。


「肉としては上出来だ。これからは皆に食わせてやってくれ。これで士気も上がるだろう」

「くく……御意に……では私は、また研究に戻りますので」

「次は錬装機兵の強化を頼めるか?今後のことを考えてもっと使い勝手を良くしなければ」

「はいは~いっと」


 まるでクスリでもやっているのかのような(実際それに近いが)ご機嫌な様子で、喧騒の種がスキップをしながらその場を去っていくと、部屋には頭を抱える男達と、ぽかんと口を開けた小間使いの女たちが取り残された。


「あの男……本当に大丈夫なんだろうな?」

「あれでも唯一とも言える錬金術の体得者です」

「体得、とは何だ。そんな不確かなものを技術とは呼べまい」

「彼の周りには考えられる限りの優秀な科学者を配置させていますが、それでも彼の残した錬金術の軌跡をなぞるだけで精一杯です」

「最低でも錬装機兵と、|言葉通りの人的資源《アルケミカルヒューマンリソース 》の技術だけは再現出来るようにしておけ、奴がくたばる前にな」

「はっ!」


眼鏡の女が凛々しい声で返事をすると、一分一秒も惜しいくらいの速度で食器類が片付けられ、この部屋から女達が一瞬にして姿を消した。男だけの空間となってから3分ほど立つと、下西が口をへの字にしながら新たな洋酒をグラスに注ぎ始める。


「強力な武力と潤沢な資源、この二つが実現すれば世界に対抗するのも夢ではない、か」

「……本当に、これから他国に戦争をけしかけるつもりか?」

「馬鹿言え、下西。今時、戦争なんてナンセンスだよ。国を掌握する方法はいくらでもある。それに、いい実例が目の前にあるじゃないか」

「まったく、錬金術とは大した物だ。常識など覆すのが当たり前だと思わせてくれる」


 新條の眼鏡がキラリとディスプレイの光を反射させながら、飲みかけのグラスを置いた。

 自らの目を隠すようにしながらも、鋭い笑みを携えている。


「……ところで、あの老婆は、どうなっている?」

「拷問やら自白剤やら色々試していますが……中々強情なようで」

「はっ、大いなる力は、使わねば意味がないというのに……」


 男達の共通の思いを代弁しながら、今井は呆れるかのように肩をすくめて見せた。

 その思想に異を唱えるものなど、ここにはいない。


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