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錬装機兵アルク・ミラー  作者: 四次元
オペレーション・デイライト
67/112

65.1日目 ②

 深夜3時。

 浩輔たちは国の省庁が集う霞ヶ関界隈へと向かっていた。

 この時間は公共交通機関もないし、車も免許持ちがいない。自転車も、深知が乗れないと今更ながら告白してきたのでパス。よって、ここは贅沢にタクシーを使って急行。こんな夜中に何用ですかと運転手に尋ねられたが、霞ヶ関で働く父親が倒れたとか適当な嘘をつき、ほどなくして現地に到着。

 

「さて……着いたのはいいが、何で霞ヶ関なんだ?コースケ?」


 とりあえず外に出てみたものの、と明理が尋ねると、浩輔が目の前のビルを指しながら答える。


「霞ヶ関で働く役人は午前様が当たり前って話があってですね。案の上、煌々と灯りがついているでしょう?」

「例のサイバーテロのこともあるんじゃないの?」

「もちろん。それも含めて……おっと人だ」


 こんな夜遅くだというのに人が急ぐように走ってきたので、つい反射的に横に避けてしまったが、よく周囲を見渡してみると、浩輔らの他にも異変に気づいた者達が集まっているようであった。路駐している車(特にワゴン車)も明らかに多い。テレビカメラ片手に省庁の玄関先で何やらやり取りしているが、これまた穏やかな様子ではない。


「マスコミ共か。流石に行動が早いな」

「ネット上で見れる情報が事実かどうかは置いておくとして、自分達の信用喪失に繋がりますからね。彼等も必死ですよ」

「なるほど。国の中枢に加えて、情報発信が出来るマスコミ勢……襲撃するには絶好の場だな」

「もしかしたら、中はもう制圧されているかもね」


 効率よく国の機能を麻痺させ、世の中に混乱を与えるための最適解、という意味では場所の選択としてはこれ以上ない。

 浩輔はリュックから双眼鏡を取り出して建物の様子を伺ってみる。


「こういうところの建物って、外から中は分からないようになってるんじゃないの?」

「それは最初から期待してないけど、窓ガラスに内側からの弾痕の一つでもないかなと思って」


 明理も一緒になって外からの様子を伺ってみるが、特に異常は見られない。むしろ続々と車やタクシー、果てにはパトカーまで来て、外が段々と騒がしくなっているくらいだ。

 車から降りてきた人の一部は、玄関口で何やらやり取りを行った後、建物の中に入って行っている。警備員が必死に報道陣を抑えており、それだけでも一苦労といった感じだが。


「中に警察もちょくちょく入って行ってるな。制圧まではいってないのかね」

「そうですね。どんなに手の込んだテロでも、単に異常があったというだけなら、外の関係者には伝わるはずです」


 明理はややつまらなそうな顔をしながら、浩輔の双眼鏡を取り上げてさらに遠くを覗く。


「この調子じゃ、返り討ちするにしても結構待たされそうだぞ?」

「いいや、奴等が『今から』ここを襲ってくる確率は五分五分くらいですね。いずれは100%襲ってくるでしょうけど」


 その発言で盛大に首根っこを掴まれるが、背中を反らしながらなおも浩輔は話を続ける。


「いや、何も返り討ちにこだわる必要はないってことですよ……」

「こっちから仕掛けるってことか。しかしどうやって?」

「そもそも、黎明の奴等がここに来ているっていう確証もないし」


 浩輔は魔手から何とか脱出すると、二人に向かって軽く首を振った。


「仮に今ここを襲わないにしても、黎明の奴等は十中八九この付近に潜んでいるはずですよ。あのマスコミ達に紛れているって可能性もある。天北さんを多人数で襲えるほど人員には事欠いてないんでしょうし、この付近に斥候くらいは差し向けても不思議じゃないでしょう?むしろあの規模でこの程度の偵察も怠っていたとしたら、迂闊以前に油断し過ぎなんですよ」

