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錬装機兵アルク・ミラー  作者: 四次元
オペレーション・デイライト
72/112

70.5日目①

 夜の高架下の河川敷に男複数と若い女が一人。

 断片的な情報であっても、どんな事態が起きているのかは大よそ検討がついてしまう。そのくらい定番ともいえるシチュエーションの中で、それこそ基本を沿ったようなやり取りが行われていた。

 若い女の服は草と泥が全身にこびりつき、顔の方は数回殴られたようで、青い痣と鼻血が一筋。そんな状態の女をニタニタとした目で舐るように見つめるのは、泥汚れ一つないにも関わらず不潔さを感じさせる男達。歳は20代から60代までと様々だ。

 中でも相対的に線の細い気弱そうな男が、やや不安そうに尋ねた。


「お……おい、大丈夫かよ。暗いとはいえ、まだ7時だぜ?サツとかが来たら……」

「けっ!びびってんじゃねぇよ。周りが見えてねぇのか?どこもかしこもやりたい放題じゃねーか、こうなっちまったら力の強ぇ奴の天下だ」


 一段と髭の濃い大柄の中年男は、虫でも殺すかのような目つきのまま、女の服に手をかける。甲高い悲鳴が一瞬漏れるが、すぐに他の男が口を塞ぎ、女の発声を呼吸ごと塞いでしまう。髭面の男の笑顔は一層醜いものとなり、女の服をバタフライナイフでびりびりと破り裂いていく。若い女は必死に身悶えするが、男複数の力には叶うはずもなく。

 髭面の男は女の太ももにわざとらしくナイフの背面を当てて反応を楽しんだ後、スカートを捲り上げ、下着の側面を引っ張って遊ぶ。周囲の男達は普通の世の中だったら許されない行為というスリル、緊張感と、これからの行為への期待に体を震わせながら、ズボンを膨らませていた。


「へっへっへ……お前ここは始めてかぁ?結構遊んでそうな感じだけどよぉ」


 強姦前の舌なめずり。

 加虐的趣味を持ち、なおかつそれを普段は抑えている人間の性というものか。

 とは言えども、普通ならここから女性が逆転する展開などありえない。どこぞやのドラマや映画みたいに、どこからともなく助けが来る展開などあろうはずもない、それこそ普通なら。

 男は女性の下着を数十センチほど下にずらすと、露になった秘部よりも先に、下着についた赤黒い染みに目が行った。


「うぇっ……なんだぁ?生理ってやつかぁ?きったねぇ……」


 女性はともかく、男性では縁がなければほとんど見る機会のない生理現象の賜物。少なくとも、この男にとっては初めての体験。真っ赤になったショーツを汚らわしく眺めながら、男はふと視線を上げる。


「へ、ぇ……?」


 視界が揺らぐほどの熱気を携えた大振りのナイフ。おまけにその持ち主は全身が漆黒の装甲に覆われた人物。その横には首から勢いよく血を流す仲間の姿。目の前の人物は、無言のままナイフを髭面の男の胸に突き刺す。刀身から発せられる凄まじい熱のせいで、服は簡単に焼け焦げ、筋肉の弾力は一瞬で失われ、肋骨の隙間からあっさりと心臓に刃が到達する。


「へっ、ぎゃっ!?」


 ナイフが容赦なく引き抜かれると、だくだくと血が溢れ出す自分の胸を押さえながら、髭面の男はその場を転がり回る。周囲の仲間達は男を助けることは始めから選択肢に入ってないとばかりに、一目散に逃げ出した。中には腰が抜けてその場にへたり込んだ男もいたが、真っ先に下顎を蹴り上げられ、今後二度と物がまともに食べられないであろう口にされる。

 走って逃げ出した人数は3人。真っ赤な刀身のナイフは、光の象形文字の拡散と共に拳銃へとその形を変え、照準が何の迷いもなく男たちに向けられ、一瞬の躊躇もなく引き金が5回引かれた。

 弾丸はそれぞれ、肩、腹部、首、尾てい骨のあたりに命中。1発は外した。男は3者3様に倒れこみ、さっきまで自分たちがやっていたことを棚に上げ、助けを求める声を出す。

 当の本人にとっては、彼等が助かるかどうかはどうでもよいことだった。どちらにせよ、単なる見せしめでしかないのだから。助かるなら助かればいい。死ぬのなら死ねばいい。

 ――本っ当に、つくづくだが、正義とは……一体何か?