「……なるほど。んで、だったら黎明の奴を見分ける方法も用意してあるんだよな?」

「無茶振りのつもりでしょうけど、それもちゃんと考えてますよ」


 味方同士で妙に争いあっているような二人の姿を、深知は呆れるように眺めていたが、その矛先は大した間もなく彼女へと向けられた。


「悪いけど、ここで天北さんが囮になってもらうよ」

「別にいいけど、一人でその辺を歩いていればいいの?」

「ああ、それと……」


 浩輔から二人に簡単に作戦の内容が伝えられる。明理に影響されたのか、随分と無茶な作戦だと深知も軽く毒づくが、一応の賛同は得られた。

 作戦開始の声と共に3人は散開。浩輔はトランシーバーに繋いだイヤホンを耳にさし、真っ先に霞ヶ関の大通りに出る。周囲の車と人の数もよい塩梅に増えてくれており、たとえ自分達がこの場所に着いた瞬間から見張られていたとしても、この人目の多さなら下手に手出しは出来ないと確信する。そして、そのまま野次馬の近くに寄って、位置を確保。


「えっ!?」

「おい、何だあれは!?」


 程なくして、後方から人々のどよめきが聞こえ始める。噂に流れてはいたが、実際に目にすることはなかった存在のエントリーだ。錬装化した深知が霞ヶ関の大通りをゆっくりと闊歩すると、周囲の人間の注意は一斉にそちらへと流れた。


「うおぉぉーーっ!?アレはまさか、巷で噂の謎のパワードスーツ!?」

「シグ・フェイスでも黒いのでもないぞ!」

「これは大スクープじゃねぇかっ!?」


 記者達はサイバーテロのことなどそっちのけで、恐怖交じりではあるものの、錬装化した深知へと一斉にシャッターのフラッシュをたく。当の本人はフェイスガードの下で大きな溜息をついていたが、衣食住の提供分は働かないといけないと意を決して大きく息を吸い込んだ。


「私は逃げも隠れもしない!黎明の短小野郎ども、姿を表せぇっ!!」


 開口一番の怒号が通りに響き渡り、カメラのフラッシュの勢いも更に加速する。


「れ、黎明?今、黎明と言ったのか君!?そこのとこもっと詳しく!」

「というか君って、声からして、もしかして女の子?いくつくらい?」

「そのスーツはコスプレ……とかじゃないよね?そうだよね!?」

「ウチからも質問いいですかぁ~!?」


 聖徳太子でもまともに聞き取れないだろうと思えるくらいに、マスコミ達のインタビューラッシュが熱を帯びていく。深知はそのまま道路の真ん中をゆっくりと歩いていくが、本人が何も危害を加えないことをいいことに、周囲には人だかりが出来ていた。

 怖いもの知らずの野次馬が一度周囲を囲み、それを見て安心と分かるや、その周りから幾重にも人の層が出来上がっていく。深知も次第に人の波に押され、足を動きを止めざるを得ない状況になってくる。正直なところ、一発殴るか、レールガンでもぶっぱしたい気分であったが、それも我慢。

 一方、浩輔は周囲の様子を伺いながら、野次馬の層の外側を何かを探すように動き回っていた。


『おっしゃ、見つけたぜ、コースケ!』

「了解!」


 無線から飛んでくる明理の声と同時に、浩輔は一気に人だかりの中に突っ込む。そして、上着のポケットから通販で取り寄せた閃光弾を取り出し、人ごみの上に放り投げた。

 辺りに強烈な光が走り、野次馬が混乱した瞬間、深知は周囲の人やカメラを踏み台にして一目散に撤退する。同時に浩輔もダメ押しとばかりに爆竹を地面に放り投げ、更なる混乱を巻き起こす。

 後は、周りの波に紛れてひたすら遠くに逃げるのみ。明日の朝刊の一面はサイバーテロの記事から揺るぐことはないだろうと考えての大掛かりな作戦であった。

 ――そして、時を同じくして、霞ヶ関から少し離れた新橋のビル街においても、一つの戦闘が終わろうとしていた。


「ふっふっふ、このシグ・フェイス様から逃れようとは100万年早い」


 街灯もほとんど差し込まない路地裏には、錬装化した明理と、これまた錬装化したと思われる黒い装甲に身を包んだ人物の姿。もっとも、黒い方は地面にうずくまっており、明理に乱暴に踏みつけられている状態だ。その腹部装甲には、ガラスに野球のボールでもぶつかったような亀裂が走っており、既に勝敗が決しているのは日の目を見るより明らか。


「なぜ……俺の正体が分かった……?」


 錬装化した男が息も絶え絶えに問いかけると、明理は得意げに解説を始める。

 作戦の概要はこうだ。

 深知をわざとらしく目立たせて囮にしたのは男もすぐに気づいたが、真の囮は浩輔の方。黎明がこちらの動きを監視しているのも確定事項だと考えていた。ならば、周囲の人間をふるいにかければいいだけのこと。

 アルク・ミラーの性能を知っている者なら、錬装化した深知に生身で近づくことはない。むしろ野次馬根性を利用するために、敢えてレールガンの生成はしないように念を押していた。そんなわけで、騒ぎの中心から少し距離を取っている者の中から、深知ではなく、浩輔の動きを追っている人物を建物の上から探り当てたというわけだ。内容自体はごくごく単純な話。


「ばかな……だとしてもあれだけの人数から俺だけを絞るなど……」

「ふふふ、そこらへんはヒーローの直感ってやつ――」

「別にあんた一人に絞る必要はなかったんですよ」


 ここに来て、人ごみから逃れた浩輔と深知が息を切らせながら合流する。


「こっちは人手不足なんで、あれだけの人数の中から正確に一人のスパイを割り出すなんて不可能です。だから、ある程度的を絞った上で、片っ端からなぎ倒すことにしたんですよ」

「無関係な人間もか……?」

「明理さん、正直なところコイツで何人目でした?」


 浩輔は意地の悪い笑みを浮かべながら問いかけるが、明理は表情が見えないことをいいことに黙秘を通した。ちなみに無関係の犠牲者は4人。いきなり目の前に現れて、ゲロを吐くレベルの腹パンを片っ端からお見舞いしたのである。

 この男だけがまともに抵抗して、慌てて錬装化してまで逃げようとしたのだ。結果的にそれが仇となってしまったが。


「な、なるほど……東郷様が決して手を出すなと言うだけのことはあったわけだ……」


 自嘲めいた笑いと共に男の錬装が解け、その素顔が明らかになる。刈り上げた頭にもみあげと繋がった顎鬚を蓄えたワイルドな感じの、二十代後半から三十代そこそこの男であった。不良上がりのチャラ男や、ヤクザ風といったわけでもなく、ともすればスーツを着て真面目に働いていても特に違和感がなさそうな顔立ちだったのが少し意外でもあった。

 

「俺の負けだ。……だが、これも新たな社会の摂理ならば仕方ない」

「新たな……摂理?」


 意味深な台詞と共に、男を踏みつけていた明理の脚への抵抗が弱まる。


「くく……真の強者こそが世の中を治めるに相応しい……結局は、貴様等も我々の意思に沿っているだけだということだ……」

「……それが、オペレーション・デイライトとやらの狙いか?」


 明理が脚を外し、今度は胸倉を掴んで男をビルの壁に叩きつける。男は、頭に血を流しながらも薄ら笑いを止めようとはしない。


「そ、そう怒るなよ……お前らにとってもでかいチャンスなんだぜ……」

「御託はいい。私が欲しいのは貴様等の情報だ」

「狂ってるのは……今の世の中だ……俺たちはただ、あるべき姿に戻すだけ……」


 浩輔もポケットからサバイバルナイフを取り出して、男の顔に突きつける。


「口を割らないなら、多少の拷問は覚悟して貰いますよ」

「もう、遅い……」


 浩輔はさらにナイフを男の目に突きつける。……が、それに対して、眼球が反応することはない。

 男はそれ以上言葉を発することはなかった。

 口からの涎と共に、体全体がだらりと垂れ下がった状態になる。


「……っ!?こいつ、まさか、死んだ!?」

「おいおい、こんくらいで死ぬなんて、ゴツいなりの割にデリケートすぎるだろ!」


 明理はすぐに手を離し、男の首の頚動脈を触る。浩輔も手首の脈を呼吸を見るが、心機能は完全に停止していた。

 