 この状況下では永遠に答えが出そうにない命題を抱えつつも、登場だけは正義のヒーローらしくなってしまった勇治は怪我をした女性を介抱する。


「大丈夫ですか?まだ歩けそうですか?」

「……うぅ……あんた……」

「怖がるのは構いませんけど、とにかく今は、一刻も早く安全なところに避難してください。えと、自宅とか……近ければ送っていきますよ」


 女性も最初は勇治の姿に警戒して声を押し殺していたが、すぐに顔中の水分を吐き出すかのようにその場で喚き散らし始めた。


「避難って……どこ行けばいいのよぉぉっ!?家にいたら変な奴等が窓ガラス割って入って来て慌てて逃げて来たのよぉっ!?財布も取られたし、警察もいないし、ケータイは通じないし……一体何なのよぉぉぉぉ…………」


 女性は顔をぐしゃぐしゃにしながら泣き崩れる。

 涙も鼻水も、汗も涎も鼻血も全部が混ざって、とても直視できる状態ではない。


「狂ってる……みんな狂ってるんだわ……どうかしているのよ……!」


 悲しいかな、これは現実だというのに、女性は頭を両手で押さえたまま顔を振るばかり。

 かと言って、勇治もいつまでも彼女の傍にいるわけにはいかなかった。そんなことをしているとキリがない。決して冷静な状態の頭ではなかったが、そのことは十分に理解できていた。


「あ、んた……殺してよ……」

「……えっ?」

「その格好……あんた普通じゃないんでしょ?最近ニュースとかでやってる正義のヒーローかなんかでしょっ!?……私を襲った奴全部殺してよっ!出来るんでしょ?銃も持ってるんじゃない!キチガイの男共を全部やっつけてよぉっ!その銃で!当然だわっ!?」


 女性の思考は恐怖から一転、そのまま醜い憎悪へと変わったことが表情で分かる。女性は勇治の体にすがりつくように、息を切らしながら尚も訴え続ける。

 当然といえば当然の反応なのかもしれないが、彼等は本当に相手をしなければならない存在ではない。それこそ悪く言えば、男達を痛めつけたのは被害を拡大させないための、応急的な人命救助に過ぎない。根本的には解決にはならない。


「悪い奴はちゃんと倒しますから……とにかく今は落ち着いて、自分の身を護ることを考えてください。住民達がまとまって避難しているところがありますから、とりあえずそこまでは……」

「はぁっ!?ふざけないでよ!?今すぐ私の家に行って早くあの馬鹿男たちをぶっ殺してよ!周りのふざけた奴も殺さないといけないでしょぉっ!?あんた、何がやりたいのよ!?今ここに困っている女がいるじゃない!?」


 対応をミスってしまった――

 勇治は心の中で後悔した。話が噛み合わない。状況が状況というのもあるが、この女性は錯乱している。まともに話が通じそうにない。自分には明理のような、相手を無理にでも納得させるような豪胆さはない。しかしここで立ち止まっている暇はない。こうしている間にも――


「ふぁ、ぱっ?」


 胸倉を掴む勢いで自分に迫っていた女性が、意識してはとても出せないような声を上げながら側面に崩れ落ちる。頭部には赤黒いシミ。脱色された髪の上では非常に分かり易い。

 すぐに屈んで手で髪をどけると、即頭部に弾痕が2発。どう助けろという状態。


「くっくっくっく……」

「無様だなぁ……本当に…………」

「カッコわるー」

 

 街灯一つない土手の上から響いてくる、くぐもったような感じの3種類の声。1人は女だ。

 その容姿は、予想通り、ともいうべき、皆一様な姿をした漆黒の錬装機兵。銃を構えていたのは2人。硝煙が上がっているので、犯人は即決。


「その程度の人間だよ。君が助けようとした女は」

「君は少しでも多くの人間を救いたいんでしょう?だったら邪魔、だったよねぇ?」

「君は立派な考えを持っていると思うよ、少年。私は君の考えを支持する」


 馬鹿にしたような声。

 見え透いた挑発。

 勇治がゆっくりと腰を上げると、2人が持っていた小銃が光の象形文字の拡散と共に砂と化す。3人の6つの手には何も握られていない状態になる。我ラニ交戦ノ意思ナシ、とでも言いたげに。


「お前らが、言うな……」


 勇治は自身の声帯が発することができる、最大限の低音を返すと、3つの影はすぐさま散り散りになり、夜の闇の中へと消えて行った。


「せいぜい頑張れよ!少年っ!」


 そして、ダメ押しと言わんばかりの捨て台詞。

 勇治の脚は追う気配すら見せなかった。

 3人の気配が完全に周囲から消え去ったと感じると、勇治は足元の女の死体をその場で思い切り蹴飛ばし、逆に逃げるかのようにその場を立ち去った。


 ――そう、今この時、日本という国は秩序を失いつつあった。

 この状態を表す単語として、最も近いものは――『内戦』だろうか。

 内戦、日本で最後に起きたのはいつ以来だろう。

 始めは世の中に不満を持つ者達の散発的な暴動に近いものであったが、いつの間にか半ば無差別的な市民の虐殺へと変貌。

 すぐさま、日本政府は自衛隊と警察、そして在日米軍と、持てる武力を総動員して反乱の鎮圧にあたらせる。こればかりは有事だからと形振り構わず、といった感じであった。

 しかし、国からの命令を受けて現場に出動した隊員達は自身等の目を疑う。

 市民が、日本国民が、M4やマカロフを持って、殺し合い、略奪し、破壊する光景。いや、この際、武器はどうでもいいのかもしれない。暴れまわる人々はとにかく、武器になるものは何でも持っていた。そして、容赦なく使っていた。今までのデモや騒動の類が、何と平和なものだったのか。

 最も身近な標的になっていたのは、物、とりわけ食品が置いてある商店。さらに航空からの映像では、東京都内では大企業のあるビル街、高級住宅街への暴漢が集中している。理由はすぐに理解出来るが、心の中で容認するのに時間がかかった。そして、凄惨な状況となった道路。放置された怪我人や子供、老人。散乱した死体。片付ける者など、誰もいないのだ。

 それでも、それでも、国民の多くは暴力に怯えているだけだと強く信じる救助隊員は、懸命な救助活動を続けた。災害でも起きたかのように学校の体育館に身を寄せた人々もいる。外が怖くて家から一歩も出れずにいる人もいる。

 武器を持った者の多くは若者だ。徒党を組んで、高層ビルに立て篭もる者もいる。説得を試みるが、国に対して理不尽な要求をするばかりで全く話にならない。相手も殺傷力のある武器を持っているだけに、どこもかしこも睨み合いが続くばかりであった。

 そして、避難民の世話もいわば一つの戦場であった。

 今度は自分達が殺されるかもしれないという極限のストレスから、救急隊員や自衛隊員に強く当たる者もいた。延々と泣き続ける赤子、駄々をこねる子供、それでゆっくり寝ることが出来ないと怒り出す人達。避難民同士のトラブルも各地で頻発していた。

 炊き出しもあまりにも緊急事態だったので、十分な量が確保できていない。足りなければ、さらに一部の避難民から文句を言われた。

 国は何をやっている、政府は何をやっている。

 この税金泥棒。

 ――そこまでは、近代史の映像の記憶の中にも残っている光景であった。

 しかし、炊き出しの現場が次々に襲撃された事件は、かつての日本であっただろうか。ここに来て、ボランティアを含めた『助ける側』の人々の意志の大半が、折れた。

 そして、警察や自衛隊員に新たに入ってきた知らせ――これがトドメとなった。


「ある程度予想していたとはいえ……最悪だよ。警察と防衛庁の司令塔まで制圧された。デイブレイクが情報源だけどな」


 浩輔は相変わらずの六畳一間の畳部屋の中で、トランシーバーの向こうの勇治と会話をしていた。

 通信の向こうからの憤りの声を聞きながら、浩輔は感情を抑えて説明する。


「これに関しては、黎明の錬装機兵が結構な数、投入されたんだろうな。命令系統を潰してしまえば、実働部隊は現場判断で動くことになる。そして、その現場がこの有様じゃあな」