「くそっ、折角の情報源だったのに……」

「わ、私は悪くないからな!コイツが弱っちすぎるのがいけないんだぞ!」


 男の突然の死に騒ぎ経つ二人を他所に、深知が黙って男の頭を何やら探り始めた。終いには浩輔のバックから小型のペンライトを勝手に取り出し、男の後頭部を照らす。


「これだわ。こいつの頭の傷」


 深知の一声で二人の喧騒は収まる。

 男の後頭部には手術跡のようなものが残っていた。


「黎明の研究所にいた時に聞いたことがある。外回り用の下っ端には、口封じのための装置が仕掛けられてあるって」

「……頭の中に爆弾が!とかいう奴か?」


 明理はさも当然のように手刀で男の頭部を切開するが、深知の言う通り、切り口からは不自然に崩れた脳髄がドロリと流れてくる。その光景から目を逸らす者は誰もいない。


「それと、この装置は遠隔操作になってるはずだから……他にも仲間がいたみたいね」

「それを早く言え!このクソガキ!」

「正確には、この装置の取り付けが全然追いついていないって話を聞いただけだから」


 浩輔は、明理の怒声を背に、男の脳髄をナイフで探っていた。

 すぐに小さい金属片を見つけ、それを取り出すと、静かに深知に問いかける。


「その、装置の取り付けが追いついていないっていうのは?」

「黎明の組織そのものは結構前からあったんだけど、ここ最近になって一気に勢力を拡大したみたい。だから部下の管理にまで中々手が回らないって。古株の研究員が言ってたわ」

「君にもこの装置が取り付けられてるってことはないよな?」


 明理がわざと乱暴に深知の頭をかき回して見せる。


「……私も黎明にいたのは、ほんの少しの間なんだから」

「はいはい、異常なーし!」


 セットし易いおかっぱ頭とはいえ、深知は不愉快そうにぼさぼさになった髪を直し始めた。


「そういえば、猫娘騒動の時も似たようなことがありましたね」

「あぁ?……あー、そんなこともあったな。こいつと同じって事か。しかもこれじゃ、展開まで同じじゃねーか」

「これほど機密保持に気を使っていたはずなのに……デイライトの開始と共に一気に勢力を拡大、それも部下の手綱が全然取れてないと来ている、か……」


 再び考察モードに入った浩輔を見て、明理は大袈裟に悪態をついてみせる。

 深知もライトをバックに戻すとビルの壁に背中を預けて、大きく息をついた。


「おそらく、これで黎明の奴等の警戒もますます厳重になるわね」

「今回の作戦ももう通用しねーってか。ったく……今からこいつのお仲間でも探すか?」

「どうせもう逃げられてますよ」


 今、この瞬間さえも、黎明に監視されているのだろう。

 浩輔も今回の作戦は随分と思いきって討って出たつもりだと思っていた。しかし、それすらも、東郷の手の平の上で踊っていただけに過ぎなかったということか。

 三人は周囲に響き渡るパトカーのサイレンの中でタクシーを拾い、やむなく帰路につく。帰ってからも特に部屋が荒らされた形跡すらないというのは、ほっとするのと同時に、まだまだ相手の手の内にいるということをより思い知らされることとなった。


(『真の強者こそが世の中を治めるに相応しい』か……東郷の奴一体何を……。いや、そもそも、あいつは本当にそんなことを望んでいるのか……?)


 他の二人はあっさりと就寝してしまったが、浩輔は一人そんなことを考えながら、パソコンの画面を眺めていた。しかし、その全容はいくら考えても浮かんでこない。画面の中に答えは見つからない。


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