『それでも、自分の良心で、人を助けようとしている人はいます……!』

「そうさ、そうだろうな。だけど、世の中で犠牲になるのは、いつもそういう人達さ。そして、黎明の奴等もそれが分かっている。だから真っ先に狙うんだ。見せしめとしてな」


 人を助ける人間から殺す。

 この行為に正義があるわけがない。あろうはずもない。

 しかし、この助けの庇護の下で寄生虫のようにのうのうと生きている者は確かに存在する。

 それを世の中の真の敵だと指摘するだけなら、浩輔も勇治も一定の理解を示せる。

 

「……情けないよな、日本人の弱点だよ。周りがこうするから自分もこうするってさ。それだと、利己的でも声のでかい奴の勝ちだって、分かってるはずなんだけどな、みんな」

『…………』

「道徳心がある奴を排除して、自分勝手な奴が得をし、そしてそれを推奨する輩がいる。その構造をモロに見せ付けさえすればみんな逆らえなくなるのさ。本当に、基本的な考え自体はシンプルだよ」

『篠田さんも、そうなんですか……?それで納得してるんですか……?』


 それは、苦し紛れかもしれないが、譲ることのできない心の奥底からの問いかけ。

 浩輔は一瞬迷ったが、皮肉にも自分には建前があることに気づき、自嘲した。


「そりゃ、一度は諦めたから、黙って働いて食っていたのさ。だけど、それでも、完全に納得できない部分があったから、明理さんに手を貸していた……のかもな」


 浩輔の答えに、トランシーバーから大きな息が漏れる。


『……他のみんなはどうしてますか?』

「みんな外に出ているよ。今は俺一人だ」


 明理も勇治と同じく草の根的なことをやっている。家にいてもどうしようもない。しかし、既に念のためにと、勇治には内緒で彼の母親の様子を探ってもらっていた。

 真織も同様。家族がいる人間ならこの状況下で心配をしないわけがない。


「今のところは一般の住宅に手を出す奴はあまりいないみたいだしな」

『あまり認めたくないですけど、メリットがないから、ですね?』

「ああ、店とかやってる人は気の毒だけどな。個人的に殺したいくらいの恨みを買ってる人でもなければ、しばらく大丈夫だろう」

『はい……』

「無理はするなよ。倒れそうになる前に一度うちに来て休んでいけ」

『いや、もう少し、周ってみます。篠田さんも危ないときはすぐに通信をください』

「ああ、こっちは全然大丈夫さ」


 通信はそこで途切れ、浩輔は大きな溜息をついた。

 今はまだいい。まだ、血の気を隠していた若者が街中で暴れまわっているだけだ。

 だが、そこから先は?もう既に、それを鎮圧する力はほぼ作動していない。

 この状態がしばらく続いたら、次なる人の本性が待ち構えている。


「……その心意気やよし、としようか」


 部屋の中にいないはずの、もう一人の人物が、笑み混じりの口調で言った。部屋の窓は遮光カーテンに覆われ、光が外に漏れることはない。要は外から部屋の中の様子は分からない。

 豆電球一つの明りの中、浩輔の前に一杯のお茶が差し出される。 


「皆がいない隙を見計らって来ておいて、と言いたいところなんですが……東郷さん」


 狭い部屋の中に、似たように険しい顔をした男が2人。

 一人は若者。一人は壮年。湯飲みと茶菓子が用意されたちゃぶ台を挟んで互いに胡坐をかく。

 ここには、上下関係は存在しない。だが、気心の知れた者同士でもない。

 しかし、こうなることは必然であった。

 心のどこかで、互いに望んでいた。このような場が訪れることを。

 

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